私、領地に帰ります 1
王宮魔道士部隊の建物もこれで見納めだから、少しくらいは寂しく感じるかもなんて一瞬思ったけど、まったくそんなことはなかったわ。
もう領地に帰ることに思考が向かってしまっているせいか、清々して気分晴れやかよ。
「一緒に来て」
遠慮する気もなくなったので堂々と護衛を引き連れて中に入ったら、受付と奥の部屋を繋ぐ扉が開かれたままで、大きな音と声が聞こえてきた。
今、ちらっと見えたのは近衛の制服じゃなかった?
いったい何が起こっているの?
「壁際に並べ。書類にさわるなよ。建物の全ての場所を確認して、全員をここに集めるんだ」
「了解です」
ユーグが指示を出しているから、彼らは近衛騎士団第二部隊の人達よね。
休憩室に魔道士を集めて聞き取りをしたり、事務係の机の引き出しや本棚から書類を箱に詰めたりしている。
近衛がやっているということは、アーチが王宮魔道士部隊の内部調査の責任者になったってこと?
それにしても、こんなすぐに調査が始まるとは思ってもいなかったわ。
「あ、コールリッジ王宮魔道士」
「フィンリー王宮魔道士、いったいどうしたんですか?」
なぜかフィンリーだけは入り口近くに手持無沙汰で佇んでいた。
「急に近衛が来て強制調査を開始したんです。私は昨日の時点で辞表を提出していまして、今日は荷物を取りに来たんですけど、この状況では動けなくて困っていました」
「辞表!? 辞めたんですか?」
「はい。こんな遊んでばかりのくせに傲慢な貴族の魔道士ごっこに、もうつきあってはいられませんよ」
彼は、内情をちゃんと知っていたのね。
そりゃそうよね。私と違って毎日ここに通っていたんだから。
「おう、アメリア、遅かったな」
奥の扉から出てきたアーチが私に気付いて声をかけてきた。
私でさえ、休憩室から奥には入ったことがないのに、アーチは入れるんだ。
いえ、入ったことのない私がおかしいのよね?
改めて考えればおかしなことばかりよ。
「一度会議室に戻った俺より遅かったじゃないか」
「歩いてきたからよ」
「そうか。ところで、おまえは気付いていなかったのか?」
「何を?」
「昨日のやつらの掃除があまりにもお粗末だったからさ、魔力量を測定させたんだ」
やっぱり彼らはまともに生活魔法が使えなかったのね。
それならそうと言えばよかったのに。
「そしたらなんと、王宮魔道士になる基準を満たしていなかったんだ」
「え!?」
「なんで驚いているんだよ。俺ですら、昨日ここに来た時に部屋にいた魔道士たちが弱いやつばかりなので、不審に感じていたんだぞ」
弱いやつ……ばかり?
「今、そこにいるやつらの魔力量を測定しているが、ほとんどが基準以下だ」
な、なんですってーー!!
「魔力をわからなくする腕輪をはめているんじゃないの? ほら、あまりに強い魔力は魔法を使えない人が恐怖を感じることもあるから」
「おい、魔力を測定できなくする魔道具を身につけている者はいるか?」
しーーーーーん。
アーチの質問に答える人は誰もいない。
……嘘でしょう?
じゃあ、この人たちって私よりずっと弱いじゃない!
「あ、はい。つけてます」
いた! フィンリーはつけてた。
そして彼のほうを見るために振り返って気付いた。
事務係の人は何人か手をあげていた。
「どういうこと? あなたたち、さんざん事務係の人達を馬鹿にしていたわよね? あんな偉そうにしていたのに、実は弱かったの!?」
目をそらさないで何か言いなさいよ。
私に仕事を押し付けてきた魔道士もいるじゃない。
俯いていないで何か言いなさい。
「つまりこの人たちは入隊試験を受けていないってこと? お金でも積んで部隊にはいったの?」
「いや、試験の時は基準を満たしていた。そこから実力が落ちているんだ」
「発言いいですか?」
恐る恐るという感じでフィンリーが私とアーチの会話に加わった。
「いいぞ。言ってみろ」
「彼らは訓練を全くしていませんでした。一日中そこで暇を潰しているか遊びに行ってしまう。だから、どんどん弱くなったんだと思います」
「それだわ! なんてことなの。剣の訓練をしなければ腕が落ちるように、魔道士だって訓練をしなければ魔力量も魔力の強さも落ちるのよ」
私も、うちの魔道団の団員も魔道具をつけているから、てっきり彼らもそうだと思っていたわ。
今感じている魔力が彼らの実力なのだとしたら、うちの魔道団には誰ひとりとして入団できないわよ。
「な、なんだよ。おまえだ……あなただって弱いじゃないですか」
不満そうに言い返してきたのは、私が仕事をしていた時に馬鹿にしてきた魔道士のひとりだ。
へえ、敬語が使えるんじゃない。
今日はアーチがこわい顔で睨んでいるし、近衛も護衛もいるからいつもみたいにはできないのね。
でも私はしっかり魔道具をつけているんですけどね! って、ローブの袖をまくって腕輪を見せたら、グレンとシンディーもしっかりと魔道具を見せつけていた。
「やめとけ。おまえたちはアメリアよりずっと弱い」
なぜアーチが得意げなのよ。
これはもっと深刻な問題でしょう?
