領地での生活 2
……しかたないわ。ダンジョンが出来ればたくさんの貴族が見物にくるだろうし、この町に住む人たちに慣れてもらういい機会だと思いましょう。
「もっと大きな馬車で来ればよかったわね」
背の高い男性がふたりも増えると、馬車の中が窮屈に感じる。
いえ、いっそ馬で来ればよかったのかもしれない。
私とシンディーが並んで座ったせいで、アーチとヒューが並ばなくてはいけないのが不満みたいで、文句ばっかりでうるさいから途中で放り出そうかと思ったわ。
邪魔にならないように端のほうに座っているシンディーがかわいそうよ。居心地悪そうに窓の外に視線を向けたまま動かないじゃない。
「重要な話があるんでしょ? 店はすぐそこなのよ」
「わかったよ。……ダンジョンの話なんだ」
ダンジョン?
ヒューは他国のダンジョンで問題が起こった時に、お父様と一緒に対処したことがあるし、一流の冒険者の意見も聞きたいからと協力をお願いしているの。
彼の所属する五人組のパーティーは、隣国では有名な実力のあるパーティーなのよ。
「まだ五層までしかないってのに、ダンジョン内の魔力の流れに異常があるんだよ。全体的に魔力が多すぎるとか少なすぎるならわかるんだけどさ、部分的に異常に高い場所が存在するんだ」
「どの層のどの場所なの?」
「それが、一層とか二層とか普通は一番安定している弱い魔獣しかいない層なんだよ。しかも毎回、異常の出る場所が変わるんだ。だから地形的な問題じゃない」
「そんな報告……受けていない」
ダンジョンの魔力をコントロールするのに使用しているのは私が作った魔法陣なのに、なんで私が知らないの?
「アンブローズ様が止めているんだよ。アメリアに心配かけたくないってさ」
「あの野郎、すぐにそうやって公私混同する」
「そうなんだよ。アメリアをよく知らないやつが聞いたら、大魔道士は娘をたよりない子供だと思って、ダンジョン作成に関わらせたくないんじゃないかって、悪くとらえるかもしれないだろう?」
実際、お父様は私をまだ子供だと思っているのよ。
領地の復興のために処理しなくてはいけない仕事が多くて、ダンジョン作成をお父様に任せていたせいで、いつの間にか私は蚊帳の外に追いやられていたのね。
それが父親として娘を思っての行動だとしても、コールリッジ公爵家の今後にも関わるプロジェクトで、発案者は私なのにそんな態度を取られたら、周りから見てどう思われるかをまったく考えていないんだわ。
「あの三人組はさ、確かに天才かもしれないけど人間性に問題があるよ。自分のやりたいように動きすぎなんだ」
「まったくだ」
「見た目のせいで理想の指揮官みたいに思われているけど、相手の心情なんてまったく気にしていない」
「……コンラッドはましじゃないか?」
「親父はおふくろがこわいだけだ」
さっきまで喧嘩していたくせに、ふたりで英雄公爵の愚痴を言い始めたわ。
ユーグや、マシュー、ルイスはそれぞれの仕事や立場があるから、アーチを王太子として扱うけど、ヒューはそんなのまったく気にしないで昔のままの態度で話すのが、アーチとしては嬉しいみたいで、ふたりで行動していることが最近は多いのよ。
「俺のほうも、おそらく同じような結論になりそうな話なんだ」
彼が私のほうを向いたので、いったい何を言う気なのかと身構えた。
アーチって鋭い正論を真正面からぶつけてくるんだもの。
そういう態度は親しい人にしかしないってわかっていても、考えさせられてしんどい時もあるの。
「今年は国王の誕生日パーティーに出席するよな?」
「……」
「……なんで答えないんだよ」
国王陛下のお誕生日に王宮でパーティーが行われているのは、もちろん知っていた。
でも私は一度も出席したことがないのだ。
「私には招待状はきていないわよ?」
「「はあ?」」
な、なによ。
ヒューまで呆れた顔をしないでよ。
「そんなわけがあるか。高位貴族には家族で出席するようにと全員の名前入りで招待状を送っている。コールリッジ公爵家の招待状にはおまえの名前だって書いてあるぞ」
「……え」
だってお父様もお母様も、あなたは出席する必要がないって言っていたのよ?
英雄公爵家が集まって、王族の方々を招いてお祝いをする食事会が毎年行われるから、それに出席すれば大丈夫だって。
だからてっきり私だけが招待されていないんだと思っていた。
「俺ですら、いまだに毎年招待状に名前が載っているんだぞ。七年前に何もしなかったくせにでかい顔をしている公爵たちや、ランプリングを野放しにしている国王と付き合うのが嫌で、俺が国を出たのを知っているのにだ。それなのにアメリアの名前がないなんてありえない」
国外にいるとわかっているのにヒューは招待されていた?
