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虚の天秤  作者: 榛原朔
三章 吸血憑依

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14-臆病な紳士

「お風呂ありがとー、アルバートさん!」


すっかり日が落ちて照明が廊下を照らす中。

静かな洋館では、バタンと家主の書斎の扉が開け放たれる音と共に、少女の元気なお礼の声が響き渡る。


彼女が声をかけた先にいるのは、夜でも手甲など軽装の鎧を着ている気弱な老紳士――アルバート・フィッシュだ。


彼は突然響いた声にビクリと体を震わせると、身に纏っている黒いマントをギュッと締めてビビりながら言葉を返す。


「あ、あぁ……シャルロットさん。わ、わざわざどうも。

ゆ、湯加減は、い、いかがでしたか……?」


ここは前回、シャルルが魔女狩りの期間に転がり込んだのとまったく同じ洋館。古ぼけてはいるが、木造で趣のある立派なお屋敷だ。


数少ない使用人たちが館の静寂を守っていることもあって、雰囲気はゆったりと適度に重く、リラックスしやすい。

その主人であるはずの彼は、穏やかな空気が崩れて賑やかだからか、目に見えて客人のシャルロットに怯えていた。


とはいえ、彼女はシャルルの時でも彼女の時でも関係なく、割りとよく泊まりに来ているため遠慮することはない。

昔からの付き合いである彼に、満面の笑みを向ける。


「とーってもね、よかったよ! 大浴場っていいね!

マリーと一緒に入ったけど、すごくくつろげた!」


ゆったりとしたネグリジェを着ているシャルロットは、裾を揺らしながら手足を回しており、本当に嬉しそうだ。


どうやら、今出たばかりの大浴場は相当良かったらしい。

まだ濡れている白髪やツヤツヤの肌を余すとこなく使って、全身で満足度を表現していた。


だが、それを見せられるアルバートからしてみれば、堪ったものではなかった。


彼女とは、長い付き合いであるという以上に年もかけ離れており、もちろんそういう目で見ることはないだろう。

どちらかというと、親や保護者の目線に近いとすら言える。


しかし、だからといって家族ではないのだから、若い女性の無防備な姿などひたすら気まずいだけだ。

ただでさえ臆病で怯えているのだから、彼は目の毒でしかない少女の姿に、本棚の前で目を泳がせていた。


「そ、それはよかったです。ほ、本当に、よかった……

ただ、それはそれとして……もう少し、色々と気にした方がいいのでは? うら若き乙女が、夜に異性の部屋になど……」

「えー? 小さい頃から来てるんだし、今さらじゃない?

この國は処刑ばっかで孤児多いし、こんなものだよ。

というか、うら若き乙女って……ぷぷっ! たしかに僕は若いけど、流石に乙女は柄じゃないよ。処刑人なんだからさ」

「ははは……うん、もう好きにしてください」


聞く耳を持たないシャルロットに、彼もすぐさま諦めた表情になって本棚に向かう。最初は毎回ビビっているが、すでにいる状態ならそこまで怯えたりはしないらしい。


もう落ち着いた雰囲気を取り戻し、軽装の鎧をカチャカチャ鳴らしながらゆったりと本を読み始めた。

すると、構ってくれないのがお気に召さなかったのか、彼女はパタパタと部屋へ入り、ちょっかいをかける。


「ねーねー、おじいちゃーん。無視しないでよ〜」

「な、何ですか、シャルロットさん……

いつもみたいにマリーさんのところへ甘えに行ってくださいよ。それに、今回は少年もいるでしょう?」

「あの2人には寝る時じゃれつくからいいのー。

それより、ほら。このネグリジェ、どう? 

