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城下町の魔女《改稿版》  作者: 猫柳
魔女も歩けば怪異に当たる
6/7

06

「ティエル、ただい……」

「ギル、今日は入らないで。どこか宿でもとって泊まってきなさい。今日は出禁よ出禁」

 家の扉を開けたら、何故かティエルに蹴り出されてしまった。夜遅くまで真面目に仕事をしてきた同居人に酷い仕打ちである。何かしてしまっただろうか、と己を省みると共に、どこか焦った様子のティエルが気になった。しかもいつものローブを脱ぎ捨てエプロン姿に口周りを隠す三角巾を巻いている。

「急患か?」

 戸口から中を見れば、キッチンでは湯を沸かし、何か薬草を刻んでいる様子も見てとれる。ギルはなるほどと大きく頷くと、自分もハンカチで口周りを覆いながら中に入る。

「だから入ってくるなって……」

「手伝う。もしや、その患者高熱で倒れてるんじゃないのか?」

「驚いた、なんで分かったの?」

 ギルの言葉に、ティエルは薬草を刻む手を止めて振り返った。

「最近流行っているんだ、原因不明の高熱がな。今日それに関する依頼状も渡していたはずだが」

「イライジョウ……?ちょっとよく分かんないわね、あ、なんか騎士団長さん?からだって紙をもらったような気がするけど、正直それどころじゃなくて」

「…………うん、そうか」

 形式的に騎士団からの依頼とした方が良いかと思い書状をしたためたが、権力者に微塵の興味もないティエルには一切の意味をなさなかったらしい。素直に口頭で話をすればよかった、と部屋の隅で上着を脱ぎ捨てながらギルはしみじみ後悔する。

 件の急患は2階のティエルの部屋に横たえられていた。まだ幼い、10歳前後の姉弟だ。粗末な服装からして貧民街の子供だろう。

「路地裏で鉢合わせたの。姉の方は昨日薬を買いに来てくれた客だったんだけど、失敗したわ。これはただの病じゃないもの」

 恐らく昨日買った薬で熱が下がらず、弟を見てもらおうと店に移動する途中だったのだろうとティエルは言う。

「普通の病じゃないというのは、やはり見ればわかるのか?」

「分かるわよ、黒いもやがべっとりまとわりついてるから」

 絶対に患者には近づくな、とティエルはギルにきつく言い含める。その表情はいつもより数段厳しく、ギルは素直にその言葉に従うことにした。

「正直、私も初めて見るの。妖精のイタズラの被害ぐらいなら何度か見たことがあるけれど、これは魔女の呪いよ。妖精の悪意がべっとり纏わりついて体に悪さをするの。妖精を従えている、本物の魔女がいる」

「珍しいのか?」

「珍しいわよ。5年旅して回ったけど、私本物の魔女には一人かそこらしか会えなかった。それぐらい魔女って今は希少なの。それに呪いを扱うのは所謂黒魔女の家系でね、数世紀前に黒魔女は大概狩られてしまって、今生き残っているのは治療を専門にした白魔女の系譜だって聞いてる。おばあちゃんも占いと治療の方法は知っていたけれど、呪いは扱ってなかった」

 もしかしたらひっそりと呪いの知識を伝えている魔女がいたかもしれない。けれど魔女自体が少ない今、そんな呪いと出会う可能性は奇跡に近い。だからこそティエルは、未知のそれが恐ろしかった。

 煎じた薬草を熱湯で煮込み、その湯に布を浸してきつく絞る。それと同時に幾つかの蝋燭や小瓶を戸棚から取り出したティエルは、それをギルに押し付けて自分は薬草の煮汁と布を手に二階へと上った。ギルも荷物持ちとして無言でその後に続く。

 患者のもとに行くと、ティエルは姉弟の顔や首元を先ほどの薬草の煮汁で絞った布で拭いてやった。それから小瓶をギルから受け取り、汗ばんだ額の前髪を退かして小瓶の中身の液体で額に何かを書き込む。2本の蝋燭をベッドサイドに並べ、最後に懐から取り出したマッチを擦って蝋燭に炎を灯す。

