~富士山決戦~ 十一話
林を抜け砂利道に出た良治は、その先にある――いやあったはずの社にゆっくりと歩いていく。
「――ようやく再会出来ましたね。《黒衣の騎士》。待ち侘びましたよ」
「まさかここまで大掛かりな演出をしているとは思わなかったよ。これも協力者の意向かな」
「まぁそういうことです。時間も手間もかかりましたが、やっと舞台が整いました」
木造の社があった痕跡は皆無だった。基点は完全に破壊され、社を守る結界も跡形もない。ただ黒い渦のようなものが地面から二mほどのところに浮かんでいた。
「あれは、扉か」
良治は間近で見たことはないが、その気配に覚えはあった。それも半年ほど前に。
「よくわかりましたね。そうです、あれは――魔界の扉です」
当たってほしくはなかった。ただあの黒い渦が放つ気配は《開門士》鍵里正輝の開く『門』と非常に似たものだった。
「疑問はなくなりましたか? じゃあ、ボクに殺されてください」
「……」
黒い革ジャン、一房銀メッシュの入った黒髪。その小柄な少年は狂気にも似た表情で自らの願望を口にした。
復讐。柊良治は彼の父親《粉砕士》魁を確かに殺した。その矛先は間違っていなく、それは正しいものだろう。
「あの強かった父さんが負けるわけが、殺されるわけがない。もしかしたらお前が何か卑怯な真似をして罠にかけたのかもしれない。そう思ったこともあります」
魁との決闘は一対一、他の要素の入り込む余地の一切ない尋常な勝負だった。しかしそれを証明する者はいない。
「でも、きっとそれは違うのでしょうね。ボクの協力者はお前が何か卑怯な真似をして父さんを陥れた、そんなことを言っていましたが、きっとそれは違う。
――お前は決してボクから瞳を逸らさなかった」
疚しいことなど何もない。一人の退魔士として、一人の武人として戦っただけの話だ。何かが変わっていれば屍を晒していたのは良治だった可能性も大いにあった。
「でもそれはそれとして、単純にボクは父さんを殺したお前が憎いんだ。憎くて憎くて――憎い」
気持ちはわかる。良治も同じ気持ちになったことがある。母親を殺した魔族が、陰神が憎くて仕方なくて。そして復讐のために白神会に入ったのだから。いつか機会が来ると信じて。
「この気持ちはお前をこの手で殺さない限り晴れない――だから殺されてください」
痛いほど、苦しいほどこの少年の気持ちが理解できる。頷いてしまいそうになるくらいに。
「――すまないが殺されてやるわけにはいかないんだ」
きっと陰神を壊滅させた直後なら頷いただろう。満足して、やり終えて。もう生きる意味を失くしたあの頃なら。
「何故です? もう復讐を果たしたならいいでしょう。それにボクの気持ちもわかるのでしょう?」
「復讐は果たした。気持ちもわかる。だけどな」
真っ直ぐ見つめたまま。
「今の俺のこの命は借り物なんだ。少なくとも俺だけの意思じゃ渡せないんだ。それにやりたいこともできた」
契約によって長らえた命。良治はまどかから『借りた』と思っている。借り物を誰かに渡す様な真似はできない。
そしてやりたいこと。それはしばらくの間、少しの間だけでもいい。友人が何処まで行き何処に辿り着くのかを見てみたい。
「……まだ、生きようと言うのですね」
「ああ。お前の気持ちはわかる。それでも俺は生きたいと、まだこの世界に居たいと、そう思っている」
復讐だけに生きてきた自分がこんなことを思うなんて。
自分の心変わりに少しだけ笑う。
「なら、力ずくで殺らせてもらいます。構いませんね」
「ああ。己の望みを押し通せ。ただ――」
大きく息を吐いて、《黒衣の騎士》は言葉を続けた。
「――簡単に望みが叶うなんて、そんな甘いことは思うなよ」
「っ……行くぞ、《黒衣の騎士》ッ!」
何処からか聞こえてきた爆音を合図に、復讐戦が始まった。
「……う」
ほんの僅かな時間気を失っていたことに和弥は気付いた。
焼け野原に土に塗れて転がっていた身体を動かす。致命傷は負っていないようだ。
シーナの火球の嵐は避けようがなかった。和弥の周辺一帯にばら撒かれていた。
「生きてる……?」
立ち上がって目で確認もするが手足がもがれていることもない。軽い火傷はあるものの、とりあえず今は動けないほどの痛みはない。あとのことを考えるとつらいが。
「いやー、凄いわね。障壁があったとはいえまだ動けるなんて」
「障壁……?」
未だぼやけた頭で何があったのか思い出す。あれだけの術で直撃がないなんておかしい。一発や二発は食らっているはずだ。
