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クール・エール  作者: 砂押 司
第2部 カイラン南北戦争

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ウォル 中編

「アリス、魔力はどんな感じだ?」


「使ったのは2割くらい……だと思う。

使っているのは【生長グロー】だけだし、このペースなら夕方くらいまでは続けられる」


「目の前でどんどん森ができていくのは、面白いですわー」


「ソーマ様、僕はこの後どうすればいいんでしょうか?」


「水回りは、俺の方で完成させていくからもう大丈夫だ。

サラスナも、アリスの手伝いに回れ。

ミレイユも引き続きだ。

種をまくだけでも、人手があればかなり違うからな。

……アリス、今日の作業が終わったら、森の中に引かなきゃいけない小川や沢を地図に描き足しといてくれ。

湖から引っ張るから」


「わかりました!」


「わかりましたわー」


「わかった」


黒パン、干し肉とトマト入りチーズオムレツ、グリーンサラダとあたたかいカティで昼食をとりながら、俺たちは午前中の作業の確認をしていた。

4人が数時間いただけで、すでにこの一帯は地図の書き換えが必要なほど地形が変わっている。

水回り、……湖や川をこう呼ぶのは適切ではないのだが、の大方の部分については今日中に終われそうだし、アリスの森作りも当初思っていた以上のペースで進んでいた。

コツコツと、アリスに魔力を注ぎ込んできた甲斐もあったというものだ。


余談と言えば余談ではあるのだが、ミレイユも意外と役に立っていた。

魔人ダークスという強烈な個性が邪魔をし、かつ王都で戦ってからは俺たちの前で魔法を使っていなかったために印象は薄いのだが、ミレイユは火属性の魔導士でもある。

アリスが森人エルフであるという相性の悪さから発動できず、俺もいちいち魔法陣を描かなくてならない火属性の【発火ファイン】や【灯火ライト】などの日用魔法を手軽に使えるのは、霊墨イリスがいらない点も含めて非常にありがたかった。

というのも、霊術の発動に必要な霊墨イリスを大量に保管するのは、実はかなり面倒なことだからだ。


霊墨イリスは魔力に直接ふれた時点で、魔法陣のありなしにかかわらずその効力がなくなってしまう。

そのため、霊墨イリスは専用の密閉容器に入れられて保管、携帯しなければならない。

同様に魔法陣を描くときも、うっかり魔力を流し込んでしまわないよう慎重さが求められる。

実はラルクスでアリスと出会う前に、霊墨イリスに水を混ぜてその水を操り手早く魔法陣を描こうとしたことがあるのだが、失敗。

俺が操る水が魔力を帯びているからだと気付くまでに、大量の霊墨イリスを無駄にした苦い経験もある。


……まぁ、ウォルでの生活基盤が整った後は、いずれその辺りのこともサーヴェラやアンゼリカたちに教えていくことになるだろう。

魔導士になれるかどうかは別としても、日用霊術くらいは使えるようになってもらわなければならない。

最低でも【発火ファイン】【治癒リカバー】【解毒デドート】【時空間転移テレポート】の4つは必修だ。


教える、といえばもう1つ。

ミレイユは、料理が上手かった。


「卵はともかく、塩以外の調味料やバターやフライパンを用意した覚えはないぞ?」


「わたくしですわー。

サーヴェラ君に頼んで、買ってきてもらいましたー」


「なぜ?」


「旦那様の至高の一雫ひとしずくの味を濁らさないためにも、栄養がある美味しいものを食べていただくのは私の務めですわー」


「……そうか」


昼食前のこのような会話をはさんでミレイユが手早く作ったオムレツは具材のバランスと塩気を考えた上での味付けといい、火のコントロールによるギリギリの半熟加減といい、確かに完璧な出来だった。