可愛くないかな? 可愛いでしょ? 可愛いよね?」

「はいはい、可愛いですよ」

「だよねっ!」


アルバートに褒められたことで、シャルロットはご満悦だ。

若干、適当にあしらうような雰囲気ではあったのだが……

それでも嬉しいのか、あまり細かな部分には気がつけないのか、ともかく彼女は笑顔でだる絡みをやめる。


部屋の入口にマリーが来たこともあって、褒められたら用事は済んだとばかりに離れていった。


「こら、シャルちゃ〜ん! 髪は乾かさないとだめよ〜!」

「は〜い!」


同じように髪が濡れたままでやってきたマリーは、どうやらお風呂を出てすぐに消えた彼女を追ってきたようだ。


素直に呼びかけに応じ、胸に飛び込んでくるシャルロットの頭を、構えていたバスタオルで焦らずキャッチしている。


「今日はもうお部屋へ戻りましょうね〜。

ちゃんと梳いて乾かしてあげるから」

「わ〜い!」


ここまで来ると、もう別人だ。最初のお姉さん感など見る影もない。今ではシャルロットはすっかり幼女のようになり、その通りの扱いで部屋まで連行されていった。




~~~~~~~~~~




アルバートに貸してもらった寝室に着くと、そこにいるのは部屋で情報をまとめていた雷閃だ。

シャルロットはいつも通りさっきと同じ質問を聞いてから、ちょこんとベッドの端に腰掛ける。


マリーには脱衣所ですでに聞いているので、これで可愛いはコンプリートだ。足をパタパタと動かしながら、心の底から幸せそうに髪を梳かれていた。


この洋館にはやむを得ず来ているはずなのだが、すっかり楽しんでくつろいでいる彼女に、彼は呆れるしかない。

さっきまで持っていたペンを置くと、困り顔でつぶやく。


「なんか、すごく満きつしているね。

いちおうここへはにげてきてるはずなんだけど……」


シャルロットは自宅のようにくつろいでいるが、もちろんここは自宅などではない。雷閃がつぶやいた通り、来た理由も遊びなどではなく、逃げてきているからだ。


一体誰から? それはもちろん、変態合法ショタの処刑人――ピエールからである。処刑人協会対抗組織と接触する過程で、彼には現在の人格がバレてしまった。


女性専門の処刑人であり、極度の女好き、ナルシストである彼に、ちゃんと女性の人格だとバレたのだから、もう彼女は完全に獲物の1人だ。


家を把握されている以上、常にストーカーされるおそれがあるため、自宅に帰れないのである。


おまけに、デオン達組織の面々は諸々の準備で忙しい。

それでなくても、ピエールに接触がバレたのだから隠れ家も安全性が保証できないだろう。


結果、普段からいいように利用しているアルバートの洋館。

ここが逃げ場所として選ばれたのだった。


「だいじょーぶだいじょーぶ。僕も愚かではないからね。

君達が聞いてきた情報、僕が見て調べきた事件現場、それによって導き出される犯行の多い地域などなど……ちゃんと頭に入ってるよ。明日、組織の情報屋にも話を聞くつもり。

表立って動くのは僕らだけど、裏の情報はあっち任せ〜♪」


雷閃に呆れられるシャルロットだったが、彼女も何も考えていない訳ではないようだ。気が抜けている感は否めないが……それもきっと、今は必要ないと気を抜いているのだろう。


口調は軽く、調査の仕上げは人任せっぽい言い方をしているものの、目は鋭く虚空を射抜いていた。


「……まぁ、わすれてるわけじゃないなら、いいけど。

きみは、とっても切りかえが上手なお人?」

「さ〜て、どうだろう? もしかしたら、僕は面倒事から目を逸らして現実逃避しているだけかもね〜」


髪の手入れを終えたマリーは立ち上がり、シャルロットは逆に寝転がる。殺しと向き合って消耗した心身は、周りの人に甘えることで着実に回復していた。


「とりあえず、今日の調査は終わりだよ。

できることはないし、さっさと寝ちゃおう。

ほら、雷閃ちゃんもマリーも隣に来て?」


ベッドに横になったシャルロットは、すっかり目をトロンとさせて微睡んでいる。それを見た2人も、仕方がないなという風に歩み寄り、彼女を挟むように横になった。




寝室の明かりが消え、洋館の住民どころか、ほとんどいない近辺の住民のすべてもすっかり寝静まった頃。

川の字になっていた人影の中央は、ひっそりと動き出す。


両側の2人を起こさないように慎重に起き上がると、近くの机から情報をまとめたメモを取ってベランダへ。


冬の足跡が刻まれ、まだ寒さが厳しい中。

薄いネグリジェの上に何かを羽織ることもなく、冷たい目でその情報に思いを馳せる。


「この失踪事件も、怪物の異変と同じだね……ジョン・ドゥ。

隠そうとする意思はある、事件現場もバラバラだ。

それでも……やっぱりどこかが起点になる以上、傾向はある」


彼女が見ているのは、セイラムの地図。それも、失踪事件が多く起こっているとされる地域を詳細に記した地図だ。


範囲は広いが、候補は狭く。

少し遠くで人影らしきものが蠢く中、寒風に吹かれる少女の目は現在地をぼんやりと確認していた。



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