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カカオとキャンディー(仮)  作者: 櫻葉きぃ
第一章
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「ただいま」

 家のリビングに入ると、父はソファで爆睡していた。テーブルに空の缶ビールが四本も置いてあった。


 奥深い睡眠の世界に入っている父を放置して、自室に向かう。すると、部屋の椅子の上に理名のスクールバッグと教科書が置いてあった。これは、なぜこれがここにあるのだろう。ゴミ箱の中を覗くと、宅配伝票が捨ててあった。届け先は理名がいるこの家、送り主は「宝月コーポレートグループ」となっている。これで合点がいった。重い荷物は、あの家から宅配便で届けたらしい。

 念のために中身を確認すると、財布もペンケースも定期券入れも無事だった。安堵している場合ではない。着替えなければならないのだ。


 クローゼットを漁ったが、冬に着るような黒いワンピースしかなかった。大きなため息をついて、昔買ったチェックの青いロンパースを引っ張り出した。それに黒いカーディガンを羽織り、モノトーンバイカラーのトートバッグを持つ。入れたのはタオル、財布、ウォークマン、メイクポーチだ。黒いフットカバーを履いてブルガリプールオムの香水をふきつけ、玄関に向かうべくリビングに降りた。出かけてくると父に宛てて書き置きを残す。先が尖ったエナメルローファーを履き、家を出た。



 銀行に寄り、口座から貯めていたお年玉全部を引き出す。そして、新原駅に到着した。


 改札口前に、七分袖より長いピンクベージュのレーストップスを着て、ふくらはぎを少し超えたくらいのデニムスカートに厚底のスニーカーシューズという装いの女性が立っているのが見える。胸の辺りまである長い茶髪は、内側に向いて巻かれていた。財布と携帯とハンカチくらいしか入らないのではとツッコみたくなるくらいの、小さいピンクのハンドバッグを持って、駅の時計に何度も視線をやっている。髪の色で、椎菜だとすぐに分かった。高校生というよりは大学生に見えた。

「椎菜、ちゃん?」

 おそるおそる声を掛けると、不安げな表現が驚きと共にパッと華やいだ。

「あ、理名ちゃん! おはよ! 時間五分前に着いたね! 予定より一本早い電車に乗れるよ? 行こう!」

 そう言うと、切符を手渡され、そのまま改札にそれを通した。ちょうどホームへと滑り込んだ電車に飛び乗る。平日だからなのか、がら空きの座席に並んで座った。

「それにしても、ビックリしたでしょ。帰ってきたら荷物届いてるんだもん。私は慣れっこだからいいけど。ついでに盗まれたりしてないか、鞄をひっくり返して漁る理名ちゃんが目に浮かんだわ」

 笑いながらそう言う椎菜。そして、携帯電話を開いてメールをチェックする椎菜の目が丸くなった。

「どうかした?」

「ん? 二人だけでいろいろ話したかったのに。私の母も乱入するみたい。これから行くるるるぽー喜沢にね。もう、雑誌の撮影終わったみたいだし」

 雑誌……? 撮影……?何のことなのか、さっぱり分からなかった。

「あ、言ってなかったっけ? 私の母、雑誌のモデルやってるのよ。今は女優とかタレント業にも手を出してるみたいでそれなりに忙しいけど」

「え、え、そうなの!?」

 ここ最近の驚いたことの中で三本の指に入る、と理名は思った。

「まもなく、喜沢。きさわですー。足元にお気をつけてお降りください。急行の待ち合わせをいたします」

車掌のアナウンスに、椎菜に続いて立ち上がる。電車が停まってドアが開くなり、ホームに降り立った。

「さ、行こう!」

 椎菜は、理名の手を引っ張り、エスカレーターを昇り、改札を通った。西口と書かれた改札にはカッコ書きで、るるぽーと口とある。ロータリーを突っ切って、動く歩道を渡ったりしながら、眼前にどでかいショッピングモールが見えた。どうやらここが、るるぽーとらしい。大人しく椎菜の後についていく。


 外は春めいて暖かい気候なのに、建物の中はちょうどい温度になっていた。エスカレーターを上がり、フロアガイドも見ずに、立ち並ぶテナントの脇を通り抜けていく。



 やがて、椎菜の足が止まった。マネキンは、理名好みの色合いのニットにジーンズを着て佇んでいる。

「私の母おすすめ。理名ちゃんにはここがいいって」

 そう言って、椎菜はわき目もふらず店内に歩いていき、店員と話していた。少し経って理名を手招きする。椎菜の傍に行くと、店員に促されて試着室に入ることになった。何がどうなっているのか、理名にはさっぱり分からない。


 やがて、店員がボーダー柄やTシャツを前で結んだようなデザインのトップスを持ってきた。そして、腰にリボンベルトが付いているデニムロンパースを理名の元へと届けた店員は、着替えるように促してカーテンを閉めた。それぞれのトップスを下に着てからロンパースを着る。椎菜や店員からの評価は似合っている、見違えたという好感触だった。それを買ったあと、着たものをお買い上げして、元の服に着替える。さっきの試着室での自分は「岩崎 理名」ではないような気がして、くすぐったかった。



 次の店では、ネイビーのガウチョパンツ、透け感のある、赤っぽい色のフロントがリボンになったトップス、リュックサックと、ショルダーバッグにして使える鞄を買った。買い終えてエスカレーターそばのベンチで休憩する。

