336話 そうだ、温泉に行こう
みんなが働き者のいい子になってしまい、手持無沙汰である。
セージです。
冒頭から変なことを言っていますが、家でやることが無いんですよね。
なんか退院してからわりとみんなが気を使ってくるので、家事から解放されている。
料理は次兄さんと妹が全部やってしまうし、私が手伝おうとするといらないと言われる。
いや、やると言えば無理に断られる事は無いんだろうけど、そもそも私は別に料理が好きなわけじゃないんだよね。
必要だからやってただけで。
最近は次兄さんたちも栄養とか考えてくれて献立作ってくれるから、じゃあ良いかと任せることにしました。
そんな訳で掃除でもと思えば、それもやっぱり親父や保育士さんたちが止めに入ってくる。
いや、やると言えば無理に断られる事は無いんだろうけど、そもそも私は別に掃除が好きなわけじゃないんだよね。
必要だからやってただけで。
部屋の隅や窓のサッシもちゃんと奇麗にしてくれるので、じゃあ良いかと任せることにしました。
それじゃあ庭いじりでもするかと思えば、妹や預かってる子たち、後は道場通いの子たちがやってくれるのです。
いや、やると言えば無理に断られる事は無いんだろうけど、そもそも私は別に庭いじりが好きなわけじゃないんだよね。
必要だからやってただけで。
芝生の手入れも花や作物の水やり、雑草抜きもきっちりやってくれているので、じゃあ良いかと任せることにした。
仕方ないのでせめて洗濯ぐらいはやろうかと思ったのですが、マリアさんが休んでいてくださいと洗濯物をとっていった。
いや、やると言えば無理に断られる事は無いんだろうけど、そもそも私は別に洗濯が好きなわけじゃないんだよね。
必要だからやってただけで。
そもそもが大所帯の八人家族な上に、道場や託児所でもタオルなどの洗濯物が大量に出る。
洗濯機(魔動)だけでは間に合わないので簡単な汚れ物は手洗いで済ませ、それは保育士さんたちも手伝ってくれる大仕事なのだが、洗濯機みたいな風と水と洗剤の複合魔法が使えるインテリジェンスあふれる私も参加した方が効率が良い。
良いのだが、その役目はマリアさんに取られた。
まあ保育士さんたちと違って腕力自慢のマリアさんにとって洗濯は簡単な仕事なので、じゃあ良いかと任せ……あれ?
なんですか、マリアさん?
僕は何もおかしなことは言ってません。
マリアさんは女子力の高い素敵な淑女だからだからしつこい汚れも奇麗に落とせるなって言ったんです。
褒めたんです。
僕の目を見てください。
この目が嘘を言っている目だというんですか。
……ふう、上手く誤魔化せたな。
いやね。
マリアさんはシエスタさんの護衛のようなものなんだけど、マリアさんの様子がおかしいのは誰の目から見ても明らかなのでお休みを与えられているのですよ。
そもそも政庁都市だから治安が良いし、シエスタさんの監査室はこの一、二年で予算増額となり警護の人員も増えやしている。
マリアさんにしばらく休みを与えても業務に支障はないのだ。
そんな訳で休みをもらったマリアさんは、居場所が欲しいと無理やりに仕事を見つけようとしている。
いつかの姉さんのように。
そして今の私のように。
……うん。
気を使われているのはわかるのだけれど、何もさせてもらえないといらない子のように感じてしまうよね。
だいぶんマシになったのだけれど、正直なところ私はまだちょっと怖がられてるのよ。
それにお医者様の言った私を安静にさせろという言葉と、親父との手合わせのダメージが加わって、何もせずに休んでいてってみんなが言うのですよ。
加えてみんながわがままを言わなくなって、楽なんだけどちょっと寂しい。
次兄さんは悪態の数が減ったし、私の財布から小銭を盗むことを止めた。
妹は食事やお風呂の時に私が一緒じゃなくても文句を言わなくなった。
親父はいつも通りに見えて、少しだけ言い返してくることが減った。本当に誤差のレベルなんだけど、本人的には気を使っているつもりのようだった。
兄さんや姉さんも家にいる時間は減っているけれど、帰って来た時は私の様子をそれとなく遠巻きに確認してくる。
いや、普通に話しかけてくるし、何かしらのお土産も買ってきてくれるんだけど、気を使われている感が半端ない。
そんな訳で折角だからと、妹にピーマン食べられるようになってもらって、ちゃんと自分の部屋で寝てもらうようにしてもらったりした。
