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姫宮は金平糖を贈られたのです。

 今年は月がくっきりと光る日が多い。晴ればかりや。お空の気質が乱れてるんやろか。空を見上げ思う華子。文を出したその夜、いつものように星流れの井戸に向かった。


「晴ればかりでも土は乾いて困る、春からこっち、お湿りは僅かや」


 神妙に思いつつも、気が緩むと、くすくすと笑いが溢れそうになる。苔むした釣瓶の縄を握り、水を汲む間も笑いは溢れ出る。


「あかん。上手く読めるやろか。」

「プププ。気持ちを整えないと無理かと」


 井戸に宿る星流れの精霊が、地上にガラガラと釣瓶を鳴らし上がった水桶の中に、ちんまり座る姿を表した。


「釣書を読むと、桃の節句のお産まれで、幼名がまさかの『太郎』。あかん。うちはもう、『桃太郎』から離れられへん」

「プププ。それは面白いのです」


「晴紀様、桃太郎やて。く。あかん。今日は星読みは無理やもしれん。可笑しゅうて可笑しゅうて、思い出しては堪えるのに必死や」

「プププ。楽しくさせるお人ですね」


 夜露が漂う空をクルクル舞う、唐風の衣服を着込んだ井戸の精霊に、それはまだわからないと答える華子。


「一度しか、文を貰ってへんから人となりは詳しゅう判らへん」

「プププ。(まさる)様も初めて文を頂いた時、同じ事を仰られておられましたよ」


 亡くなった母の話をする井戸の精霊。


「それって、おもうさまから頂いた文のこと」

「プププ。そうです。七夕に御殿での催事が終わると、お忍びで三野川へと夕涼みに来たそうです。そこでお見初めになられ、それから怒涛の恋文攻め」


「まぁ!()()おもうさまが」

「プププ。ここにて勝様は、こっそり届けられた文を読んで居られました」


 父母の馴れ初めを初めて聞いた華子は、しんみりとし、光る月を眺める。母親に良く似た面影を持つ彼女を見るとムッとした顔をし、即座に逸らす帝である父。


「プププ、ここにも来られた事が御座います。そして早く退位をして、勝様と草摘みをして暮らせたらと、仰られておられましたよ」


「そう、それでおたあさまは、御殿へと向かわれた」

「プププ。どうされたのですか?」


(あずま)へ嫁ぐと、星読みがでけへん様になる。地脈が変わるよって、星流れとは通じない」


 星流れの精霊に、こっそりと破談にならないだろうかと話す華子。


「プププ、それは大丈夫かと。(あずま)には『星屑の井戸』があります。そちらへご挨拶なされば良いのです」


「星屑の井戸、四方のおひとつやな」

「はい。ここに挨拶をされた日より、御殿の井戸でも星読みが出来たでしょう?読み人が汲む時のみ、その土地の星の井戸と、水脈が通じるのです」


 井戸の精霊の話に幼い頃を思い出す。娘と孫を放ったらかしにし、諸国漫遊の旅に出たまま帰らずの祖父と、元気だった母と、初めて水汲みをした日を。


「そうか、星読みは出来るんやな。ほや、お祖父様がせめて。どこに居られるんやろ」


 白々とと空で剃刀のような三日月が輝き、寂しげに呟く華子を見下ろしていた。



 日が過ぎた。裏の竹藪で気になる筍が、のこのこと頭をもたげる。華子が侍従をお供に、山椒の芽をせっせと手籠に摘み取っていた、ある日。


「お文と荷が届きました。何時もと違うお人でした」


 門番の二人が受け取り、庭にいた華子の元に駆け寄って来た。侍従が文箱を受け取りながら人相を聞き出すと。


「町飛脚のようです」 

「あら。珍しい。初めてや」

「お部屋に戻りましょう」


 侍従の声に頷く。その時、ふさふさとした、尾を風より揺らめく内に、面白くなり姿を表した猫じゃらしに、出てきならと、木の芽を膳所へと運ぶよう命じ、屋敷内に戻った。


「して。どちら様から?」


 文箱を開く侍従に問う華子は、予想外の返事に、驚きを隠す。昨年、御殿から届けられた抹香臭い色柄の、一重の袖で口元を覆う。


「晴紀様からで御座います」

「も。コホン、そう、どれ」

「荷も届いておりまする」


 弾みそうになる心に戸惑いつつ、差し出された文を受け取り開くと、あまりにも正直な文字が連なっていた。失礼なお返事をしたのにと、娘心がはにかむ。心配気な視線を送る侍従に応える華子。


「この前の御礼や」

「左様で御座いますか、して何か不都合でも」

「いや、嬉しかったって書いてある」

「それはよろしゅう御座います」

「お針の手が褒められとる」

「それはよろしゅう御座います」


 母親以外の人に、産まれて初めて褒められた事に、こそばゆく、そして味わったことのない甘い気持ちが、ぽっちり宿る華子。


「こちらの包みはなんやろ」


 華子の声に包みを開く侍従。小さな塗りの小箱が出てきた。十字の紐を解き中身を開ければ、薄紙に包まれた何か。侍従がそろりと開けると、スン。匂いをかぎ毒の有無を探る。


「金平糖で御座いまする」

「金平糖。甘い物を贈られたのは初めてや」

「どうぞ。綺麗なお品です」


 何も忍ばせていないと判断を下した、侍従が差し出さす小箱を受け取り覗けば、黄、緑、白、桃、赤……、星屑のような飴が、箱いっぱいに詰められていた。迷うことなく、桃色をひとつ摘み口に入れた華子。甘さがかしゅりと広がり、頬が緩んだ。見知らぬ晴紀に対しての警戒心が僅かに緩む。


 はる。最後のご署名にどうせなら『もも』って書いて下さらんやろか。くすくす笑いが込み上げそうになり、きゅっと唇を噛み締め堪える。


「お返事を出したい」

「二、三日こちらで休み、文を集めるそうですから」

「直ぐに書けば間に合う」


 晴れ晴れとぱっと応える華子。直ぐにご用意を。部屋に居る者達が姿を表しパタパタと動く。墨が擦られ薫りが立つ。文机に向かい、小筆を取る。気持ちのままに文字が産まれスラスラとしたためた。




 『ごきげんよう。

 山椒がさわやかな香り放つ季節になり候。

 さっそくのお返事、嬉しゅうございます。


 お気に召され何より。針の手を褒められたのは、親以外では、実のところあなた様が初めてでございます。


 とても嬉しゅうございます。金平糖、とても綺麗で皆と頂いております。

 取り急ぎ、御礼申し上げ候。



                      はな』


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