⑫―2
「ちっ見付かったか……仕方がない」
渋々といった感じでコココさんが言う。なんだか俺達と青野さんを引き合わせたくなかったようだけど……
「おい、青野茜」
ちゃぶ台の上に座る時、コココさんが青野さんに耳打ちする。
(やはり話は後日にしてくれないだろうか)
それに対して青野さんは笑顔で返した。それはコココさんにとって望ましくない反応だったようで、電話越しに聞いたのと同じヘビー級の溜息を漏らしている。
そして俺はいつもの位置へ、正面には青野さんが座った。そんでメメメは一人、部屋の隅に行きうつぶせにごろん。ノートPCを開いた。
「青野さん。こんな遅くまで大丈夫なのか」
青野さんは私服姿だった。ゴスロリ色のあるフリフリの付いたシャツ。首元開きすぎだろ。目のやり場に困るんですけど。スカートも丈短いし。
「うん、お母さんには連絡したから。そ、それで……」
「ん?」
「し、真也君はどうだった?」
もじもじしながら青野さんが尋ねる。
「ん、どうって?」
「メメメちゃんと秋葉原デート……楽しかったデスヨネ?」
「“デスヨネ”って言われても……」
その時、こちらを見ているメメメと目が合った。
わっと驚いた表情を浮かべ、すぐに作業に戻るが、でもこっちの様子が気になっているようだ。
まあ、それならそれで♪
「まあ、とにかくすっげー大変だったよ」
「大変……どうして?」
「こいつは極度の人見知りなんだよ。だから人目の多い場所は避けて移動しないといけなくてさ。電車の座る位置とか入る店とか気を――うっ!」
脇腹に爪先が刺さった瞬間、息が止まった。
こちら側に向かって伸びた足が、俺の脇腹を突いてきやがったのだった。
「おい、何だよ!」
「“こいつ”ってゆーな」
「じゃあ最初から“こいつってゆーな”って言えよ。いちいち攻撃してくるな」
「……誰?」
パソコンに顔を向けたまま、ぼそりとつぶやく。
青野さんのことを尋ねているようだが、なんでそんな不機嫌そうなんだよ。青野さんが戸惑ってるだろうが。
まあ確かに招かれざる客がいるなんて説明していなかったからな。人見知りのメメメが気になるのも当然かもしれないけどさ。
「彼女は青野さん。いちおーお前のクラスメイトだ」
「つまり直里のクラスメイトってこと?」
「まーそうとも言うが」
「ふーん。それが何で男子寮にいるの?」
「私が呼んだんだ」
そう答えたコココさんの声に周の俺たちが注目した。
「青野茜をラボの助手二号にしようと思って、直里に頼んで適材を探してもらっていたんだ。それで今日彼女を寮に呼んだ」
「よろしくね、メメメちゃん」
笑顔で手を差し出したところを見ると、青野さんは助手になるのを快諾したということなのだろう。それは同時にメメメの友達候補になることも受け入れたということだ。
となるとコココさんの思惑通りに事が進んでいるわけなのだが、だとしたらコココさんの溜め息は何が原因なのだろう。
「メメメちゃん?」
メメメは握手を求める青野さんの手を見ていた。しかし手を差し出す様子はない。
「お姉ちゃん、助手は一人で充分なんだけど」
迷いのない、きっぱりとした一言だった。
しかし言葉とは裏腹にその手は震えていた。
「それはどっちだ?」
自分の提案を拒否した妹に対して姉の反応は冷ややかだった。
「青野茜が嫌なのか? それとも直里のことがよほど気に入っているのか?」
「……直里も役に立たないけど」
おい、今日の俺結構頑張ったぞ。
「……でも知らない人をラボに入れるのはイヤ」
「他人が怖いから拒否するというのなら、今までと何も変わらないだろう? むしろ対人恐怖症だからこそ、こうやって少しずつ他人を受け入れることを」
「そうじゃないっ、そうじゃなくて……」
「ん、何だ?」
問い詰めるコココさんに対し、メメメがうううと押し黙る。その時、俺の方をちらりと見た。
「直里も何か言ってよ!」
「え、俺?」
「ずっと一緒にいるんだから私の性格理解してるでしょ!」
「そんなこと言われても……」
「そうだな、ここで助手一号の意見も聞いておきたい。どうだ、客観的な目で青野茜を助手にするのは反対か?」
「……ええと」
ど、どうしよう。
元はコココさんとの契約、っていうかお願いで、メメメの友達を作るきっかけ作りとして行動していた 俺だから、その流れで言うと青野さんを助手にするのに賛成なんだけど。
今日のメメメの姿を見て、これなら周囲が意図的に何かをしなくても自分自身で対人恐怖症を克服できるんじゃないか、そう思えて。
だったら、ここで青野さんを助手にして無理にくっ付ける必要はないんじゃないかという気もする。
望まない相手との行動を強制されて、逆に他人への警戒心が強くなったら元も子もないし。
まーわざわざコココさんに頼まれてここにいる青野さんに、今さら「やっぱりこの話は無しで」というのは気が引けるけど……




