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他の令嬢がどんなものかは知らないの。
知らない、と言ってもそれは想像できない、ということではないのよ。
私がいくら世間知らずといえど、本を読んだり人の話を聞けばどんなものかは想像ができるわ。
でもそれはあくまでフィクション。物語や想像と現実が違うことくらいは区別がつく年頃なわけ。
ならなぜ、現実としての年頃の令嬢について私が知らないのか。
それは至極簡単。私が屋敷に閉じ籠もって、友達もいないからよ。
いえいえ、それだと誤解を生むかしら?
別段人見知りというわけではないの。
ただ家を出る理由がなくて、さらには同い年の子と交流を持つ機会がなかっただけ、よ。
私と同じ年頃の貴族子息は王都の学園に通っているそうだけれど、私は通っていないもの。
あぁ、学園。学園っていいわよね。
最近読んだ物語も学園で出会った少年たちが、国を救うために奔走する物語だったの。
青春ってやつよね。いいわね。
もちろん舌の根も乾かぬうちにフィクションと現実を混合することはしないの。だけれど、フィクションというのは現実をある程度は模倣するものでしょう。それに現実は時に物語以上に奇異なものであるのでしょう?
だから平民ながらに伝説の勇者の血を引く勇者候補だったり、陰湿な嫌がらせを繰り返すご令嬢がざまぁされたり、スパダリな殿下が上級生だったり、そういう方々が学園にはいるかもしれないわ。
おっと話しが逸れたわ。
そんな学園に憧れを抱く私が学園に通っていない理由。
それはアーサー・ミークリヤ伯爵とその伯爵夫人が通う必要ない、と否定したから。
私のお父様とお母様ね。
お父様曰く、学園で学ぶようなことはお母様から学べばよい、とのこと。
そう語ったけれど、実際はお金がないからなのよね。
きっと貴族なんだからさぞ裕福な暮らし、と平民なんかは思っているのでしょうね。確かに明日の食事に困るようなこともないし、恵まれた生活なのでしょう。
けれどね、胸を張って貴族です、とは言い難い。
貴族っていうのは何をするにもお金がかかるわけ。
一度も訪れたことのない領地周り。一度も会ったことのない遠い親戚。
何も出費のない日がないくらい。
もちろん同じくらい貴族には収入先があるのよ。
それこそ貴族という権力はいくらでもお金になる。
社会というのは力あるものに有利なようにできているんだもの。
しかし、よ。
誰にだって得手、不得手はあるのよ。
私が毎日のようにお母様から落ち着きがない、と叱られるのと同じ。
お父様は致命的にお金儲けの才覚がないの。
どちらつかずの日和見。この王国内、貴族社会内でのお父様の立ち回りね。
先の王権派と貴族派の対立。記憶に新しい第一王子と第二王子の対立。色々な派閥に分かれた問題というのは毎年のように起こる。
お父様はそのどれらも積極的に介入することはない。
どんな木っ端貴族であっても寄り親の意向に従って、支持を明確にするの。けどミークリヤ伯爵家は王国建立からの由緒ある家だから、と理由になっていない理屈を並べて中立を保ち続けた。
だから派閥争いが終わった後に廃爵や降格などの罰はない。けれど利は何もない。違ったわ、冷遇される、というのがあるわね。
つまり、私、ニア・ミークリヤ伯爵令嬢は学園に通うこともなければ、あえて知己を結ぶ利すらない家の娘。
当然、お茶会のお誘いも親交のある他家のご令嬢など存在していないわけ。
だから他の令嬢のことは知らないの。
だから今この状況のことがよくわからない。
「君は見せかけの妻という役目を果たしてくれればいい。それ以外は好きにすればいい」
目の前に座る侯爵様は長い脚を組み替えると、これ以上は言うこともない、とばかりに紅茶を飲む。しかし一口啜ると眉をしかめてカップを置いてしまった。
あら、安物の茶葉は口にあいませんでしたか。
安物、と言ってもその茶葉はとても希少なものなのですよ。
ふふっ。
安物でありながら希少。希少とは物の持つ価値のひとつであり、価値あるものは高価と決まっている。なのに安物とは如何に。
つまりは紅茶本来に期待される役割を果たしていないからなのよね。
渋みが強く、匂いもよろしくない。紅茶と呼ぶのも憚られる味わい。
価値っていうのは多種多様で……といけない。話が逸れてしまったわ。
つまり私は知らないの。
婚約を持ちかけられた普通の令嬢の反応を。
「婚約……ですか?」
それに婚約というのはこういうものなのかしらね。
もっと甘美なものと本には書いてあったのたげれど。
一応の完結までは全10話毎日更新します。反応が多少でもあればもう少し続けます。