さりげなくトマトの皮をむいて種をとってあるあたりが心憎く、残念ながら俺が作るよりも上手くて、旨い。


「旨いな」


「ミレイユさん、凄いですね」


「うぅ……」


「ふふふ、お口に合ったようで何よりです。

もう随分昔の話ですが、至高の味のためならと、自分が食べるわけでもないお料理も頑張って覚えたのですわー。

旦那様、夕食もご期待下さいね」


「……ああ、任せる」


自分が血を吸う相手の、その血の味を良くするために、自分が食べるわけでもない料理を覚えた。

この発言をどう評価するかは判断の分かれるところだろうが、俺としては自分が作るより美味しいものを作ってもらえるのなら、任せてしまいたい。


そして、このくだりで1人暗い顔をしていたのがアリスだった。

ミレイユの作ったオムレツを口に入れて小さく唸ったアリスに視線をやると、それに気づいたアリスが全速力で目をそらす。


そういえば、俺はアリスが作った「食材」を食べたことはあっても、……「料理」を食べたことはない。


町にいる間は常に外食か軍食だったし、エルベ湖に向かう途中の食事も……今思えば、全て俺が作っていた。

アリスが調理器具としてナイフ、調味料として塩しか携帯していなかったからだ。

折りたたみの鍋やフライパンも持っていなかった。

まぁ、【発火ファイン】の発動すら怪しい森人エルフなら仕方がない……。


……あれ?


つまりは、アリスは1人旅の間ずっと火を使わない料理しかしていなかったのか?

いや、それは「料理」と呼べるものなのか?

そもそも……。


そこで、俺は考えることをやめた。

それ以上考えては、いけない気がしたからだ。

そうだ、誰しも得手不得手はある。

そして、人間は成長できる生き物だ。


それに、いくら下手と言っても基本的なことくらいは知っているはず……。


「……ミレイユ、次からは食事の準備を手つ……、教えてほしい」


「ふふふ、かまいませんわー」


いやアリス、なぜ「手つ」で止まったんだ?

まさか「手伝う」とすら申告できないレベルなのか!?


「……何、ソーマ?」


「いや……、なんでもない……」


絞り出すように声を出してミレイユに頭を下げるアリスの姿に、俺は慄然とした表情を浮かべていたのだろう。

アリスの瞳が若干、エメラルドの鋭さを帯びる。


「ソーマ!」


「いやアリス、俺は別に何も言ってな痛い!

痛いから、アリス!」


「うぅ……!」


「爪!」


視線を逸らそうとした俺の左手に爪を立てて唸るアリスの姿は正直、俺に不安しか抱かせなかった。





昼食を終えた俺たちは二手に分かれ、またそれぞれの作業に取り掛かかった。


氷艦砲シーカノン】によって開けられたクレーターは西をかかと、東を爪先として猫の足跡のような形になっている。

その北側に、やや大きめの四角いクレーターが開いている状態だ。

便宜上、大きなクレーターを中央、ネコの指を南から1、2、3、4番、四角いクレーターをそのまま四角と呼ぶことにした。


俺の左手に思いっきり爪の跡をつけたアリスたち3人によって中央湖の西側半周に森が広がっていくのを眺めながら、俺は順調に水がたまっていく中央湖と1、2番湖を接続する作業に入る。

といっても、幅2メートル深さ1メートルほどの溝を掘るだけだ。

ボーリングに使った氷のドリルを直径50センチで展開し、水を含んでやわらかくなっている地面を苦もなく削っていく。

続けて中央湖から北の四角湖に向けて同様の溝を100メートルに渡って掘り進め、これも接続した。

さらに中央湖から接続した溝とは別の溝を1、2番湖から東へ、そして四角湖からは南東へ同サイズの溝を掘り進め、サラスナが海まで10キロメートル以上をつなげた川へと接続する。


