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生活魔法しか使えないのに英雄たちに愛されてるんですか? 落ちこぼれ魔道士と救国の五英雄  作者: 風間レイ
一章

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プロローグ  2

「暗くてよく見えないな」


 ホールに着いてすぐ伝令の魔道士と二人の騎士、そしてユーグとルイスとヒューが中庭を見渡せる大きな窓に張り付いた。


「あ! あれだよ。空中に穴があいているんだ」


 ヒューが指さした先を見て、背筋が凍った。

 夕焼けに赤く染まった空の下、中庭の先の空間に黒い穴があいている。

 あの禍々しさは何?


「誰がやっているんだ? どこかに魔道士がいるはずだ」

「なんでここに?」


 伝令の人達の話し声も、ちゃんとは耳に届かなかった。 

 徐々に広がった穴から、巨大な足と腕が出てきたからだ。


「うそだろう。オウガだ」


 オウガですって?

 誰かがうちの中庭に魔獣を転移させたということ!?


「これはまずい。皆を避難させないと」

「避難? どこに?」


 騎士に向かってルイスが冷ややかな声で言った。


「俺たちが逃げたら、あの魔獣は町に向かうかもしれない。大惨事になるぞ」

「しかし……」

「覚悟を決めるしかない」


 ユーグまで何を言っているの?

 見てよ、穴から出てきた巨体を。


 真っ赤な空を背景に禍々しい姿を晒して、きょろきょろと物珍しげに周りを見ている。

 大きな鼻と鋭い牙の生えた口。額は角のようにせり出し、目は獲物を探して光っているのよ。


「もう一匹出てきた」

「おい、急いで連絡を。援軍を送ってもらってくれ」


 騎士のひとりに言われ、魔道士はすぐに転移で消えた。

 その間にもさらに一匹のオウガが現れて、ゆっくりとこちらに歩き出している。


 ……こわい。手が震える。

 ガチガチと歯が鳴るのを止められない。

 ここには伝令のふたりの騎士以外は、使用人と子供たちしかいないのよ?

 戦えるわけがないじゃない。


「おい、あそこに人がいるぞ」

「ここの人間か?」

「ああ、扉を開けてくれ」


 うちの従者だわ。

 ふたりもまだ外にいたの?


「うわあ、助けてくれ!」


 中庭に続く扉を開けたら、絶叫が聞こえてきた。

 その声のせいでオウガも彼らに気付いたみたいだ。


「弓で攻撃されているぞ」

「あっちに襲撃者がいるんだな」

「早く来い! 走れ!」


 みんなの声が遠くに聞こえる。

 こんなのが現実だと思えなくて、ただこわくて、何も考えられない。


「アメリア! 食堂の防御を強化するんだ」


 肩をがしっとユーグに捕まれて、痛みで我に返った。


「魔法陣はどうした? 詠唱は苦手だからと魔法陣を用意したんじゃないのか?」


 ああ、そうだわ。

 お父様にみんなを守ってくれと言われていたんだ。

 食堂にはお母様もエメラインもいるのに、私は何をしているの?


