039 アン・グワダド地底湖遺跡③
アン・グワダド地底湖遺跡にて特訓中のカズキたちは、今まさに出現した“漆黒の化物”――マウナ・クーパと交戦状態に突入していた。
頭上から降り注ぐ魂装道具の光が、マウナ・クーパの不気味な全容を浮かび上がらせている。
太く黒い体毛で覆われた巨大な胴体は、固められた一塊の泥濘のようにも見える。そこから細かくうねりながら、幾重にも伸びる触手のような脚は、身の毛もよだつ奇怪さだった。
カズキは魂装の盾で、必死に体当たり攻撃を押し留めていた。
「く……こいつ、どうする!?」
耐え忍びながら、後ろに控えるペネロペに指示を乞う。
「こいつは以前、遺跡の調査隊を壊滅させた強力な魔物だ! 私は、撤退するのが得策だと考えるっ!」
カズキの盾を飛び越えるように、マウナ・クーパは脚先で刺突攻撃を繰り出してくる。
それをルタ、ルフィア、ペネロペはカズキの背中側で、各自迎撃する。
「だったら早く、脱出用の魂装道具を!」
「いや、このままでは使えない!」
巨大な体積を支えながら、カズキが呻くように言うが、ペネロペから返ってきたのは、自分以上に切羽詰まった声だった。
「脱出用の道具は、使用者に触れている者を全員、意図した場所へ運んでしまう! 今のままでは、カズキ・トウワごと、マウナ・クーパまで運んでしまう!」
「そういうことか……だったら!」
カズキは化物を引き剥がそうと、右腕から先――魂装盾――と、それを支える左手に渾身の力を込める。
一瞬で良い、なんとか引き剥がして、その隙に。
そう考えていたのだが。
「ギリュリュギィギャァァァアアアアアアア」
「がはっ!?」
抵抗に怒ったのか、マウナ・クーパは奇声を上げながら、さらに獰猛に体重を乗せて体当たりをしてきた。
しかも、カズキの後方を狙っていた脚先の角度を急激に変え、カズキの背中を突き刺すように攻撃を仕掛けてきた。
カズキの背中から、血飛沫が上る。
「カズキ! こんのぉ!!」「カズキさん!」
ダメージを受けたカズキの代わりに、ルタとルフィアが同時に左右へ散開する。
マウナ・クーパの両側に陣取ると、踏み込んだ勢いのまま、両側から攻撃を仕掛けていく。
「ルタ様、ルフィア様! あまり散らばっては退避できない!」
カズキの背を支えながら、ペネロペが叫ぶ。
「たわけが! このままでは削られていく一方じゃ! こっちから打って出るべきじゃろうて!」
言いながらルタは、蠢く黒い脚の何本かを、魂力を帯びた手刀で切り刻んでいく。
「そうです! ジリ貧になってしまったら、それこそ全滅してしまいます!」
ルフィアも呼応するように、ルタの逆側で斧槍を振り回し、脚を何本も断ち切っていく。
しかし――切断された脚は、切られたそばから再生していった。
「なんじゃこやつ、これではキリがな……ん!?」
叫んだルタの膝が、ガクンと落ちる。
まるで腰から下が、脱力してしまったようだった。
「ルタさん、危ない!」
動きの止まったルタを、黒く歪な脚が狙う。
ルフィアが慌てて飛び、斧槍を投げ込み、脚を排除する。
そうしてなんとか、ルタへの攻撃を防御した。
「ルタさん、わたしの後ろへ……きゃ!?」
素早く回り込み、ルタを守るように立ちはだかったルフィアへ、黒い脚が追撃を行う。
それによって、肩の辺りを切り裂かれる。
「ルフィア! ……くっそぉ!」
カズキは鬼の形相で叫ぶが、さらに相手の重量が増したように感じ、耐えるのがやっとだ。
「マウナ・クーパは、『魂力を喰らう』のだ! 触れただけで、魂装遣いの持つ魂力を吸収する! そうして奴は、どんどん強力に、巨大化していくのだ!!」
ペネロペがカズキの背を支えながら、再び叫ぶ。
「そ、そんなの……勝てるわけ、ない!」
痛々しく出血している肩を庇いながら、ルフィアが悲観するように言う。
背にルタを隠しながら、かろうじて斧槍で防御している。
「魂力を、吸う……? っ! だからルタは!?」
「ああ! 魂力を吸われて、立っていられなくなったのだ!」
ペネロペがカズキと背中を合わせ、トンファーを振り回す。
マウナ・クーパの脚が何本が叩き落されるが、やはりすぐに再生する。
「……? だったら、なんで俺はさっきから耐えれてるんだ!?」
カズキは歯を食いしばりながら、盾を必死に押し返す。相手の勢いは衰えることを知らないようで、ずっと重たくのしかかっている。
むしろ、どんどん重たくなっていっているようにすら感じられた。
ペネロペが言うように、こいつが触れた者の魂力を吸っているのだとしたら……なぜ、先程からずっと接敵している自分は、こうして立っていられるのか?
