7話 バルコニーロマンス
お姉様が手紙を持って家を飛び出した後、少し時間を置いてから私も家を出た。
今日はパーティというわけでもないので、お姉様は徒歩でお城へと向かっている。タクシーと同じで馬車は高いのだ。
私たちの家は町の外れにあり、お城までの距離はそこそこ。そして、道中に野良シェパードが出ることがあるのが心配だった。
しかし私には女神さまから授かったすごい運動神経があるので、余裕でお姉様より先回りをして、野良シェパードを撃退していく。
「わんわん」
「わんわんわんぐげ」
「わんわわんわ?」
「わんわぐげぐげ」
「わんわおーん」
結局、記念に取っておいたマンガ肉の骨をいくつか失うことになってしまったけど、なんとかお姉様をお城まで安全に導くことができた。
もちろん、お姉様は私に見守られている事に気付いていない。今頃私は炊事洗濯をやっている事になっているけど、今日は優しいお母様に代わっていただいたのだ。
そんなこんなで私は今、お城に一番近い木の上からお姉様を観察している。
「ここまで来れば安心です」
「まさか犬語も操るとは。ドレーどのは忍者のようだ」
「はい。前世は忍者でした」
ある意味忍者です。人目を忍んでサービス残業をする毎日だったので。
「実はそれがしも忍者だったでござる」
「多芸ですね」
ゆるゆるな会話を楽しんでいると、お城の玄関から兄王子が出てきて、パルキーお姉様の前で立ち止まった。距離が結構あるので、二人がどんな会話を交わしているのかは分からない。
「何を喋っているか分かりますか?」
「ふむ。こうかな…… ″君は、エラなのか! 会えて嬉しいよ ″」
「わあ。リッピーさん、見た目に反して中々しぶい声出ますね。では私も、ごほん…… ″べっ、べつにアンタに読んでもらいたくて書いたんじゃないんだからねっ″」
勝手にアテレコをして楽しんではみるものの、実際の二人は手紙を渡す体勢、受け取る姿勢のまま固まってしまっている。
「口、動いてないですよね」
「そうですな。二人とも余裕がなくなっているようだ」
「これはこれで面白いです」
「しかし、いつまでああしているやら」
じっくり3分ほど待っていたら、お姉様が猛烈な勢いで頭を下げて、来た道を走り去ってしまった。
残された王子は固まったまま、その手には手紙が乗っている。
「青春です」
「このペースでいけば、互いに杖が必要になっても青春していられそうだ」
「むむむ。とりあえず、野良シェパードがいるとよくないので、お姉様の先回りをします」
「それがしはちょっと用事ができたので、ここで」
「お別れですか?」
「またすぐに会えるとも」
リッピーさんはぴょんっと私から離れると、どこかに姿をくらませてしまった。
胸元がすーすーして寂しい。
それから次の日、郵便受けには昨日と同じようにして兄王子からの手紙が投函されていた。
たった一日で返信が届くとは思わなかったので、お姉様も早く中を読んでくれと興奮気味にしている。
『 親愛なるパルキーへ──
手紙を読んだ。君を想うばかりで、多くの言葉が思い浮かばなかったのだ。
それでも、あれだけの短い言葉で済ませてしまおうとした己を恥じている。
確かに俺は君のことをあまり知らない。しかし、一目会って確信したことがある。
俺と君は似た者同士だ。俺はチャラい兄王子という仮面をかぶっていなければ、あのようにして固まってしまう。君も、手紙の中ではひどく饒舌だが、俺と同じ状態に陥っていたとおもう。
だからこそ、秘めたる情熱がわかるのだ。
俺はこうして、無い頭をひねり、辞書を引き、星の数ほどある言葉をすくい上げてこの紙に詰め込む作業をしている。しかし、断じて、これは苦行などではない。君を想う気持ちをこうして形にできることが楽しくて仕方がないのだ。
今までこんな気持ちを経験したことはなかった。これはきっと、初恋なのだと思う。
もっと色々な言葉を紡ぎたいが、それをしているとどうにも時間がかかる。しかしこの手紙を出さなければ、君からの返信は来ない。ジレンマだ。俺が一番したいことは、手紙を書くこと以上に、君からの言葉を受け取ることなのだから。
きっと今夜も星空を見上げながら、俺は君を待っている。
