表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編

 イベント会場のホールでセミナーがあって、業界で名の知られた日本人が二人、一人ずつ順番に講演した。

 中国人はとにかくノリがいい。

 後ろのスクリーンに面白い画面が出ると一斉に笑いはじけるし、すばらしいと思えば割れんばかりに拍手する。二時間ばかりのセミナーが終わると、大勢が演壇へ押しかけ、講師に花束を渡したり、サインを頼んだり、講師を囲んで記念撮影したりする。おまけに、通訳者まで取り囲んで講師のことを聞き出そうとする。

「日本だったら、ここまで盛り上がらないよ」

 日本人の同僚は、中国人の情熱にびっくりした様子だった。中国人はとにかくひたむきだ。彼らの姿を見ていると、こんな熱い人たちの国がめざましい経済成長をとげるのは当然だろうなと思うし、今がこの国のいちばんいい時期なんだろうなとも思う。

 忙しい合間を縫って、南寧なんねいの繁華街をすこしばかり散歩してみた。

 広西壮族こうせいそうぞく自治区の隣りはベトナムとあって、南寧は亜熱帯の気候だ。

 もう十月末なのに、日中の気温は三十度を越し、街角にはガジュマルや名前も知らない南国らしい樹がいっぱい植わっている。けっこう発展した都会だけど、地方都市のおだやかさと南国にありがちなのびやかさがあって、町の雰囲気はどこかほんわりしている。

 道にはペダルつき電動スクーターがいっぱい走っていて、その形が面白い。自転車にモーターの箱をくっつけただけでデザインもなんにもしていない。子供のおもちゃのようでなんとも不恰好なのだけど、よくよく見ればそれなりの愛嬌がある。格好をつけないのよさとでも呼べばいいのだろうか。

 壮族(チワン族)という名の少数民族が多いので、道行く人々の顔かたちも、ほかの町とは違う。壮族は、その昔、タイ族(タイ人と同じ民族)から枝分かれした民族だ。だから、顔つきがタイ人に似ているし、性格も温和でおとなしい。ちなみに、壮族の総人口は約一八〇〇万人。中国では少数民族扱いにされているけど、東京都の人口よりもはるかに多いし、オランダ一国の人口より多い。彼らだけで十分、一つの国を作れるほどだ。

 夜、繁華街のすぐそばにある屋台通りへ行った。

 二百メートルくらいの道の両脇に屋台がびっしりならんでいる。人々がそぞろ歩きして、屋台では串焼きを食べたり酒盛りしている。祭りのようだ。

 ぶらぶら歩きながら屋台をひやかしてみた。炭焼きの網のとなりには、豚肉、牛肉、羊肉、野菜の串焼きといったごく一般的な材料のほかに、珍しいものがいろいろ並んでいる。生きたザリガニや赤と白のまだら模様のカニがボールに入れてあったりするし、かなり大きな焼きシャコがお盆にならんでいたりする。屋台の下には籠があって、そのなかに鶏、鳩、雀、それから名前は知らないけどチャボのような鳥、ウズラに似た鳥なんかが入っている。ほかにどんな鳥がいるのだろうと見ていると、屋台のおにいちゃんが、

「今さばいて焼くよ。おいしいよ。新鮮だよ」

と陽気に声をかけてくる。僕はとても頼む気にはなれなかったけど、日本の活魚のような感じなのだろう。

 いちばんびっくりしたのは、ワニだった。

 屋台のうえに胴体をぶつんと二つに切ったワニが乗っかっている。体長は全部で一メートルちょっとあるだろうか。かわいそうなワニは眠っているように目を閉じていた。胴体をつなげてあげれば、また動き出しそうだ。輪切りになった断面から白身の肉が見えたのだけど、その肉はなんだか魚のようだった。

 屋台通りでは悲しい光景も見た。

 小学校高学年くらいのお兄ちゃんと小学校へ上がるか上がらないかくらいの小さな妹が通りの入り口で花を売っていたのだけど、初老の警備員が少年と少女の花を取り上げて、ばきばきに折って放り投げてしまった。

 中国の繁華街では彼らのような花売りをよく見かける。花売りはカップルを見かけると一輪のバラを勧め、男がそれを買って、女にプレゼントするのだ。屋台通りでは花売りは禁止だからダメ、ということなのだろうが、少年にしてみれば生活がかかっている。少年は激高して、早口になにかをまくし立てて初老の警備員に体当たりした。目の前でつかみ合いがはじまる。怒った初老の警備員はお返しに少年の頬にパンチを一発くらわせた。しばらくもみ合ったあと、やがて少年は捨て言葉を吐いて、夜の街へ消えて行った。

