出来損ない王宮魔道士 2
「それは私の力量では出来そうにありませんね。残念です」
「……あいつ、アホなのか?」
「変わり者だって話は聞いたことがある」
なんで引かれているのでしょう。
あまりに熱心に尋ねるものだから、気持ち悪いって思われてしまった?
それとも当たり前のことすぎて、今更聞くなんて非常識だと思われたのでしょうか。
「あ、いけない。もう門を開けていただいて大丈夫です」
こうして雑談をしている間も、門の向こうでは馬車が列を作って待機しているはず。
どうも私はひとつのことに夢中になってしまうと、他に目がいかなくなる癖があるので注意しなくてはいけないわ。
「そうですわね。私たちも移動しましょう。コールリッジ王宮魔道士、彼らが魔法陣を使わないのは、複数人で分担して掃除を行っているからですよ」
邪魔にならないように建物側に移動しながら、王宮筆頭侍女が教えてくれた。
なるほど。私みたいにひとりで仕事をしなくていいのですね。
「ふん。侍女が偉そうに」
「そんな雑用は王宮魔道士の仕事じゃないんだよ」
「おまえたちが自分でやればいいんだ」
「聞き捨てなりませんね」
王宮筆頭侍女の冷ややかな表情と声に、何もしていない私のほうがこわくて少しだけ後ろに下がった。
どうして彼らは、自らの立場を悪くするようなことを言うのでしょうか。
しかも王宮で働いていながら、王宮筆頭侍女を知らない?
以前は王妃様の侍女をしていたこともある、由緒正しい侯爵家の出の国王陛下にも絶大な信頼を寄せられている女性なのに。
「話には聞いていたが、王宮魔道士は礼儀をわきまえていないようだ。氏名と部隊名を述べなさい」
「はっ! 何を言って……」
「おい、まずい。この人は伯爵家の当主だったはず」
「え?」
「私は王宮修繕管理部門の部長で、あちらの女性は王宮筆頭侍女様だ。あなたたちの態度は到底許されるものではないぞ。氏名と部隊名を」
眼鏡を指先であげながら淡々と話す姿は、どこからどう見ても切れ者という印象にふさわしいのに、あの魔導士たちは彼が自分より下の人間だと思ったということ?
「筆頭侍女!?」
「なんでこんなところに……」
ようやく自分たちがまずい相手を怒らせたと気付いたみたい。
魔道士は研究ばかりしていて世間の常識には疎い人が多いとはいえ、身分制度の厳しいこの国の王宮に勤めていて、誰かれかまわず尊大な態度をとるのは自殺行為でしょう。
「いや、俺たちは……」
「その……」
名乗れと命じられているのに、なぜ名乗らないの?
冷や汗をかいて仲間同士で目を見かわし合いながら、徐々に後退っている。
「お、俺たちは王宮魔道士なんだぞ」
「それがどうしたんだ?」
「なっ」
彼らは魔法が使える自分たちは選ばれた人間なのだから、特別扱いされるのは当たり前だと考えている。
確かに絶えずダンジョンの恐怖にさらされていた頃は、魔道士は魔獣退治に欠かせない存在として特別扱いされていたと聞くわ。
でもダンジョンが生み出される仕組みが解明され、対策方法もわかっている現状では、まずダンジョンは滅多に生まれない。
たまに他国でダンジョン関連の騒ぎが起こるのは、対策を怠ったか、魔物の素材がお金になるために故意に作ったダンジョンに、想定以上に強い魔物が生まれてしまったからだ。
我が国ではもう七年間もダンジョンが発見されていないため、王宮魔道士は年に数回、他国へダンジョン攻略の手助けに行く以外、今のような生活魔法を活用する以外の仕事がないのだ。
つまり王宮にいるのは、掃除以外で彼らが魔法を使用する姿を見たことがない人がほとんどなのに、ああして偉そうな態度をとるものだから、嫌われて呆れられているのに本人たちだけが気付いていないのよ。
「名乗る気がないようだな。コールリッジ王宮魔道士、彼らの部隊と氏名を教えてくれないか?」
「申し訳ありません。存じません」
