お披露目会の裏で事件は起こる 3
そこは、ダンジョン内にあるとは思えない普通の事務所になっていて、机にはたくさんの魔道具が並べられ、奥には応接セットまで用意されていた。
ダンジョンには、全域にお父様の作った魔道具が配置されていて、魔力量や魔獣の出現状況に異常が出た時に、ここで感知出来るようになっているの。
これは世界初の試みだということで、先程お父様が外の広場で来賓客に説明をしていたわ。
「異常はない?」
「問題ありません」
他にもこの六角形の建物には、警備員の休憩室や非常時に転移してくる場所として使用できる部屋も用意されている。
ダンジョンでの勤務はずっと気を張っていないといけないから、福利厚生は大切よ。
賑やかな広場に戻るのは気が引けて、部屋から顔だけ出して様子を見てみた。
英雄公爵が揃っているからか、来賓の貴族たちから不安はいっさい感じられない。むしろ興味津々だわ。
さっきヒューが、英雄公爵はいつまでも領地に引っ込んでいられないって言っていたでしょ?
ひさしぶりに会えたからとダンジョンそっちのけで、コンラッドおじ様やダンおじ様と話をしている人を見ると、やっぱりまだまだ彼らの存在は大きいんだなって思わせられたわ。
まだ彼らが領地に引っ込んで一年経っていないんだから当たり前ではあるのだけど、でも我が国はあまりに英雄公爵たちに頼りすぎよ。
他国が我が国と友好関係を保ち続けたいと考えているのも、英雄たちがいるおかげで戦力が爆上がりしているからだし、コンラッドおじ様が宰相として、ダンおじ様が近衛騎士団長として、国王陛下を支えている安定した状況が続いていたというのも大きかった。
そしてお父様は魔法の結界と魔道具で、王宮を始めとした要所の防御力を高め、国内にダンジョンが生まれないように目を光らせているわ。
でも英雄公爵たちは永遠に生き続けるわけじゃないのよ。
彼らがいなくなった後はどうするの?
おそらく英雄の子供たちがそれぞれの分野で活躍しているから、いずれは後を継いでくれると考えているのではない?
ルイスとユーグは領地と王宮を行き来して働いているし、コンラッドおじ様と入れ替わりにマシューが王都に生活の拠点を移して、精力的に動いている。
それに次期国王は英雄のひとりであるアーチなんだから、誰も不安なんて感じていないのかも。
……だからね、アーチがコールリッジ公爵家に婿入りするなんてありえないし、私も英雄の子供として強くなくてはいけない。
「アメリア様」
シンディーに呼ばれてはっと我に返った。
ひさしぶりにたくさんの貴族を見たからって、思考が妙な方向に進んでいたわ。
「お話をしたいようで、先程からお待ちになっていらっしゃる方々がいますよ」
「え? 私に?」
シンディーに言われてカウンターまで出て行くと、少し離れたところで談笑しつつも何人もの人たちが私のほうを見ていた。
初めて私に会う人がたくさんいるんだから、ここはちゃんと説明要員にならなくては。
「コールリッジ公爵令嬢ですよね?」
そう思ってカウンターの外に出たら、すぐに若い男性が声をかけてきた。
「学園で何回か言葉を交わしたことがあるんですが……覚えていらっしゃらないかな」
「おい、抜け駆けすんな。こんにちは。おひさしぶりです」
えええ!? 四人も殿方が話しかけてきた。
全員が学園でお話をしたことのある人なの?
どうしましょう。誰ひとり憶えていないわ。
「いつも活躍は見させていただいていました」
「こう、ふわっと紙を空中に投げるのが格好よくて、私も毎回見ていました」
「僕もです」
「そ、そうですか」
そんな大勢が見物していたの!?
正面門の前で魔法を使っていたから目立つ場所ではあるんだけど、誰も掃除の魔法なんて興味を持っていないと思っていたのに。
「最近は王宮にいらっしゃらなくなって残念です」
「こんな立派なダンジョンを造っていらしたならしかたないですね」
「でもこれからは社交界にも顔を出す予定なんですよ」
「そうなんですか」
「お会いできる機会が増えるかもしれないんですね」
うーん。ダンジョンについては、なにも質問はないのかな。
私としてはダンジョンや魔法陣のお話がしたいのだけど。
「ほう、ダンジョンより娘に興味があるようだな」
「俺の婚約者に近付かないでもらおうか」
今ばかりは、お父様とアーチがいてくれてほっとしたわ。
まさか私が、男性に興味を持たれる日がくるなんて……ってそうか、公爵令嬢でダンジョン制作のノウハウを知っているとなったら、どこの貴族も囲い込みたくなるわね。
「まさか、こんなふうに声をかけられるなんて。ダンジョンのおかげで私の置かれた状況は変化しているのね」
慌てて立ち去った男性たちの背中を見ながら呟いたら、お父様とアーチに呆れた顔をされてしまった。
「前から興味は持たれていたんだ。だが、この英雄公爵が娘を外に出さないから、彼らは何も出来なかっただけだ。それが今日、想像していたよりずっと可愛い子だとわかって、さっきから男共が大騒ぎだ」
「そうなら、おまえはもっと私に感謝するべきではないか?」
「感謝しているよ。変な噂を広めようと必死になっていたグレンダにもな」
グレンダ……ひさしぶりに聞く名前だわ。懐かしい気さえする。
彼女はあれからどうしているのかしら。
「そこ、見学者はどんどん来るんだから、怠けていないで相手をしろよ」
ヒューに怒られてしまったわ。
「シンディー、男共をアメリアに近付けるな」
お父様、無茶を言わないで。いちおう彼らも来賓なのよ。
「私は向こうで転移する人達に声をかけることにします。いざとなったら強制転移しちゃえばいいんですから」
昼食会会場に移動する人に挨拶だけはしておこう。
ここでまた引っ込んでしまったら、今までと変わらなくなってしまうわ。
そうしていろんな人と言葉を交わして気付いたのは、みんなの話していた通り、魔法陣は邪道だなんて思っている人はいないし、私を出来損ないだなんて考えている人もいないということだった。
もちろん本人を前にしているのだから本音を隠している人もいるでしょうけど、労いの言葉をかけてくれたり、魔法陣に興味を持つ人が多いのは嬉しいわ。
あとは、見た目を褒めてくれる人が多くて、お世辞でもありがたいし照れくさかった。
今までは魔力の量や強さばかりが話題になる世界にいたから、こんなに見た目についての言葉を聞くのは初めてよ。
女性にとっては見た目が重要って考えているのかなって、それはどうなのって思わないでもないけど、初対面の人と話す時の話題ってむずかしいじゃない?
