5話 黄金のガラスの靴
夜道へ飛び出す頃には金ピカのドレスは透け透け度合いを極め、もはやドレス成分だけが消え去り、″発光する裸″ という地獄のような責め苦を私に与えていた。
「なんの罰ゲームでしょうか」
「時間切れの罰ゲームでしょうな」
「なるほど」
がらりとした駐車場には馬車の一つも見当たらない。
その代わり、私の足元にはそこそこ大きなかぼちゃが一つ転がっている。
添えられたメッセージカードには「私は良い子なので寝ます。あなたは不良なので帰ってくるのはきっと朝なのでしょうね」と書かれていた。
「ヘソを曲げたお母さんみたいですね」
「親は常に子を思っているものだから、あまり悪くいうものではないよ」
「さもありなん」
女神さまから授かった "健やかな体" のおかげで、私は光のように素早く走ることができた。というか実際に光っているので、光そのものだ。
さすがに光速とまでは行かないけど、かぼちゃの馬車より、ずっとはやい。
人目に付かないよう、屋根から屋根に飛び移るようにして街を移動する。もしこの日にUFOの目撃情報があったとしたら、それはきっと私が犯人だ。
そして、あっさりと我が家に到着した。
煙突からそろっと女郎蜘蛛のごとく忍び込むと、家の中の明かりはすっかり落とされて、みんな寝静まっているようだった。
私は地下の物置きへ降りると、自分のベッドで眠りについた。
翌日、朝食をとりながらお姉様達の感想を聞いていた。
「パーティはどうでした? 王子様はイケメンでしたか?」
「やっぱり興味あったんじゃないのあなた。双子王子はどちらもイケメンだったわ! パーティは最後の方大変だったけれど……。大丈夫? ヨルキー姉さん」
昨夜、長女のヨルキーお姉様は弟王子の影に襲われていた。
最初は噛みつかれそうになっているように見えたけれど、弟王子の欲望的に、ぺろぺろされかけていたのだろうと思う。
私も実際にノーガードな背中をぺろぺろされたし。
「ええ……。でもあの影、なんだか可哀想だったの。寂しい寂しいって」
「まあっ。もしかしてあのお化けに取り憑かれているのではないの? ヨルキー。あなたさえ良ければお祓いに――」
「いいえ、お母様。私は大丈夫です。それにあれは恐ろしい化け物なんかじゃありませんわ。もっと無垢で、動物的で……」
お姉様たちは影の正体を知らない。
弟王子の欲求だと知れば、もしかしたら怯えずに付き合ってくれるかもと思っていたけれど……。
もしかしたら、正体を言うまでもないかもしれない。
「ヨルキー姉さん、やっぱり少し変よ」
「いたって普通よ! どうしてみんな分かってくれないのかしら!」
「し、心配してあげてるんじゃないの! どうして姉さんはそう――」
「あの。私へのお土産はどうなりましたか?」
「あるわよ! ほら犬みたいにお食べなさい!」
「はい。わんわん」
「まあ、はしたない灰かぶりのドレー」
「おほほほ。こんなご馳走、滅多にあり付けないものねぇ。良く味わうのよ灰かぶりの犬のドレー!」
「ありがたきしあわせ。わんわん」
お姉様達の不和を察知して仲裁に入るのは私の仕事だ。
私はこういう役回りに無上の幸せを感じるのだ。
あとマンガ肉美味しい。
それはそうと、ヨルキーお姉様にこれからの事を伝えなくてはならない。
「実を言うと私はエスパーです」
「?? え? なんですって?」
「2、3日後にお城の人が来ます」
「なんで分かるのかしら?」
「その時までに、きつきつのブーツを履くのは控えてください。たくさんお水を飲んだりしてもダメです」
「なんかヘンよこの子……」
「まあいつもの事じゃない」
「お菓子を食べすぎたり……100回スクワットするなんてもってのほか。それから程なくして、ちょっとした審査があります。それが幸せの合図です。そのあとに大きな転換期が訪れます」
「頭が痛くなってきたわ……」
「ドレー……。今日はシリアルをお代わりしてもいいわ。フルーツも好きなだけ食べなさい。だからもう変な事を言うのはよして……」
私は変な子でいいのだ。後から感謝されるような物言いは主義に反するのだから。
あとはヨルキーお姉様が言う通りにしてくれるかが鍵だけど、正直なところ信用してもらえるかはあやしい。
それから三日間、私はヨルキーお姉様を監視した。
ぴったりそばにいると怒られてしまうので、リッピーさんにも手伝ってもらった。
「姉上の楽しみにしている、おやつ。確かにくすねてきたが、中々良心が痛む思いだ」
「ありがとうございます、リッピーさん。これは全てお姉様と弟王子の為なのです」
「ふむ……それにしても、あなたはとても楽しそうに舞台裏を歩き回る」
