閑話「王太子」
フェアリが去った後のクズ王太子のお話
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「くそっ!くそっ!なんなんだ!」
感情に任せて傍にある物を手当たり次第壁に投げつけた。ここは私の執務室だ。普段であれば補佐が何人かいるものの今は俺以外はいなかった。
思い出されるのは出て行った精霊術師たち。
『もうついていけません』
『貴方様は何一つ知らなかったのですね』
そう言われた。
意味がわからない。だって俺は王太子だ。母上も父上も公爵だって知る必要はないと言っていた。だから、勉強なんかしていない。執務だって別の奴に押し付けてきた。
だというのに、2年前からおかしくなった。
あの女と婚約破棄をしてからだ。
あの日、あの女は初めていつも湛えていた笑みを崩した。それに心がすく思いがして、もう会うこともないのだろうと思って…国を出ていかせるときに国民に罵倒されていけばいいと思っていた。
なのに、あの女は憎たらしいほど美しい礼をして忽然と姿を消した。突然のことで状況が全く理解できなかった。わかったのは、あの女が精霊術師であることを隠していたことだけ。
俺の道具には文句を言われた。
『どうしてあの方に婚約破棄なんてなさったのですか』
『あの方は殿下の執務をやってくださっていたのですよ』
『あの方は尽くしてくださっていたのに』
『何故裏切るようなことをなさったのですか』
道具風情が誰に向かって文句を言っているのだ!
何もかもうまくいくはずだったのに。新しい婚約者は公爵家の養子になった。あの女との婚約の破棄だって大臣も陛下も反対しなかった。
そもそも、俺はあの女が嫌いだった。
いつも笑っていて気味が悪かった。泣いているところも傷ついたように顔をゆがめるところも見たことがなかった。
なにより、いつもいつも『王太子殿下』と呼ぶのが許せなかった。この俺が、名前で呼ぶのを許してやったというのに!
「そうだ、あの女が悪いのだ」
あの女が悪いのだ。
この国から精霊術師がいなくなっているのも。精霊がほとんどいないことも。政治がうまくいかなくなったのも。全て、すべてすべてあの女が悪いのだ。
ならば、早くあの女を見つけ出さねば。見つけ出したらどうしてやろうか。
あぁ、辱めてやろう。全ての尊厳を踏みにじって、泣き叫んで俺に縋ってくるのを突き放してやろう。壊れてしまわないように気をつけねば。簡単に壊れてしまっては面白くない。
お仕置きが終わったらこう言ってやろう。
『お前は俺の奴隷だ』と。
喜ばないはずがない。王太子の物だと言われて嬉しくないはずがない。
あんなに俺の愛を望んでいたのだから。泣いて喜ぶだろう。
あぁ楽しみだ。はやく、探し出さねばな。
「くくっ…あははははははははははははは!!」
【狂ったように笑う彼は気がつかない。己が間違っていることも。全ては自らの愚かな行動が招いた結果だということも。
気がついていても、彼は認めないだろう。彼の世界は彼を肯定するものだ。彼を肯定しない者は彼にはいらないのだろう。だからこそ、彼には自分が間違っているという考えは存在しない。彼にとってそれは正しいことなのだから。
しかし、この先彼には幸福はない。彼は奈落につながる穴へ自ら身を投げたのだ。落ちてしまえばもう戻れない。彼を待つのは、愚かな者たちを待つのは…その身の破滅か、計り知れないほどの絶望か。ソレを知るのは__】