私なんてほとんど自分から話題を振れていないもの。
こういう時は褒めるのって無難だし、素直に受け取っておけばいいんじゃないかしら。
少なくとも、社交界で自分の容姿に自信が持てずにびくびくする必要はなさそう。
お世辞でも、相手は私を喜ばそうと思ってくれているってことよ。
「アメリア様、グレンが戻ってきました」
来賓客がひととおりダンジョンを見学し終わる頃、シンディーが足早に近づいてきた。
「どうやら問題が起きているようです。フィンリー王宮魔道士の御家族も一緒なので、あちらの部屋に待機しています」
家族も?
いったい何があったの?
「行くわ」
急いで広場を横切りカウンターの奥に入っていく。
私の様子から何かあると思ったのか、最後のグループの来賓客やお父様たちが私のほうを見ていたけど、今はそれどころではないわ。
「アメリア様」
事務所の奥のソファーセットで、フィンリーと彼の奥さんがふたりの幼い子供を抱きしめて座っていた。
誰かがお茶を用意してくれたようで、テーブルの上に暖かな飲み物が置かれているのに誰も手を付けていないみたいだ。
ひと目で怯えて疲れ切っているのがわかる。
子供たちは泣き腫らしたのか目の周りが赤くなっていた。
「アメリア様、ちょっとやばいことになっているようです」
すぐにグレンが近付いてきて、小さな声で言った。
子供たちを怖がらせたくないものね。
「フィンリーは家族の保護を求めています。それと、アメリア様や英雄公爵と話がしたいそうです。よかったですよ。ちょうど追われている彼らに遭遇出来たので、急いで転移で連れてきたんです」
「追われて? 誰に?」
「王宮魔道士です」
思わず顔が険しくなってしまう。
フィンリーのほうを見たら、彼は覚悟を決めた表情でじっと私を見ていた。
「わかったわ。ご家族は屋敷に案内して休んでもらいましょう。そこなら安心よ。フィンリーは私と一緒に広場で英雄公爵たちに会ってもらうわ」
「はい」
フィンリーが子供から離れて立ち上がろうとしたら、女の子がはっとして彼の服を掴んでしがみついた。
「いや、いや……パパ」
「大丈夫だ。きみたちは先に安全な場所に行っているんだ」
「いやああ」
「リサ、落ち着いて。もう怖いことは起こらないのよ」
大きな声をあげて子供が泣きだしてしまったので、奥さんがどうにか宥めようとしているけど、彼女も不安そうだ。
もうひとりの子供のほうもえぐえぐと泣き出してしまった。
「誰かお菓子を持っていない? それと毛布を持ってきて」
「あ、ここにあります」
甘いものを食べて落ち着いてもらおう。
無理に別行動させるより、ここで待ってもらったほうがよさそうだわ。
「すみません。今すぐ泣き止ませますので」
「落ち着いて。大丈夫だよ。彼女は頼りになる方だ」
公爵家の人間の前で騒いだら怒られると思っているのかしら。
この状況でそんな無茶なことは言わないわ。
「子供たちが怯えているみたいだから、先に屋敷に行ってもらうよりここで待っていてもらったほうがいいみたいね。ここはダンジョン内の事務所だから、騒いだって大丈夫よ」
外にお父様たちがいることは奥さんには黙っていたほうがよさそうね。
「毛布でくるんであげて」
すぐに毛布が運ばれてきたので、私は泣いている女の子にしゃがんで話しかけた。
「パパはお隣のお部屋で少しだけお仕事の話をしなくちゃいけないの。でもすぐに戻ってくるから、ここでお菓子を食べて待っていて。そしてお話が終わったら家族全員でゆっくりできる部屋に行きましょう」
「……すぐ?」
「うん。すぐよ」
いったいどこにしまってあったのか、ダンジョン内とは思えないほどいろんなお菓子がテーブルに置かれていく。
初めて見る物もあるようで、子供たちはお菓子に目を輝かし始めた。
「今のうちに話を終わらせてしまいましょう」
「ありがとうございます」
「いいのよ。それにきっと王宮魔道士が追いかけまわすほどの情報があるんでしょう? 礼を言うべきなのは私たちのほうなんじゃない?」
髪も服もぼろぼろで埃まみれのフィンリーは、何度も家族のほうを振り返りながら出口に向かい、扉の前で大きく深呼吸してから外に出た。