出来損ないと言われる私より弱い人しかいないなんて、国として恥ずかしいわよ。
「少なくとも私は、王宮魔道士の採用基準以上の力があるわ。毎朝、うちの魔道士たちやお父様と訓練するのが日課なの。あなたたち、掃除も嫌がって訓練もしていないなら何をやっていたの?」
しーーーん。
あれ、おかしいな。いつもの威勢はどうしたのかな。
「上のほうの個室がほとんど空室だったんだが、上官はどこにいるんだ?」
私に聞かれてもわからないので、ここはフィンリーさんに答えてもらいましょう。
「何年か前に王宮魔道士は仕事が少ないからと、近衛や王国騎士団に何人もの魔道士が異動したんです。あの時にまともな魔道士は異動してしまったんですよ。長老が仕事を何もしないので苦情を入れた上官たちは、地方に追いやられてしまいましたので、新しく入った魔道士たちはまともに教育も訓練も受けていないんです」
「じゃあ、あなたたちのほうが強いんでしょう? なんで我慢していたの? あいつら、ひどい態度だったじゃない」
「彼らは長老が連れてきた貴族の子息で、ほとんどがランプリング一派の人間なんです。下手なことをして嫌がらせをされたら王宮にいられなくなるじゃないですか」
長老って、本当にくそなのね。
いくら叔父だからって、ランプリング公爵はなんでこんな男を重用したんだろう。
そのせいで足を引っ張られて、彼の責任問題になっているんでしょう?
「ランプリング公爵は切れ者なんでしょう?」
「七年前にまともな人間は彼の周りから離れていって、残っているのは金と権力に執着する無能ばかりなんだろう」
そのランプリング公爵家を公爵のままにしていたのは国王陛下だ。
あの時に違う対応をしていたら……。
たとえばお父様を王宮魔道士部隊の隊長にしていたら、多くの魔道士がうちに移籍しなかっただろうし、魔力処理施設も正しく管理されていたはずよ。
「アメリア?」
それをアーチに言うのは間違っている。
たぶん国王は、英雄公爵家の力が強くなりすぎるのを恐れていたんだってコンラッドおじ様が言っていた。
それに、ランプリング公爵自身は優秀な宰相として、ずっと国のために尽くしてきた人だったので、領地が半分に減って実質は力が弱まるのだから、建国当時から王族と関係のあったランプリング公爵家を潰してしまうのは忍びなかったんだそうだ。
「アメリア!」
「あ」
「どうした? 気分でも悪いのか?」
国民に絶大な人気を誇る英雄王太子。
女性にも騎士や兵士にも人気がある彼を、早く即位させるために国王は引退するべきだなんていう貴族もいるんだそうだ。
確かにアーチに比べたら陛下は地味なタイプなのかもしれないけど、臣下を大切にする素晴らしい国王だと私は思う。
そうよ。悪いのは国王陛下ではなく、身内に甘いランプリング公爵よ。
「ここにいる人は強いんだと思い込んでいた自分が情けなくなったの」
「魔道具をつけていると思ったのならしょうがないさ」
「じゃあ辞表はどうしましょう」
「俺が預かっておくよ」
「よろしくお願いします。渡しましたからね。ちゃんと手続きをしてくださいね」
「なんでそんなに信頼がないんだ」
王太子は忙しそうだから、後回しにされそうな気がするんですもの。
アーチって事務処理能力も優秀なのかしら。
そうしたら駄目なところがないんじゃない?
「ところでフィンリーさん。今後の仕事は決まっているんですか? もしまだでしたらうちの魔道団に来ませんか?」
「は? 私がですか?」
「はい。魔道士で事務ができる優秀な人材ですもの。ただし入団試験は受けてもらいます。試験に落ちたとしても事務員として契約しつつ、訓練して魔力を強める手伝いもできますし、チャレンジしてみませんか」
「取り込み中すまないが……」
フィンリーさんと私の肩を掴んで押しながら、アーチがふたりの間に割って入ってきた。
「え? 何?」
シンディーが支えてくれたからいいけど、急に押さないでよ。よろめいたじゃない。
欠点があったわ。
乱暴なのよ。
「彼も取り調べを受けなくてはいけないんだ。そういう話はこの件が終わってからにしてくれ」
「じゃあ私は? 通り調べはいいの?」
「部隊のことをわかっているのか?」
「……まったくわかりません」
わからせないようにされていたんだから仕方ないじゃない。
この建物の中だって、ここから先に行ったことがないんだから。
「帰ってよし」
「言われなくても帰ります」
「不満そうだな。俺が取り調べしようか?」
「けっこうです。エメラインが先程の騒動を母に知らせているはずなので、早く帰らないと心配しますから」
「ああ、早く帰ったほうがいい」
ちゃんと報告して、出来れば今日のうちに一回領地の屋敷の様子を見に行きたいわ。
向こうに最後に行ったのは七年前のあの事件のあった年で、屋敷はほぼあの時のままのはずだ。
「フィンリーさん、うちで働く気があったら屋敷に来てくださいね。わかるようにしておくから」
「はい。ありがとうございます」
この反応はいい感じじゃない?
領地の仕事をするのなら、優秀な人材はいくらでも欲しいわ。
「じゃあ行きましょう」
「アメリア」
さっそく移動しようとしたのに、アーチが訝しげな顔で声をかけてきた。
「あんなことがあったのに機嫌がよさそうだな」
「やっと辞められたんだもの。機嫌もよくなるわ」
領地に帰ることをここで言うわけにはいかないわ。
お父様にばれたら会議を抜け出して帰ってきてしまうでしょう?
アーチも私が王都を離れると知ったら、止めるかもしれないじゃない?
「ふーーん」
「それではこれで」
疑わし気に半目で私を見ているアーチに、令嬢らしくドレスの代わりにローブを摘まんで挨拶し、足取り軽く建物を出た。




