~富士山決戦~ 十五話
「足止め班は動き回れ、一回で崩せなくてもいいから確実に足を狙って頭を下げさせろ! トドメ班は体勢の崩れた鬼に複数で当たってくれ!」
自らも動き回りながら周囲に指示を出していく。鬼の数は減るどころか増える一方だが、それでも和弥たちが魔王を仕留めるまで耐えなければいけない。
「怪我をしたら後ろに下がれ、時間は俺が稼ぐ!」
良治は絶えず声をかけ続ける。それがみんなの安心に繋がるはずだと信じて。
後方から放たれていたまどかの矢が届かないことに違和感を覚えて振り返る。もしかしたら防衛線の間を縫って鬼が向こうに行ってしまったかもしれない。だがそれは杞憂だった。
まどかは雷の矢を放つ直前だった。そして左手を離して矢は一条の光となった。
「……! やったか!?」
矢は厳魔の金棒を直撃し、その隙を逃さずに和弥が渾身の一刀を放つ。暗闇の中に燃える青い炎が爆ぜたのが見えた。
「これでも、届かないのかよ……っ!」
奥歯を噛み締め、目の前の現実を受け入れる。頭がくらくらする感覚は全力を出した影響だ。
コンパクトに、それでいて限界に近い一撃。これで倒れてくれないと、もうあとはほんの少し威力を上げるために長時間力を溜めるという効率の悪い一撃しかない。
しかし少しくらい威力を上げても倒せるとは思えないし、それで倒せるとも思えない。――今立っている魔王を見てそう思った。
「ぐ……くく。ははははっ! いいぞいいぞ、それでなくてはな。先程戦った面の男に匹敵する一撃だった。素晴らしい、これでこそ戦は楽しいっ!」
心の底から愉快そうに笑う。力を競い合うことが楽しいのは和弥にも理解できるが、さすがにここまで劣勢だとあんな風には笑えない。
しかし、どうする。どうすればいい。
凍夜は生きてはいるが瀕死、香澄は立ち上がったが戦闘続行は難しい。風花は無事だが、彼女では厳魔には対抗できない。そして和弥もそれは同じだ。
(なにか、なにかないのか……!)
しかし考えなければならない。現状をひっくり返す何かを。
必要なのはさっきの和弥を超える一撃を持つ誰か。しかし心当たりはない。良治は最も可能性を持つのが和弥だと考えて任せた。それが答えだ。
「……やるしかねぇんだけどよ!」
「ほう、では今以上のものを期待してもいいのかのう」
無理だ。一瞬力を限界まで溜めるまで待ってくれないかとも期待したが、さすがにそんな甘いことは許してくれないだろう。ここは戦場だ。実戦に合わないものなど何の意味も持たない。
せめて、力を溜めきるまでの時間が欲しい。それでも倒せる可能性は限りなく低いが、それくらいしか考え付かない。
「ん?」
「――相変わらず諦めは悪いようだな」
「え?」
厳魔が先に気付き、和弥の背後から声が聞こえた。今日久し振りに聞いた、一本の日本刀を思わせる声。
振り返った先には予想通りの姿。黒いコートに黒い拵えの刀。今回も引き分けに終わってしまったライバル。
「都築和弥、預かり物だ」
その《漆黒の侍》の異名を持つ男は、手に持っていたそれを和弥に放る。
日本刀に見えたそれは日本刀ではなかった。鞘もない。上手く柄をキャッチした和弥はまじまじとそれを見つめる。見覚えのある――剣だった。
「おい、これって……!」
「ああ、白兼隼人からの預かり物だ。お前に渡すようにとな」
両刃の直剣、鈍い輝きを放つ飾り気のないそれを和弥は知っていた。
神器《信牙》。その剣はそう呼ばれる最高位の武器。
以前《鬼人》羅堂道元を葬ったあの信牙だった。
「それと伝言だ。『あの時の再現を期待してる』と」
あの時の再現。それは羅堂の時のことだ。鬼を葬ったあの時と同じことをしろと、そういうことだろう。無茶振りにもほどがある。そういえばあの時も隼人が敗れた後に信牙を預かった。あまりにも似た状況に笑えて来る。本当に期待しているのだ。
「……わかった。それはそれとして、なんでここに?」
「去るつもりだったのだがな。しかし桜が『《黒衣の騎士》に借りが出来た。このまま逃げるわけにはいかない』と」
彼の視線を追うと、確かに向こうに鬼と戦う影がある。あの気配はあの姉妹の物に違いない。