「竈の女神ヘスティの名の下に希う、炎の精レグ=バスティ、命の輝きを見守る者。悪き闇を振り払い、今一度魂の炎を燃やし給え」

 蝋燭の炎が瞬き、ゆらり、と黒いもやに覆われるのがティエルには見えた。蝋燭の炎の中、小さな蜥蜴の姿をした火の粉が必死にそのもやを喰らおうと身じろきしているのも。

 小さく息を吐き、ティエルはギルを押し出すようにして部屋を出た。キッチンから続くダイニングに二人で入り、木製の椅子に深く腰掛けてティエルは三角巾をむしり取る。

「あとはレグの頑張りに期待するしかないわね。あーお腹すいた、何か食べるものあったっけ」

「無い。から帰りに買ってきたぞ、夕鶏亭のサンドウィッチとシチュー」

「本当!?私昔からあそこのサンドウィッチ好きなのよね、ありがとうギル」

 先ほどまでの陰鬱さを吹き飛ばした笑顔に、ギルも自然と笑顔になった。二人でキッチンに立ち、ティエルは先ほどまでの薬草の後片付けを、ギルは夕食を温める準備をする。

「さっきのレグというのは名前はよく聞くが、どういうものなんだ?妖精、なのか」

 小鍋を搔き回しながら問いかけると、小皿の水気を拭き取りながらティエルがこくんと頷く。

「レグは火蜥蜴(サラマンダー)よ。普段は竈にいることが多いわ。私と契約をしているから呼び出したり力を貸してもらったりすることが出来るの。今は上の二人に憑いた呪いを食べてもらってるけれど、燃やし尽くすのとは違って患者の体を守りながらだから、少し時間がかかりそう。定期的に蠟燭を変えなきゃいけないし、多分今晩は寝られないわね」

「そうか。他の患者の治療もとなると、そう簡単に解決はできなさそうだな……」

「他の患者って何?」

 初耳だ、とばかりに目を丸くするティエルに、苦笑しながらギルはシチューをよそる。

「少し長い話になる、食事をしながら話そう」

「え、面倒……」

「面倒がるな。今のところお前しか解決の糸口のない、重要な話なんだ」

 

 夕食を口に運びながら、ティエルが聞いた話はこのようなものだった。

「騎士団が把握している限り、最初の患者が出たのは一月ほど前だ。貧民街を中心に、謎の高熱が流行っているという話が出た。慈善事業として医療団が看病に回ったが、どうも治りが悪いと言う。だが感染症というわけでもないようで、医療団のメンバーに同症状が出ることはなく、二週間ほどの治療で患者の症状が落ち着いたという報告が上がってこの件は一旦片付いた。

 が、半月前、騎士団の1人が突然同じ症状を発症した。それに加えて、黒い影に襲われたという被害報告が出たんだ。

 追加調査をしたところ、謎の高熱を出した被害者のほとんどが黒い影を見たという報告が上がった。ただ、この黒い影がなんなのか分からず、見える者と見えない者がいるらしいということもあって所在も掴めていない。今の所この病への対応策も分からずじまい。とりあえず解熱剤を飲ませながら症状が落ち着くのを待つのが限界な状態だ」


「騎士団って犯罪者捕まえる以外にも仕事してるんだ……」

 というのがティエルの素直な感想だった。引き攣るギルの顔を見て慌てて「冗談よ」と取り繕ったが、正直あまり話は頭に入ってきていない。ティエルはどうでも良いことに関してはとことん無関心な性質だ。

「で、ええと……騎士団は私に何?何して欲しいわけ?」

「できるなら治療をして欲しい。こちらが把握しているだけで約30名ほど患者が出ている」

「え、無理」

しばしの沈黙。いいからやれという無言の圧に抵抗して、ティエルはもう一度「無理」と口にした。

「言うのは簡単だけどね、一人二人の治療だけでこれだけ苦労してるのよ?レグだって連続で治療できるわけじゃない、これが終わったら数日は休ませないと。それを30人?無理よ無理、そもそも他の熱冷ましでしのげてるんでしょ?ならそっちの方がはるかに現実的よ」

「なるほど……」

 シチューの最後の一口を飲み込んで、ギルが唸る。納得したくないがとりあえず納得した、という顔だ。

「じゃあ犯人の目途はつかないか。これ以上被害者が出なければこちらでもやりようはある」

「魔女。自称とかのエセ魔女じゃなくてちゃんと能力のある血筋の魔女。以上」

「……聞き方を変えよう、魔女の探し方に何か心当たりはないか」

 木のスプーンを咥えたまま、ティエルは少し考えこむ。カチカチとスプーンを甘噛みして、それからゆっくり顔を上げた。

「犯人探しなら、多少やりようがあるかもしれないわ。そうね、三日ぐらい時間を頂戴」

「分かった。頼んだぞティエル」

「えぇ。任せて頂戴」

 そう言って不敵に笑うティエルは、ギルが誰よりも信頼している魔女の表情をしていた。

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