第1話 『緊急会議』
「ヘンゼル〜!」
小鳥のさえずりをバックにした、少女の可愛らしい声には、僅かに怒りが混じっていた。
「ま、待て、グレーテル! 俺のせいじゃない!」
「あら、じゃあ、誰のせいだって言うのかしら?」
「俺は、魔物を、ちゃんと追っ払ったんだ! だけど、武器が壊れて……」
「だから、その武器を、ちゃんと手入れしていなかったのは、誰なのかしら?」
「だって、新しく買ったばかりだぜ? こんなに簡単に壊れるなんて……! お、おい、何してんだ、グレーテル? やっ、やめろーっ! うわあああああっ!」
少年の叫び声が、ルチコル村中に響いた。
ハイルリーベ王子フリッツが王となり、獣王ウルフの名称で民に慕われて、半年が過ぎた頃だった。
城塞都市シュネーケン城の中庭では、急遽、各都市の姫たちによる会合が開かれた。
「やっほ〜、ウルフ!」
屈託のない笑顔で手を振る、赤いフードを被った少女リーゼロッテに、野獣の姿をした王が、嬉しそうに、長椅子から立ち上がった。
「赤ずきん、久しぶりだな!」
「リーゼ様! お久しぶりです!」
王の肩の高さで浮かんでいる妖精エインセールも、喜んで飛んで行く。
リーゼロッテと一緒に訪れたのは、背が高く、美しい長い髪をなびかせたラプンツェル姫だった。
ラプンツェルは、姫というよりも騎士のように片膝を付き、ウルフと挨拶を交わしてから、リーゼロッテと並び、テーブルについた。その表情は、どことなく険しかった。
テーブル近くの泉には、すでに人魚姫ルーツィアの姿があり、竪琴を奏でている。
「リゼたん、プンプン、今日の紅茶は格別なのです〜!」
水色のエプロンスカートにツインテールのアリスが、ご機嫌にティーカップを二人の前に置き、ポットから紅茶を注いだ。
「ほんとだー! アリスさんの紅茶は、いつも美味しいね〜! お茶菓子も、もらっちゃおーっと」
クッキーをかじり、リーゼロッテが紅茶を飲むが、ラプンツェルは険しい表情のまま何も口にせず、ただ長い脚を組み、頬杖を付いている。
そこへ、隣街アルトグレンツェから、聖女ルクレティアが現れ、側には、水色の甲冑に身を包んだシンデレラが付き添っていた。
「うわぁ、聖女様まで……!」
リーゼロッテが呟いた。
その直後、白雪姫アンネローゼが到着する。
リーゼロッテを始め、他の姫たちも思わず目を見張った。
白雪姫は、珍しく、赤いドレス姿だった。
「遅くなりましたわ。お母様が、なかなか放してくださらなくて」
少々憮然とした表情で、アンネローゼが告げた。
「平和になったからといって、こう毎日毎日ドレスで大人しくしていなければならないなんて。わたくしには、改革派の先導者として活動していた頃が、一番自由に思えるわ」
そう言いながら、ドレスをつまみ、長椅子に腰かける。
隣では、ウルフが笑う。
「なかなか似合うぞ」
「あら、お世辞なんて珍しいこと」
平静を装った白雪姫の頬には、口調とは裏腹に、うっすら赤みがさしていた。
「相変わらず、仲が良いみたいだね!」
リーゼロッテが、にやにやと笑う。
「からかうのは、およしなさい」
「はーい」
と返事はしたものの、にやにやと笑うのはやめられないリーゼロッテであった。
ルクレティア、シンデレラも、思わず微笑んでいる。
「それで、リーゼ、いったい何があったというの?」
アンネローゼが、真面目な口調で尋ねた。
「実はね……」
リーゼロッテも真面目な顔になり、語り始めた。
事の発端は、ヘンゼルの悲劇であった。
ルチコル村のヘンゼルとグレーテル兄妹は、果樹園を経営している。
世界が呪いにより均衡を崩していた際に、魔物に荒らされていた果樹園もようやく復活し、以前のように魔物との共存が可能になっていた。
だが、たまに、野生の動物や魔物が、いたずらをしたり、果物を食い散らかすこともあったため、ヘンゼルが見張りをしていた。
その時に、最近手に入れた、お気に入りの大鎌を、魔物を脅かすために振ると、樹に当たっただけで、鎌の刃が割れ、長い柄も折れてしまったのだった。
少々魔物に果物を持って行かれ、果樹も傷付いたことで、グレーテルの怒りを買い、パイ生地でぐるぐる巻きにされていたのを、騒ぎを聞きつけてやってきたリーゼロッテと村人が止めた、という話であった。
「その時、ヘンゼルの鎌に、はめ込まれていたのが、この輝晶石なんだ」
リーゼロッテは、小さな皮袋から、ブローチほどの大きさの、輝く石を取り出してみせた。
「あたしの弓に取り付けた輝晶石よりも、なんだか少し濁っているように思えたから、ラプンツェルさんにも見てもらったんだ。そうしたら……」
「偽物だったんだよ」
