小野 翔三朗
「おい、何だよ!」
僕は感情をコントロールすることができない弱い人間だ。こうして今も怒りという感情を1人では抑えることができずに、庭野という男の頬を殴った。
「誰だよ お前!」
庭野は声を荒げて僕を突き飛ばした。突き飛ばす彼の力は強くたくましい。かないっこないや。僕のような弱者が彼のような強者に挑むことが間違っていたのかも知れない。力の差は歴然。僕の左手から、スペシャルビームでも出せれば立場は逆転することは可能かもしれないが。
「ああ、君か……」
冷たい目で見られた後に、僕は胸ぐらを掴まれ無理やり起こされては右頬を1発 さらに左頬を1発強めに殴られた。
「痛い痛い痛い」
痛い。本当に帰宅部なのかと疑うくらいの強さ
そのパンチを表現するのなら、固形のカマンベールチーズを頬にぶつけられたような痛み。僕は漫画家じゃないから上手い表現が見つからないや。ただ、青木さんはもっと痛かったですよね?もっと辛かったですよね?殴られるよりもきっと青木さんの方が辛いはずだ。
「お前のせいだ、お前のせいで」
庭野のこいつのせいだ。お前のせいで青木さんは屋上で泣いていたんだぞ。てっちゃんからだいたいの経緯は聞いた。てっちゃんは僕が青木さんのことを好きだって知らないから軽い噂話のように話してきたけど。僕は聞いているだけで辛かった。
「お前のせいで、青木さんは涙を流すことになったんだぞ、お前のせいだ」
「謝れ……僕に謝れ」
2ヶ月前、屋上にいた青木さんは自ら命を絶とうと考えていたのかもしれない。やっぱりお前のせいだ、お前なんかいなければよかったんだよ。庭野に謝罪を要求した。お金なんかいらない。ただ僕は彼の口から謝罪の言葉がほしい。
「青木、それは誰だよ」
「君は何か勘違いしているよ」
「勘違いじゃない。お前のせいだ」
「青木さんは、お前のことが好きだったんだ。なのにお前が付き合ってあげないから青木さんは涙を流すことになったんだ」
不思議だ。カッコよくてみんなから人気もあるのに、何で宮城なんかを選ぶんだ。宮城なんてうちの学校の美女ランキングの圏外の女だろ。それなら青木さんと付き合ってあげろよ。くそ庭野め。
「君は、その人のことが好きだったのか?」
「ああ、僕は青木さんのことが大好きだ」
青木さんは、僕の初恋の人だから……生身の人間としては。好きで好きで、好きすぎるほど好き。
「ふん。そうですか」
「謝れよ、早く謝れ」
謝れ、謝れ、謝れ、謝れ……
「分かった。謝ってやる」
「ただ、1つだけ質問に答えてはくれないか?」
「質問……?」
「君は、青木さんと、どうしたいんだ?」
「付き合いたいのかい?キスしたいのかい?それとも好きだと一言 言ってほしいのかい?」
すごく嫌な言い方をするもんだ。自分は全てを手に入れられるけど、所詮お前にはどれも手に入れることができないんだろうと馬鹿にするかのように。そうだよ、僕は今まで誰からも好きだって言ってもらったことはないよ。
「…………」
悔しい。こうしたいって即答できない。
僕は、青木さんのことが好きだけどどうしたいんだ?付き合いたいのか?キスがしたいのか?分からない、あの人の笑顔を見ていられればそれだけで十分かもしれない。
「お前ら、何やってる!喧嘩か?」
庭野に謝ってもらう前に生徒指導の先生がどことなく現れて僕らを止めた。
「って、庭野と小野っ!?」
「おい、これは誰にやられたんだ?」
最初は、喧嘩を止めにきた感じだったのに、いたのが庭野と僕だったから先生は驚いたのだろう。
庭野は先生からの評価も高い、問題行動を起こすような生徒ではないと思われているのだろう。対して僕、僕の場合は気弱でクラスでも目立たない存在だから、喧嘩できるような勇気を持ってないだろうと勝手に思われているのだろう。だから先生は第三者が犯人だと言った。
「お騒がせしてすみません先生。大丈夫ですよ」
「これは、喧嘩をしたわけでも喧嘩に巻き込まれたわけではないので」
庭野の言葉に同調するように僕も頷いた。
先に手を出したのは僕だというのに庭野はチクったりしないのか。
「そうか、分かった」
先生はそれ以上深く聞くことはなかった。
「この方がお互いにとってよかったよね?」
「君も、こんなくだらないことで目立ちたくないだろ?」
庭野がこっちを向いて笑う。先生に大きな嘘をついたのに平然としている。
「もういいかな、行っても?」
「あ、じゃあ 一言だけ、謝っておくよ」
「申し訳なかったね」
本当に一言、心のこもっていない言葉だけの謝罪をすると、庭野は自分の教室に戻っていった。
誰かがこの一部始終をどこかで見ていたのか、それとも庭野が誰かにバラしたのか分からないが、僕が庭野を殴ったことは学校中に知れ渡ってしまった。殴ったことだけならまだしも、殴った理由までも知れ渡ってしまった。そのせいで僕は更に学校に行きづらくなった。
みんなが冷たい目で僕のことを見ている。
僕は知らない。このことをバラしたのは親友だと思っていた、まっつんこと松田航平で、無くしたと思っていた定規も実は松田が盗んでいたのだった。どういうわけか青木さんが拾ってくれて僕の元に戻ってくることになったけど。




