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姫と野獣ーーPrincess & the Beastーー  作者: かがみ透
『海の向こうの島』(おまけ)
11/11

第1話 『緊急会議』

「ヘンゼル〜!」


 小鳥のさえずりをバックにした、少女の可愛らしい声には、僅かに怒りが混じっていた。


「ま、待て、グレーテル! 俺のせいじゃない!」


「あら、じゃあ、誰のせいだって言うのかしら?」


「俺は、魔物を、ちゃんと追っ払ったんだ! だけど、武器が壊れて……」


「だから、その武器を、ちゃんと手入れしていなかったのは、誰なのかしら?」


「だって、新しく買ったばかりだぜ? こんなに簡単に壊れるなんて……! お、おい、何してんだ、グレーテル? やっ、やめろーっ! うわあああああっ!」


 少年の叫び声が、ルチコル村中に響いた。




 ハイルリーベ王子フリッツが王となり、獣王ウルフの名称で民に慕われて、半年が過ぎた頃だった。

 城塞都市シュネーケン城の中庭では、急遽、各都市の姫たちによる会合が開かれた。


「やっほ〜、ウルフ!」


 屈託(くったく)のない笑顔で手を振る、赤いフードを被った少女リーゼロッテに、野獣の姿をした王が、嬉しそうに、長椅子から立ち上がった。


「赤ずきん、久しぶりだな!」

「リーゼ様! お久しぶりです!」


 王の肩の高さで浮かんでいる妖精エインセールも、喜んで飛んで行く。


 リーゼロッテと一緒に訪れたのは、背が高く、美しい長い髪をなびかせたラプンツェル姫だった。


 ラプンツェルは、姫というよりも騎士のように片膝を付き、ウルフと挨拶を交わしてから、リーゼロッテと並び、テーブルについた。その表情は、どことなく険しかった。


 テーブル近くの泉には、すでに人魚姫ルーツィアの姿があり、竪琴を奏でている。


「リゼたん、プンプン、今日の紅茶は格別なのです〜!」


 水色のエプロンスカートにツインテールのアリスが、ご機嫌にティーカップを二人の前に置き、ポットから紅茶を注いだ。


「ほんとだー! アリスさんの紅茶は、いつも美味しいね〜! お茶菓子も、もらっちゃおーっと」


 クッキーをかじり、リーゼロッテが紅茶を飲むが、ラプンツェルは険しい表情のまま何も口にせず、ただ長い脚を組み、頬杖を付いている。


 そこへ、隣街アルトグレンツェから、聖女ルクレティアが現れ、側には、水色の甲冑に身を包んだシンデレラが付き添っていた。


「うわぁ、聖女様まで……!」


 リーゼロッテが呟いた。


 その直後、白雪姫アンネローゼが到着する。

 リーゼロッテを始め、他の姫たちも思わず目を見張った。


 白雪姫は、珍しく、赤いドレス姿だった。


「遅くなりましたわ。お母様が、なかなか放してくださらなくて」


 少々憮然とした表情で、アンネローゼが告げた。


「平和になったからといって、こう毎日毎日ドレスで大人しくしていなければならないなんて。わたくしには、改革派の先導者として活動していた頃が、一番自由に思えるわ」


 そう言いながら、ドレスをつまみ、長椅子に腰かける。

 隣では、ウルフが笑う。


「なかなか似合うぞ」

「あら、お世辞なんて珍しいこと」


 平静を装った白雪姫の頬には、口調とは裏腹に、うっすら赤みがさしていた。


「相変わらず、仲が良いみたいだね!」


 リーゼロッテが、にやにやと笑う。


「からかうのは、およしなさい」

「はーい」


 と返事はしたものの、にやにやと笑うのはやめられないリーゼロッテであった。

 ルクレティア、シンデレラも、思わず微笑んでいる。


「それで、リーゼ、いったい何があったというの?」


 アンネローゼが、真面目な口調で尋ねた。


「実はね……」


 リーゼロッテも真面目な顔になり、語り始めた。


 事の発端は、ヘンゼルの悲劇であった。


 ルチコル村のヘンゼルとグレーテル兄妹は、果樹園を経営している。

 世界が呪いにより均衡を崩していた際に、魔物に荒らされていた果樹園もようやく復活し、以前のように魔物との共存が可能になっていた。


 だが、たまに、野生の動物や魔物が、いたずらをしたり、果物を食い散らかすこともあったため、ヘンゼルが見張りをしていた。


 その時に、最近手に入れた、お気に入りの大鎌を、魔物を脅かすために振ると、樹に当たっただけで、鎌の刃が割れ、長い柄も折れてしまったのだった。


 少々魔物に果物を持って行かれ、果樹も傷付いたことで、グレーテルの怒りを買い、パイ生地でぐるぐる巻きにされていたのを、騒ぎを聞きつけてやってきたリーゼロッテと村人が止めた、という話であった。