これで、6つの水脈から湧きだした中央湖の水は溝を通って3つの湖を経由し、その後川から海へ流れ出すかたちとなった。

尚、作業の都合上3、4番湖への接続はエレニアたちが到着した後だ。


中央湖の水深は、すでに俺の膝くらいまでは来ていた。

が、俺はダラダラと、全ての湖の水が自然に満ちるまで待つつもりはない。

中央湖の縁に立った俺は、湖の中に大量の水を生成。

3本の溝を通った水が3つの湖を満たし、その泥水が川へ到達、さらにそれが流れ続けていく様子を見ながら、さらに水を流し込み続ける。

中央湖の周りを歩きながらアリスたちが作った森を散歩したりもしつつ1時間ほど注水を続け、溝の崩壊や水の逆流が起きていないことを確認した。


とりあえずは、よし。

後は、この湖の常駐管理人が必要だ。


「シムカ」


「……は、お呼びでしょうか?」


掘削したばかりの土壌に無理矢理大量の水を流し込んだために茶色い湖となっている中央湖を眺めつつ、俺はシムカを呼び出した。

隣にシムカが出現したのを確認しながら、俺は泥水となっている湖水に干渉、水と土を分離して強制的に泥を沈殿させていく。

湖水が茶色から青とのまだらに変わり、さらに数十秒でエルベ湖のような青く透き通った湖のそれになったのを見てから、俺はその様子を見つめていたシムカに向き直った。


「……エルベ湖の方は、変わりないか?」


「はい、静かなものです。

何人かの冒険者が立ち寄ることはありますが、それだけです。

ソーマ様の代になられてから、新たに人間と契約した兄弟姉妹もおりません」


「そうか、ならいい。

実は……、この場所に俺が領主となる村を作ることになった。

とりあえず水源となる湖はこの通り作ったんだが、その守護をできる上位精霊を何人か派遣してもらいたいと思ってな」


「であれば、私が務めますが?」


正直、シムカならそう言いだすだろうとは思っていたが、現状でそれは考えていない。

上位精霊筆頭の力を持ち様々な場面で役に立つシムカは、動かしやすい場所においておくべきだ。

……それに、シズイとの相性が悪いしな。


「いや、お前にはこれまで通りエルベ湖の守護を任せたい。

それに、俺が何かあったときに呼び出すのは、基本的にお前になるだろうからな。

この村、ウォルの湖を守護するのは他の奴でいい」


「……かしこまりました、ソーマ様。

では……そうですね、この大きさですので10ほどいれば充分でしょうか?」


「そんなに来させて……大丈夫なのか?」


「は、エルベ湖の方には100以上の兄弟姉妹がおりますので。

それに、当代様が治められる土地ということであれば、それにふさわしい人数が必要かと思いますが」


過剰のような気がしないでもないが、シムカの言うことももっともだろう。

水の大精霊の直轄地に上位精霊があまりいないなど、恥以外の何物でもない。

それに、ウォルがアーネルとチョーカを隔てる壁、逆に言えば両国に挟まれた危険地帯であることを考えれば、戦力はあるだけあった方がいい……か。

その方が、余裕も出てくるだろうしな。


「ふん、そうだな。

ああ、精霊の外見なんだが男女で半々になるようにしてくれ。

それから、レブリミみたいに子供の姿をしている奴がいるなら、2人ずつくらいはよこしてほしいな。

住民は子供が多いから、そっちの方がいいだろう」


「かしこまりました。

では、すぐに連れてまいります」


「頼む」


実体化を解いて消えるシムカが、なぜかどことなく嬉しそうな雰囲気をまとっていたように感じながら。

俺は、森に囲まれつつある自作の湖に澄み切った水が満ちている光景を、ゆっくりと眺めていた。


「……お待たせいたしました、ソーマ様」


数分後、シムカが再度跪礼の姿勢で顕現した。

その後ろに、次々とシムカと同じく半透明の姿である水の上位精霊が実体化していく。

総勢12名の上位精霊はいずれも片膝をつき、深く頭を垂れている。

男女はきっちり半々ずつ、内4名ずつは小柄な少年少女の姿と、シムカは完璧に俺の要望通りの人選をした上で、気も利かせてくれたようだった。


