6話 はな、高々く
それから数日後の早朝。
いつものように新聞受けから朝刊を取り出すと、一枚の手紙がぽろっとこぼれた。
「こんなところに封蝋のされた手紙が」
金色の豪華な封蝋は気品のある細やかなデザインが施されていて、大きく "兄王子" と刻印されている。
「興奮してきました」
きれいな封蝋を傷付けずに中身を取り出そうと、封筒の外周をびりびり破いていく。
少しだけ中身も破いてしまったけど、かろうじて読めた。
『 愛の伝道師、エラ へ――
俺はヨルキーがエラではない事に気付いていた。弟も後から気づいたが、今はヨルキーの事以外は考えられないと言う。君は約束通り弟を救ってくれた。弟はとても穏やかになった。感謝する。
しかし弟たちを見ていると、俺は君のことを思い出してしまう。好きだ。
――兄王子より 』
わあ。
「感謝状と思いきやラブレターでした」
「 "好きだ" だけとは。これまた飾り気のない恋文だな」
私の胸元からひょっこりと顔を出して手紙を読むネズミの騎士どの。
彼は文武両道なので、手紙の審査も手厳しい。
「純粋なかんじでいいと思います」
「純粋なのは良い事だ。しかしな、世界にはこれだけたくさんの言葉が溢れているのに、その思いを簡単に三文字だけで表してしまう。それは純粋ではなく怠慢だと思うのだ。純粋な気持ちを伝える工夫を怠っているのだ」
いつになく饒舌な騎士どの。
なにか思うところがあるのだろう。
それから少し表を掃いて家の中に戻ると、次女のパルキーお姉様とお母様が朝食の用意をして待っていた。
「どうしたの嬉しそうな顔をして。お金でも拾ったの? ドレー」
「いいえパルキーお姉様。私は恋を拾いました」
「また始まった……もうフルーツは遠慮せずに食べて良いのよ」
不本意だけど、ヨルキーお姉様がお城に行ってから彼女たちの態度は軟化してしまっている。
「まあまあ。読んでください」
「これ、王子からじゃないの!」
お姉様たちは手紙を読みながら素っ頓狂な声をあげた。
「ラブレター!?」
「……でも、エラってあなたの事なのでしょう? いまさら、しらを切ってもダメよ」
「はい。私です。ですが、私は王子さまとほとんど同じ時間を過ごしていません」
「でも好きって書いてあるわ」
逆に言えば、エラへの気持ちはそれ以外に書かれていない。
これは怠慢なんかではなく、やっぱり純粋な気持ちなのだと私は思う。
それはつまり――
「兄王子は、恋に恋をしています。パルキーお姉様の椅子はそこにあります」
「なんですって?」
「弟王子とヨルキーお姉様はきっと仲良くやっているのでしょう。兄王子はそれを見て、羨ましくなったのだと思います」
「そういうこと……。では私はどうすればいいの?」
「手紙を返しましょう。少しずつ文通をして、距離を近づけるのです。兄王子はとても純情なお方なので、急がば回れです。要するに、兄王子の恋するエラの正体はパルキーお姉様となるのです」
「!!」
分かってくれたみたいだ。
兄王子は素性の知れない女性に恋心を寄せている。
パルキーお姉様がエラとして手紙を交わせば交わすほど、素性の知れないエラはパルキーお姉様として輪郭を得ていき、やがては完全にエラ=パルキーお姉様となる。
そしてようやく二人の恋は成就するのだ。
考えようによってはロマンティックとは程遠い話かもしれないけど、見た目から始まる恋愛よりもきっと実のあるものになるに違いない。
「というわけで、手紙を――」
「まってドレー! 私、手紙なんて書いたことないのよ」
「ええっ。でも新聞とってるじゃないですか」
「読むことはあっても書く機会がほとんとないの。今から書こうとしてもミミズみたいな文字になってしまうわ」
「なるほど。では私が代筆しましょう」
朝食が終わり、私たちはさっそく手紙の執筆にとりかかった。
「では伝えたい内容を言ってください。お姉様」
「え、ええ。 ……えーっと、兄王子様へ」
「そこはもう書きました。本題をお願いします」
「す……好きです……」
「はい。書きました」
「……パルキーより」
私は椅子からずり落ちた。
「あいたた。お姉様? 本気ですか」
「本気よ! 手紙なんて書き方分からないって言ったじゃないのっ」
つ、ツンデレかわいい。
不意打ちで飛んでくるハートの矢を避けるのは困難を極める。
「なんで避けるポーズしたの?」
「いえ。なんでもないです。それよりも私がたたき台を作って、お姉様があとからチェックする形にしましょうか」
「それいいわね。私、おやつとってくるわっ」
パルキーお姉様は、はしゃぐ子供のように階段を降りていってしまった。
私にはすでに何本かハートの矢が刺さっているけど、なんとか急所は外している。
これだけ可愛らしいお姉様なら、兄王子も付き合い始めれば一瞬で恋のラブレボリューションだ。
問題はこの文通で、いかに兄王子の心をキュンキュンさせて、すぐにでも会いたいと思わせるかが鍵になる。
「どう……? いい感じに書けてるかしら? あっ肩揉もうか?」
「いえ。大丈夫です。はぁはぁ」
私は恐ろしい妨害を受けながらも、なんとか筆を進めていった。
『 親愛なる兄王子へ――
まず弟王子とヨルキーお姉様に、心よりの祝福を送りたいと思います。
兄王子のご明察通り、私ことエラはヨルキーの妹のパルキーです。
好きだなんて!
とてもうれしく思います。でも、本当に私でよろしいのでしょうか。
私は王子を遠くから見る機会があったのでよく知っています。ですが、王子は私に会ったばかりではありませんか? 私のどんなところが良いのでしょう。
聞いてばかりではあんまりなので、私から王子の良いところを申し上げます。それは優しい瞳をしているところです。普段から強気そうに振る舞う王子ですが、こころは純粋で、肉食系と見せかけた草食系。しっかりと特定の人を見定めようとする。そういった印象を受けました。
長くなり申し訳ありません。突然の恋文に舞い上がってしまいました。
最後にひとつだけ。
好きです。
――あなたのエラ、もとい、パルキーより 』
「こんなかんじでしょうか」
「素晴らしいわっ! でも王子にたいして、ちょっと不遜な感じがあるけれど……」
「押すだけではダメなのです。押したり引いたりして、じれったい感じを楽しみましょう」
「たのしむの?」
「そうです。必死なだけでは何事もうまく行きません。遊び心が余裕を生んで、余裕が美しい言葉を作り出すのです」
「なんだか難しいわ。でもきっとこの手紙なら上手くいく気がする!」
「はい。では封蝋を」
「そんなもの、この家にあると思って?」
「では米粒で」
「ええっ!?」
「手渡しになるので問題ないでしょう」
したためた手紙を封筒に入れて、夕飯用の釜から米粒をひとつぶ潰して封をした。
米の粘着力はあなどれないのだ。
「さっそく出しに行って下さい。お姉様」
「でも……。こんな手紙が書けるってことは、あなたも王子のことが……」
「実の無いほど雄弁、というやつです。さあ行ってください。あなたが王子のエラになるのです、お姉様」
実際はお姉様宛にラブレターを書きたいくらいだけど、ややこしくなるので言わないでおく。
「ありがとうドレー! ちょっとひとっ走り行ってくるわっ」