「すぐにやるわ。彼らが中に入ったら防御結界を広げるから」


 空中に手を伸ばし、収納魔法で作った空間からファイルをまとめて取り出して、必要なもの以外は地面に落とした。

 夕べ、何かあった時にとお父様がくれた魔法陣を使おう。

 いくつもの防御魔法を一度に使える魔法陣よ。


「発動!」


 まだ手が震えているけど、紙を掴むことは出来るから大丈夫。

 紙を空中に放り投げて、次々に魔法陣を宙に描き出していく。

 薄暗いホールに浮かび上がったのは、食堂を中心にした防御魔法と、二人の騎士とユーグにかける防御魔法だ。


「おお、ありがとうございます。これはすごい。彼らを迎えに行ってきますよ」


 防御魔法をかけた騎士たちは、俄然やる気になって駆け出して行った。

 たぶん、少しは勝てる見込みがありそうだと思ってくれたんでしょう。


「大事なひとり息子に怪我をさせたら、ダンおじ様に申し訳ないわ」

「だからって俺にだけ?」

「ユーグは近接武器でしょ? 魔法防御も重ね掛けしてあるから、遠慮なく魔法攻撃できる」

「大事なひとり息子ごと攻撃する気か」

「今の私は知能が低下しているの。難しいことは言わないで」


 対象を絞る余裕なんてないわ。

 それよりオウガの歩く速度が意外に早くてびっくりよ。

 このままだと彼らが追い付かれてしまう。


「えーっと……これじゃなくて……こっちだ」


 ファイルを拾い上げ、必要な魔法陣の描かれた紙を取り出す。

 私はお父様のようには強い魔法が使えないから、たくさん攻撃するしかないの。

 先程防御魔法用の魔法陣を使用したのと同じ要領で、攻撃魔法の魔法陣を空中に投げていく。


「おい、なにやってんだ?」 


 十以上の魔法陣が宙に浮かぶと、虹色の線が描く図形の光だけでもずいぶんと明るくなるものなのね。

 目を丸くしているヒューの表情がよく見えるわ。


「決まっているじゃない。攻撃するのよ」

「馬鹿。ここで魔法を発動させたら屋敷が壊れる……」

「発動!」


 全部の魔法陣を発動させたら、中庭に面した壁と窓を破壊して氷の刃がオウガに一直線に向かっていった。

 ばらばらと崩れた壁やガラスの破片が飛び散ったけど、防御魔法の結界のおかげで私たちの元までは届かないわ。


「屋敷を壊すな!」

「こいつ、なにやってんだ!?」


 ぎゃーー!! 防御魔法と同じように攻撃魔法の魔法陣まで室内に展開してしまってた。

 落ち着いたつもりだったのに、こんな馬鹿な失敗をしちゃうなんて。

 屋敷の壁がなくなっちゃったわ。


「アメリア、すげえ!」


 ヒューだけは大喜びだ。

 確かに魔法の威力は、放った本人が驚くほどにすごかったわ。

 赤く染まった空の下、爆音とともに炎が炸裂して、地面が盛り上がり氷が降り注いだ。

 土煙があがる中、オウガが膝をついているのが見えた。

 立っているのは一匹だけだ。


「どうしよう、屋敷が崩れちゃうかも。お母様に怒られるかしら」


 結婚してから少しずつ手を加えたお気に入りの屋敷と中庭だったのに。

 それもこれも、あのオウガのせいよ。


「ヒュー、ファイルから紙を取り出して渡してちょうだい。赤いファイルは防御魔法だからそれ以外で」

「よっしゃあ」


 あたりを明るく照らす生活魔法も使ったから、魔法陣の見分けがつくはずよ。

 オウガがはっきり見えるのは気持ち悪いけど、中庭も昼間のように明るくなっている。


「魔力を温存しろよ。こんなに明るくしなくてもいいだろう」

「大丈夫よルイス。生活魔法は得意なの。この程度の魔力は問題ないわ」

「……ありえないだろ。食堂一帯に防御魔法を張ったままなんだぞ?」


 ルイスが何かぶつぶつ言っているけどよく聞こえない。


「怪我人を運んだぞ」


 それより、ようやく騎士が従者を屋敷の中に運び入れてくれた。


「防御結界を広げるわ」

「魔道士を見かけたら先にやっつけるんだ。オウガは……だいぶ動きが鈍っているな。一匹、死んでないか?」


 まさかあ? オウガって強いんでしょう?

 私が使ったのは、ただのランク3の魔法よ?


「ランク3が使えるのか? ならばいける。援軍が来るまでの時間を稼げるぞ。人間に注意しよう。オウガを転移させたやつらが近くにいるはずだ」


 さすが大人の騎士は落ち着いているわね。心強いわ。

 さっそくユーグが剣を手に飛び出して行った。


「ランプリングのやつらです」


 怪我をして床に降ろされた従者が、震える声で訴えてきた。


「襲撃者の中にランプリング公爵家の紋章の入った鎧を着ている者がいました」


 公爵家?

 なんでこんな日にうちを襲撃してきたの?


「馬鹿かそいつ。身元がひと目でバレるじゃないか」


 末っ子のヒューが吐き捨てるように言いながら、魔法陣の紙を手渡してきた。

土属性の相手の足を止める魔法だ。

 必要な魔法がわかるなんてさすがね。


「よし、第二弾いくわよ。いえ、待って。彼らの防御を張り直すわ」


ユーグと騎士のシールド魔法の減りが早いので、かけ直すのが大変よ。

 オウガの一撃って、一瞬で人の頭を粉砕しそうな威力なのね。

 それにもう威力の強い魔法は必要ないんじゃない?