「え?」
「私はどこの部隊にも所属していませんしひとりで任務を遂行しますので、他の魔道士に関わる機会がほとんどないのです」
「部隊に所属していない!? どういうことだ?」
「まあ、なんですって!」
うう……恥ずかしい。
ディクソン部長と王宮筆頭侍女だけでなく、その場にいた侍女や侍従たちからも驚きと憐みの視線を向けられてしまった。
ひどいボッチ宣言だものね。
「なんで……あ」
いつのまにか王宮魔道士たちが、背を向けて逃げ出していた。
あんなに必死に逃げたって、顔を見られているのだからちょっと調べれば身元なんて簡単にわかってしまうのに……格好悪くて同僚として恥ずかしい。
「同僚が御迷惑をおかけして申し訳ありません」
私に出来ることは謝罪することくらいだわ。
「きみが頭を下げる必要はないよ。それより部隊に所属していないというのはどういうことだ?」
「私は生活魔法しか得意ではありませんし、父が……あれなので、厄介な存在なのでしょう」
「訓練は?」
「自宅に訓練場がありますので、王宮の魔道訓練場はここでしか訓練を出来ない者達に譲るように言われております。それに、今日のような仕事のある日以外は出勤しなくていいと言われておりますし……」
「なんてことなの。それはコリンナ様やローズ様はご存知なの?」
王宮筆頭侍女は私の腕を掴んで真剣な表情で尋ねてきた。
そんなにおかしい待遇なのかしら。
もう五年もこういう生活をしているせいで、すっかり慣れ切ってしまっていたわ。
「いえ、詳しくは話してはおりません。もともと王宮魔道士部隊に配属になった経緯もいろいろとありましたし、心配をかけたくはありませんので。でも、うちの魔道団の者達と毎日しっかりと訓練をしているんですよ? 自由な時間も持てますし、私としては特に不満はないのです」
「そういう問題ではありません。王宮魔道士部隊に正式に在籍している以上、他の者たちと同じ待遇を受ける権利があるはずです。ましてや、あなたは英雄……いえ、すみません。あなたに言うべき話ではありませんね」
「王宮筆頭侍女殿、それはまた別の場所で話しましょう。私としても仕事を疎かにする王宮魔道士の多さは問題だと思っております。部隊の在り方から見直す時期なのかもしれません」
そんな大問題に発展してしまうほど、魔道士たちはいい加減な仕事をしているの?
今もお父様が率いるコールリッジ公爵家の騎士団や魔道団と一緒に、王宮魔道士も隣国のダンジョン制圧の手伝いに出兵しているはずでしょう?
それこそが王宮魔道士本来のお仕事なのよね?
「コールリッジ王宮魔道士、本日も素晴らしい仕事ぶりでした。またよろしくお願いします」
私にまで丁寧な対応をしてくださるなんて、ディクソン部長は素晴らしい方だわ。
「ところで、魔力回復ポーションを飲まなくても大丈夫ですか?」
「ディクソン部長、彼女の魔力量であればこの後、北側の側面の壁の清掃をしても問題ないのですよ」
「……は?」
いけない。
このままここにいたら、もっと掃除をしてくれと言われてしまうかも。
「それでは私はこれで失礼します。明日までには報告書を提出します」
「はい。ご苦労様でした」
王宮筆頭侍女に会釈し、踵を返してそそくさと歩き出す。
「あれで落ちこぼれ? ありえないでしょう」
「本当に。英雄たちの普通の基準がよくわかりませんわ」
「英雄の普通? ……彼女は英雄たちに普通だと言われているんですか?」
背後で王宮筆頭侍女とディクソン部長がなにやら熱心に話をしているみたいだけど、私は巻き込まれたくないからさっさと退散しなくては。
王宮魔道士部隊の再編成なんて話に、私が関わっていたなんて噂が広まったら大変だわ。
もう悪意を向けられるのは慣れているし、興味のない赤の他人にどう思われようとかまわないけど、自分から面倒に巻き込まれていくほどには物好きではないのよ。