 中国は日本以上に貧困の問題が深刻だ。

 幼い頃、『マッチ売りの少女』の絵本を読んだけど、それは遠い世界の話だった。日本ではとっくに過去のものになったはずの話だった。でも、中国ではそれが現実のものとして、目の前に現れる。中国人の成金が続々と誕生して、日本の銀座なんかでブランド品を買いあさったりしているけど、発展から取り残されて食うや食わずの暮らしを強いられている人々がまだまだ大勢いる。花売りの少女の姿が早く消える日がくればいいと願うばかりだけれど、そうなるのは、はてしなく遠い将来のことのようだ。

 同僚たちと屋台で酒盛りを始めた。

 中国では酒を飲む時にサイコロを振って遊ぶ。いろんな遊び方があるけど、この時は「七八九」というゲームをやった。

 まず、店に頼んでサイコロを出してもらう。酒場ではたいていサイコロを用意してあり、客に貸してくれる。サイコロ二つとコップ二杯を置いて準備完了。サイコロを二つ振って、合計の数が、七になればコップにビールを注ぎ、八が出ればコップに入ったビールを半分飲んで、九が出ればすべて飲み干す。一のぞろ目が出ると、それを出した人は誰かを指名して全部飲ませることができる。それ以外の場合は、なんにもなしで、次の人がサイコロを振る。

 はじめのうちは運がよくて、飲まなくてもすんだのだけど、そのうちツキに見放されて調子がおかしくなった。なんだかしらなけど、八と九ばかり出る。もともと酒に強いほうではないから、すぐに酔ってきた。腹がふくれて、げっぷが出る。飲み干そうとしても、もう入らない。みんなも酔っているし、わけがわからなくなってしまった。

 南寧からの帰りは、十九時半発の夜行列車に乗った。

 駅の入り口で切符を見せて構内へ入り、エックス線の荷物検査機にリュックを入れる。列車の待合室へ入る時にもう一度切符を見せたのだが、身分証を見せろと係員に言われた同僚もいた。

 中国政府はテロが発生するのを恐れている。新疆しんきょうウイグル族自治区でも、チベット族自治区でも火種を抱えているから、いつどこでテロが起きてもおかしくない。実際、雲南省の昆明こんめいで市内バスが爆破されたりしている。ウイグル族も、チベット族も、暴力によって自分たちの土地を奪われ、暮らしを奪われた。それが対話によって取り戻せないとしたら、あとは暴力に訴えるよりほかに手段がない。暴力によって奪われたものは、やはり暴力によって取り返すしかないのが、この世の悲しい現実なのだろう。

 途中の停車駅でホームに降りて、ジャンボちまきを買った。日本のコンビニおにぎりを二つ半ほど合わせたくらいの大きさがあって、食べ応えがある。紐をほどいて三角形の粽を開くと、うす茶色の煮汁がたっぷりしみていておいしそうだ。細かく切った豚の脂身が入っていて、真ん中には銀杏のような木の実が入っている。瞬く間に平らげてしまった。

 同僚たちと連れ立って食堂車へ。

 早めに行ったので、まだ食べ物があった。

 ビールを飲みながら、宮爆鶏丁ゴンバオジーディン(鶏肉とピーナッツの炒め物)なんかをつついていると、ほかの同僚たちがやってくる。食堂車でトランプをやるようだ。トランプがつくづく好きな人たちだ。

 消灯時刻を過ぎてから寝台車へ戻り、通路の折りたたみ椅子に坐って窓の外を見た。

 田舎を走っているからだろう。灯りはほとんど見えない。田んぼと山の黒い影だけがかすかに見える。こうして一人でぼんやり景色を眺めているとすこしばかりほっとする。なんだかんだと慌しい出張&研修旅行だったけど、夜行列車にも乗れたし、同僚ともよく飲んだし、平凡な毎日をすこしばかりシャッフルしたようで楽しかったな。そこなことをつらつら思っているうちに眠気が襲ってきた。僕ははしごをあがって中段のベッドで身をかがめて靴下を脱ぎ、すぐに眠ってしまった。明日も仕事だから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