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中国エッセイシリーズ

大陸中国の困ったネット事情

作者:野鶴善明
 インターネットは誰もが自由に情報を発信して、誰もが自由に情報を受け取ることができるのがいちばんの魅力だが、広い世界にはその逆を行く国がある。それが中国だ。
 中国政府は国策として世界最大のファイアーウォールを築き、そこで海外のウェブサイトを検閲してその閲覧を規制している。
 中国から海外サイトへのアクセスはすべて北京経由となり、北京にあるそのファイアーウォールで中国政府にとって都合の悪いサイトやポルノサイトなどの不健全なサイトへのアクセスを遮断してしまうのだとか。その巨大検閲システムは「金盾」と名づけられ、そのフィルタリング機能は「グレート・ウォール(万里の長城)」をもじり「グレート・ファイアー・ウォール」と呼ばれているらしい。インターネットさえあれば世界中の情報を得られるとおおかたの日本人は思っているだろうが、中国に限ってみれば、それは幻想にすぎない。

 代表的な例がユーチューブ。
 中国ではユーチューブの動画を一本も見ることができない。
 二〇〇九年三月、チベット弾圧の模様を撮影した動画がユーチューブにアップされたことから、中国政府はユーチューブへのアクセスを全面的に遮断してしまった。中国政府にとって都合の悪いサイトと認定されてしまったわけだ。
 チベット人がそのような動画を見れば、再び「暴動」を起こしかねないからだが、もちろん、「暴動」とは占領者側から見た言葉で、チベット人の立場からすれば、「自主独立」、「民族の尊厳の恢復」のための「抗議活動」ということになる。中国政府にしてみれば、暴動を起こすチベット人は国家の分断を謀る亡国のテロリストだ。しかし、チベット人にしてみれば祖国復興のレジスタンスだ。
 第二の目的は、チベット族以外にもウイグル族など不満を抱えている少数民族が存在するので、彼らを刺激しないようにすること。だが、二〇〇九年夏、別の動画サイトでウイグル族へ対する暴行行為を撮影したビデオ映像がアップされたことがきっかけとなり、ウイグル族の大規模な「抗議活動」が新疆で発生した。
 ウイグル族の事件は、インターネットへの動画掲載が虐げられた民族にとって抗議活動の有力な手段であることを証明した。一本の動画が多くの同胞をつき動かしたのだ。
 しかし、占領者側からすれば、そのような映像は邪魔以外のなにものでもない。中国当局はこのような動画がアップされることを警戒している。おそらく、よほどの情勢の変化がない限り、ユーチューブへの接続が再開されることはないだろう。
 政治的なことはともかく、私は、自分の好きな歌手のテレビ出演映像、まだ行ったことのない日本各地や世界の風景、世界中で流行ったというイギリスのおばさんの歌、各国の世界遺産の前で踊る楽しいお兄さんといった動画を見たいだけなのだが、それすらも叶わない。困ったものだ。

 ちなみに、ネット検閲廃止を中国政府へ要求したグーグルは、結局、主張を受け容れられずに大陸中国から撤退したが、検索面ではグーグル中国が撤退してもとくに支障はない。中国でいちばん利用されている検索エンジンは「百度バイドゥ」というもので、こちらのほうがグーグル中国よりも使い勝手がよかった。中国人はたいてい百度を使っており、私も中国国内のサイトを検索する時はそれを使用している。ビジネス面では、グーグル中国はさほど成功していなかった。グーグルマップに衛星写真などが掲載されているが、あのようなものを撮影されると軍事機密などが漏れるため、中国政府はそれを嫌ってグーグルを追い出したのだとする説もある。しかし、真偽のほどは定かではない。「検閲は当然」という大陸中国のルールを破ろうとしたグーグルが嫌われて追い出されたと、単純に考えておいたほうがいいのだろう。大陸中国では、中国共産党に楯突くような真似はご法度だ。共産党に逆らったのでは商売は成り立たない。逆にいえば、共産党に取り入れば取り入るほど商売はうまくいく。権力という名の暴力と金銭という名の欲望を絶対視する点が中国文明の限界だろう。

 ユーチューブのほかにも、フェースブックやツイッターも開くことができない。
 日本ではフリージャーナリストがツイッターで記者会見の模様を速報したりと興味深い使い方をしているが、私はフォローすることができず、彼らのブログに「詳細はこちらで」とツイッターのアドレスが書いてあっても、開くことができない。せっかくおもしろい情報がそこにあるのに、アクセスできない。
「なろう」サイトでもツイッターでつぶやきが流れているが、私はめい様が運営されている「なろう、ツイッターのつぶやき」を見ながら「楽しそうだな」と指をくわえてみているだけで、参加できない。つぶやくなと言われれば、よけいにつぶやいてみたくなる。非常にもどかしい。
 ちなみに、大陸中国では中国国内専用のツイッターサイトが開設されており、中国国内だけでつぶやくことができるが、中国のツイッターは国境を越えることができない。インターネットは世界中につながっているはずなのだが。

