庭野 正
「彼女なら少しは理解してくれるだろうか」
付き合っているふりをしているからとはいえ 何かあると彼女に話をしてしまう。相変わらず彼女は孤立しているようで何をするにも1人だ。
「もう慣れたから大丈夫」
「物を隠されたり暴力を振るわれるわけではないからこれくらいは大丈夫」
大丈夫、大丈夫と彼女は口癖のように言う。大丈夫じゃない人ほど大丈夫っていう言葉を口にする。
「別れよう」
付き合っていたわけではないが、そう提案すると彼女は拒否した。
「あなたと別れてからも無視されていたら、その無視は嫉妬じゃなくてただ私が嫌われているだけになるから、そっちの方が辛い。そうなったら私は、死ぬからね」
何だかんだでこの2ヵ月。このよく分からない関係性を続けている。彼女のお陰で現代文のテストで75点が取れたし他のやつといるよりかは、彼女といる方が楽だからいいんだけど。結婚って~こういう人とするといいんだろうな……
「なあ、聞いてくれる?」
「何か、知らない男に殴られたんだけど。イラついたから仕返ししたけど……」
「ああ、小野にでしょ?知ってる」
「発信源は誰だか知らないけど山瀬さんがいろんな人に言いふらしていた。その会話が聞こえてきたから何となくは知っている」
「なら、話が早い。意味が分からないんだよ、何で俺が殴られたのか?」
「俺のことが好きだった女がいて、その女のことが殴ってきた男は好きだったらしいんだよ。それでその女が俺のせいで泣いているっていうのが分かったから殴りにきたって」
「まあ、あなたには分からないでしょうね。私もあんまり分かんないけど」
「知ってる?夫が不倫相手に一方的にフラれると妻は不倫相手に頭にくるんだって……奪われそうになって腹立たしいけど自分の夫がフラれるって屈辱を受けるのが悔しいらしい」
「いや、全然意味が分からない」
「そんな意味不明な発想……分かりたくもないけどな」
「人を本気で好きになったことのないあなたには分からないわ」
「それは、君だって一緒だろう?」
人を本気で好きになる?そんな恥ずかしい言葉がよく出てくるもんだ。
「私は、今 ちょっとだけ好きな人がいるから……たまにしか会えない人だけど、その人のことちょっとだけ好きだから。あなたとは違う」
ちょっとだけ好きって何だそれ。俺でいうところのナポリタンか?ナポリタン 大好物じゃないけどちょっとだけ好き。
「それならやっぱ、俺たちは別れた方がいいだろ?」
「私は、今のあなたがちょっとだけ好き……」
苦しい、心臓の奥辺りが痛い。これが噂に聞いていた恋の病というやつなのか……何気ない一言なのにドキッとしてしまった。今のあなたがっていう言葉が何度も脳内で再生される。恋って、こんなに単純なものなのか。
「普段のあなたは大嫌いだけどね」
「………………」
「えっ?何?」
「いや、そういう正直な所、俺はちょっとだけ好きだなって思って」
「あ、真似したね」
「いや、気のせいだよ~ん」
俺は、精一杯のふざけをしたというのに、彼女は笑わない。普通ならここで軽く笑うんだろうけど……彼女は全く笑わない人だ。笑っていたかもしれないが記憶にないだけかもしれないが。
「笑わせたい、彼女をこれから笑わせたい」
彼女と真剣に向き合ってみようと思う。付き合うふりじゃなく、いずれは本当に彼女と付き合おうか……彼女は俺のことを騙したりはしないだろうか?多少の不安はあるけれど、もう1度だけ、他人のことを信じてみようと思う。
「俺は気づいたよ……」
「ん?何に?」
「俺は今、むしょうにナポリタンが食べたい」
このあと彼女と喫茶店に行く約束をした。