良治が何をしたかは知らないが、きっとまた意図せず女性をときめかせたのだろうと当たりをつけて考えを切り替える。今はその時ではない。
「――今は、こいつを倒すことだけ」
「ん、相談は終わったかの。じゃあ行かせて貰うぞ」
戦闘に関する行動以外は待っていてくれたらしい。そこだけは律儀だ。とてもありがたい。木刀を転魔石で送り、柄の長い信牙を両手で構える。
「風花さん、二人をロッジにお願いします」
「……心得た」
いつの間にか隣に立っていた風花に二人を頼む。彼女もこの場で力になれないことを理解してすぐに走り出した。彼女が弱いわけではない。相手が悪すぎるのだ。そして和弥は相性が良い、それだけだ。
「時間稼ぎ、頼んでいいか?」
「元よりそのつもりだ」
「助かる。……二分、頼む」
「そんなものでいいのか。数時間でも構わないが?」
「心強過ぎるな……溜まったら言うから避けてくれ」
「ああ」
そう言って厳魔と和弥の間に立つ。時間稼ぎと荷物を持って来ただけの侍が。
「――俺の名は夜叉。魔王よ、少し時間を頂こう」
「言うな、人間。では我はお主の命を貰い受けよう!」
贅沢過ぎる時間稼ぎ要員は、刀を抜きながら飛び出した――
目の前の出来事を信じられない想いをしながら、両手に持つ神器に全ての力を注ぎ込む。力の流れを身体全体から中心に、そして両手、信牙へ。力を練り込んで丁寧に溜めていく。急ぐことに今は意味はない。最大の力を示すことに意味がある。そしてそれを可能にする人間が今味方に付いてくれた。
夜叉。《漆黒の侍》と呼ばれる剣士。一度負けて以来数度ぶつかったが決着はつけられず、個人的に和弥は彼のことをライバルであり、越えなければならない壁だと思っていた。
だが別に彼のやった行いを許したわけではない。彼の手によって白神会の退魔士は何人も殺されている。それは忘れてはならないことだ。しかし陰神崩壊の時から彼は少しだけ変わったようにも思えた。それは夜叉に付き従う二人の姉妹、楓と桜のことだ。
第二次陰神戦の際には楓が、今回は桜の影響で自ら一騎打ちを降りている。それは決着よりも彼女らのことが大事ということを示している。なんだかそこに人間味を、いうなれば優しさを感じたのだ。
ほんの少しだけ親近感を覚えた彼が、今和弥の為に魔王と戦ってくれている。あまりの意味の分からなさに大声で笑いたくなるくらいだ。本当にこの世は何があるかわからない。
そして時間稼ぎという仕事を彼は完璧に遂行していた。
「――楽しい、楽しいぞ人間ッ!」
「――」
厳魔の笑い声に答えることなく夜叉は金棒を避け、腕を、足を切り裂く。
「っと!」
時に顔面や首を狙い、厳魔がそれを金棒や腕で防ぐ。さすがにそこはやられたくないらしい。そして防ぐということは、夜叉ならば少なくともある程度のダメージを与えられるということを示唆していた。
「――ふぅぅぅぅぅ……」
力が満ちていく。信牙を覆う炎の色が変わっていく。
目を閉じ、集中する。
(ああ、またあの記憶か)
目蓋の裏に浮かぶのは焼け落ちていく小さな小屋。その小屋の中には寄り添う天使と青年。
きっとこの天使の力が自分に力を与えてくれているのだろう。とても穏やかで、芯の強さを感じさせる天使の女性。
――彼女が微笑んでくれた気がした。
「――夜叉、行くぞッ!」
瞬時に反応した夜叉は最後に厳魔の角目がけて一撃を放つ。
「ぐぬッ!」
角の先端を僅かながら削られた厳魔の表情が歪み、一瞬完全にその動きが止まる。
「滅びろ、魔王ッ!」
「ぐ、ぬわああああああああああッッッ!」
振り下ろされた白い炎はまるで巨大な柱。圧倒的な光量を放ち、厳魔を包み込んだ――
時間は僅かに遡る。
まどかの矢の援護を受けて和弥が木刀を振るい、その結果を確認した良治は少しだけ落胆していた。和弥でも倒せないのかと。
「っ、相坂さん! ……高遠さん、彼女を連れて離脱を!」
「わかりました!」
戦場に視線を戻すと相坂美亜が膝をついていたのですぐに指示を出す。高遠と二人抜けるのは厳しい。ギリギリのところで維持している戦線が崩壊しかねない。だがしかしそのままに出来る問題でもなかった。
(まどかは……!)