そして、とにかく、愛している。
──兄王子より』
うわっほう。
「大変貌を遂げましたね」
「ああっ……!」
「おっと。大丈夫ですかお姉姫さま」
手紙を読んで失神しそうになったお姉姫様を抱きとめる。
そんな私はまるで騎士のよう。
……そして、この手紙を書いたのもきっと騎士さまに違いない。
「ドレー! はやく次の手紙を書くわよ!」
「いいえお姉様。もう手紙は書きません」
「そんな! どうして? あなたのおやつをこっそりとったから?」
「違います。王子が待っているのは、もはや手紙ではなく、あなたそのものです。あとおやつ返してください」
「私そのもの……」
「はい。最後に、星空の下で待っていると仰っています。行ってください」
「で、でも! 昨日お会いしたときに、私はかちこちに固まっちゃったのよ!」
「では今度は私もサポートいたしましょう。こっそり、ひっそりと」
それから夜を待つお姉様は本当に可愛らしかった。
掃除を手伝ってくれたり、やったことのないランチ作りを手伝ってくれたり、ある程度仕事が一段落したら居ても立ってもいられなかったようで、家のまわりでランニングを始めた。
「お姉様。今から汗をかいては大変ですよ」
「平気よ、お風呂入るもの。ああっ何を着ていこうかしら……」
そわそわとしたお姉様を見守りながら、夜になる。
お城へ向かう道中の野良シェパードはすっかり私に懐いてしまっていたので、スムーズにお城へとたどり着くことができた。
「どこへ行くの? 玄関はそっちじゃないわ」
「星空の下、と書いてありました。こっそり会いたいに違いありません」
「こ、こここ、こっそり……!」
「ここここっそりです」
お城の外周をまわっていくと、バルコニーに人影が見えた。
月明かりに照らされて、兄王子の金髪と青い瞳が輝いて見える。
「いたいた。あそこです」
「まあっ……なんてお美しい……」
「では向こうに気付かれる前に声をかけましょう。こういうのは先手有利です」
「あ、ちょっと! どこに行くの?」
「大丈夫です。すぐとなりでサポートします」
「手、にぎって……」
「はいはい。お姉姫さま」
私は王子から見えない木陰に隠れた。
王子の方向からすれば、パルキーお姉様が一人、木に手をついて立っているようにみえるはずだ。
「(では、れっつごー)」
「あ、兄王子!」
お姉様の手に力が入るのがわかる。もうすでにじっとりと汗ばんでいた。
「まさか……パルキーか!?」
「は、はい! 来てしまいました……」
「そんなっ! 本当に……」
王子は素っ頓狂な声をあげた。まるで心の準備ができていないかのよう。
「(な、なんて続ければいいのっ? ドレー!)」
「(えーっと、月がきれいですね、とか)」
「えーっと、月がきれいですね、とか」
しまった。お姉様は純粋なのだから弄んではいけない。
それにしても原文ママか……。
「そ、そうだなっ! 月はきれいだな!」
王子も王子だ。手紙の雄弁さはどこへやら。
このままではいけない。
かすかに聞こえてくる犬の遠吠えの方がまだ有意義だ。
「(なんだか王子の歯切れが悪いわ……)」
本日のおまえがいうな。いただきました。
「(こういう時はお姉様がギアを上げなければいけません)」
「(ぎ、ぎあ? どうすれば……?)」
「(攻めましょう。想いのたけを真っ直ぐにぶつけるのです)」
「(でも私、手紙のように気の利いたことなんてっ……)」
「(飾らなくてもいいです。声には声の力があります。お姉様の言葉を、バルコニーにいる王子へ届けるのです)」
「(やってみるわ……!)」
お姉様が大きく息を吸い込み、たった一言を吐き出した。
「兄王子! 大好きです!」
顔を真っ赤に染めて、やっとの思いで出た言葉。
たくさんの勇気を総動員させたのだろう、それを──
「大好きか。俺も同じ気持ちだパルキー。月が綺麗、と確かに君はそう言った。俺も全くそう思う。手を変えて品を変えても伝えたい想いはたったひとつだけなのだ。それなら多くの言葉は必要ないと思うかね? 俺はそうは思わない。時間はたっぷりある。これから流星のごとく、俺の言葉をここからそちらへ降らせよう。すべて受け止められたのなら、こちらへ上がってくるがいい」