「ソーマ様、こちらの中央にいるセリアースが、この12名のまとめ役となります。

また、セリアースたちで用が足りぬことなどがあれば、私をお呼びください」


全員が揃ってからシムカが言上し、紹介されたセリアース、逆立った髪の男の精霊が深く頭を下げる。


「シムカ、ご苦労だった。

全員、顔を上げてくれ。

俺が当代の大精霊、ソーマだ。

シムカと同じように、俺を呼ぶときはソーマでいい。

これからお前たちには、俺の統治するこのウォルのみなもとたる湖の守護を任せることになる。

水の大精霊が治めるにふさわしい地となるように、お前たちの力を貸してくれ」


「「御意!」」


俺の言葉にシムカをあわせた13人分の答えが返り、全員が再度頭を下げる。


「以後この湖は、しょうエルベと呼称する。

俺がその名を付けた意味を理解した上で、励んでくれ。

以上だ」


「「は!」」


一糸乱れぬ返事と共に、湖の中へ消えていくセリアースたち。


「ではソーマ様、私もこれで失礼いたします」


「ああ……」


小エルベ湖。

精霊たちに少しでも前向きに務めてもらうために、勢いでそう名付けたのだが。

俺は消えていくシムカを眺めながら、自分がこの名前を付けることを、それほど嫌だと思わなかったことに。


少し……驚いていた。

















「「……ひぃいぃいいっっ!!!?」」


翌朝、アリスたちに当日の作業内容を指示し、セリアースにアリスの護衛と作業の手伝いを命じた後、俺はそのまま【時空間転移テレポート】で王都アーネルに転移した。

冒険者ギルド、アーネル支部の広場に突如現れた黒衣の魔導士の姿を見た瞬間、その身元確認をすべき警備の騎士や、たまたま周囲にいた冒険者が腰を抜かして悲鳴を上げる。


ラルクスにいた頃テレジアから教えられたように【時空間転移テレポート】は同国内だけでしか使えず、また時計塔のある町にしか転移ができない。

そしてウォルであるが、調印内容上ではカイラン大荒野はアーネルの領土となっており、そこから俺に報酬として与えられたという内容になっている。

つまり、ウォルは俺の自治領なのだが、あくまでもアーネルの一部なのだ。

というよりも、調印内容がそうなるように、した。


これにより、ウォルからアーネルの主要都市には瞬時に転移できるのに対し、アーネル国内からウォルへはそれができない、という現象が発生している。


言葉を代えれば、軍を超える武力を持つ俺や霊竜は、その気になればいつでもアーネルの好きな都市に行くことができるが。

アーネル軍がウォルを落とそうと思えば、リーカンを起点に何もないカイラン大荒野を数日かけて無防備に進んで行くしかない、というアーネルにとっては悪夢と言ってもいい一方通行が起こってしまっているのだ。


ただ、これも一応ウォルの安全保障の一環として組み込んだ仕掛けではあるのだが、……あまり意味はないかもしれない。


「人の顔を見て、いちいち悲鳴を上げるな。

自陣片カードの確認、しないでいいのか?」


「い、いえ……け、結構です……。

大精霊様……ほ、本日は王都にどのような御用で?」


「……ただの買い物だ。

じゃあ、行くからな?」


「ど、どうぞごゆっくり……」


都市中枢の警備を担う精鋭騎士がこの様子なら、そもそも侵攻自体をしてこないだろうからな。


ただの買い物、と言いつつ俺が向かったのは各ギルドが立ち並ぶ中央広場、その一角に大きく門を構える商人ギルドだ。

これは家畜とする動物、ウサギやニワトリ、ヤギ、グリッドをまとめて買い付けるためと、3週間後をめどにウォルへ定期的な行商の派遣を依頼するためである。


一応、専用の商店はそれぞれ王都に存在しているのだが、何しろ買い付ける数が数だ。

ウォルの住民は2ヶ月後には300人を超える予定だが、魔導士組の食事量も考慮すれば1日で1000食近い食糧が消えていく計算になる。

ウサギとニワトリは500ずつ、ヤギは100、グリッドに至っては千匹単位での仕入れが必要なことを考えると、最初からギルドに相談して店の紹介を受けた方が早そうだと判断した。


