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新月の忌み子  作者: のすけ
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鞭を振るう者 2

 啓羅がいなくなってしまった。

 バイクで家を出て行ったみたいで、どこに行ったのかもわからない。



 二度目に現れたあの太陽の化け物たちを相手に飛び出して、宙に浮かんで一人で戦った啓羅。

 なぜ、彼にあんなことができたのか不思議で、知りたくて、でも何よりとても心配で、私は啓羅が家に戻ってくるのをジリジリしながら待っていた。

 きっと太陽の光と熱に焼かれながら啓羅は戦ってる。

 そう思って、亡くなった沙或おばあちゃんの残した本やメモを読み漁って勉強して、火傷や傷によく効く薬の材料を集めて調合していた。

 やっと帰ってきた啓羅を見た時は、安心して嬉しくて、啓羅がパンツ一枚だったのも一瞬忘れちゃったくらいだった。

 啓羅に聞きたいことはありすぎるくらいあったけど、あの身体中にできた火傷や他の傷を見たら口にできなかった。

 手当ての後も、ひどい頭痛がすると言って辛そうだったし、あの額にできた腫れ物はどうなったんだろう。

 物心ついた時から、お向かいの家の可愛い弟みたいだった啓羅は、二つ年下で、ゆるいくせ毛の黒髪に薄い褐色の肌。そして黒目がちな切れ長の目をしてる。

 実の両親が亡くなったので伯母さん夫婦の養子になった、と聞いていたけど、寂しそうな様子も見せないし、明るくてよく笑う子だった。外で遊ぶのが大好きで、小さい頃はうちで飼っている馬にもよく一緒に乗って遊んだ。

 そんな啓羅がどうして一人で戦うことになってしまったのかな。

 次の日の昼ごろ、私はまた食べ物を持って啓羅のうちに行ってベルを押したけれど応答がなかった。

 波違流さんも絵留羅さんも、いつも通り仕事に出かけたようだったし、啓羅は疲れてまだ眠っているのかなと思って私も家の仕事をはじめた。

 夕方に、もう一度訪ねたけど応答がなくて、さすがに心配になってきた。

 夜になって、波違流さんたちが帰ってくるのを待って私はもう一度訪ねて行った。

「おじさん、おばさん、お疲れのところごめんなさい。啓羅は起きてますか、昼間きた時は出なかったから」

 そう言うとおじさん達はなぜか気まずそうに顔を見合わせ、絵留羅さんが静かな調子で私に言った。

「奶流ごめんなさい。啓羅は、ここにいないの。バイクで家を出てしまって、行き先は私たちにもわからないのよ」

「え、いついなくなったの、あんな傷だらけでなぜ」

 私は頭の中が真っ白になった。

 ひょっとして、昼間訪ねたときにはもう、ここにはいなかったのかな。

「どうして、どうしてですか」

「奶流、啓羅はこの村のことをとても気にかけてたの。もしもまた、あの化け物が来て自分がここにいれば、この村に仕返しをされるかもしれないって。啓羅はここが好きで、みんなを大切に思ってる、そう言ってた」

 一言ずつ噛みしめるように話す絵留羅さんは涙を浮かべていた。

 やっぱりそうなんだ、啓羅は私に気づかれないように行ってしまったんだ。

「啓羅には味方がいる、一人じゃないことは確かだ。あの子もここから離れたくはなかったし、いつか必ず戻る。信じてやってくれないか」波違流さんもそう言った。

 啓羅は二人だけにはここを離れることを打ち明けたんだ、でも私には何も知らせてはくれなかった。そう思うと悲しくなって、私は唇を噛んで涙をこらえた。

「奶流、本当にごめんなさい。気にかけてくれているってわかっていたけど、でも啓羅の気持ちを考えると逆にあなたには言えなかった。きっとすぐに気づくってわかっていたわ。でもね、あなたにはここにいて欲しい、それが啓羅の気持ちなのよ」絵留羅さんはそう言うと私を抱きしめてくれた。

 それから私は家に戻ったけれど、何をしてたか覚えがなくて、部屋で一人になると我慢できずに涙がこぼれてきた。

 ばか、啓羅のばか、黙っていなくなるなんてひどい。

 こんなに心配でしょうがないのに、傷だらけのくせに。ばか、ばか。

 また、あのひどい頭痛でどこかで倒れちゃったらどうするの。心の中で私は叫んでいた。

 潰れた目だってまだ生傷なのに、黙ってどこに行っちゃったの。

 おばあちゃんの本とかで調べたら啓羅の右目を直せるんじゃないかと思って、この頃はずっと真剣に勉強してた。

 おばあちゃんが身につけていた治療法は、普通の医学とは違うヒーリングの力を使うものみたいで、風蓮(ふうれん)渓谷という、北の方にあるおばあちゃんの出身地には、もっと治療に詳しい人たちがいるかも知れない。

 それは勉強すれば私にもできるものなのか、それとも他に経験を積んだ人たちに治療してもらうしかないのか知りたくて、なんとかして風蓮渓谷を訪ねたいと今は思っているの。

 私、こんなに啓羅が大切なのに、あんたは何もわかってない。啓羅の鈍感。

 胸がとても苦しくなって、ため息をつく。

 でも、啓羅にとって、私は赤ちゃんの頃からのお隣さんで遊び友達だったんだよね。啓羅は十六になったらここを出て、修行して鍛治職人になるって言っていたし、もう今週には誕生日を迎えるはずだった。

