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虚の天秤  作者: 榛原朔
三章 吸血憑依

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12-失踪事件の調査

失踪事件を密かに解決し、ヨハン・ライヒハートが報告するまでの時間を稼ぐことに決めたシャルロット達は、事件調査を開始する。


もちろん協会から依頼を受けている訳ではないので、あまり大っぴらに動く訳にはいかない。


必要以上にコソコソと動くこともないのだが……少なくとも、協会のメンバーには怪しまれないように動くことが必要だ。

コソコソはしないが堂々ともしない、過剰に隠れはしないが目立たないように行動する。


それを徹底した上で、彼女達は國で起きている失踪事件を誰にもバレずに解決しなければならなかった。


聞き込みに、見回り……できることは多々あるが、中でも最も目立たずに確実な情報を手に入れられるのは、当然情報屋を使うことだ。


速やかに組織の隠れ家を後にした彼女達は、何とかして情報屋ジョン・ドゥに連絡を取り、街の近くにやってきている。


「……さて。こうして街に着いた訳だけど……」


行きと同じく馬車を操縦していたシャルロットは、街に入る前に馬車を止め、荷台にいる2人に話しかける。

止めた場所はまだ木々が深い場所、ほとんど人目につかない木陰だ。


それでもなお周囲を警戒をしながら、彼女は心安らぐ雰囲気を醸し出している雷閃を見つめて言葉を紡ぐ。


「ジョン・ドゥに君の存在を知られる訳にはいかない。

もう知っている可能性は高そうだけど、だとしても。

僕と一緒に、直接あの人に会うのは危険だ」

「つまり、おる守番というわけだね。きけんはないの?

ぼくがいっしょに行かなくて、だいじょうぶ?」


すぐに言いたいことを理解する雷閃だったが、隣りに座っているマリーの気持ちを代弁するように問いかける。


選択肢としてではなく、性質として殺しはできないのに。

殺しについて調べるだけでも、あれだけ取り乱したのに。

本当に1人で向かって大丈夫なのか……と。


その問いを発する少年も、至極真面目な表情で小首を傾げている。しかし、無言で見つめるマリーは心配で仕方がないといった雰囲気だ。言い難いことこの上ない。


返事をするシャルロットは、保護者か何かのように心配してくる幼馴染みを見ないようにしながら口を開く。


「僕は人を殺せない。けど、別に人と戦えない訳じゃないんだよ。おまけに、相手は処刑人ではなく情報屋。

元々敵で、処刑人が待ち構えてるんじゃなきゃ安全だよ。

君は、殺しどころか戦えもしないマリーを守って」

「……りょうかい」


少し不安定なだけのシャルロットと、本当に無力なマリー。

2人を比較した上でここまで断言されてしまえば、もうなにも言えはしない。


真っ直ぐ見つめて言い切られた雷閃は、やや不服そうな態度を示しながらも首を縦に振る。

それを確認すると、シャルロットはやはり目を泳がせながら幼馴染みに声をかけた。


「ということで、マリーにはこの子と一緒に調査をしてきてほしい。この子は人前に出ない方がいいから、本当に控えめな感じでね。すこーしお話とか聞いてきて?」

「お断りします」

「えぇ……」


マリーの答えはノー。取り付く島もないくらいに他人行儀で端的な否定の言葉を受け、シャルロットは思わず脱力して声を漏らす。


そんな彼女に対して、マリーは心配を振り払うように、決意を固めたような表情で胸を張って宣言した。


「あなたが頑張るのだから、私だって頑張るわ。

あなたが危険を覚悟でジョンさんとのお話に臨むのだから、私だって危険を覚悟で調査を進めるわ。

役割分担って大事なのよ? 調査は私に任せてね」

「……えぇ」

「ぼくもマリーお姉さんにさん成。そもそも、ぼくがバレるかどうかの話なんだから、ぼくが頑張らないとね」


あからさまに嫌そうに顔をしかめるシャルロットだったが、雷閃も重ねて同意を示したことで口をつぐむ。

実際に別行動をする2人が頑張ると言うのなら、もう止める術などない。役割分担はほぼ確定したようなものだった。


だが、たとえ本人がどう思っていようと、彼女達の事情というものに関与することはできないだろう。嵯峨(さが)雷閃は侵入者であり、存在がバレてはいけないのだ。


殺しはできなくなっても、基本的に個人で動くという指針に変わりはない彼女は、その方面から説得を開始する。


「頑張るって言ったって、君は人前に出ちゃいけないんだよ? マリーだけにリスクを追わせるつもりなの?」

「それについてはぬかりないよ。ちゃんと持ってきたから」

「ん、持ってきた……?」


自信満々に微笑んでいる雷閃に、シャルロットは胡乱げな目を向ける。何を持ってきたのかは不明だが、とりあえず自分でもなにかするつもりのようだ。


首を傾げる彼女の前で、彼は荷台の中に置いていたバッグの中からその何かを取り出した。


「じゃじゃーん、シャルルお兄さんの黒いコート。

これを着ていれば、ぼくはシャルルだと言いはれる」

「訳ないでしょ」


そこから取り出されたのは、処刑人であるシャルルが普段から着ていた防刃・防水など様々な効果がある黒いコートだ。


といっても、人格は違うだけで体はシャルロットのもの。

自分のコートを持ち出されて、それを着てシャルルと言い張るつもりらしい彼に、彼女は呆れ顔で肩を落とす。


もちろん、その場では雷閃だとは認識されないだろう。

しかし、それではシャルルとシャルロットが同時に存在していることにもなるので、気乗りしていない様子だった。


「はぁ……もしかしなくても、魔女狩りの間に家を守ってくれてた時も着てたんでしょ? なんて言ってたんだっけ……?