妹は嫌がりながらもピーマンを食べたし、自分の部屋で寝るようになった。
若干情緒不安定になったけど、将来のことを考えれば兄離れのいいチャンスなので、心を鬼にして妹には頑張ってもらうことにした。
いや、妹は割と本気で怒りと恨みの感情を抱いたので私としても心苦しかったのだが、もう妹も十歳だからね。
少しづつ、私以外にももっと心を開いていって欲しいよ。
話を戻して、気を使われるのは仕方のないことだけど、それはそれとして手持無沙汰なので、やっぱりマリアさんと一緒に日帰りの温泉小旅行にでも行くかな。
リーアさんの治療の段取りや、親父から(永久に)竜角刀を借りる必要もあるけど、喫緊はマリアさんのメンタルケアだよね。
◆◆◆◆◆◆
「ゴブリン狩りかぁ……」
「なに? 文句あるの」
「だって……雑魚だろ?」
「どうせなら強いのが良いよね」
「まあ、それはいずれね。まずは楽に勝てる相手で練習しておこう」
カインとセルビアの不満を、ミケルが宥める。
ミケルをリーダーとした新パーティー〈黄金の新世代〉は、臨時メンバーのセルビアも参加してゴブリン狩りをする予定だった。
ただ初めての実戦相手が下級下位相当の魔物、それも農夫が駆除する害獣という扱いのゴブリンという事で、脳筋な戦闘狂が不満を漏らしていた。
ちなみにハンターとして十分な経験を積んでいるミケルはもとより、レイニアも高校時代のクラブ活動でゴブリンなどの下位の魔物を狩った経験があるため、実戦初心者はセルビアとカインだけである。
「そろそろ引率役も来る頃だし、あまり失礼な態度はとらないようにね」
ミケルがそう言った。
今回のゴブリン狩りに当たっては、その道のエキスパートを呼んでいた。
実戦経験ゼロのセルビアやカインにはやはり不安があった。
二人の戦闘能力に関しては何の疑いも持っていないが、しかし初めての実戦で新人が極度の緊張からひどい失敗をするのはよくある事だ。
政庁都市の地理に明るいのはレイニアだけで、彼女にしてもハンターとしての本格的な活動は未経験だ。クラブ活動の際はいつも熟練のハンターに引率してもらっていた。
経験者が土地勘のないミケルだけというのはやはり不安要素であった。
それを拭うため、これまでパーティーがアルバイトでためていた共有資金を使って、政庁都市でゴブリンハンターの異名を持つハンターに引率を依頼したのだった。
からんと、ミケルたちが待ち合わせ場所にしていた喫茶店の扉が開いた。
そして見るからに一般人ではない、戦いを生業とする装いの男が入ってきた。
彼は背の高い壮年の男性だった。
その身に歴戦の風格を漂わせ、守護都市でも通用するであろう実力を窺わせた。
ミケルとレイニアは知らず、唾を飲み込んだ。
二人もゴブリンハンターという異名に、心のどこかで侮っていたのかもしれない。
ゴブリンを狩るハンターとしては優秀だが、純粋な戦士としての力量は自分たちの方が上だと、心のどこかで慢心していたのかもしれない。
だが現れた男は、間違いなく二人よりも実力と経験で勝るプロフェッショナルだった。
そんなプロフェッショナルな男に、セルビアとカインが気安く声をかける。
「あ、クライスだ」
「おっさんゴブリンハンターなのかよ、だっせ」
カインはクライスに拳骨を落とされた。
「俺じゃねえよ。あと簡単に人を馬鹿にするんじゃねえ。それでなくとも仕事の先輩だぞ馬鹿野郎」
そう叱るクライスの後ろから、若奥様のリーア・ベンパーが姿を現した。
「ええと、恥ずかしながらゴブリンハンターって呼ばれています。リーアです。今日はよろしくね」
リーアは片手剣とメイスを腰に差している。
魔力量は下級中位程度で、平均的なハンターだった。
安堵した気持ちを隠して、ミケルは挨拶を返す。
「このパーティーのリーダーをしています。ミケルです。
今日はよろしくお願いします。
……それで、その、そちらの二人とお知り合いで」
「私ではなく、夫が」
リーア(21歳)は、苦笑しながらクライス(53歳)を示した。
「「「「夫っ⁉」」」」
ミケルとレイニアとカインとセルビアが、つまりは全員が驚きの声を上げた。
「な、なんだよ。セージから聞いてねえのか。ちょっと前に結婚したんだよ」
「聞いてたけど聞いてねえよ。自分の歳を考えろよおっさん。シエスタでも引くぞ」