「その時、ヘンゼルの鎌に、はめ込まれていたのが、この輝晶石なんだ」


 リーゼロッテは、小さな皮袋から、ブローチほどの大きさの、輝く石を取り出してみせた。


「あたしの弓に取り付けた輝晶石よりも、なんだか少し濁っているように思えたから、ラプンツェルさんにも見てもらったんだ。そうしたら……」


「偽物だったんだよ」


 ラプンツェルが、面白くなさそうな顔で言った。


「ええっ! 偽物なんですか!?」


 エインセールが慌てて、輝晶石の置かれたテーブルに降り立った。


「こっちが本物」


 ラプンツェルが取り出した石を、テーブルに置くと、全員が覗き込んだ。


 並べると、差は歴然としていた。片方は透明度が高く、もう片方は、白く濁っている箇所や、気泡が入ってしまっている箇所がある。


「アタシの見たところ、輝晶石によく似た石を、わざわざ丁寧に、それらしく加工してあったのさ」


「フムフム、つまり、誰かが偽造した、ということなのですね〜?」


 アリスがラプンツェルの横で頷く。


「輝晶石の原石は、アタシんとこのピラカミオンの鉱山から取ってるんだ。それを、真似して『輝晶石』として売って、儲けてる奴がいると思うと、まったく、面白くない!」


 吐き捨てるように、ラプンツェルが言った。


「ああ、それで、プンプンは、さっきからプンプンしてるのですね〜?」


 ぎろっと、アリスを睨んだラプンツェルであったが、今は、それよりも、偽造輝晶石の方に頭に来ているようだった。


「それで、赤ずきん、ヘンゼルは、どうやって、その鎌を手に入れたのだ?」


 ウルフがリーゼロッテを見た。


「うん、それがね、村の人たちが草木の手入れをする用の鎌だけ注文していたのが、ひとつだけ大鎌が混ざっていてね。それも、ヘンなんだ。なぜか、その大鎌は、ウォロペアーレから来た商人さんが、南国の果物と一緒に持って来たんだって。そこに、たまたま居合わせたヘンゼルが見つけて、気に入ったらしいんだ」


 世界の呪いが解かれてから、港町ウォロペアーレでは、制限していた貿易を再開していた。


「実は、ルヴェールでも、似たようなことが起きたのだ」


 そう言ったシンデレラに、一同、注目した。


「ウォロペアーレから仕入れたダガーに、同じような輝晶石が付いていた。これだ」


 シンデレラの取り出したのは、湾曲した、このあたりでは珍しい形をした刃である。刃の付け根には、宝石が付いていた。


「こっ、これも、偽物じゃないか!」


 ラプンツェルが驚いて、ルーツィアを見た。


「おい、ルーツィア、どういうことなんだよ? 輝晶石の偽物なんかが出回ったら、うちの鉱山の信用がなくなるじゃないか」


 ビクッとしたルーツィアが、悲しそうな表情で、にらんでいるラプンツェルを見上げた。


「プンプン、そう短絡的に結びつけてしまっては、真実は見えなくなってしまうのです〜」


 アリスが、嫌味のない笑顔で言った。


「アリスの言う通りだ」


 シンデレラが口を開く。


「ウォロペアーレで仕入れた物の中に、これが紛れ込んでいたと言っても、ルーツィアのせいじゃない。ルーツィア、この品は、どこで入手した物なのか、教えてくれないか?」


 シンデレラが優しく尋ねると、ルーツィアは、切れ長の美しい瞳を潤ませながら、答えた。


「ああ、シンデレラ、わたくしを信じてくれて、ありがとう……!」


 消え入りそうな声で言いながら、ルーツィアが目の端を指で拭う。


「これらの品は、西南の海の向こうにある国『アルフライラ』との貿易で手に入れたものなの。そう言えば、最近、新しい商人さんも加わったと聞いたわ。……もしかすると、それが関係しているのかしら?」


「アルフライラか……。未知の国だな」


 ウルフが呟き、アンネローゼと顔を見合わせる。


「ノンノピルツとは、これまで一切交流がなく、アリスも知らないのです〜」


 懐中時計のスタッフを振り、空中で分厚い本が現れると、風がページをめくるかのように、自然にパラパラとめくれていくのを、アリスが眺めながら言った。


「それでね、ウルフ、アンネ、皆も聞いてくれる?」


 リーゼロッテが、姫たちの顔を見渡した。


「あたし、そのアルフライラに行って、原因を調べてみようと思うんだ」


 一同、呆気に取られた表情で、リーゼロッテを見つめるが、彼女は、真面目であった。


「で、でもでも、リーゼ様、西南の海のことは、お詳しいんですか?」


「得体の知れないものが棲むと、言われているわ」


 エインセールの後に、静かに、ルーツィアが口を添えた。


「ほ、ほら、ルーツィア様だって、このようにおっしゃってるんですから、何もリーゼ様が、単身乗り込まなくても……」


「だけどさ、今後、こんなまがい物が世の中に出回ったら、みんな迷惑だよ? ヘンゼルは、鎌が壊れても幸い怪我はなかったけど、危ないし、何よりも、輝晶石の偽物を作るなんて、あたし、許せないよ」