 FC2のブログも四月初めから閲覧できなくなった。
 なにが原因かはわからない。ともあれ、ブックマークしておいたFC2のブログはすべて開けなくなってしまった。
「なろう」サイトが縁で知り合ったある先生のブログをいつも楽しみに読んでいたのだが、まったく見ることができなくなってしまった。内容は小説の話や身のまわりの話題なので、政治色もなければ、もちろん反中国的でもないのだが閲覧できない。FC2というだけでだめなのだ。FC2の本社はアメリカだから、グーグル問題の報復措置として遮断したのだろうか? あれもだめ、これもだめと規制は厳しくなるいっぽうだ。
 大陸中国版のFC2ブログのサイトもあったのだが、それもすべて閉鎖されてしまった。FC2でブログを綴っていた中国人はかなり困ったようだ。「自分のブログが開けないのだけど、どうしたらいいのだろう?」という書きこみをある掲示板で見かけた。なんとも気の毒な話だ。

 以前、「なろう」サイトに神風特別攻撃隊をテーマにした小説を投稿したのだが、その時、資料収集のために特攻関係のサイトを検索してみると、多くの特攻関連サイトが遮断されていた。特攻隊員は靖国神社に祀られているので、靖国問題に火がつく可能性がある。靖国問題の是非はおくとして、下手に人民を刺激すると二〇〇五年のように、在中日本大使館・領事館襲撃事件が再び起こりかねないから、中国政府としては人民に見せたくないサイトだろう。臭いものには蓋をしたいということだ。
 これは決して日本との関係に配慮してというだけのことではない。中国は改革開放以来、貧富の差が拡大し続け、日本以上のすさまじい格差社会になっている。住宅価格が異常なほど高騰したために、一般的な勤め人がローンを組んでマンションの部屋を買うことはほぼ不可能に近い。そのうえ、政府の腐敗も深刻だ。このような状態だから、人民は不満をためこんでいて、いつそれが爆発してもおかしくない。日本大使館・領事館襲撃事件の時も、ほとんどの人はうっぷんの晴らしようがなくて野次馬根性で日本大使館へ石を投げただけだ。日本大使館へ抗議に集まった群衆の怒りの矛先が一転して中国政府へ向かい、暴徒と化す可能性は十分にある。中国政府はそれをいちばん恐れている。共産党というものは弱肉強食の凶暴な世の中で虐げられた貧しい人民のために作られたはずだが、そんな政党が自分たちの支持者であるはずの人民を搾取し、彼らの反逆を恐れている。滑稽としかいいようがないが、事実だ。
 それはともかく、小説執筆用の資料を集めるのにずいぶんてこずった。ネットを自由に使えないというのは、まったくやりづらい。

 台湾のサイトは全面的にアクセスできない。
 台湾政府や政治関係のサイトはおろか、政治にはまったく関係のないサイトもすべて遮断されている。
 台湾人アイドルのブログを見たくて何度もアクセスを試みたのだが、どうしても繋がらないので、中国人の友人アイ君に訊いたところ、
「そりゃ、無理だよ。見られるはずないもん」
 という返事が返ってきた。
 統一問題の影響で、台湾のサイトはすべて見られないのだそうだ。中国政府は、台湾は共産党政府のものだと主張しているため、自分たちの見解と異なる意見が中国大陸へ流れるのを警戒している。台湾は独立していいなどという考えが広まっては困るからだ。
「でもさ、見たいのはアイドルのブログだよ。新曲を発表しましたとか、コマーシャルの撮影に行ってきましたとか、コンサートを開きましたとか、そんなのだよ。政治家のサイトなら百歩譲ってしかたないと思うけど、アイドルに政治なんて関係ないじゃない」私は言った。
「政治的な発言をするアイドルもいるからねえ。とにかく、台湾のサイトは全部だめなんだ。台湾は中国のものなのに、めちゃくちゃな意見を言われたら困るからね。でも、大陸のサイトで台湾の芸能人のブログを載せているところがあるよ」
 と言って、アイ君は大陸の新浪網というサイトを教えてくれた。アクセスしてみると、たしかにそのサイトに芸能人のブログコーナーがあり、そこにブログなどを掲載している人もいる。ただし、内容が充実しているのは大陸でも有名な台湾人タレントに限られるようだ。台湾で名前が売れていても、大陸で活躍していなければ写真がすこしある程度でたいしたものは載っていない。
 台湾のサイトを直接見られるようにすればいいのにと思いながら、なぜこのようなややこしいことをするのかと訊くと、
「新浪網なら、発言を管理できるからね。不適切な発言があればすぐに削除できるし」
 と、アイ君はこともなげに言い、
「内容は台湾のサイトと同じはずだよ」
 と付け加える。
 台湾版のサイトと見比べることはできないのだから、同じかどうかわからないはずだが、アイ君は同じものがアップされていると信じている。さらに言えば、サイトの制作者が検閲にひっかからないように配慮するから、当然、問題になりそうな内容は削除しているだろう。つまり、制作者が自分で事前検閲を行なっているのと同じで、自由が制限されていることにはかわりない。彼は頭の回転が早くて仕事もできるし、話題も豊富で面白い人なのだが、こうしたことは彼の理解の範囲を超えているようだ。政府が人々の考え方や発言を管理するのは当たり前だという発想にとらわれ、なんの疑問もなくそれを受け容れている。まるで洗脳されてしまったようだ。

