第四節 初心者だったあの日と、いまの私と
夏休みに入り、日差しは日を追うごとに強さを増していた。
蝉の声が絶え間なく響くなか、水泳部の活動は変わらず続いている。
ある日の部活終わり。着替えを終えた部員たちが、再びプールサイドに集まっていた。
そこに立ったのは、部長の澪と顧問の西園寺だった。
「来月、市の中学校水泳大会に出場します。例年通り、全員エントリーです」
西園寺の声に、部員たちの表情がきゅっと引き締まる。
どよめく代わりに、静かな決意が各々の眼差しに宿った。
「去年のタイム、絶対に超えたい」
「今年は平泳ぎで記録更新狙うよ」
「個人メドレー、フォーム崩さないように気をつけよう」
さちもその中で、そっと拳を握っていた。
あの大会……
小学生の頃、初めて出場した水泳大会。
スイミングスクールの初心者クラス。緊張と期待のなか、飛び込んだあの日。
今の自分は、あのときより、どれだけ強くなれてるかな
隣でユキが、ぽつりと口にした。
「本番の水って、やっぱり空気が違う。でも、積み重ねてきたものは裏切らないよ」
「うん。自分のベストを、しっかり出したい」
リンとまひろも、真剣な表情で頷く。
ハルが明るく声を上げた。
「さあ、目標に向かって、また明日から全力でいこう!」
「おーっ!」
プールサイドに響く声が、夏空の下に弾けるように広がっていった。
⸻
部活動後のトレーニングルーム。チーム・トレノの5人は、いつものようにストレッチと
補強トレーニングに取り組んでいた。
マットの上でストレッチをしながら、ハルがふとつぶやく。
「さちの初めての大会、覚えてるよ。飛び込み前、緊張で顔真っ白だったよね」
「でも、スタートしたら意外と冷静だった。ゴールしたとき、“楽しかった!” って笑ってた
よね」
ユキも笑いながら、懐かしそうに言った。
さちも目を細めて頷いた。
「うん……あのときは、“泳げるようになった” だけで嬉しかった。でも今は、“もっと速くな
りたい” “もっと強くなりたい” って思える。……あのときの自分に、今の私を見せてあげ
たいな」
その言葉に、リンとまひろもゆっくりと頷いた。
「今度は中学生として、チームの一員として出場するんだもんね」
「うん。ひとりじゃない。みんなと一緒に、挑むんだ」
静かな部屋に、5人の気持ちがひとつになる音が聞こえた気がした。
⸻
大会当日。
市民プールには、各中学校の代表選手たちが集まり、熱気に包まれていた。
チーム・トレノの5人も、それぞれの種目に向けて準備を進めていた。
背中に書かれた中学校の名前が、今の立場と責任を改めて感じさせてくれる。
そして、さちの番が来た。
スタート台に立ち、水面をじっと見つめる。
去年と同じプール。でも、私の体も、気持ちも、全部違う
ゴーグルを直し、深く息を吸う。
大丈夫。ここまでやってきた。自分を信じて――
「オンユアマーク――」
合図とともに、さちは力強く水面へと飛び込んだ。
水の中で、ただまっすぐに前を見ていた。
全力で泳ぎ切り、ゴールタッチのあと、水から顔を上げる。
「さち!」
「ナイス! 今の泳ぎ、最高だったよ!」
ハル、ユキ、リン、まひろがプールサイドに駆け寄ってくる。
ハルは50m自由形で2位、ユキは背泳ぎで3位。
澪は100m平泳ぎで堂々の1位を獲得していた。
タオルをかけられながら、さちはそっと掲示板のリザルトを見た。
「……3位。……ほんとに……?」
驚きと喜びが混じった瞳が、じんわりと潤む。
「やったね、さち! 本当にすごいよ!」
「すごい成長! 私まで嬉しくなっちゃった!」
まひろとリンが、満面の笑みで手を取る。
「私もタイム更新できた! 入賞は逃したけど、今まででいちばん納得できる泳ぎだっ
た!」
「わたしも、練習のときよりいいタイムが出た! 嬉しい!」
トレノの5人が肩を組み、喜びを分かち合う。
その光景を、少し離れた場所で見守る澪と西園寺。
「
……あの子たち、本当にすごいですね」
「うん。仲間と一緒に、本気で泳いでる。“勝ち負け” だけじゃない、“証” としての記録を
刻んでる」
澪の言葉に、西園寺は深く頷いた。
水しぶきの向こうに、新たな絆が静かに光っていた。