高遠の撤退の援護に、期待していたまどかの矢が来ない。先程まで彼女が居た場所にはもういない。しかしすぐにロッジの屋根を飛んで移動するまどかが見えた。
いつの間にかまどかに迫っていた鬼たちから逃げつつ、それでいて援護の矢を忘れない。だが援護の矢はこちらではなく、怪我人が匿われているロッジの方へ射られていた。向こうにも鬼が向かっているようだ。
――既に戦線は崩壊し、各場所で乱戦になりつつある。
そう良治は認識を改めた。
「各自、自分の命を最優先に! 倒せる相手から倒せ!」
撤退の文字はない。だが誰かが命を落とすようなことは避けたい。
だが、そんな良治の想いとは裏腹に戦況は悪い方へ傾いた。
「悪霊、だと……!」
木々の向こうから湧き出すのは鬼から悪霊に変化していた。鬼が出尽くしたのかはわからないが、きっとあの扉から悪霊がが出てきたことは間違いない。
「……」
ここを踏ん張れなければ終わる。そう良治は感じた。ならば最後まで出来ることをしたい。それが彼なりの意地だ。
瞬時に半魔族化をし、高遠たちを追う鬼たちを切り裂く。塞との戦闘でも半魔族化をしていた影響でやや身体は重い。あまり時間もないだろう。
特に時間制限があるわけではないが、身体への負担は回数と時間に比例する傾向にあった。
「っ!」
一瞬ふらついた良治の真横から大きな刀が飛んでくる。鬼が投げたものだ。反応しようとするが身体が動いてくれない。
なんとか致命傷だけは避けたい。そう思って目を瞑り身体を固くしたが、いつまで経っても衝撃は来なかった。
「……?」
「こんなとこで死なないで」
目を開くと同時に言われたのはそんな言葉だった。
ショートカットの小柄な女性。小太刀を二本持ったややあどけなさを残す顔の彼女を良治は知っていた。
「なんで、桜が……って楓もいるのか!」
「向こうに夜叉もいます。……借りを返しに来ました。手伝います」
言いながら周囲の鬼に立ち向かう桜。楓も少し離れた場所で北斗七星組と一緒に戦っている。そして夜叉は良治が思わず凝視するほど驚く場所で、驚くべき相手と戦っている。
考えもしなかった。元陰神の彼らと力を合わせて戦うことがあろうなどと。
「借りを即返済なんて律儀なことで。返して貰わない方が色々と楽なんだけど」
「すぐに返さないと利子が怖いことになりそうなので。特にお前には」
「まぁね」
貸しがある方が言うことを聞かせやすい。後ろめたいところのある人間は勝手に動いてくれる傾向にある。だが時間を置かずに明確に返されてしまえば仕方ない。
「じゃあ少しばかり力を貸してくれ」
「ええ、返させて貰うわ」
「ああ。――って、まずい! 全員回避っ!」
良治のその言葉とほぼ同時に。
その場にいた全員の視界が白光に塗り潰された――
――なんだこれは。
和弥の頭に、幾つもの情景がフラッシュバックする。何度か見たあの火に包まれた小屋。しかしそこに湧き立つ感情がある。今までは気付かなかったものだ。
(ああ、これは)
自分の中にある何かが思い出そうとしている。どうして彷徨った果てに二度目の生を求めたのか。その理由を。
和弥が気が付いた時には全てが終わっているような光景が広がっていた。
信牙の一刀は木々を吹き飛ばし、立ち込めていた雲を散らし、大地には何処までも続きそうな一本の道を作っていた。
「……っ」
力を出し尽くし膝が抜ける。感覚のなさに、遅れて地面に座り込んだことに気付いた。手に持ったままの信牙を落とす様な気がしたが、強く握り締めた手は固まったように動かない。
「……よくやったな」
声を声として認識出来たのは振り返ってからだ。そこには土に汚れた黒いコートの夜叉。どうやら足を怪我しているようで血が滲んでいる。
「終わったのか……」
周囲をゆっくりと見渡すと、富士山に昇るような一つの道の他に変化があった。直線上になかった木々も近くにあったものは幾つか折れている。そして問題の鬼たちもその大部分が姿を消していた。悪霊たちは一体も見えない。