あぁ、そう、含みがあっただけね。でも、ここでその変装が出てくるってことは、シャルロットを名乗ったんじゃない?

使われるのは別にいいんだけどさ……怪しいよ、それ。

ヨハンさんも僕のことを小娘だ、なーんて言ってたし」

「ごめんなさい」

「……はぁ、まぁもうバレてるならいいや。

それ着ていいから、マリーのことはお願い。

でも、名乗るのはやめてね。普通に怪しいから」

「うん、わかった」


心なしかしゅんっとしょげてしまった雷閃に、シャルロットは優しい顔つきで変装を許してマリーを任せる。


幼馴染みを止めるのは難しく、居候も対応策を出しているのだから、もう安全を確保することが最優先だ。

ここで許可しなければ、嫌がったのはあなたなのだから……と言って1人で調査をしかねない。


自らも馬車に入って軽く準備を整えたシャルロットは、姉のように雷閃の頭を撫で、念を押すようにマリーを見つめると、情報屋に接触するため飛び降り街へ向かった。




~~~~~~~~~~




シャルロットと黒いコートの処刑人が同じ場所に存在しないよう、2人が調査をするのは他の町だ。

馬車は走り去り、彼女は単独で首都キルケニーに足を踏み入れた。


ここは処刑人協会の本拠地がある街なので、当然雷閃の存在やシャルロットの反逆行為を知るヨハンもいる。


だが、この街は周囲に散在する村よりも発展しているので、広さ的にも建物の高さ的にも姿を見られにくく、怪しまれにくい。


おまけにレンガ造りの建物からはモクモクと煙が吹き出し、全体的に煙っぽい地域であるため、彼女は誰にも呼び止められることなく待ち合わせ場所に辿り着いた。


「やぁ、待たせちゃったかな、ジョン・ドゥ」


誰もいない路地に入ってしばらく進んだ先で、シャルロットは壁に寄りかかる人物に明るく声をかける。

そこにいたのは、パイプ煙草を吹かしている渋い紳士だ。

彼は名指しで呼びかけられると、キリッとした目を向ける。


「いやいや、儂はここで煙草を楽しんでいるだけだ。

話があるのならば聞くが、別に待ってなどおらんよ」

「そっかそっか。今回は本当に壮麗の男性……

強制はしないけど、僕がシャルルの時にやってあげてよ」


反応は微妙だったが、シャルロットは特に気にしない。

煙草の匂いに顔をしかめてパタパタ手を振ると、その煙が顔に当たらない位置に移動して壁に寄りかかった。


「スハァー……すまんが、儂の姿は気分次第。

あれは反応が面白いからな。自然と若くなるのよ」

「あはは、僕は面白くない?」

「この國でもトップレベルに興味深くはある。だが、決して愉快ではないだろう。それで? 君は今回、何の用だね?」


シャルロットは軽く体を揺らしながら、ゆっくりと話す体勢に入っていた。しかし、彼にそのつもりはないようだ。

サクッと世間話を終わらせると、速やかに本題に入るべく話を促す。


年齢が高くなったことに比例しているのか、対応が目に見えて落ち着いており無駄がない。

見方を変えれば、少し冷たいのではないかと思えるくらいに、彼は淡々と対応をしていた。


「君が知らないはずはないよね? 要件はもちろん、少し前から起きてるっていう失踪事件についてだよ」

「スハァー……」


自分から促した話だというのに、ジョン・ドゥは黙り込んだまま煙草を吹かし続ける。その目は境界の曖昧な天へ。

ふわふわと立ち昇る煙をジッと見つめていた。


「ジョン・ドゥ?」

「……すまないが、この件に関して儂が教えられることは1つもない。別段、この件を隠すつもりもないがな」


彼は情報屋。ジョン・ドゥという名の誰でもない誰か。

彼が知らない情報はなく、彼が教えられない情報はない。

そんな彼が、この件に関しては教えられることが何一つないと言う。


この事態にシャルロットは思わず眉をひそめ、ピタリと動きを止めてしまった。だが、彼が教えられないと言うなら理由は二択だ。


そもそも事実は情報として出てきていないか、情報を教えないことが情報屋としての仕事に含まれているか。

今回の場合はニュースにもなっているのだから、後者。


すべてを理解したことで、すぐにその目は大きく見開かれ、長い白髪を煌めかせながらつややかな口は真実を紡ぎ出す。


「そっか……そういうことね。今のあなたの依頼主は、犯人。

依頼者の情報は教えられないってことかな」

「……一応言っておくが、儂に協会への反逆心などないぞ。

儂は中立の情報屋。今回はたまたまこちら側なだけだ」

「わかってるよ。だからこそ、あなたが味方になるとなったらその情報は確固たる価値を持つ。

この件はあなたに頼らず、自分で調べることにするよ」


これまで常に情報提供者となっていたジョン・ドゥは、今回頼れない。それを理解したシャルロットは、すぐに踵を返すと白髪を翻して路地裏を後にした。



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