ちなみにグリッドとは、この世界で日常的に食べられている、最大で30センチほどの水棲爬虫類だ。

見た目としてはイグアナのようなトカゲだが草食性で繁殖力が極めて強く、味は淡白な鳥肉といったところでプリプリとした食感。

食べ方としては煮込むのが一般的らしいのだが、俺は塩コショウを振って焼いた方が旨いと思っている。

俺が準備した四角湖、現在アリスが水草を植えまくっているであろうあの湖は当然、このグリッドの養殖を行うために設計したものだ。


数千単位の家畜の買い付けにしろ行商の依頼にしろ、俺としては依頼先がわからなかったので総元締めである商人ギルドに紹介を受けにきた。

それくらいの軽い考えだったのだが、しかし俺はきちんと理解できていなかったらしい。

今現在、ソーマという人物がアーネル国内でどのように思われているのかを。


将軍や宰相さえ黙らせる俺が、一般人からどれほど恐れられているのかを、俺はこの建物の中で思い知る羽目になった。





商人ギルド、アーネル支部長『天秤のイラ』。


本名、イラ=レビック。

出身はラルポートで、漁師の父親と粉屋の娘だった母親との間に生まれる。

幼い頃より勉学、特に算術に優れ、父親の漁の手伝いをしながら、母方の祖父から経済と経営の初歩を学んだ。

18歳のとき、ラルポートとラルクス間の水上輸送を行う「イラ船舶」を創業。

その5年後には大型船によるネクタ、サリガシア両大陸との個人貿易も開始し、3年後にはイラ船舶を「イラ貿易」へと改称する。

「売っていないものは、精霊くらい」という刺激的なキャッチフレーズと共にイラ貿易は急成長、各港町に点在する商店の吸収合併を進め、「イラ商会」として独立。

わずか32歳の商会長が誕生した事実は、当時のアーネル国内で非常に大きな話題を呼んだ。

その後もイラ商会は発展を続け、現商人ギルド常務理事にして3席ある副マスターの1席。

商会長のイラは65歳の今も経営の陣頭指揮をとっており『海の2割を持つ男』『商売の大精霊』『大天秤』などのあざなと共に、『白騎士ランドルフ』『水のマモー』といったアーネルの英雄と同列に並び称えられる生きた伝説。

そのイラは今。


カティを啜っていた俺の前で、汗だくのまま土下座をしていた。


突如来訪した黒衣の魔導士に胡乱気な視線を向ける受付嬢に自陣片カードを提示した瞬間。

死人のように蒼白になった受付嬢の耳打ちで、上司らしき中年の職員が一方的に何かをまくしたてながら俺を貴賓室に通し、その後ろで玄関から全速力で走り出ていった受付嬢を見た時点で。

なんとなく、嫌な予感はしていた。


本来であれば数日前どころか数ケ月前からからアポイントをとらなければ絶対に会えないはずの『商売の大精霊』は伝言を聞き、商用で訪れていたラルクスから転移してきた上で走って帰ってきたらしい。

65歳の豪奢なローブを着た老人がゼェゼェと待たせた旨を詫びながら絨毯の上で膝と手をつく光景は、国家を恫喝した俺が慌ててそれをやめさせ、何に対してかはわからないが思わず謝ってしまうほどの悲壮感に満ちていた。


「いや、悪かった……。

別にそこまでしてもらう必要はなかったし、別に話を聞いてもらうだけなら誰でもよかったんだが。

……まぁ、とりあえず座って水でも飲め、……死ぬぞ?」


「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……、い、……いただき、ます……」


まぁ、最初こそ混乱していたイラだったが、30分ほどでようやく落ち着き、1時間がたつ頃には全ての案件に目途をつけてしまったのはさすがだった。


……にしても、だ。

今回の商談であるが、全てを相場に合った適正価格で購入し行商の派遣にも仲介料と経費をきちんと支払う旨を「イラが」了承するまでに多大な労力が必要となったのは、完全な誤算だった。

どうもアーネル国内で俺は「気に入らないことがあれば大規模魔導をぶっ放す、鬼畜外道の虐殺者」と思われているらしい。


強く主張しておくが、断じて違う。


俺は一般市民相手に恐喝まがいのことをするつもりはないし、無意味に法を破るつもりもない。

大規模魔導のくだりは否定できないが、少なくとも必要性を感じない限りは行使するつもりもないのだが……。

毒が回るのが、あまりに早すぎる。

完全に尻尾を丸めた騎士といい、何かを言う前から全面服従の商人といい、国の中枢たる王都の中心地がこんな状況でこの国は大丈夫なのだろうか?


……まぁ、俺が絶対に言ってはいけないことなのだろうが。


イラが用意してくれた甘い焼菓子の手土産 (金貨1枚相当)を片手に、俺は商人ギルドを後にした。

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