七ページ目
上原さんが亡くなった翌日。
私は、異世界に来てから毎日欠かさず参加していた訓練をサボりました。
どうしても参加する気になれなかったんです。
私は、しばらく部屋でぼーっとしていましたが、何を考えても最終的には上原さんのことに行き着いて、叫び出しそうなほど不安になって。
耐えきれずに、一番地味な服を着込んで城を抜け出しました。
この世界にも四季はあるようで、城下街にはうっすらと雪が積もっていました。
街には一度も来たことがなかったので、気を紛らわすにはうってつけだったんです。
行き交うカラフルな髪色の人々、賑わい、異国の匂い、馬車の音。
こっそり持ち出してきたモンスターのドロップアイテムを換金して得たお金で、露店で売っていたサルプーテ(ブリトーのような食べ物。アジアンテイストな味で美味しい)を食べながら歩いていると、喧嘩しているらしい現場に遭遇しました。
「ドコ見て歩いてんだよ!」
「す、すみません…」
厳つそうな男性が、私と年が同じくらいの男の子の胸ぐらを掴んで怒鳴って、男の子が冷や汗をかきながら謝っていました。
男性は舌打ちすると、男の子を地面に投げ、去っていきました。
「大丈夫ですか?」
と、居ても立ってもいられなくなって彼に駆け寄ると、彼は地面に手をついたまま言いました。
「す、すみません、メガネを探してくれませんか…?」
「は、はい…これですか…?」
彼のすぐ横に落ちていたメガネを拾い彼に渡すと、彼は私の顔を見つめ、笑顔を浮かべました。
それは、とても眩しい笑顔でした。
「ありがとうございます!…僕、実は目が見えなくて…。このメガネが無かったら何もできないんです」
「そう、なんですか…」
照れくさそうに水色の髪を掻きながら、彼はメガネをかけて言いました。
「僕、オスカーです。オスカー・アルティ。貴方は…?」
「…沙耶、です」
名字も言った方が良いかなと思ったけど、色々説明するのが面倒だったんです。
「サヤさんって言うんですね!…この国じゃあまり無い名前ですけど、…旅行かなにかですか?」
「…まあ、そんなところです」
微笑みで誤魔化します。
オスカーさんはそんな私を、曇りの無い、深い青色の瞳で見つめました。
その後、彼に「お礼をしたい」と言われたので、自分でも驚くほど素直に彼についていきました(今だったら多分ダッシュで逃げてます)。
喫茶店でお茶を飲みながら、私達はいろんな話をしました。
オスカーさんは、幼少記の熱で両目を失明し、魔法をかけられたメガネをかけないと、文字通り何も見えないこと。
そのメガネも古くなってきているため、魔力が抜け始め、メガネをかけていてもあまりはっきりは見えないこと。
目の治療を受けるため、色々なお仕事を掛け持ちしていること。
私は自分のことはほとんど話さず、彼のお話を聞いていただけでしたが、それは、とても幸せな時間でした。
別れ際、オスカーさんは言いました。
「明後日、町の中心部で雪祭りがあるんです。もし、それまで滞在されるんでしたら、一緒に行きませんか?」
「はい、喜んで!」
即答すると、オスカーさんはとても嬉しそうに笑いました。
お城に帰り、こっそり自室に入ろうとすると、後ろから急に話しかけられました。
「おかえりなさい、不良さん」
驚いて振り返ると、訓練を終えたばかりらしい氷村さんが立っていました。
「い、いつの間に……?」
「私の魔法で音を消して近付いたのよ。大した用じゃないわ。月城さんと佐藤先生が貴女のことを心配していたから見に来ただけ。彼女達にはベッドで寝ていたって伝えておくわ」
それだけ言うと、氷村さんは私に背を向け、廊下の向こうへ歩き出しました。
…が、立ち止まり、ポツリと言いました。
「篠君も心配してたわよ」
その言葉の意味を知るのは、それから約一年後。
私が、どうしようもなく壊れてしまってからでした。