 オウガは防戦一方になっているし、ルイスの風魔法を使った弓が顔に刺さって痛そうだ。


「意外と……弱い?」

「あの騎士もユーグもかなりの腕前なんだぞ」

「兄貴の弓だってすごいし……魔法がな。まさか自分で屋敷をぶっ壊して攻撃するなんて、いかれてる」


 それはもう忘れて。

 結果的に勝てるなら、正解だったということでしょう?


「おい、遠くでガラスの割れる音がしたぞ」


 私は気付かなかったけど、ルイスとヒューが頷き合っているから、たぶん敵が侵入してきたんでしょう。


「結界があるからみんなは大丈夫。どうせここにくるわよ」


 ユーグと騎士たちはまだ中庭にいるので、ホールにはルイスと私とヒューしかいない。

 三人共遠距離攻撃要因なのだから、近付かれる前に迎撃の準備をしなくてはいけないわね。


「結界を張り直したわ」

「くそう! なんで先に進めないんだ! どうなってる!」


私の声をかき消すように怒号が聞こえてきた。


「まさかオウガが倒されるなんて。子供しか残っていないんじゃなかったのか?」

「うるさい。全員殺せ! 証人を残すなよ!」


 簡単に始末できると思っていたから、紋章入りの制服を着てきたのね。

 私たちが生き残って証言したら、ランプリング公爵家はただでは済まないですものね。


「あいつらが犯人ね」


 国を守るためにお父様たちが命を懸けて戦っていたというのに、その隙を狙って女子供を皆殺しにしようなんて、ランプリング公爵家はなんて卑怯なやつらなの。

 ここには使用人やその家族も、叔父も従妹もいるのよ。

 絶対にみんなを守らなくては!


「攻撃してきたら、魔獣も人間もみんな敵!」


 たぶん思った以上に戦えて、テンションがおかしくなっているんだと思う。

 でも今は、素に帰っちゃ駄目だ。


 お父様が呆れるほどの魔力量を持っている私でも、さすがにだいぶ魔力が減ってきているし、人間はやわだから魔法陣は必要ないわ。

私だって基礎魔法くらいは無詠唱で出来るのよ。

 駆け寄ってくる相手を狙い撃ちにするのは無理そうなので、壁と天井めがけて魔法をぶつける。


「うぎゃああ」

「ぐわっ!」


 大きな瓦礫やガラスの破片がいっせいに襲撃者に襲い掛かった。


「……アメリアってこんなにやばかったのか」

「ヒュー、今後は怒らせないようにしような」


 うるさいわよ、そこの兄弟。

 ユーグが頑張って戦っているのだから援護をしなさい。


「いや、たぶんもう全部倒した。人間のほうは……アメリアが全滅させたみたいだ」

「え?」


 やだ。いくらなんでもそんなにやわだとは思っていなかった。

 たぶん何発かは直接当たっているだろうけど、どれも基礎魔法よ。

 それでやっつけられちゃうの?


「向こうに明かりがたくさん見える。あれは援軍じゃないか?」

「本当だ。やった。俺たち勝ったんだ」


 援軍? 本当に? 敵じゃなくて?


「まあ! なにこれ!」


 不意にすぐ近くから聞き慣れたローズおば様の声が聞こえた。


「こんな激しい戦闘があったの!? あなたたち、無事なの!?」


 ああ……本当に助かったんだ。

 ローズおば様が来てくれたのなら、もう大丈夫だ。


「アメリア!」

「お父様!」


 ほっとして気が緩んだら、力が抜けてその場にへたり込んだ。

 お父様が無事に帰ってきてくれたというのに、涙で顔がよく見えない。


 でもよかった。

 私も仲間と協力すれば、みんなを守れるんだわ。





 歴史に残るエレンゲン草原のスタンピードの日、ほとんどの国民が王太子たちは負けて、魔獣がこの国を滅亡させてしまうと考えていた。

しかし、彼らは誰ひとり欠けることなく無事に帰ってきた。


 ダンジョンは消滅し、むしろ魔獣の多くの素材が人々の生活を豊かにする結果となったこのスタンピードは、後に『エレンゲンの奇跡』と呼ばれ、偉業を成し遂げた王太子と四人の国王の側近は、五英雄と呼ばれるようになった。


だがその日の夜、当主が国を守るために戦っていた間に、コールリッジ伯爵領に残っていた子供たちが、暗殺者と彼らの放った魔獣に襲われるというもうひとつの事件が起こっていたことは、ごく一部の貴族にしか知らされなかった。


 そして、七年後―――。






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