表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新月の忌み子  作者: のすけ
20/47

鞭を振るう者 1

 ここは緑濃い針葉樹に深く包まれた風蓮渓谷の小さな村にある、キャラメル色の外壁と緑の屋根を持つ木造一軒家。

 光が差し込む明るい窓辺に寄せて置かれた白木のテーブルのPCの前で、ミントの葉を浮かべたアイスティーを飲みながら、瀬識流(せしる)は昨日の夜に見たことをとりとめなく思い出していた。

 昨夜のあれは、なんて綺麗で大きな白鳥だったろう。

 これは夢じゃないけど、私の目の前で起こったことは何だったの。

 昨晩、渓谷の村に暮らす一族の娘瀬識流は、森にそびえる針葉樹の大木の影から息を詰めて見守っていた。

 地面に開いたほの明るい穴から押し上げられるように突然現れ湖のほとりに佇んだのは、アラビアンナイトの物語に出てくる王子様とお姫様みたいな衣服を身につけた、黒髪の素敵な男の子と美形の女の人。彼らはやがて空からやって来た、見た事もない白い光に包まれた美しい白鳥と会話していたようで、その白鳥に何かを渡していた。

 太陽が消えてから月は出ないけど、本当なら今夜は満月。

 瀬識流は、その満月の力をこの渓谷の地層からしか手に入らない白い石に注ぐために、今夜湖のほとりに来たのだった。パワーを閉じ込めた石は彼女が立ち上げたウェブの恋占いサイト「白魔女セシルの館」で、恋愛のおまじないグッズとして売り出そうと思っていた。

 満月の夜の奇跡だよね、夢みたいな素敵な眺めだった。

 王子様のような黒髪のカッコいい男の子は、一緒にいた女の人からケイラと呼ばれてた。

 右目に黒い眼帯をつけて額には何かの刺青みたいなものが見えたけど、それがクールな感じ。

 でももう、彼らは消えちゃった。妖精の王子様と女王様、それともまさか宇宙人とか。

 そう思いながら、瀬識流は地面に並べて置いた白い石を小袋に拾い集めると、針葉樹の森を離れ村へと戻ったのだった。

 そしてその同じ夜に突然、久しぶりに太陽が出た。

 夜中の出来事に村中驚いて、みんな外に飛び出して、またあの凶暴な光と熱に晒されるのかと思ったんだけど、そうじゃなかった。あの太陽たちの襲来にビクビクしてるから、結局一晩寝不足状態。

 でも、それは本当の太陽じゃなくて誰かが暗闇になった地球のためなのか、月の上に捕まえた太陽を置いたようだとテレビでは言ってた。

 たとえ本当の太陽じゃないにしても、毎日真っ暗で電灯やランプの灯りの下で暮らすより、明るい方が断然嬉しい。太陽たちが暴れに来ないこの頃は、衛星放送も復活してるしインターネットも安心して使える。太陽が暴れると、暑さや火事だけじゃなく電波が乱れて通信がめちゃめちゃになるから、サイトのお店も大損害だもの。