ラプンツェルが、面白くなさそうな顔で言った。
「ええっ! 偽物なんですか!?」
エインセールが慌てて、輝晶石の置かれたテーブルに降り立った。
「こっちが本物」
ラプンツェルが取り出した石を、テーブルに置くと、全員が覗き込んだ。
並べると、差は歴然としていた。片方は透明度が高く、もう片方は、白く濁っている箇所や、気泡が入ってしまっている箇所がある。
「アタシの見たところ、輝晶石によく似た石を、わざわざ丁寧に、それらしく加工してあったのさ」
「フムフム、つまり、誰かが偽造した、ということなのですね〜?」
アリスがラプンツェルの横で頷く。
「輝晶石の原石は、アタシんとこのピラカミオンの鉱山から取ってるんだ。それを、真似して『輝晶石』として売って、儲けてる奴がいると思うと、まったく、面白くない!」
吐き捨てるように、ラプンツェルが言った。
「ああ、それで、プンプンは、さっきからプンプンしてるのですね〜?」
ぎろっと、アリスを睨んだラプンツェルであったが、今は、それよりも、偽造輝晶石の方に頭に来ているようだった。
「それで、赤ずきん、ヘンゼルは、どうやって、その鎌を手に入れたのだ?」
ウルフがリーゼロッテを見た。
「うん、それがね、村の人たちが草木の手入れをする用の鎌だけ注文していたのが、ひとつだけ大鎌が混ざっていてね。それも、ヘンなんだ。なぜか、その大鎌は、ウォロペアーレから来た商人さんが、南国の果物と一緒に持って来たんだって。そこに、たまたま居合わせたヘンゼルが見つけて、気に入ったらしいんだ」
世界の呪いが解かれてから、港町ウォロペアーレでは、制限していた貿易を再開していた。
「実は、ルヴェールでも、似たようなことが起きたのだ」
そう言ったシンデレラに、一同、注目した。
「ウォロペアーレから仕入れたダガーに、同じような輝晶石が付いていた。これだ」
シンデレラの取り出したのは、湾曲した、このあたりでは珍しい形をした刃である。刃の付け根には、宝石が付いていた。
「こっ、これも、偽物じゃないか!」
ラプンツェルが驚いて、ルーツィアを見た。
「おい、ルーツィア、どういうことなんだよ? 輝晶石の偽物なんかが出回ったら、うちの鉱山の信用がなくなるじゃないか」
ビクッとしたルーツィアが、悲しそうな表情で、にらんでいるラプンツェルを見上げた。
「プンプン、そう短絡的に結びつけてしまっては、真実は見えなくなってしまうのです〜」
アリスが、嫌味のない笑顔で言った。
「アリスの言う通りだ」
シンデレラが口を開く。
「ウォロペアーレで仕入れた物の中に、これが紛れ込んでいたと言っても、ルーツィアのせいじゃない。ルーツィア、この品は、どこで入手した物なのか、教えてくれないか?」
シンデレラが優しく尋ねると、ルーツィアは、切れ長の美しい瞳を潤ませながら、答えた。
「ああ、シンデレラ、わたくしを信じてくれて、ありがとう……!」
消え入りそうな声で言いながら、ルーツィアが目の端を指で拭う。
「これらの品は、西南の海の向こうにある国『アルフライラ』との貿易で手に入れたものなの。そう言えば、最近、新しい商人さんも加わったと聞いたわ。……もしかすると、それが関係しているのかしら?」
「アルフライラか……。未知の国だな」
ウルフが呟き、アンネローゼと顔を見合わせる。
「ノンノピルツとは、これまで一切交流がなく、アリスも知らないのです〜」
懐中時計のスタッフを振り、空中で分厚い本が現れると、風がページをめくるかのように、自然にパラパラとめくれていくのを、アリスが眺めながら言った。
「それでね、ウルフ、アンネ、皆も聞いてくれる?」
リーゼロッテが、姫たちの顔を見渡した。
「あたし、そのアルフライラに行って、原因を調べてみようと思うんだ」
一同、呆気に取られた表情で、リーゼロッテを見つめるが、彼女は、真面目であった。
「で、でもでも、リーゼ様、西南の海のことは、お詳しいんですか?」
「得体の知れないものが棲むと、言われているわ」
エインセールの後に、静かに、ルーツィアが口を添えた。
「ほ、ほら、ルーツィア様だって、このようにおっしゃってるんですから、何もリーゼ様が、単身乗り込まなくても……」
「だけどさ、今後、こんなまがい物が世の中に出回ったら、みんな迷惑だよ? ヘンゼルは、鎌が壊れても幸い怪我はなかったけど、危ないし、何よりも、輝晶石の偽物を作るなんて、あたし、許せないよ」
「そうだよ!」
ラプンツェルが拳を握りしめる。
「アタシも、一緒にいって、その製造してるヤツを、とっちめてやる!」
「プンプンは、行かない方が良いのです〜」
アリスが言った。