「ロリコンだ。変態だっ」
「変態じゃねえ。変なこと言うとセージにチクるぞ」
カインとセルビアは即座に黙った。
セージがクライスを尊敬していることを、二人はよく知っていたのだ。
「当人同士の問題なんだから、別に良いでしょう。愛があれば歳の差なんて関係ないって、よく言うじゃない」
レイニアがそう言って、次いで自己紹介をする。
それに倣って、カインとセルビアも初対面となるリーアに名前を告げた。
「それで、おっさんは何しに来たんだよ」
「俺は今日、非番なんだ」
「は?」
「非番なんだ」
「いや、それは聞いたよ」
「……付いて来たいんだって。
その、セルビアやカインがいるなら良いだろって、昨日から聞かないの」
話が進まない空気を感じ取って、リーアが説明をした。
えぇ……、と微妙な空気が場に流れた。
「な、なんだよ。別にいいだろ。
邪魔はしねえよ。
その、いつもはリーアも誰かしらと一緒に行動してるからな。
新人ばっかりのパーティーなら、ベテランが付き添ってもいいだろ」
「私はもうベテランなんだけどね」
「一応、僕も新人ではないんですが……いえ、土地勘がないので、フォローしてくれる人が多いのは助かりますが、追加の報酬は出せませんよ」
「ああ、もちろんだ。勝手に押しかけてきて報酬を要求する気はない。
仕事も極力手伝わない。
ただ付いて行くだけだ」
ミケルは仲間たちを見渡す。
セルビアやレイニアはミケルが反対しないなら構わないという、消極的な賛成を示していた。
口では文句の多いカインも反対をする気は無いようだった。というか、心なしか嬉しそうでもあった。
国内で最も安全とされる政庁都市で行う簡単な害獣駆除。
万が一も起こらないだろうが、ミケルとしても保険が増えることに文句があろうはずもない。
「それでは、お願いします。
聞いているかもしれませんが、今回のゴブリン狩りはパーティーとしての経験を積むためのもので、ゴブリンを狩ることはそのための手段です。
索敵や戦闘のアドバイスは頂きたいのですが、直接その手を下すことはなるべく遠慮して下さい」
「ああ、わかってる」
自信満々に頷くクライスの横で、リーアが済まなさそうに頭を下げていた。
「……その、ごめんなさい。うちの人が、過保護で」
かくしてミケルたちは政庁都市を出発し、休憩地点として山間の温泉地を定め、大きな道ではなく獣道を通りながらその村を目指した。
途中、ゴブリンなりハゲオオカミなりの魔物に出くわすと踏んでいたが、極めて珍しい事に魔物の痕跡や死体の処理跡は見つかっても、魔物そのものが見つかる事は無かった。
「……つまんねえな。こういうものなのか」
「たまには、こういう日もあるね。
守護都市で暇を持て余している戦士も多いから、戯れに魔物が狩られてるのかも」
周囲の警戒を怠ることなくカインがぼやき、いくらかはリラックスした様子のミケルが返す。
そしてそのミケルの推測を、クライスが否定した。
「いや、それはねえな。
その手の連中はここまで綺麗に狩りはしない。
ここまで念入りな掃除は軍が総出でやる山狩りだが、そんな話は聞いていないぞ」
「軍の山狩り……」
「おい、落ち着けリーア。そうじゃないって言ったんだ」
「わかってる。落ち着いてる。今、ここに共生派がいるわけないものね」
ひどく冷たい恐ろしい声で、リーアがそう言った。
過去に共生派のテロリストと何かあったのか、ミケルやレイニアはそれを疑ったが、口に出す事は無かった。
不穏な緊張感がパーティーに漂う中、一行はそのまま何事もなく休憩地としていた温泉のある村までついた。
そしてそこで、目を疑うような光景に出くわす。
何の変哲もない小さな村だが、その異物は村の入り口に大きく掲げられていた。
〈天使が愛する温泉村エリトルネにようこそ〉
門の入り口に、そう書かれた大きな横断幕が高々と掲げられていた。
そして門の脇にはこれまた大きなのぼりがたてられ、こう書かれていた。
〈天使が救った村エルトリネ〉
〈祝・皇剣武闘祭最年少準優勝〉
四年前は知る人ぞ知る静かな温泉地だったその村は、今や立派に活気ずく有名観光スポットと変わり果てていた。
ちなみにそんな事も知らずにやって来てしまっていたのはミケルたちだけではなく、天使とその仲間たちもこの村には隠れていた。