「そうだよ!」


 ラプンツェルが拳を握りしめる。


「アタシも、一緒にいって、その製造してるヤツを、とっちめてやる!」


「プンプンは、行かない方が良いのです〜」


 アリスが言った。


「なんだよ、アリス、止めるなよ」


「怒りのままに交渉したら、今後、ウォロペアーレが、アルフライラとの貿易に支障が出るのです。それでは、困るのではないですか〜?」


 アリスが、踊るような軽い足取りで、ルーツィアに寄っていった。


「ええ、実は、アルフライラからは、美味しい果物や、宝石、珍しい調度品などを輸入していて、それは、わたくしの都市だけでなく、他の国にも人気があるの」


「ほらほら〜、ウォロペアーレは、あちこちの都市と貿易が盛んなのですよ〜! この件で、アルフライラの王の機嫌を損ねたら、大打撃なのです〜! だから、ここは、理論的に、穏やかに事を進めるのが大事なのです!」


 面白くなさそうな表情のラプンツェルだったが、アリスの言うことも最もだと、思い直した様子だった。


「ならば、赤ずきん、お前は、商人たちとの取引にも慣れている。お前の人柄を見込んで、アルフライラに行ってみるか?」


 ウルフの青い瞳が、面白そうに輝いている。


「リーゼロッテひとりでは、危険だわ」


 アンネローゼが心配そうな顔になる。


「せめて、もうひとり」


「となると……」


 アンネローゼとウルフが、姫たちを見回し、姫たちも、それぞれの顔を見回した。


 ウルフの視線が留まる。


「シンデレラ姫、どうだ?」


 シンデレラは、目を見開いた。


「そうね、シンデレラがいいわ!」


 それまで黙っていたルクレティアが、両手を合わせて、喜ぶように賛同した。


「ルクレティア、私には、あなたの護衛の任務があります」


「あら、いいじゃないの。たまには、あなたも息抜きが必要よ。知らない国に行くのは大変だけれど、観光も出来るわ。任務だけじゃなく、少しくらい遊んで来てくれてもいいのよ」


「し、しかし、そんな悠長なことは……!」


 無邪気に微笑むルクレティアに、シンデレラが慌てる。


「大丈夫よ」


 そう言ったのは、アンネローゼであった。


「お姉様は、その間、わたくしのところにいらっしゃればいいわ。この城なら、守りは心配無用よ」


「しかし、アンネローゼ……!」


「本当は、わたくしが行きたくてウズウズしているのよ」


 アンネローゼが、いつもの不敵な笑顔を、シンデレラに向けた。


「俺もだ」


 ウルフもシンデレラに微笑む。


「何しろ、王というのは、退屈でいかん。俺も、出来ることなら、未知の国アルフライラを見てみたいとは思うが、そうもいかない。アンネローゼも(しか)りだ。事を慎重に進める必要がある上に、礼にかなった方法を取るとなると、高位の貴族であるあなたがふさわしいと、俺には思える」


「わたくしも、同じ考えですわ」


 アンネローゼも、少しだけ親しみを込めた微笑で、シンデレラを見ている。


「適任だと、アリスも思うのです〜!」


 アリスがスタッフを振ると、空中の本は消え、代わりにポンポンと現れた花が、テーブルの上に舞い降りていった。

 それを見て、「おお!」と、リーゼロッテが驚いている。


「そうだな、アタシよりも、シンデレラさんの方が、断然適任だ」


 ラプンツェルも、肩の力を抜いた笑顔になっていた。


「ここは、赤ずきんーーいや、リーゼロッテと一緒に、国の特使としてアルフライラを訪問し、密かに調査をして欲しい。ルクレティアのことは心配いらない。シンデレラ姫、やってくれるか?」


 ウルフは、穏やかな視線をシンデレラに向け、ルクレティアも、アンネローゼも、彼女の返答を待っていた。


 戸惑いを見せていたシンデレラであったが、やがて、落ち着いた表情になり、ウルフとアンネローゼ、ルクレティアを見た。


「私で良ければ、務めを果たして参ります」


「そうか! ありがたい!」


 ウルフが笑顔になり、アンネローゼもルクレティアも、ホッとしたように笑った。


「赤ずきん、お前の弓の腕を信じているぞ」


「任せておいてよ、ウルフ! あたし、シンデレラさんを守るよ!」


「あなたが、シンデレラに助けてもらうことになるのは、目に見えているけれど?」


「またアンネ、そんな意地悪言って」


 ウルフとアンネローゼに、リーゼロッテは笑って答えた。


 ルクレティアが、進み出た。


「二人とも、どうかお気を付けて」


 その優雅で、はかなげな、いばら姫の微笑みに見入っていたリーゼロッテは、照れたように笑ってから言った。


「ありがとうございます、聖女様。シンデレラさん、よろしくね!」


「こちらこそ、よろしく、リーゼロッテ」


 リーゼロッテが、シンデレラの手を握る。


 シンデレラは、明るく笑うリーゼロッテに、微笑を返した。


『姫と野獣ーーPrincess & the Beastーー』おまけです。

リーゼロッテとシンデレラを、もう少し活躍させたくなって。

よろしくお願いします!(^_^)

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