 こんなことにならなければ、手作りのケーキでも用意して一緒にお祝いしたかった。

 本当は私、あんたの誕生日に好きって打ち明けるつもりだったんだよ。

 好きな人に告白するなんて初めてだけど、啓羅が修行に行っちゃう前には言わなきゃって、そう決めていたの。

 それと、啓羅に謝らなきゃいけないことも。

 昨日そばについているうちに啓羅が眠ってしまって、やっと楽そうに寝息を立ててから、私こっそり啓羅の頬にキスしてしまったの。

 安らいだ無防備な啓羅を抱きしめてしまいたいくらい、胸が苦しくなって、独りじめしていたくて。

 ごめんね啓羅、いつかちゃんと話して謝るからね。

 好きだよ、もうずっと啓羅が好きだったの。このまま会えなくなるのだけは嫌なの。そう思いながら、私は涙が止まらなかった。


 それから数日経って、また急に暗闇から真昼の明るさが戻ってきた。

 白熱の世界に、みんながまた警戒して怯えていた。

 でも、今度は私たちの村は何事もなく、眩しくて暑くてたまらない時間が半日くらい続いただけだった。

 その代わり、ここから遠く離れた赤道近くの国にある人里離れた草原で、あの太陽たちと何者かが戦ったようだという出来事をその日の終わりにテレビのニュースで知った。場所がすごい僻地だったために、取材は間に合わなかったそうで、戦いの場面がわかる映像はなかった。

 でもきっと啓羅だ、そう思った。けど、おかしい。

 いくらバイクで出て行ったとしても、ここから数日でたどり着けるような場所じゃないと思う。

 だってここから何千キロか離れた場所だもの。海外旅行なんてしたこともないはずだし、土地勘があるはずもない。戦ったのが啓羅だとして、どうやってそこまで行ったんだろう。

 彼を助けてくれている人達って一体何者なの、そう思うと心配になる。

 太陽たちが動き出すようになってから、人工衛星や通信関係にトラブルが集中しているそうだ。GPSが使えなくなって、飛行機が飛ばないとかテレビの映像も乱れたり、よくする。

 唯一、これまでには見たこともなかったオーロラがこの村でも見えるのだけは綺麗で目を奪われて、私はずっと外で眺めていることがある。

「啓羅が家を出たそうだな、この物騒なときに」と父が言った。

「そうみたい。私もいつかは知らなかったの」胸が痛くなるのを感じながら私は答えた。

「この前、あの太陽の化け物連中が現れたときは、啓羅が相手をしただろう。国が武器や戦いに詳しい人間を呼び集めてるって噂だが、啓羅も召集されたってことかねえ。波違流たちは詳しいことは秘密だからと言ってるが」と父は言って、「啓羅は一度怪我まで負ったのに、それでも駆り出さなきゃならないのかね。だいたい、そうまでしてなぜあの子が行かなきゃならないんだろうね」と母も言った。

 啓羅は機械の扱いがすごく上手だったから、うちの農機具の調子が悪いときなんかすぐに直してくれたし、トラクターなんかもおもちゃ代わりに乗りこなして仕事を手伝ってくれたりしていた。

 自転車を好きなように組み立ててみたり、波違流さんにもらった古いバイクを楽しそうに改造したり、塗り替えたりする啓羅のことを父は「面白い子だなあ」と言って可愛がっていたし、うちの両親とも啓羅のことが好きだった。

 私は言葉が出なくて黙っていたら、母が「奶流、寂しいんでしょう」と言った。

「うん、心配はしてるよ。私だって」私は気持ちを隠してわざとそっけなく答えた。

「おばあちゃんの本を見て薬を作ってやってたものねえ。難しいでしょう」

「うん、辞書を引かないと読めないような材料の名前とか、細かい分量とかね。そうだ、父さん」と私は父に尋ねた。「風蓮渓谷に、おばあちゃんの親戚の人とか今もいるのかな」

「うーん、ばあちゃんは三人姉妹の長女だったけど、早くに村を出たらしいからなあ。それにあそこはよそ者を入れたがらない土地柄なんだ。俺もうんと子供の頃に行ったきりだ。何か知りたいのか」父は腕を組んでそう言った。

「うん、もしか啓羅の目を治す方法があったらと思って。おばあちゃんの本には、深くえぐれた傷を元どおり治す方法っていうのがあったの。でも、それ以上は見つけられなくて」

「しかし啓羅は目玉自体が潰れて、なくなってしまって、奶流は目玉を元どおりにしてやりたいんだろう。さすがにそんな方法はないんじゃないのかなあ」と父はぼそりと言って、「あの子ならいい職人になっただろうに、目が不自由になるなんてねえ」と両親は言った。

 でも、私はどうしても諦めきれなかった。おばあちゃんの親戚の人に、手紙でも出せないかなあ。

 本当はすぐに訪ねて行って聞いてみたいけど、今の状況や家の仕事のこともあるし許してもらえそうにない。

 どうしても、となったらその時は。

 私は胸の奥でそんなことを考えていた。

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