 ただこの辺りでオーロラが見えなくなったのだけは少し寂しいな、極彩色の天のカーテンはすごく綺麗だったから。

 その上つまり、今度は月がなくなっちゃった。太陽の替わりになった月はギラギラ光っているから、じっと眺めてもいられない。

 一体誰がこんなことをしたのか、できたのかとニュースもネットも世界中が大騒ぎになってる。

 誰の仕業なの。地球に味方してピンチを救ってくれるヒーローか、宇宙人。

 それともまさか、昨日の夜白鳥と一緒にいたあの王子様と女王様の仕業じゃないだろうか。

 あれこれ考えていると部屋の扉がノックされた。

「どうぞ」と瀬識流が返事をすると、銀髪を(まげ)に結わえてモスグリーンのワンピースにフリル付きの白いエプロンをつけた小柄な老婆が入ってきた。

 手のひらには、ローズピンクのサテン地で作られた小さなきんちゃく袋を載せている。

「瀬識流や、白い石を入れる袋はこんなもんでどうかねえ」と言うと彼女は瀬識流にそれを見せた。

「わあ、ありがとう坩堝(るつ)ばあちゃん、よくできてるよ。とっても可愛いし、これなら恋に効くって感じ出るよね。これを今回は全部で三十個お願いしてもいいかな」

「いいとも瀬識流や、お安い御用。あんたは商売の才能があるわよ。近頃は何かと物騒で、直接のまじないはなかなかできないけれど、こういう物は本当に人気があるんだねえ」

 坩堝ばあちゃんは薄いブルーの目を細めて、彼女の賢い孫娘に感心しながら言った。

「そりゃあ女の子は地球がひっくり返っても恋愛に真剣なんだよ。私もっとお金が溜まったら、おしゃれして都会に遊びに行きたいなあ。ここにはカッコいい男子もいないしねー」

 そう瀬識流が言うと坩堝ばあちゃんは笑って「瀬識流には、いい人とめぐり合ってほしいけど。でもあんたは好奇心旺盛な子だから、都会に出たらいろいろな物に目移りして、返って縁遠くなりそうだねえ」と言った。

 それから瀬識流は、昼間の気持ちのいい自然光で坩堝ばあちゃんの手縫いの袋とパワーストーンの写真を撮影した。やっぱり、自然光だと可愛く撮れる。

 火、風、土、水、木の五行を用いた今週の占いもまとめてサイトにアップした。

 この占いも坩堝ばあちゃんが得意なもので、瀬識流に手ほどきしてくれた。坩堝ばあちゃんは占いや天気の予測をする力があって、昔は手紙で恋愛や結婚の相性とかの相談をしてくる人が多かったそうだ。

 今は瀬識流のサイトでメール相談コーナーを担当してもらっている。

 老眼鏡をかけた坩堝ばあちゃんが真剣にメールを読んで、相談の答えを喋ってくれるのを瀬識流がメールに打ち込むって具合。

 いま、十五歳の瀬識流は坩堝ばあちゃんと二人で一緒に暮らしている。

 元々は、早くに亡くなったじいちゃんと坩堝ばあちゃん夫婦、それに瀬識流の両親との五人家族だった。

 両親は小型飛行機を使った運送の仕事をしていたのだけど、七年前に事故で二人一緒に亡くなってしまった。

 坩堝ばあちゃんには双子の妹の摂津(せつ)ばあちゃんがいる。二人とも小柄で見た目はそっくりだけど、性格はかなり違う。摂津ばあちゃんは内気で声も小さくて、よく臙脂(えんじ)色のワンピースを着ている。治癒やまじないの力が強い摂津ばあちゃんはずっと独身を通していて、この家の近所でヒーラーとして一人暮らしをしている。

 ヒーラーは傷や病気の手当てをしたり薬を調合したりできるから、医者と薬局を兼ねたような存在だ。

 実はこの風蓮渓谷には、古くから呪いやヒーリングの能力を持つ者が多く暮らした。

 誰にでも現れるわけではない、しかも女性に限られるその能力は、「風の血統」と呼ばれている。

 時代の流れとともに、ここの田舎の暮らしから離れる人も多くなり、他の民族との結婚で風の血統を受け継ぐ人々も減ってしまった。

 風の血統は能力が見た目の姿にも現れるから、占い師や呪い師として他の土地にさらわれ連れ去られてしまうこともよくあったと摂津ばあちゃんが言っていた。捕らえられて、争い事の命運を分けるような占いをさせられたり、戦争に巻き込まれ敵軍に見つかると殺されたりもして、そうした歴史の流れも風の血統を衰退させることに繋がっていた。

 そう、だから瀬識流も都会への憧れはあるものの、大勢の人々の中に出て暮らすことには恐れと迷いがあった。だからネットと通信販売ってすごく便利で助かる。

 ここは田舎だけど私と坩堝ばあちゃんとで、お店を持たなくてもこうしてお金が稼げるんだもの。

 そう思いながら瀬識流はPCに向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