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群青圏外  作者: 春賀
痕跡
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1/8

残響

コンビニの自動ドアはまだ動いていた。

普段気にも留めなかった、扉の開閉音がやけにうるさく耳につく。


「......良かった。」


透の口から小さな息がもれた。



夜は暗かった。


街灯の消えた道路は、

どこまでも続く静かな海のように見えた。




街の灯かりがほとんど死んでいる中で、

明かりのついている店を見つけるのはいつぶりだろう。


棚から電池を取り上げる。


次に飲み物。


食料は後回し。


缶詰は重くなるので最小限。

好物の鯖缶だけをリュックに詰めた。


足元に散乱している商品を足でかき分け、

奥のバックヤードまで進む。


なるべく端の方まで行き腰を下ろした。


「疲れた.....。」


今思えば今日は朝から一日中歩き続けていた。



透は、さっそく先程拝借したミネラルウォーターと鯖缶を

自分の前に広げ、本日の晩餐を始める。


「今日は御馳走だな。」


缶詰の取手に指を掛け、ゆっくり開く。


「いただきます.....。」



独り言が多くなった気がする。

気付けば思ったこと、感じたこと全てを口に出している。


もう「会話」をしなくなってどのくらい経ったのだろう。



店内BGMは止まっている。


時折、冷蔵庫の駆動音が響く。


透はリュックを枕代わりにして

目を閉じる。


その夜はコンビニで過ごした。


久々にまともな食事だった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



翌日、日が真上に上る頃。

透は渋谷にいた。


信号機はとうの昔に役目を失い、

広々とした交差点は草原となっていた。


「この辺もすごいな....。」


樹木に埋もれたビル。

倒れた広告塔。

放置された車両。


風になびいて揺れる足元の草原から

どこか気持ちよさも感じていた。


かつては人が溢れかえっていた場所だ。


学生の頃、都会に憧れ興味本位で訪れたことはある。


往来する人混み。

他人とぶつかることが怖すぎて

1時間足らずで、帰路に着いたことを思い出した。



透は小さく鼻で笑う。

今ならぶつかる相手すらいない。




交差点の真ん中に差し掛かった時に

近くの木陰に一頭の鹿がいることに気が付いた。


透に気付いてこちらを向くも、逃げる素振りを見せない。


しばらく見つめ合った後、

何事もなかったように再び歩き出す。


「.....俺なんか怖くないってか。」



鹿は地元で何度か見かけたことがある。


人が近づけば一目散に山奥へ逃げていく。

そんな生き物だった。


だが、ここの鹿は違う。


優雅に歩きながらまるで透など存在しないかのように振る舞う。

人類って種族を忘れてしまったのかもしれない。




吸い寄せられるように、透も後を追う。


向かう先は渋谷駅。


昔、犬の像が立っていた場所には大きな木が生えていた。


---ハチ...なんだっけ?



目の前を歩く鹿の背中には何かが生えている。


キノコだった。


それは透の知っている食用のそれとは違う。


傘の直系だけで透の頭ほどある。


あの動いているものは鹿が本体なのか。キノコが本体なのか。


「キノコジカ....。」


そうだ。この名前がぴったりだ。


「.....食べれるのかな?」


一抹の期待を抱きながら周囲を見渡す。


樹木の幹。

地面。

建物の外壁。


あまり気に留めなかっただけで、キノコは至る所に生えていた。


一度でも腹を壊したら終わりだ。

そう思うと、手を出す気にはなれなかった。


「食べれるなら、食に困らないな...。」




駅構内に入ると、

自動改札は跡形もなく埋もれていた。


天井から伸びたツタがホームまで垂れ下がっている。


雨水がどこからか流れ込み、

駅構内には小川ができていた。



「まもなく一番線に-------」


ノイズ


「-------------が到着します。」


ノイズ


スピーカーから、誰宛でもないアナウンスが流れ続けている。



ところどころ瓦礫や木の根っこがはびこるホームを進む。


点々と青白く光る何かが視野に入るが見ないようにした。


虫は苦手。

それが生き物なのか、人工物なのか探索する勇気を透は持ち合わせていない。




しばらくホームを進むと奥にぼんやりと広範囲に光る何かが見えた。


「.....なんだ?」


近づくにつれ、その発光体の正体が明らかになった。




思わず足を止める。


壁。線路。天井。


視界の全てが青白く染まっていた。


「うわ......。」


キノコだ。




キノコジカはそのキノコの中へ悠々と歩き進む。


よく見るとその先には数匹のキノコジカがいた。


キノコを食べる。

寝てるやつもいる。



「ここはお前の家だったんだな....。」



透は足元に生えていた、光るキノコを3本程採取した。


「美味しそうには見えないけど.....一応ね。」


リュックの中に入っていた空のタッパーに

そのキノコを詰め、キノコジカの巣窟を後にした。




「.........じゃあね。」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


昨晩のコンビニに帰ってきた透は、

当たり前の様に飲み物と缶詰を手に取り、

奥のバックヤードへ進む。


「今日もなんも見つからなかったな....。」



昨日と全く同じ晩餐を眺めながら思う。


缶詰を口に運ぶ。


誰もいない。


昨日も。


今日も。


多分、明日も。



「....何すればいいのかな。」



返事はない。


もう慣れた。



食べ終わった缶詰をその辺に投げ捨て、

透は横になった。


リュックから昼間採取したキノコを取り出す。


青白く光るそのキノコは、

バックヤードの暗闇の中でも存在感を放っていた。




不意に、

床が震える。


飲み物が倒れる。


コンビニ中の棚が軋む。


「なっ........」



低く、重い音が響いた。


「なに!?」



透は息をひそめ、耳を澄ます。





何も聞こえない。


静寂だけが響いていた。


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