 もっとも、禁止サイトにも抜け道があって、裏技を使えば遮断されたサイトを閲覧することができるらしい。代理接続サイトというものがあり、そこへアクセスすればユーチューブなどの接続禁止サイトを見ることができるそうだ。ただ、私は何度か試したのだが、うまくいかなかった。ユーチューブの動画のタイトル画面までは出るのだが、動画が始まらない。ネットに詳しい中国人にうまいやり方を教えてもらわなければいけないのかもしれない。

 一説によると大陸中国には三万人のサイバーポリスがいて、問題のあるサイトを見張っているそうだ。サイバーポリスがそのサイトを問題ありと判断すれば、うむを言わせず強制的に閉鎖してしまう。閉鎖されるのは、政府を批判したり、社会の暗黒面を伝えたり、ポルノを掲載するサイトが多いようだ。
 また、サイバーポリスは、ネット上での書きこみも見張っており、政府を批判する書き込みを発見するとただちに削除し、はなはだしい場合は書きこんだ人間を逮捕する。こうして、ネット上では政府への批判的な発言が見当たらないようなからくりになっている。
 現在の中国政府は「和諧わかい社会」の建設を標榜している。和諧とは調和という意味で、簡単に言えば「みんなで仲良くしましょう」ということだが、この和諧という漢字は北京標準語の発音でフーシエという。河蟹という言葉も声調イントネーションが異なるものの発音は同じフーシエなので、中国の若者はサイトが閉鎖されると、「和諧」を「河蟹」にひっかけ、「河蟹フーシエされちゃったよ」などと言って嘆く。この言葉を聞くと、私は紐で十字に縛られた河蟹を連想してしまう。見せかけの調和を保つために封じこめられてしまったのだ。こんなことをしていたのではいつまで経っても世の中は進歩しない。

 これまで見てきたように、中国共産党が「ビッグ・ブラザー」となり、ジョージ・オーウェルの『1984』を地で行く情報統制が行なわれている。ただ、この手法自体は別に目新しいものではない。中国が社会主義路線をとっていた冷戦時代も、このような情報操作は行なわれていた。当時のメディアは新聞とラジオが主力だったが、何が起きても、たとえ政府の政策が失敗してもいわゆる大本営発表が行なわれ、「社会主義国家」の建設は着々と進んでいることになっていた。テレビやネットが登場してメディアの種類が増えても基本的な方法は同じで、やり口がより巧妙に、より狡猾になっただけの話だ。
 もちろん、中国共産党だけを非難するのは不公平だ。第二次世界大戦の頃、大日本帝国の政府はほんとうは負け戦なのに大勝利したと嘘ばかりついていた。当時の日本政府の発表が事実なら、アメリカ海軍は全滅していなければおかしいが、実際には日本は焼け野原になって負けてしまった。このような情報操作は、いつの時代も世界中のどこにでもある。

 中国のネット事情から見えてくるのは、中国人に思想の自由や言論の自由はないということだ。紐で縛られた河蟹のように、政府にがんじがらめにされている。鋏で紐を切って自由になろうとすれば、もっと固い紐で縛られるか、逮捕されてしまうのが落ちだ。そして、一部の意識の高い人を除き、ごく普通の中国人は縛られていると気づいていながら、政府の悪口をつぶやくだけでしょうがないことだとあっさり受け流してしまう。どうも、自由に対する感受性が日本人とは根本的に違うようだ。中国人は政府に管理されるのは当たり前だと思いこみ、進んでそれを受け入れている節がある。もっとも、日本人は自ら闘って思想の自由や言論の自由を手に入れたわけではなく、敗戦の結果、アメリカに与えてもらったわけだから、あまり偉そうなことを言えた義理ではないかもしれないが。
 上海や広州のような大都会を見れば、中国は先進国のように見えるかもしれない。だが、その内実は基本的な人権が保障された先進国とは相当な隔たりがある。いくら経済が発展しても一党独裁の国家であることにかわりはない。
 大陸中国でどのようなサイトでも自由に見られるようになるのは、まだまだ遠い先のことだろう。


 (了)

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