13-日向のおしゃべり
シャルロットが人目を忍びながらキルケニーを進んでいた頃。他の町で情報収集をすることになったマリーと雷閃は、馬車で移動しながら目的地を決めていた。
今はこれまでのようにシャルロットがいないので、操縦するのはマリー。荷台にいても特にやることがないため、隣には黒いコートを着た雷閃が座っている。
中には念の為入れられていたギロチンなどもあるが、そんなものを盗むもの好きはいない。
そもそも、シャルルの馬車だと知って襲うような間抜けも、自ら罪を犯すような勇気がある者もいないため、2人は普通にリラックスして森を進む。
「ぼくはまだこの國の地理を知らないから、行き先はマリーお姉さんにまかせてもいいかな?」
首都から離れて煙たさも薄れていく中。雷閃は風に吹かれて髪を揺らしながら、のんびりと問いかける。
シャルロット多少気を張っていたものだが、こちらは打って変わって平和そのもの。意気込んでいた割には、馬車の進みもゆっくりだ。
「もちろん。最初からそのつもりよ〜。
近くにね、結構良くしてくれるお菓子屋さんがあるの」
「……聴きこみなんだよね?」
困惑したような雷閃が問いかけるも、マリーはカタンカタンと馬車を操縦して返事をしない。
頑張ることは頑張るが、どうやらやり方はかなり優雅な方法を取るようだ。
情報収集なのに楽しそうな彼女を見ると、彼は考えるのをやめて、ぽわ~んと水筒の緑茶を飲み始める。
ひたすら平和に、彼女達は近くの集落へ向かっていった。
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「こんにちは、クッキー1袋くださいな」
カタンカタンとのんびり移動すること数十分後。
馬車を止めたマリーは、より困惑を深めている雷閃を伴って本当にお菓子屋を訪れていた。
店自体も、特別人が多く聞き込みに適しているということはない。近くにカフェなど人が集まりそうな場所もない。
普通に普通なお菓子屋だ。
とはいえ、良くしてくれているというのは本当だったようだ。鈴を鳴らして入った彼女が声をかけると、店主の女性はにこやかに笑いながら接客してくれる。
「あらあらっ、マリーちゃん! 久しぶりねぇ! お茶でも飲んでいく? クッキーもたくさんサービスするわよ!」
「いえいえ〜、流石にお家にお邪魔するのは申し訳ないですよ。元気かな〜って、少し様子を見に来ただけですから」
「元気よ元気! マリーちゃんの顔見て腰痛も治ったわぁ」
彼女達の様子は、さながら親子や家族ぐるみで仲良くしているような近所のおばさんと娘。もしくは、親戚のおばさんとみんなに頼られるお姉さんのよう。
雷閃も初対面でシャルルと戦闘していたくらいなのだから、特別人見知りをする方ではない。
だが、初対面で誰かもわからないのに、2人がいきなりこれだけ盛り上がってしまったのだから、流石に話に入る隙がないというものである。完全に置いてけぼりだ。
最初はマリーと手を繋いでいたものの、すぐにこれは無理だと察して離れていく。他に客もいないので、2人に注意されることもなかった。
ここはお菓子屋で見るものには困らないので、勢いのすごい会話で放置されても楽しみ方は無限大。
彼はトコトコと店内を歩き回り、品物を見て回る。
「クッキー、グミ、ビスケット、バームクーヘン、サブレ、エクレア、シガレットクッキー、シュークリーム、チョコ……
団子とかはないのかな? ……あるはずないか」
トタトタと歩き回る彼は、たまに長いコートに足を取られそうになりながら店内を回る。お菓子の王国は喜びの宝庫。
しかし、彼に親しみのある和菓子はないので、楽しそうながらどこか寂しそうだった。
「この國では日常茶飯事ですけど、近頃も物騒ですよね……」
「そうねぇ、この町の近くではまるで見覚えのない人……多分ジョン・ドゥさんが情報収集しているし、余計に怖いわ……」
(街の外。人が少ないからこそ、見覚えのない人は目立つんだね。行動をさぐるだけでも……ぼくも、目立ってるかな?)
店内を歩き回りながらも、耳にはカウンターからはマリーと店主の会話が聞こえてきてくる。
雷閃も最初はなぜお菓子屋なのかと訝しんでいたが、実際に見ると納得するしかない。むしろ、自分がいると危ないのでは……?と、また違った悩みで彼女の元に戻っていく。
「あら、欲しいものはあった?」
「ん、何か欲しいものがあればいいな!