数発喰らわしただけのルタが、ああして膝をついてしまったのに。
カズキは防御しながら、ぐっと踏ん張っている自分の両膝を見た。
「わ、わからん! 本来なら、真っ先に接触したカズキ・トウワから立っていられなくなるはずなのだが……!」
カズキの身体を背と背で支えつつ、脚の攻撃をいなしているペネロペ。その表情には焦りの色が浮かんでいる。
彼女の息も、徐々に上がってきている。どうやら、あの脚での攻撃に魂装武器が触れるだけでも、じわじわと魂力を吸収されているようだ。
「カズキ! それは恐らくうぬの魂力量ゆえじゃ!」
ルフィアに肩を借り、なんとか立ち上がったルタが、絞り出すように叫ぶ。
ルタとルフィアの二人にも、何本もの脚が攻撃を繰り返している。
斧槍による防御が追い付かず、二人の身体にも切り傷が増えていく。
「どういうことだ!?」
「この化物が吸収する以上に、うぬの魂力が有り余っているということじゃ! 見ろ、どんどん身体が膨れ上がっておる!」
ルタに言われ、カズキは一瞬だけ顔を上げる。
マウナ・クーパの身体を見ると、確かに巨大化していた。ずっと上に留まっている魂装道具に、今にも身体が触れそうな勢いだ。
「って、ことは……?」
「喰らいたいだけ、喰らわしてみろ! さすれば、破裂するやもしれんぞ!」
ルタの言いっぷりに、カズキは口角の端を上げる。
決意をし、ぐっと足腰に力を込める。
が。
「危険すぎます! もし魂力が底をついて、カズキさんが倒れでもしたら……!」
「私も賛同しかねる! カズキ・トウワ、貴様は王の友人なのだ! 必ず生きて帰らねばならないのだぞ!?」
ルフィアとペネロペが、反対の声を上げる。
二人の言う通り、カズキの魂力総量とマウナ・クーパの総吸収量の根比べなど、常識的に考えれば、無謀極まりない作戦と言えた。
だが――カズキには、根拠のない確信があった。
ルタが、俺を信じている。
ルタが信じる俺なら、俺は信じられる。
ルフィアは俺を信じてくれる。
ペネロペはレイブラムを信じている。
だったら――
「……ちょっとは信じてみてくれよ!」
「なっ!」「カズキさん!」
カズキの決死の叫びに、ルフィアとペネロペの反応が重なる。
ルタだけは、冷や汗を流しながらも、獰猛な笑みで応えた。
やってやる――カズキは気合を入れなおし、両足を踏ん張った。
「ありったけ…………食わせてやるよ! おらああぁぁぁぁぁぁ!!」
カズキは右手の先に、全身の魂力を流し込んだ。魂装の盾が、光沢を放つように金色に脈動する。
輝きが拡がり、眼前の漆黒を染め上げていく。
「グリュリュギギィィィイイイイ!?」
そのときはじめて、マウナ・クーパが驚愕したように“口”を開けた。
口は横開きで、左右の両側に鋭利な牙が不規則に並んでいた。まるでハエトリソウのように見え、人に生理的なおぞましさを感じさせる。
涎なのかなんなのか、粘質の液体が糸を引いている。
「デカい口開けて、もっとよこせってか……!」
カズキは額から、大量に発汗する。呼吸が荒くなり、肩で息をする。
「カズキ、もう止せ! 意識を失うぞ!!」
ペネロペがカズキの様子を見て取り、叫ぶ。
「まだ……まだぁぁぁ!!」
カズキは裂帛の気合を滾らせ、さらに右手を押し込むように前へ突き出した。
マウナ・クーパの脚が、暴れるように四方へ伸びる。
「カズキ、漢を見せるんじゃ! おりゃぁぁぁ!」
「カズキさん! わたしたちが、支えます!」
ルタとルフィアが、カズキを手助けするかのように攻撃を繰り出していく。
一切の防御を捨て、一心不乱に打ち込み、切り刻む。
「ルタ様に、ルフィア様まで!? ……こうなったら、私だってぇぇぇええ!!」
カズキを支えるように背後に陣取っていたペネロペがついに、敵の懐へ向かって突っ込んでいった。両手のトンファーを激烈に回転させながら、黒き化物の横腹を殴りつけていく。
マウナ・クーパが痛みにもがき、奇声をあげる。
今まさに全員の魂力が、マウナ・クーパへと流し込まれていく。
「「「「いっけええええぇぇぇぇぇ!」」」」
三位一体どころか、四位一体とでも形容できるカズキたちの連携攻撃により、マウナ・クーパがドーム空間一杯に膨れ上がった。
そして――
「ギュリリュリュイイィィィィィィェェェェエエィィィィィィ!」
――マウナ・クーパが、爆発した。
真っ白な閃光が、辺り一面を覆う。
「うわっ!」
これは、魂力爆破――カズキは咄嗟に、シールドを大きく展開した。
光の洪水が起こり、カズキらの視界を埋め尽くしていった。
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。




