4話 信頼
ラブがその殺人事件について「何かおかしい」と思ったのは、はっきりした理由があったわけではない。
それは、彼女の直感だった。
とは言え、それだけでは司法を動かすことは出来ない。
それにラブは、この家族と親しくはなかったし、詳しい情報を持っているわけでもなかった。
例え良く知っていたとても、自分に出来ることが限られているのも分かっている。
ラブは、もと上司だったゴードンを訪ねることにした。
その時ゴードンは、刑務所から法務省へ移動していたので、ラブは彼のオフィスを訪問する。
「ラブ、元気そうだね」
ゴードンは、気持ちよくラブを迎えてくれる。
「元気よ」
ラブは、そう答えて、ゴードンに久しぶりに会える嬉しさで顔をほころばせる。
「それで?
僕に会いに来るなんて、何かあったのかい?」
「ええ、私のことじゃないんだけれど・・・」
とラブは言って、ブレットのことを説明する。
ゴードンは、ラブが説明し終わっても、しばらくは黙っていた。
そして、口を開く。
「ラブ、君は、こんなことを頼みに来るような人じゃないよね」
「そうね。 いつもなら関わらないわね」
「その君が、この事件のことを気にするだなんて、何か感じるんだ」
「私が感じているのは、この人たちはいい人たちだってことよ。
彼らは私に、ブレットを無罪にして欲しいと頼んでなんかいないわ。
遠くの刑務所にいるブレットを、近くの刑務所に移して欲しいと頼んでいるの。
私だって、自分の分を弁えているから、裁判の判決をどうこうしたいとも思ってないしね。
ただそれだけよ」
それを聞いて、ゴードンはふふっと笑う。
「君らしいね。 分かった。 何とかしてみよう」
「ありがとうゴードン」
ラブも穏やかに笑って感謝し、それ以上のことは頼まなかった。
そのようにして、彼女は自分が尊敬するゴードンにすべてを任せることにしたのだけれど、
その彼女の姿勢はゴードンを動かすことになる。
それから時が経ち、ジョーンが電話で、ブレットが無罪釈放されることになったと言ってきた。
ラブも、そうなって欲しいと思っていたけれど、実際にそのようになるとの確信は無かったので、かなり驚いた。
そして殺人犯は、何と、ブレットを見たと証言した、あの警察官だったと聞かされる。
ラブは、さっそくゴードンに電話を掛けた。
「やっぱり調べたのね」
それを聞いたゴードンは、嬉しいのだけれど、あまり良い話でもないと言う風な口調で答える。
「君がおかしいと感じるなら、何かがおかしいんだよ。
君の判断は、いつも正しかったからね。
それで調べてみたら、警察署内に腐敗があって、麻薬売買人との関係が明らかになったんだ。
あの警察官は麻薬密売に関係していて、交渉が決裂して密売人を殺してしまったらしい。
そして、そこにいた仲間の娼婦に、ブレットが殺したと証言させたってわけさ。
まあ、警察内の汚点だし、こんなことがあってはならないんだけど、膿みは出さなければならないからね」
「あなただから出来たことよ。
それに私は、そんな事件に係わるなんて、まっぴらごめんだもの。
本当に助かったわ、ブレットの家族も大喜びよ」
「そうだね、僕も、無実の人間を助けることができて嬉しいよ」
これは、ラブが動かなければ解決しない事件だったけれど、
ラブにとって、自分がきっかけを作ったというより、このゴードンの、自分への信頼の方が何より嬉しかった。
ゴードンは、頼まれなくても相手の気持ちを汲み、間違いを正し、きちんと行動してくれる上司だった。
ラブは、こんな上司のもとで働けたのは、自分にとって誇りだと思っていた。
歓びに溢れたブレットの家族は、ぜひラブに感謝したいとパーティの招待状を送ってきた。
そして、記念のプレゼントに何が欲しいかと聞く。
ラブは、こう答えた。
「そうね、バスローブがいいかしら」
ラブは久しぶりにロサンゼルスの街へ行く。
そして、感謝のパーティで、歓びに満ちた大勢の友人たちに迎えられる。
それは、ラブにとって、自分が今まで生きてきたことのすばらしい褒美のような日で、
プレゼントのバスローブも、勲章のように思えた。
それからラブは、娘のいるワシントン州シアトルの近くの都市で、便利のいい、素敵な中庭のあるアパートへ引越す。
そこで、気立てのいいホームヘルパーの世話を受け、新しく出来た友人たちの訪問も受けたりしていた。
ラブは、その友人たちの一人、近くに住む日本人女性に、自分のことを面白おかしく話して聞かせる。
ラブの話には、辛いことがいっぱいあったはずなのに、いつも明るく楽しく話してくれるので、
うっかりすると、そんなに大変じゃなかったみたいに聞こえるから不思議だ。
ラブは、ますます心臓が悪くなり、時には起きれない日もあったりする。
そして、よくこう言った。
「朝、ホームヘルパーが来たら、私はベッドで死んでいたりしてね。
まあ、そんな安らかな死に方がしたいものよ」
すると、その日本人女性は言う。
「それじゃあ、ホームヘルパーが可哀想よ。
ちょっとは起きててよね。
そしたら救急車を呼んで、みんなで看取ってあげるから」
このような会話をしながら二人は笑う。
そうしてラブは、自分が望んだ通りに、安らかに、60歳をちょっと過ぎた若さで逝ってしまった。
ラブはあまりにも朗らかに自分の話をするので、その日本人女性は、聞いたことを確かめるため、聞き返すこともしばしばだった。
例えば、今でも思い出すラブとの会話は、こうだったりする。
"Wre you really the first femail correction officer in California?"
(あなたは、本当にカリフォルニアの最初の女性刑務官だったの?)
ラブは、微笑みながら答える。
"Yes, I was the first one."
(ええそうよ、私が最初だったの)
ラブへの思い出と共に
END




