346話 もう少し考えて話して
「ルヴィア・エルシールがこいつの母親だ」
家族の集まる朝食の席で、ジオは食卓を囲む家族にそう宣言した。
こいつと示されたのは、言うまでもなくセージだった。
セルビアやカインははっきりと大きく目を見開いて驚き、マリアは態度にこそ出さなかったがやはり驚きを示した。
シエスタは態度も内心も落ち着き払っていた。
「……それ、言う必要あった?」
セージはジト目でジオを非難する。
「お前はまたそれか。
むしろ何故隠す」
「向こうの家族になる気なんてないから。だから公にして面倒ごとを起こさなくてもいいでしょ」
セージは辟易とした様子でそう言った。
そんな態度に臆し、だからこそと口を開いたのはマリアだった。
「……冷たいんですね」
「そう、ですね。僕は冷たい人間なんだと思います。
合理的って、言って欲しいですけどね」
「セージは、彼女に思うところは無いんですか」
重ねて問いかけるマリアの問いに、セージはわずかに口元を歪めた。本人としては苦笑したつもりだったが、周囲にはそう映らなかった。
セージは母親というものに対してひどく強い執着心がある。
それは世間一般の子供が母親に向ける感情ではなく、そしてルヴィアに向けるべき感情ではない。
正直に話すのは難しいことだった。
「幸せになって欲しいなと、思っていますよ。
私とは関係のない所でね」
最愛の息子を奪われたルヴィアに、セージは同情をしている。
そして彼女が求めるものを、自分では絶対に用意できないことを知っている。
だからこそ関わるべきではないのだと、そう判断している。
だからこそ薄情な人間だと思われても構わないと、セージは冷たく言った。
「アニキは嫌いなの? お母さんのことが」
「そういう訳じゃあないよ。
でも難しい問題なんだ。
妹は僕がルヴィアさんの家に行っても良い?」
「ダメっ」
反射でそう答えたセルビアに、セージは安心させるように微笑みを向けた。
「そうだね、僕も行きたくないよ。
でも向こうは来て欲しいって思うかもしれない。
なにしろ僕は新しい英雄なんだからね。手元に置ければ役に立つって、そう思うかもしれないよね。
だからほら、おおっぴらにしても良い事なんてないんだよ」
それはセルビアを宥めるための言葉ではあったが、それを聞いた全員が一応の納得をした。
「……わかった」
ジオは不承不承、そう言った。
全員の中に、この男だけは入っていなかった。
******
ジオは早朝、家族会議を開く前に精霊エルアリアにこの件について相談をしていた。
アベルがいない今、セージを説得するために相談できる相手がいなくなっており、藁にも縋る思いでエルアリアに声をかけたのだ。
契約関係にある皇剣とエルアリアには精神的なつながりがあり、彼らが望んだ時に念話をすることが出来る。
もっともそれはあくまで出来るというだけで、皇剣が願ったからと言って確実にエルアリアが応じるとは限らない。
ただこれまで皇剣がそう念じるのはよほどの緊急事態に限られていた。
なので何か起きたのかもしれないと、エルアリアはジオの呼び出しに即座に応じてしまった。
「……そんな理由で私を起こしたのですか」
不器用ながらも最低限の要点だけは語ったジオの話を、時間をかけて理解したエルアリアは不機嫌な声でそう言った。
ジオがどうすればよいか尋ねると、エルアリアは煩わしそうに答えを返した。
「天使の生家を報告したのは褒めておきましょう。
その褒美として、あなたの懸念に答えを授けましょうか。
まず天使を守護都市以外に配置するのは愚策でしょう。
ただ……ああ、エルシール家は……そういう事でしたか。しかしだからと言って……いえ、税収も、献金も……。
……そう、ですね。
無下には出来ない家ですね。
……良いですか、ジオレイン。
何事にもバランスがあります。
あなたの望みをかなえるならば、相応の対価をエルシール家に支払う必要があるでしょう。
親権はあなたにあってしかるべきですが、ええ、あの子が暴走したときはあなたが身を張って止めねばなりませんが、ただそれを通してはエルシール家としても面白くは無いでしょう。
彼らにも栄誉を与えるべきです。
かの天使の家族であると、はっきりとした内外に示せる形で」
エルアリアの言葉を聞いて、ジオは頷いた。
「それで、どうすればいい」
さっさと答えろという言葉を飲み込んで、ジオはそう尋ねた。