「お疲れ、和弥」
「リョージ……」
半魔族化のままの良治が歩いてくる。苦笑いしているのは予想外の威力のせいだろう。自分でもこんな威力があるとは思っていなかった。単純に全力を出し切っただけだ。どんな結果になるかなんて考えていなかったのはなんとも和弥らしい。
「……?」
「どうした和弥」
「いや、あそこ……なんか動いてないか?」
信牙の作った道の先、土から生まれるように腕が現れ、そしてぼこっとっという音をさせて二本角の鬼が大地を踏み締めた。
「うぅむ……さすがに死んだかと思ったわ!」
吹き飛ばす前と違うのは、身に纏っていた鎧のほとんどが剥がれているところだ。それはつまり、あの信牙の直撃を受けてなお立ち上がったことを意味していた。
「嘘だろおい」
「信じられんな」
「現実って厳しいな」
和弥、夜叉、そして良治が厳魔の姿を見て口を開く。
「さて、続きといこうか」
「ああ。やるしかあるまい」
「三人なら何とかなるかもな」
だがそれは弱気なものではなかった。誰一人絶望に支配されている者はいない。あるのは戦意。大きな力を前に立ち向かおうとする戦意だ。
「今の一撃、誠に見事であった。これほどのもの、永く生きてきたが初めてじゃ。神器の力を借りたとは言えな。実に楽しめたわい!」
手に持っていた金棒を笑いながら突き立てる。すると金棒に罅が入り割れていく。
「ふむ、我は耐えられたがこいつは無理じゃったか。あやつに作らせるのはやはり刃物に限る、か。――さて、我はここらで帰らせてもらおうかと思うじゃが、お主らはそれでいいかの?」
「え?」
「我は十分に楽しんだ。部下たちもかなりの数が死んでしまった。これ以上戦うとなると、それはもうどちらかが全滅するまで戦う泥沼じゃが。どうするかね?」
「……このまま鬼たち全部連れて、帰ってくれるってことなら」
「え、リョージ……ってそうだよな。それがいいか」
厳魔の提案と説明に乗った良治に不満を言いそうになるが、冷静に考えればそれも仕方ない。
全力を出し尽くした信牙の一撃で倒せなかった以上、これから先は体力の削り合いだ。そして少なくなったとは言えまだ鬼たちが残っている。こちらの陣営にも怪我人は出ているし、疲労はもうピークだ。死者の出る可能性は低くない。そもそも今まで戦死者が出ていないことが奇跡と言っていい。
それに元々の目的は扉を閉じること。彼らを返したうえで扉を閉じることが出来れば完璧だ。
「話は纏まったかの……と、そこの」
「……なんでしょうか」
厳魔に話しかけられた良治の顔には『なんで俺に』なんて言葉が浮かんでいた。和弥にも話しかけた理由はわからない。
「お主、混血じゃな? どっちが人魔族じゃ」
「父親が魔族だったと聞いてますが……?」
「やはりそうか。気配がそっくりじゃ。ラグールは今どうしておる。十年以上前に酒の約束をしたっきり会っておらぬのでな」
「ラグール……」
良治が口の中で反芻する。初めて聞いた言葉を確認するように。
「……父親はもう死んだと聞いています」
「……そうか。真面目で融通のつかない奴だったが。また飲みたかったのぅ」
厳魔の顔にほんの僅か、寂しそうな感情が見えた。良治の父とは友人だったのだろうか。
「あの、父は――」
良治が喋り出した瞬間、ズドオオオオオオンと今日何度目かの大きな爆音が大地を震わせた。まるで隕石か何か落ちたような衝撃に厳魔以外の皆がしゃがみ込む。
「……白?」
「よく見えたな和弥」
もうもうと立ち込める土煙。それが晴れていくと確かに白いものが見えた。
信牙の吹き飛ばした雲の穴を通るように落ちてきたそれは今、頭を地面に突き刺してめくり上がったワンピースの中を曝け出してもがいていた。確かに白だった。
「いや、そういう意味で言ったんじゃ……って別にいいや」