「なんだよ、アリス、止めるなよ」
「怒りのままに交渉したら、今後、ウォロペアーレが、アルフライラとの貿易に支障が出るのです。それでは、困るのではないですか〜?」
アリスが、踊るような軽い足取りで、ルーツィアに寄っていった。
「ええ、実は、アルフライラからは、美味しい果物や、宝石、珍しい調度品などを輸入していて、それは、わたくしの都市だけでなく、他の国にも人気があるの」
「ほらほら〜、ウォロペアーレは、あちこちの都市と貿易が盛んなのですよ〜! この件で、アルフライラの王の機嫌を損ねたら、大打撃なのです〜! だから、ここは、理論的に、穏やかに事を進めるのが大事なのです!」
面白くなさそうな表情のラプンツェルだったが、アリスの言うことも最もだと、思い直した様子だった。
「ならば、赤ずきん、お前は、商人たちとの取引にも慣れている。お前の人柄を見込んで、アルフライラに行ってみるか?」
ウルフの青い瞳が、面白そうに輝いている。
「リーゼロッテひとりでは、危険だわ」
アンネローゼが心配そうな顔になる。
「せめて、もうひとり」
「となると……」
アンネローゼとウルフが、姫たちを見回し、姫たちも、それぞれの顔を見回した。
ウルフの視線が留まる。
「シンデレラ姫、どうだ?」
シンデレラは、目を見開いた。
「そうね、シンデレラがいいわ!」
それまで黙っていたルクレティアが、両手を合わせて、喜ぶように賛同した。
「ルクレティア、私には、あなたの護衛の任務があります」
「あら、いいじゃないの。たまには、あなたも息抜きが必要よ。知らない国に行くのは大変だけれど、観光も出来るわ。任務だけじゃなく、少しくらい遊んで来てくれてもいいのよ」
「し、しかし、そんな悠長なことは……!」
無邪気に微笑むルクレティアに、シンデレラが慌てる。
「大丈夫よ」
そう言ったのは、アンネローゼであった。
「お姉様は、その間、わたくしのところにいらっしゃればいいわ。この城なら、守りは心配無用よ」
「しかし、アンネローゼ……!」
「本当は、わたくしが行きたくてウズウズしているのよ」
アンネローゼが、いつもの不敵な笑顔を、シンデレラに向けた。
「俺もだ」
ウルフもシンデレラに微笑む。
「何しろ、王というのは、退屈でいかん。俺も、出来ることなら、未知の国アルフライラを見てみたいとは思うが、そうもいかない。アンネローゼも然りだ。事を慎重に進める必要がある上に、礼にかなった方法を取るとなると、高位の貴族であるあなたがふさわしいと、俺には思える」
「わたくしも、同じ考えですわ」
アンネローゼも、少しだけ親しみを込めた微笑で、シンデレラを見ている。
「適任だと、アリスも思うのです〜!」
アリスがスタッフを振ると、空中の本は消え、代わりにポンポンと現れた花が、テーブルの上に舞い降りていった。
それを見て、「おお!」と、リーゼロッテが驚いている。
「そうだな、アタシよりも、シンデレラさんの方が、断然適任だ」
ラプンツェルも、肩の力を抜いた笑顔になっていた。
「ここは、赤ずきんーーいや、リーゼロッテと一緒に、国の特使としてアルフライラを訪問し、密かに調査をして欲しい。ルクレティアのことは心配いらない。シンデレラ姫、やってくれるか?」
ウルフは、穏やかな視線をシンデレラに向け、ルクレティアも、アンネローゼも、彼女の返答を待っていた。
戸惑いを見せていたシンデレラであったが、やがて、落ち着いた表情になり、ウルフとアンネローゼ、ルクレティアを見た。
「私で良ければ、務めを果たして参ります」
「そうか! ありがたい!」
ウルフが笑顔になり、アンネローゼもルクレティアも、ホッとしたように笑った。
「赤ずきん、お前の弓の腕を信じているぞ」
「任せておいてよ、ウルフ! あたし、シンデレラさんを守るよ!」
「あなたが、シンデレラに助けてもらうことになるのは、目に見えているけれど?」
「またアンネ、そんな意地悪言って」
ウルフとアンネローゼに、リーゼロッテは笑って答えた。
ルクレティアが、進み出た。
「二人とも、どうかお気を付けて」
その優雅で、はかなげな、いばら姫の微笑みに見入っていたリーゼロッテは、照れたように笑ってから言った。
「ありがとうございます、聖女様。シンデレラさん、よろしくね!」
「こちらこそ、よろしく、リーゼロッテ」
リーゼロッテが、シンデレラの手を握る。
シンデレラは、明るく笑うリーゼロッテに、微笑を返した。
『姫と野獣ーーPrincess & the Beastーー』おまけです。
リーゼロッテとシンデレラを、もう少し活躍させたくなって。
よろしくお願いします!(^_^)