ジオのコミュ力も少しは成長しているのだ。どんぐりの背丈よりも小さな成長だがゼロではないのだ。
そうして聞き出した答えはジオにとって意外なものだった。
何故それが良いのかまるで分らないが、しかしこの国の誰もが崇めている精霊エルアリアの知恵だ。
きっとそれで上手くいくのだろう。
ジオはそう思った。
******
そうしてエルアリアに教えられた答えを、ジオは今ここでセージたちに告げる。
理由は良く分からないが、それできっと全部解決すると期待して、自信をもって胸を張って。
「俺とルヴィアが結婚する、それでいいだろう」
ジオは顔面に正面からコーヒーをぶちまけられた。
ぶちまけたのはセージだった。
セージはとても冷たい目をしていた。
「何を――」
するセージと、そう言いかけたジオの言葉を遮って、その頭に上からコーヒーがかけられた。
かけたのはシエスタだった。
「――いや、待て。俺も……」
弁明の言葉を口にしようとするジオの顔に、セルビアとカインが同時にコーヒーをかけ、二人はハイタッチをした。
「……少しは、おかしいと思っていた」
ジオはそう言い、恐る恐るマリアの方を見た。
マリアは仕方のない人だと、寂しそうな顔でジオを見た。
剛毛が生えたジオの心臓がずきりと痛み、どういう事だ精霊と心の中でエルアリアに怒りを向けたが、答えが返ってくる事は無かった。
憮然とした顔のジオに、マリアはタオルを投げかける。
「顔を洗ってきなさい」
「……わかった」
あまりの居心地の悪さに、ジオはそそくさとリビングから撤退した。
残された家族は一様にマリアへ心配そうな視線を向ける。
マリアは努めて平静を装って、肩をすくめて見せた。
「どうせ誰かの入れ知恵を信じただけでしょうね。気にしても仕方ありませんよ」
マリアの心配されたくないという思いを察して、シエスタが話題を逸らす意味でも言葉を返す。
「……いえ、私は少し心配です。
もしかするとエルシール家としては娘を送り込むことでブレイドホーム家との間に強い繋がりを持とうとしているのかもしれません」
英雄ジオが指導者であり、さらには次代の英雄セージが育つ道場は元々守護都市での人気は高かった。
そこに加えて皇剣武闘祭の新人戦と本大会でどちらも優勝者を出している。
当然のことながら道場の評価は天井知らずに高まり、この一年間で新たに守護都市へと上がってきた新人戦士たちの入会希望は後を絶たなかった。
道場では新規の入門者は週に一回のみ指導を条件として受け入れたが、それでも枠が圧倒的に足りなかった。
中にはストリートチルドレンを道場生として育てていると聞きつけ、路上生活を始めるハンターまで出る始末だった。
それには警邏騎士の元締めであるマージネル家からも苦情が来て、何とかするかと枠からあぶれた新人戦士たちにミルクが代表を務める商会が興した新規道場を紹介し、そこには時折ジオやセージが指導に通う事にした。
つまりはブレイドホーム家傘下の道場が設立された形だ。
そんな訳でブレイドホーム家の勢力は順調に拡大しており、数年後の名家承認はほぼ確実視をされている
「エルシール家は強欲と聞きます。
そして広く強力な人脈を持つとも。
彼らがジオさんに入れ知恵をすることが出来たのならば、警戒をするべきでしょう」
それを聞いてセージは肩をすくめた。
セージはシエスタの発言というよりは、その根底にある感情を読み取って、釘を刺すべきだと考えた。
「それは考えすぎですよ。
親父は馬鹿だけど、人の話をまともに聞かないから馬鹿なんです。
エルシール家に操られてるんじゃなくて、ただ馬鹿だから馬鹿なことを言っただけです。
シエスタさんは勘違いしてるみたいですが、私は面倒を避けたいから関わらないと言っているだけで、エルシール家に対して思うところは何もありませんよ」
「……そうですか。
出過ぎたことを考えていましたね」
そのやり取りにカインとセルビアが首をかしげる。
セージは二人に何でもないよと手を振った。
「まあそうは言っても先方もそれは知ってますからね。
少しは話をしないといけないでしょうけど、大げさにするつもりはありませんよ。
何かあれば相談するので、その時は助けてください」
セージはにっこりと笑ってそう言った。
シエスタやマリアは力強くうなずいたが、セルビアだけは不安と疑いの眼差しを向けていた。




