1.
「リーゼロッテ・ヘルデンベルク。お前の非道な行いは看過できるものではない。婚約は破棄させてもらう」
叩きつけるような冷たい声を聞いたのは、もう三年も前の事か。
あの人はこれで満足だろうか。
──罪人として追放されたわたしは今、悪魔のような男に大剣を突きつけられている。
「其方の死によって、わたしは魔王と成る」
男は恭しく、ゆっくりと大剣を振り上げた。
儀礼用の装飾が施された剣は大きく美しく、窓から入る月明かりをうけてぼんやりと光っている。
恐ろしさは不思議と感じなかった。
ただ、その剣が美しいと思った。
──ああ、わたくしも、剣を持ちたいと思ったことがあったわね。
幼い頃お気に入りだった絵本を、ふと思い出した。
主人公は騎士で、こうして悪魔と対峙する場面があったわ。
でも彼は剣を持っていた。──わたくしは、なにも持っていない。
男の、鷹のような金色の目が魔力を帯びて、深い輝きを放つ。
それに呼応するように、周囲に複雑な魔法陣がいくつも辺りに浮かび上がった。
僅かに金色の目が揺らいだのは、気のせいだろうか。
月明かり、魔法陣の輝き。
そして男の瞳が眩しく思えて目を細めた時。
──大剣が、振り下された。
++
「いやあああああ!!!」
それを跳ね返そうと、わたしは、手に持った木の剣を思い切り振った。
ぶうん、と、空を切るまぬけな音が響く。
「──え?」
「け、剣を離しなさい、リーゼロッテ」
見れば、それをすれすれで避けたお母さまが、引き攣った顔をされている。
あれ?
わたし、今何を……?
なんでお母様がここに? もう三年もお会いしていないのに……
いいえ、いまわたし、お母様に剣を習いたいって言ってたところだったわ。
状況がわからなくて混乱していると、お母様は大きなため息をついて、手を腰に当てた。
「リーゼロッテ、あなたはヘルデンベルク家の娘なのです。貴族の娘が剣を持つなど……」
「で、でも! 大きくなって、剣で刺されたらどうするのです?」
「何を言っているの。そういう時に男の方に護ってもらえるような、レディになっていればよいでしょう」
「でも、でも、その人が」
わたしは一生けんめい、お母様に説明した。
前は、この時にあきらめたの。女の子だから、剣は持てないのだって……
……あれ? 前って? 何のことかしら。
「おや、大きな声が聞こえたと思って来てみたら。どうしたんだい?」
その時、お母様の後ろから優しい声を掛けたのは、騎士の姿のお父様だった。
お父様は優しく微笑みながらかがみこんで、わたしに視線を合わせた。
……?
お父様が優しく笑っている……?
いつもの事よね、なんで、不思議な感じがするのかしら。
だって、お父様はいつも眉間にしわを寄せ、難しい顔をして、わたしに見向きもしなかったのに……?
ううん、そんなことないわ、お父様はとても優しくてかっこいいの。
おかしいわ、なんだかわたしの中に、もう一人わたしがいるみたい。
「あなたからも言ってください、リーゼロッテったら、自分も剣を習いたいだなんて言うんですよ」
「トムもハンスも、道場に入るのでしょう!? わたしもやりたいわ!」
「二人は男の子でしょう、あなたは女の子なの。貴族の娘として……」
「で、でもこのままだとわたし、殺されてしまうわ!」
「何を馬鹿なことを言っているの。勇者アレクシスの娘に手を出そうとする愚か者がいるものですか」
お父様は、魔王を倒した勇者だ。そのご褒美としてお姫様だったお母様と結婚し、貴族になった。
領地はないけれど、王宮の隅っこで剣術道場を開き、兵士の訓練を任されている。
でも、勇者とはいっても、平民から大出世したお父様をよく思わない人も多いのだって。
お母様は少しでもこのお家が貴族に溶け込めるようにと、一生懸命だ。
お姫様だったときのお友達とお茶会を開いたり、マナーや立ち振る舞いをお父様に叩き込んだり。
何より、娘の結婚でこの先が決まるのだと言って、わたしを完璧な淑女に育てようしている。
「でも……」
……そうだわ。それが分かっていたから、わたし、あきらめたのよ。
わたしは、剣をやりたかったのに。
7つになって、女の子と男の子が分かれて遊ぶようになって、剣は男の子のほうだから駄目と言われて……
「いやよ」
わたしはきっぱりとお母様に言った。
勇気を出して、お母様をにらむ。
――ぜったいに、はなさないんだから。
わたくしは最期、「剣が欲しい」と、確かに願ったの。
「はは、ゆるしてやろうよ」
お父様が朗らかな声で笑い、お母さまを抱き寄せ額に口付けする。その姿は凛々しくて、お母様は諦めたように寄り添って少し頬を赤らめた。
お二人はとても仲良しだ。
お母様に一目惚れしたお父様は、お母様のために魔王を倒したのだって。
お父様は強くて優しくて格好良くて、お母様もすぐに大好きになったのだって。
「なあに、勇者の娘だ、大目に見てもらえるよ」
お父様は、後ろを振りかえる。
そこには綺麗な男の人がいた。
「……ですよね?」
その人も騎士の格好をしていたけれど、お父様より立派な服を着ている。美しいお顔で、笑顔なのに、なんだか恐ろしい。
偉い人かしら。
……そんな人に、お父様は馴れ馴れしくしてよいのかしら。
わたしの心配をよそに、その人は嬉しそうに目を細めて頷いた。
「もちろんだ、アレクシス。わたしは常々、この国には新しい風が必要だと思っているからね。──息子の妻が剣豪というのも悪くない」
「またそんな事を。まったく、冗談にしても気が早いですよ……
ほら、王太子殿下がこうおっしゃってるのだ、少々おてんばでも、大丈夫」
──王太子殿下!?
この人が!? 驚いて仰ぎ見ると、薄い青い目がこちらを見ていて、視線がばちっとぶつかった。
慌てて目を伏せる。
ああ、そうだ。
わたしは、この人の息子と婚約する。
思い出した。そっくりだわ、この人の目──あの方の冷たい目に。
この人は──わたしを捨てる婚約者のお父様だわ。
「う、」
「リーゼロッテ!?」
その時、ちいさなわたしのあたまに、これからの事が流れ込んできた。──王子様との婚約、貴族令嬢としての教育、誰にも負けない美しさ、矜持、憎い可愛い田舎娘、真実の愛とやら、婚約破棄、追放、東の森、暗いお城、悪魔のような男、金色の目……
「う、うわああん」
わたしは頭がぐちゃぐちゃになって、びっくりして泣いてしまった。
お父様もお母様も、いつも良い子のわたしの様子に慌てて駆け寄って、抱っこしてくれた。
わたしはそれでも──お部屋のベッドに寝かされても、胸に抱いた剣を離さなかった。
以前書いたものを下敷きにしてます。キャラクターは同じですがストーリーは変わっています。
よろしくお願いします。