マリーが面倒見てる子なら、何でもサービスするよ!」
「ありがとうございます、今度お手伝いに来ますね」
「いーのいーの、あんたには感謝してんだから!!」
「ごめんなさい、困らせちゃったかしら?」
「ううん。えっと、じゃあ……これ」
「はいよ!」
豪快に笑う店主の圧力に負けた雷閃は、適当に近くにあったお菓子を指さしてサービスしてもらう。
なぜか彼女は終始笑顔で、2人が外に出るまでずっとありがたそうにしていた。
「……すごく、愛されてるね?」
店を出た雷閃は、あまりにも歓迎されたことに困惑し、言葉を零す。その手には最初に頼んでいたクッキーやサービスで選んだ品以外にも、明らかに多くのお菓子が入っていた。
流石に全員に対してこんな対応はしていないだろうが、1人が相手でも商売としてどうなのかというレベルだ。
問いかけられたマリーも、外に出たからか困ったように眉を下げている。
「そうかも。私は、普通に接しているだけなのだけど」
「理由はないの?」
「うーん……私が私であるから、かしら」
「お姉さんが、お姉さんであるから?」
「……えぇ、多分ね」
意味がわからずオウム返しに聞き返した雷閃だったが、彼女にも実感や確証はないのか、それ以上口で説明はしない。
お菓子を抱えている彼の肩を掴むと、スススっと物陰に隠れ始めた。
説明の途中だったので、もちろん意味は不明だ。
だが、意味もなくこんなことをするとも考えられないため、雷閃は大人しく物陰に隠れて息を潜めていた。
すると、数分ほど経ってから聞こえてくるのは……
「なぁ、聞いたか? 失踪事件の話」
「シーッ、迂闊なことを口にするな。
お前の家族が消えたんじゃなきゃ、黙ってろ」
「へいへい」
「なぁなぁ、隣町の農家が危ないってほんとか?」
「えぇ、最近処刑人が近辺をうろついていたらしいわよ」
「事件とも関係あるのかねぇ」
「協会もピリついているから、不穏な話題は勘弁してよ」
「大丈夫だって。ニュースになってんだから」
「炙り出すためかもよ? あんな大見出しなんだから」
「たしかに」
「この前の魔女狩りで、お隣の夫婦が亡くなっちゃったのよねぇ。荒れ始めてて目障りだわ」
「この町でもそうなのねぇ。うちの近所もなのよ。
燃やしていいかしら?」
「どうせなら、これから許可を貰いに行きません?」
「いいですね」
「事件の犯人って、何が目的なんだろうな?
まだ1人も死体が見つかってないんだろ?」
「さぁね。魔女狩り騒ぎで疲れてるんだ。うんざりする話題はよしてくれ。どうせ、今回も……」
「おい、今何を言おうとした?」
「悪い。何でもない。忘れてくれ」
「まったく……こっちまで不安になっちまうじゃねぇか」
本気で怯えている者、冷静そうな者、あまり深刻だと思っていなさそうな軽薄な者、あからさまに毒がある者。
人によって内容や態度は様々だが、皆一様に影を感じるようなやり取りだった。
マリーがいたさっきまでは聞こえてこなかった声。
いなくなってかろ吹き出した不安の声。
中には、複数人で喋ることにより不安が増幅してしまっている人々もいる。
「3つ先の集落では失踪者が出た。隣町にもだ。
この分だと、この町でも失踪者が出るかもしれねぇ……」
「おい、変なこと言うなよ」
「だって、だってよ……異様に近いじゃねぇか、この町に!」
「きっとたまたまさ。次はもっと遠いとこだ。
たとえ、全体的にこの町を囲む形だとしても……」
「おい、お前こそなんだよ!」
「お前から言ってきたんだろ!?」
道端で不安に駆られてしまった男性達は、気が動転したからか突然暴れ出す。お互いの襟を荒々しく掴み、今にも殴りかからんばかりの勢いだ。
人々はそれを見ると、逃げたり屋内に避難したりしている。
しかし、ごく一部にはその不安が伝染してしまったようで、何組かはそこかしこで揉め始めた。
最初に暴れ出した男性達など、既に殴り合いに発展している。口が切れて血が飛んでも意に介さない。
不安を解消したいのか、むしろ悪化するばかりだ。
「ほらね。毎日のように処刑がある國だから、みんな不安定なの。普段は穏やかな人も、日によっては暴れちゃう。
さっきのお菓子屋のご主人なんかもね。
だけど、私はよくないなって思うから……」
反射的に顔をしかめている雷閃を抱きしめながら、マリーは悲しそうに言葉を紡ぐ。
毎日このレベルという訳ではないだろうが、いきなり目の前で暴行事件が起きたのだから無理もない。
彼女はきゅっと強めに抱きしめると、慣れた様子で隠れていた物陰から出ていって声を張り上げる。
「すみません、そこのお兄さん達。ほんの少し落ち着いてみませんか? 不安だとは思うけれど、多分、今の方が辛いと思いますから。はい、みなさんもご一緒に、深呼吸ー……」
マリーが現れ、落ち着かせるように声をかけたたことで、町の人々は唐突にピタリと止まった。
殴り合っていた人も、金切り声を上げていた者も、全員が。
手招きをされた雷閃が物陰から出てきた頃には、不安に駆られて暴れていた人々はすっかり落ち着きを取り戻していた。
「もちろん、あの子みたいな処刑人の前ではならないのよ?
いつもだったら、ギスギスして解散なんてこともある。
けれど、この國の住民はみんな不安定。
処刑人協会に入る人も、不安をぶつけているのかも……」
「……」
おそらくは、唯一不安定ではない少女の隣で。
きっと一度も暴れ出すことなどなく、これまでもずっと人々を落ち着かせていた、この國で最も清く正しい少女の隣で。
初対面で殺そうとされても受け流した、圧倒的な力と善性を持ち合わせている聖人のような少年は。
厳しい光を宿した瞳で、決して認めることのできない人工的な悪夢を黙って見つめていた。




