3.
10歳になった。
私が剣術を習い始めて3年目に入ろうとしていた。
母もあまりうるさくない。まあ、女の子がやることについては「前回」で履修済みだ。母はあまりの出来の良さに驚いている。
父はたまに、特別に稽古をつけてくれる。
だが父も忙しい立場なので、私も普段は少年達にまざって訓練している。
私は本気で騎士になる道を探していた。
王宮騎士団は男性のみであるが、父上もいる。女ではダメとハッキリ言われているわけでもない。
前例は無くても、実力をつければ、道は開けるかもしれない。
そんな訳で、地味な基礎練を誰よりも真面目に、時間をたくさんかけて行った。私は一度大人を経験した身である。それが一番、実力がつく事だと知っていた。
前の私が、地道に淑女たるために頑張っていた時間が、全て、体力作りと剣術の訓練の時間となった。
その努力の結果。
私は早々に、少年たちを相手に負ける事は無くなった。
さて今日もいつもの訓練。
小休憩中、木陰で集まっていた。
「みて、みて! ようやくできるようになったんだ!」
「わ! すごい!」
アルの人差し指の爪先に、小さな火が揺れている。
魔法だ。炎の魔術の基礎だ。
私が覗き込むと、アルは得意げに胸を張った。
「父上が、このくらいはできるようにならないと、あとは継がせられないというから」
魔術を使える人間は少ない。
魔力は親から子に受け継がれることが多く、家業になっている家も少なくない。
小さな炎を囲んでわいわいと騒いでいると、
「そんな事は家でやれよ。今は関係ないだろ」
と、トムが面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「ああ、ごめんね、出来ないのに面白く無いよねー」
アルは挑発する。いつもは体の大きいトムにやられっぱなしなのだ。優位に立てて嬉しいのかもしれない。
「なんだと」
二人の間に険悪な空気が流れる。
魔力は生まれ持ってのものだ。……持たざる者の心境は複雑だ。
どう止めようかと思っていると、向こうで教官が立ち上がったのが見えた。
「集合だ。行こ」
皆で一斉に駆けだす。アルとトムもパッと振り返って走り出した。険悪なムードは消えた。
教官は怖いのだ。くだらない喧嘩で怒られたくはない。
教官の元へは私が一番についた。私は足も速い。
「稽古に入る前に、話がある」
教官の銅鑼のような声。大きな教官の陰から、よく知った人が現れた。
「あ、父上」
「ここでは師匠と呼びなさい」
「はい、師匠」
慌てて言い直すと満足そうに頷く。珍しいな、父上がいるなんて。
このクラスは基礎のクラスだ。7歳から15歳までの子供が、身体作りを中心に剣術を習っている。
上のクラスになると、騎士団への登竜門にもなっているから貴族も増えるが、このクラスは平民や兵士の子が中心だ。
そんな少年のクラスに、道場主である父上が顔を出すことなど滅多にない。
父上は家で見せるよりもずいぶん厳しい顔をして、私たちを見まわした。
「この中で一番腕が立つものは?」
「はい!」
私は元気よく手を上げた。まっすぐ天をつく様に。
このクラスで一番強いのは私なのだ。その証拠にほら、誰も何も言わない。
しかし父上は、一瞬苦い顔をした。
「……他は」
皆、ざわざわと顔を見合わせる。
トムが皆につっつかれて手を上げた。気まずそうだ。私には勝てないからな。
「よし、二人手合わせしてみろ」
そう言われて、トムは一瞬嫌そうな顔をしたが、断れるわけもない。
私とトムは教官から木剣を受けとり、向かい合って一礼する。
「始め!」
がんっと木剣がぶつかり、びりりと手が痺れた。
トムは乱暴で、力が強い。真っ向から受け続けるのは悪手だ。
二度三度打ち合う。
隙を見せてやったら、そこにまんまと踏み込んできたので、手元を目掛けて木剣を払う。
「いでっ!!」
──カラン
彼の剣は、あっけなく地面に落ちた。
「……参りました」
トムは歳の割には思い切りも良いし、強いと思うが、正直なところ、物足りない。
もっと、共に切磋琢磨できるような……ライバルが欲しいところだな。
「リーゼの勝ちか。……まさか本当に、こんなに強くなるとはなあ」
「私は騎士になるのです。こんなところで負けていられません」
娘が強くなっていつも喜んでくれるのに、今日はどうも顔色が冴えない。
父上は伸びてきた口ひげをちょいちょいとつまんで、小さくため息をついた。
「……しかたない、リーゼに頼むか。今度預かることになった、貴族のご子息が来ているのだが、お前、稽古をつけてやってくれないか」
「私が?」
「我儘で……大人の言うことを聞かん。平民に混じって、基礎訓練は嫌だと言って聞かない。
……鼻っぱしらを折ってやってほしい」




