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絆のトレーニングノート After Six:走り出す未来  作者: たまに何かを書く人
第1章 新しい始まり

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9/20

第八節 悔しさを、次のバトンへ

梅雨の気配が漂い始めた6月初旬。市総体を終えた水泳部は、さらなる高みを目指し、県総体に向けた追い込み練習に励んでいた。5月下旬から続く緊張感は、日に日に増している。


プールサイドには先輩・後輩が整然と並び、ストップウォッチのシャッという音が水音と重なる。三年生たちは個人種目の最終調整に余念がなく、バタフライ、背泳ぎ、自由形、それぞれの泳ぎに集中していた。メドレーリレーを担う四人の選手たちも、その中にいる。


補欠として名を連ねるハルとユキも、先輩たちに交じって泳ぎ、フォームやストロークの一つひとつに意識を向けていた。


プールサイドの端では、さちが助走台の補助をしながら声をかける。


「ユキ、今のターン、すごくスムーズだったよ。腰のライン、すごくきれいだった」


「ありがとう、さち。ハルも最後まできっちり泳いでたね」


ハルが顔を上げ、少し息を整えながら言う。


「うん。でもまだ詰められると思う。市総体よりもっと速くなるよ」


「さち、ラップお願い! もう一回、全力でいくから!」


そう言って、ふたりは再び飛び込んだ。補欠でも、この場にいることには意味がある。その思いを、ひと掻きごとに水へぶつける。


少し離れた場所では、まひろがリンの泳ぎをじっと見つめていた。時折ストレッチを挟みながら、プールサイドを行ったり来たりする。


「リンちゃんのドルフィン、本当にきれい……。私も、いつかあんなふうに泳げるようになりたいな」


リンは水から上がり、息を整えながらそばに来て、まひろの肩に手を置いた。


「きっと、すぐだよ。まひろも、すごくフォームきれいになってきた。引き締まった二の腕、誇らしいくらいだよ」


練習のたびに身についた筋肉の感触を、まひろはしっかりと感じ取った。


──


プールから上がると、全員がプールサイドに整列する。顧問の西園寺先生と部長の瑞希が前に立ち、静まりかえった空気を背に言葉を発した。


「まずは、市総体。みんな、本当によく頑張った。本番は、いよいよ2日後の県総体。今日、明日の練習を、すべて本番につなげよう」


瑞希も一歩前に出て、真っすぐな目で部員たちを見渡す。


「勝ちたい。だからこそ、今ここにいるんだよね。一つひとつの練習を、全部、自分の力に変えていこう。悔いのないように」


全員で一礼し、練習は終了した。


──


練習後。いつものように、5人はトレーニングルームに集まり、筋トレに取り組んでいた。


「ハル、ユキ、今日のタイムすごく良かったよ。フォームも安定してきてる」


「ありがとう、さち。でも、さちだってタイム伸びてるよね。50メートル、前よりずっと速くなってた」


「うん。でも、まだふたりには追いつけない。でも……もっと一緒に頑張りたい!」


「私たちの力で、もっと上を目指そう」


「……うん。もっと、強くなる」


──


そして、いよいよ迎えた県総体当日。会場には湿気を含んだ熱気と、各校の声援が満ちていた。


各種目が次々と進み、メドレーリレーの予選が始まる。出場メンバーと補欠のハル・ユキは円陣を組み、拳を合わせる。


「絶対、決勝へ行こう!」


その掛け声とともに、第一泳者がスタート台へ。笛の音が響き、試合が始まった。


順調に泳ぎが進んでいたが、第二泳者の三年生が、バトン直後に足を痛め、スピードを落とす。それでも必死で泳ぎ切り、次の選手へバトンをつなぐ。


最終泳者の瑞希が強烈なストロークで巻き返し、かろうじて予選通過を果たしたとき、会場には大きな拍手が響いた。


しかし、第二泳者の先輩はプールサイドに座り込む。軽い肉離れだった。


「ごめん……ここまで来たのに……」


悔しさをこらえきれず、目に涙を浮かべて瑞希に謝る。


「大丈夫。私たちでカバーするから」


そう言って、瑞希は静かにハルへ視線を送る。


「ハル、2番手、お願いできる?」


一瞬の静寂の後、ハルは深く頷く。


「……はい。全力で、泳ぎます!」


ユキがそっと声をかけた。


「大丈夫。今までずっと一緒にやってきたんだから、自信持って」


「うん。先輩たちを、ちゃんと上位まで連れていく」


──


決勝。会場中が注目する中、ハルは力強く飛び込んだ。


全身に張りつめた意志をのせて、ストロークごとに加速していく。ターンもスムーズに決まり、しっかりと次の泳者へタッチをつなぐ。


そして最後の瑞希がゴールの壁をタッチしたとき、電光掲示板に浮かび上がったのは「3位」の文字。


惜しくも、広域大会進出には届かなかった。


瑞希とハルはプールサイドで抱き合い、悔しさをこらえきれずに涙を流した。


──


控室。


出場メンバーが揃う中、西園寺先生が静かに言った。


「……よくやった。ここまで来られたこと自体が、奇跡に近い。三年生は、これで引退だ。あとは、お前たちに託す」


瑞希が涙をこらえながら、微笑んで続ける。


「ありがとう。ここまで来られたのは、みんなのおかげ。悔しさもバトンにして、これからもっともっと遠くまで泳いでいってね。絶対に、全国へ行って」


その言葉を受けて、ハルが静かに言う。


「先輩……ごめんなさい。私が、もっと……」


「違うよ、ハル。あなたが飛び込んでくれたから、ここまで来られた。むしろ、ありがとう」


瑞希はハルの肩をやさしく叩く。


──


その後、5人で並んで帰り道を歩く。


「……0.3秒。ほんの少しの差で、広域に届かなかった」


「でも、それが現実で――今の私たちの力なんだよね」


悔しさと、それを超える意志が5人の間に流れていた。


「私たち、もっと強くなる。次こそは、あの舞台へ」


「絶対に、行こう」


拳を握り合い、誓い合う。


夕焼けの光が彼女たちの背中を包み込み、長く伸びた影がまっすぐ未来へと続いていた。


挿絵(By みてみん)

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