そんなことを論議している場面ではない。が、その場にいる皆が翅と腕をばたばたとしている彼女の動向を見守っている。魔族である厳魔もだ。
「――っと、さすがに我は見ている訳にもいかんな。天使は天敵、顔を合わせたならそれこそどちらかが死ぬまで終わらん。
――ではな人間。それとラグールの子よ。いつか会うことがあったならまた手合わせ願おう!」
そう叫ぶと大きく手を上げ信牙の作った道を走り出す。それを追うように生き残っていた鬼たちが一斉に走り出し――そして鬼は、魔族は消え去った。あとに残ったのは人間、半魔族、そしてようやく頭を出すことに成功した天使が一人。彼女はきょろきょろと周囲を確認して、そして良治と目が合った。
「あ、柊さん! あの、この辺に大きな魔族気配と、あとたくさんの悪霊の気配があったんですが何処にいますかっ!」
「あー……悪霊は和弥が全部倒して、大きな気配の魔族は逃げました。もうここには何も残ってないですよ?」
「……え」
やる気満々に愛用の剣を抜いた彼女の――パティの表情が固まる。そしてへなへなと座り込むと涙目になった。
「そ、そんな……久々の大物だったのに」
「まぁ確かに大物だったよなぁ。魔王って言ってたし」
「魔王っ!?」
「おおっ!?」
がばっと立ち上がって和弥に掴みかかる。涙目なのに血走った目というのを初めて気がする。というか顔が近くて怖い。更に言うなら土に汚れた金髪や頬がなんだか可哀そうにも見える。
「え……」
「あの……?」
パティの、天使の姿をまじまじと見ていると何かを思い出す気がする。それはさっきフラッシュバックしたあの記憶。
「あ、あ……」
「都築さんっ」
「和弥どうした!」
声が遠い。
何かが奥底から湧き出るような、塞がっていた蓋が開くような、箱が壊れるような。
「――あ」
それは一気に噴き出し、全身を巡る。巡り、行き渡った。
それは絶望であり、憎悪だ。
思い出してしまった。理解してしまった。
「――ああ」
いつか天使だと言われた。その時はよくわからなかったし、今は人間として生きているしと何も気にしなかった。
「ああああああああああああ!」
だが思い出してしまった。思い出してしまったらだめだ。思い出してはいけなかった。
いつか聞いた、あの話は本当だった。天使と人間の男の悲恋の話は本物だった。
――あの話は、自分の両親の話だ。
恋に落ち、神の怒りに触れ逃げた二人の結末は死だ。
ひっそりと小さな村の外れに住み始めた二人を、神は許さずに周囲一帯に天災をもたらせた。
そして天災に翻弄された村人たちは逃げてきた二人が天災を呼んでいると考えて迫害し、村を追いだした。
そしてそれが数度繰り返されると、その噂話は広がり逃げる場所を失った。そうして最後に訪れたのは小さな小屋。
ある村の村人たちは噂通りの風体をした二人を見て、そのまま追い立てた。大雨や地震を呼ばれてはたまらない。そんな気持ちが彼らに火をかけさせた。
そして煙に燻され、火に焼かれ、苦しみながら死んだ。
二人は悲しみ、祈り、まだ見ぬ子を哀れみ――そして、人間を憎み、神を呪った。強く、強く――全ての人間と神を憎悪した。
何故こんなことをする。迫害する。憎む。殺す。何故と。
私たちはただ当たり前で小さな幸せが欲しかっただけなのにと。
「――……」
「和弥、おいっ!」
誰かが肩を揺らす。もう誰かわからない。
――だから右手を振るった。
「ッ!」
「ひ、柊さん!」
あれはわかる。天使だ。憎き神の使い。死に逝く両親を空から大勢で囲んでいた邪悪な使い魔。
あれは殺さなければならない。
「……ッグ」
内臓が焼かれるように痛い。
痛いなら吐き出せばいい。
吐き出す先はすぐそこにある。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
そして、都築和弥は殺すために信牙を振り下ろした――