「悪だくみは一人でやるより二人でやる方が楽しいのです」
「ははは! さもありなん。さて次はどんな悪事を指示されるのかな?」
「ではそのクッキーと、私のおやつを全てパルキーお姉様のおやつ皿へとこっそり……」
作戦は順調に進み、いよいよお城の使いが姿を見せた。
「突然失礼します。私は王子からの使いの者です」
「まあ! いったいどのようなご用件で?」
「先日パーティーに参加された方を探しているのです」
「えっ……! ええ! 二人おります。すぐに呼びますわ。 ヨルキー! パルキー!」
私はいつのものぼろを着てお茶を出しながら、その様子を伺っている。
そんな格好なので、みんなは私が見えていないかのように話を進めていった。
二階からどたどたと駆け足でお姉様たちが降りてくる。
「お騒がせしてすみません。このガラスの靴の持ち主を、王子は探しておいでです」
「あなたたち、この方が仰っている意味が分かりますか?」
「ええ。ええ。王子はきっと、この靴の持ち主が気に入ったんだわ」
「ではその靴は私のもので間違いありませんわ!」
反応が早いのはパルキーお姉様だった。
あまり良い展開とは言えないけれど、予想の範囲内だ。
「んっ……ぐぐぐっ……」
「きつそうですが」
「え、ええ……ちょっと今はむくんでいまして……」
パルキーお姉様はお菓子をたくさん食べた。お菓子をたくさん食べれば喉がかわく。たくさん喉がかわけば水をがぶがぶ飲む。そうなれば足がむきむきにむくむ。
だからいつもよりむくんでいて当然なのだ。
「パルキー。無理をしなくていいのよ、それは私の靴なのだから」
「ふむ。ではヨルキーさん」
本命の登場だ。
「はい。すんなりと入りましたわ」
よし。ジャストフィット。
無自覚ダイエットの効果がありましたね。ヨルキーお姉様。
「むむ。これは確かに……」
「――ごきげんよう!」
「お、王子! 直接いらっしゃっては混乱を招いてしまいます」
「すまないが、居ても立っても居られないんだ」
突然、戸口の扉が開かれると同時に弟王子が乗り込んできた。使いの人も含めて、その場にいる全員が驚いている。
「ここに金ピカの飛来物が飛んでいったと報告があった。そして僕の探している姫君は金ピカのドレスを着ていた。つまり、彼女はここにいる!」
王子、それはいささか飛躍しすぎでは。お姫様イズ宇宙人という図式が成り立ってしまいます。
……そういえばナメメック星人って名乗ったんだっけ、私。
「王子、これをご覧くださいまし」
「おお! ぴったりじゃないか。 ……しかしどこか雰囲気が違うような? あの人は、ちょうどそこにいる召使のような……」
王子は気配を絶っている私を目ざとく発見し、顔色を変える。
私はそっと目線を逸らしたけど、少し遅かったみたいだ。
「君! ちょっとこちらへ来たまえ」
「王子さま。私の後ろには誰もおりませんが」
「いや君だよ君! 召使の君だ。顔をよく見せて」
しびれをきらした弟王子がこちらに近付いてくる。
私はとっさに、顔面を形成する筋組織すべてに全力をそそいだ。
「むにゅっ」
「変顔をよしたまえ! リラックスして僕の方を見てほしい」
「ドレー。不敬でしてよ。言う通りになさい」
「はいお母様」
私は観念して王子に目を合わせる。
澄んだ藍色の瞳だ。
でもその奥では女の子と触りっこしたい感情が渦巻いている。
ヨルキーお姉様いわく、それは寂しがっている無垢な動物のような気持ちらしい。
「うーん。よく見ると違うか。こんなにやる気の無さそうな目じゃなかった」
「はい。私はこの世に絶望しております」
「そこまでは言っていない。一応、この靴を履いてみてくれ」
ガラスの靴にはすんなり足が入っていった。
そして再び足を持ち上げると、すんなりと靴から離れていく。
「ぶかぶかでございます」
「やっぱり違うか」
節制しましたので。
「おそらく王子さまの探している方はヨルキーお姉様で間違いないと思います」
「ふむ? どうしてそう思った」
「これです」
私は透け透けピカピカの黄金布を王子に手渡した。罰ゲームの景品だ。
「こ、これは!」
「はい。お姉様のタンスから発見しました」
「ちょっ、ドレー何して――もごごご」
焦るヨルキーお姉様の口をお母様が塞いだ。
ナイス判断。土壇場の嗅覚が鋭いのは年の功というやつかもしれない。
「間違いない。ヨルキー、僕の城へ来てもらおう」
「は、はい。いま準備を致しますので……」
「準備はいらない。足りない物があればすべて僕がそろえよう。さあ! 」
「あーれー!」
ヨルキーお姉様は興奮した様子の弟王子に手を引かれ、馬車に乗せられて行ってしまった。
ヨルキーお姉様。
どうかお幸せに。