それなのに私だけ招待されないなんて……ありえないってわかっているけど……。
「私は……あの……出来損ないで嫌われているから、おめでたい席に顔を出したら迷惑なんじゃないかな?」
「誰がそんなことを言ったんだ!?」
「誰が? いえ、直接言われたことはないけど」
「そもそも、おまえを出来損ないだなんて言うのはグレンダの周りのやつらと、王宮魔道士以外にはいないぞ。それに俺やロザリンドが、おまえにだけ招待状を送らないなんてことを許すはずがないだろう」
じゃあ……じゃあなんで私だけ出席しないでいいと言われてきたの?
エメラインはお母様とドレスを新調して、毎年参加していたのに。
いえ、なんで私は今までそれをおかしいと思わなかったのよ。
社交界には興味がないって家族に言っていたけれど……、まさかそれで?
「おい、悪く考えるなよ。アンブローズとコリンナ夫人が、おまえだけ差別するなんてありえないぞ」
「アメリア様」
アーチもシンディーもそんな深刻な顔をしないで。
あのお父様やお母様がそんなことをするわけがないって、私は誰よりもわかっているわ。
エメラインだって、自分の英雄はお父様じゃなくて私だって周りに言うくらいの子なのよ。
だからたぶん、私を守りたくて、私に嫌なことをさせたくなくて、出席しなくていいと言ったんだわ。
そして私は、そんな家族に甘えて、疑問に思うこともなく、好きな魔道の研究や訓練だけをしていたんだ。
「またアンブローズ様のせいなんだな」
ヒューの呆れた表情がつらい。
お父様がそういうことをしていたというのは驚きだけど、それ以上に、気付かずにいた自分の愚かさがつらい。
「……店に着いたのか」
ああ、自分のふがいなさに落ち込んでいて馬車が停まったのに気付かなかった。
「この話はこれで終わらせるわけにはいかない。ちょうどいい。俺のいうことは信じられなくてもドリーンの話なら信じられるだろう。俺も一緒に行くぞ」
「待って。あなたが顔を出す前に、ドリーンに説明させて」
「おまえの説明は当てにならない。頭がいいくせに、自分のことになるとずれているって自覚を持て」
ずれてる? 何が?
「ほら、降りろ。そこのおまえ」
アーチはさっさと馬車を降りて、まだ中にいるシンディーに声をかけた。
「コールリッジ公爵家の者達と英雄公爵たちに、集合するように伝えろ。どうやらそろそろはっきり言わないといけないようだ。どいつもこいつもアメリアを箱庭に閉じ込めるような真似をしやがって」
「待て待て」
さっさと降りようとしたアーチをヒューが止めた。
「その役目は俺がする。彼女じゃ立場的にしんどいだろう」
まあ、ヒューったら、いつの間にかすっかり頼りになる男性になっているじゃない。
たしかにシンディーが私の傍を離れるのはまずいし、お父様はまだしもダンおじ様やコンラッドおじ様に話をしなくてはいけないのは気の毒だわ。
「そうか、たのむ」
「まかせろ。あいつらはアメリアが大好きで、悪気がないから余計に厄介だ」
「本当にそうなんだ」
ふたりして大きなため息をつかないで。
さすがに私も、これはどうにかしないといけないと思っているから。
「……あのいけすかない公爵家の人間どもと和解したんだよな」
馬車の外で私が降りるのを待ちながら、ヒューは話しにくそうに目をそらした。
「そうよ。ドリーンもセレストも丁寧に謝罪してくれたのよ」
「聞いたよ。マシューがセレストと婚約したこともさ。お披露目会には彼女がくるから、挨拶しろって言われているんだ」
ダンジョンの途中経過を報告するお披露目会を、十日後に行うことになっている。
我が国初の人が作成して管理するダンジョンには注目が集まっていて、その日には国中から貴族が集まることになっているのよ。
異常が検知されているままで行うわけにはいかないわ。
明日にでも、お父様にも知らせずにダンジョンに突撃しようじゃないの。
「アメリアはセレストって子とも友達なのか?」
ヒューにとっては、国王陛下も由緒正しい公爵家の人達も、わだかまりのある相手なのよね。
それなのに兄のマシューがセレストと結婚すると聞いて、納得できないのだろう。
でもだからって反対できる立場でもなくて、もやもやしているんだろうな。
「友達になろうとしているところよ。彼女とドリーンと親しくなったことで、今まで見えていなかったことが見えるようになった気がするの。私の世界って狭かったのね」
「そうか……」
周りの人達の関係が変わっていく中で、ヒューも変化を受け入れるのか、このまま自分の思う通りに生きていくのか、迷っているのかもしれない。
彼が帰ってきてくれたら家族は喜ぶだろうし私も嬉しいけど、でもそれが彼にとっていいことなのかはわからないから、私からは何も言えないわ。