「あら、お買い物、終わっちゃった?」

 頭上から椎菜ではない人の声が降ってきた。白い女優帽と白いレーストップス、カーキのガウチョパンツ、茶色のトートバッグにオレンジとゴールドのサンダルが似合う、椎菜ちゃんより背の高い女性だった。椎菜は一瞬だけビックリした顔をして、その女性に駆け寄る。

「やっぱり来たのね、お母さん」

 この人が、モデルをしているという、噂の椎菜の母親らしい。言われてみれば、一つに束ねて紺のバレッタで留めてある茶色い髪が、確かに椎菜そっくりだ。髪色もだが、サラサラで傷んでいる様子すら見受けられない髪質が特にそうだ。また、日焼け止めクリームをどれだけこまめに塗りなおしているのだろうと思うくらい、透明感のある白い肌も、そっくりだった。

「椎菜ちゃんのクラスメイトの岩崎 理名です。娘さんには、いつもお世話になっております」

 ぺこりと頭を下げると、そんなに礼儀正しくしなくてもいいという言葉と、母のファッションの趣味は理名寄りらしく、服を分けてあげたいということを言ってくれた。理名の手に下がっている紙袋を見て、服は買ったみたいねと呟き、椎菜の母は付いて来いとばかりに理名たちの前を行った。



 ふと、その人が立ち止まって帽子を脱いだ。目線の先を追うと、少しのルームウェアに混じって空間を埋め尽くすように数多の下着が並べられていた。ずらりと並ぶそれから漂う色気に、酔いそうになりそうなくらいだ。こんな店に、多くの女性が出入りしている。決して、服を着ているときには見えない、ブラジャーやショーツにお金を掛ける意味が全く理解できない。そんなことを考えていると、そこに躊躇なく入っていった矢榛親子。店員さんに何か話しかけたかと思うと、理名を手招きした。まさか、ここに来いって……? さっきの服屋でのデジャヴになりそう。そんな予感がした。その通りだった。



 店員さんが、いくつか下着の上下セットを掴んだ。理名は店のスタッフに案内され、試着室に入らされる。そこで、ニットもブラウスも脱ぐように言われて、店員さんが外に出ている隙に急いで脱ぐ。ミントグリーンのキャミソールの上からメジャーが当てられた。なんだか変な静寂が辺りを支配していた。咳払いですらも、憚られるような緊張感に包まれていた。A70という数字とアルファベットが聞こえた。そんなサイズしかないのか、と落胆する時間さえいも与えられないまま、つけ方を教わって、水玉のブラジャーをつける。その姿はちょっとくすぐったかった。試着室の内側の鏡で自分を見つめてみる。……ちゃんと「女性」なんだと、改めて意識した瞬間だった。結局、水玉レースと、サテントリコットのカップにカッティングのストレッチレースを重ねたものを、それぞれ上下セットでお買い上げした。



 店から出ると、椎菜も同じ店の袋を下げていた。

「椎菜も買ったの?」

「まぁ、ね。一つは普段用、あと二つは、宿泊オリエンテーション用」

 そう答える椎菜の頬は、心なしか真っ赤だった。


 買い物を終えると、レストランで食事を愉しんだ。理名はパスタ、矢榛親子はチーズハンバーグドリアだ。理名は、椎菜の母親に今は亡き母、鞠子のことを沢山聞かれた。

「そうなの。貴女も母の背中を見てきたのなら、安心だわ。うちの子、理名ちゃんと真逆でしょっちゅう風邪ひいてたわ。昔から、呼吸器と気管が丈夫じゃないのよね」

 普段の椎菜からは想像がつかなかった。陽だまりみたいに明るい子なのに、意外だった。

「任せてください、グループの保健係は私ですから」

「頼もしいわ」

 食事は、椎菜の母親によるクレジットカード払いだった。下着を買う時も、実は少し足りない分を補ってもらったのだ。

 本当によかったのだろうか。


 椎菜ちゃんと私は友達だけれど、椎菜ちゃんのお母さんにとっては「自分の娘の友達」である。娘の宿泊学習で着る服は買う義務はあるけれど、他人の子供のにまで、そうする義理はないはずだ。昨日から思ったが自分の周囲には太っ腹というか、豪快な人達ばかりだ。金銭面の感覚がなくなりそうで怖くなった。しかし、「岩崎 理名」という人間を必要としてくれているのなら、それに応えるだけだ。一緒にいて、楽しいからいるのだ。他に、理由なんて見つからない。それでいいのだ。



 勝手に納得していると、椎菜も買い物をするというので付き添った。ジャガードショートパンツとキャミソール、その上にシフォンフリルトップスがドッキングされたロンパース、フロントのフリルが映えるワイン色のシアーブラウス、細かなプリーツがランダムに入った黒いガウチョパンツを買った。やっぱり、椎菜のセレクトは女の子らしいかつ、大人の色気を演出するものが多い。しかも、年相応というよりは、大学生という感じで、子供っぽくはない。




 恋をしている人は、みんなこうなのかな。いつか、彼女みたいになれるのだろうか。よもや、人生初の一目惚れが待っているなんてこの時は分かるはずがなかった。

 矢榛親子は夕飯の買い物をしてから帰るという。彼女たちにお礼を言って、るるぽーとの最寄り駅に向かった。


 帰宅すると、父はいなかった。夜になり、適当にご飯を食べて、改めてお礼をしようと椎菜に電話をしたが電話には出なかった。


 翌日になり、彼女から折り返しの電話がきた。あの時買った下着のおかげか、まだ未遂ではあるものの最後に近いところまではしてくれたという報告があった。それを聞いて、素直に祝福の言葉を述べた。


 その日は、荷物の整理をして、いつもより狭く感じた部屋で眠った。


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