「あ……障壁! ――綾華っ!」
ようやく意識を失う直前のことを思い出した。
降り注ぐ火球を少しでも避けようと後ろに跳んだ和弥に、直撃する寸前に現れた二枚の魔力障壁。あれは和弥が出したものではない。というか和弥では出せない。
少し離れた場所に座り込んだ綾華が倒れるのが見えて走り出す。
ここまで来れば和弥にもわかる。あの障壁は綾華のものだったと。
「一応、私も出したんですけどね……」
「潮見もありがとう、助かった」
倒れた綾華を抱き起こしながら隣の天音に感謝する。確かに障壁は二枚あったので二人で一枚ずつ出してくれたのだろう。
綾華は気絶してるだけで外傷はない。術の使い過ぎだろう。
「和弥、綾華さんは」
「気絶してるだけだ。……まどか頼めるか」
「……うん、わかった」
走ってきたまどかに綾華を頼む。意識がない以上巻き込む危険性が拭いきれない。
「すいません、私も限界です。……ぶち」
天音の呼び掛けに応えて、彼女の指輪から黒い毛の狼のような魔獣が出現する。虎やライオンと同じくらいの大きさだ。
「ぶち、二人の言うことを聞いて……」
「潮見?」
和弥の言葉は届かなかったようだ。もう目蓋は閉じられていた。
ぶちと呼ばれた魔獣は天音の頬を一舐めすると行儀よく座ってこちらを見る。待てと言われた犬のようだ。よく躾けられているらしい。
「まどか、潮見も頼む。えーと、ぶち。潮見を連れて行けるか」
ぶちはのっそりと動くと口に天音を銜えて立ち上がる。歯は立てていない。
「私は綾華さんを背負うわね。でも和弥、勝てるの?」
「やれるだけやるさ。今はみんなの安全が第一だ」
「……生きてね。そうじゃないと良治にも綾華さんにも恨まれちゃうから」
まどかがぶちの背を撫でて一緒に走り出す。拠点に連れて行くのだろう。あそこに行けば休めるし医術士である翔も待機している。
「――もういいのかしら」
「ああ。ありがとう」
振り返った先に余裕の表情で立つシーナ。隙だらけの和弥たちに攻撃しなかったのは余裕か、それとも時間稼ぎか。
「じゃあ再開しよっか。別にここで終わりでもいいけど」
「……やるさ」
一度意識がなくなったせいか、少し冷静さを取り戻している。誰もいなくなって、彼女の言うように終わらせてもいい。責める人間もいない。
相手はあのフレイム・マスター。生きてるだけでも称賛されるレベルだ。
「やるっていうなら受けるけど。死んだら終わりよ?」
良治にも同じことを言われた記憶がある。命は大事だ。それは理解しているつもりだ。
それでも和弥はまだ戦えるだけの身体と体力があり、目の前には敵がいる。
無言で木刀を構える和弥にシーナは溜息を吐いた。
「……まぁ男の子には意地を張りたい場面もあるものね。――さ、来なさい。おねーさんが遊んであげる」
「――行くぞッ!」
シーナの周囲に炎が渦巻き、彼女の白い髪が赤く染まる。
「――絶対に勝てない存在があるって、教えてあげる」
炎が鞭のようにしなり大地を叩く。それを回避しながら距離を詰める。
身体を流れる力を全開にし、全ての感覚を研ぎ澄ませる。これ以上ないくらいに集中力を高める。今出来ることはそれくらいだ。
「――っ!」
「まだまだ!」
木刀で鞭を払う。木刀に全力を注ぎ込んだ退魔剣なら勝負になる。これで木刀が折れたり燃え尽きたりするようなら和弥には打つ手がない。
身を焦がしそうな熱も覚悟すれば多少は耐えられる。和弥が火を扱うこともなんとか耐えられることの大きな理由だった。
「こんのっ!」
「いいねいいね!」
初めての近接距離。木刀の届く間合い。
和弥は近接戦ならそれなりに自信はある。そしてシーナは術士だ。どれだけ術が強力でも間合いにさえ入ってしまえばアドバンテージは一気に縮まる。
「うっそだろ!?」
「びっくりしたかしら!」
捉えたと確信した一閃はシーナの拳に阻まれていた。
赤い革の指ぬきグローブ。結那の着けているものと似ている。
これではまるで。
(まるで格闘戦が得意みたいじゃないか!)
再度木刀を振るう。だがこれも、次も拳でいなされる。信じられないがこれは現実。このまま攻め続けるしかない。
「あんた接近戦もいけるのかっ!」
「出来ないなんて言ったことないわよっ!」
二人を囲うように炎のリングが作られる。ボクシングやプロレスで使われるくらいの広さ。シーナは接近戦を受けて立つことを決めたらしい。つまりそれは。
「接近戦でも十分勝てるってことかよ!」
「これで勝てなかったら恥ずかしいわよ和弥君っ!」
剣士が術士に近接戦闘で負けるのはさすがに恥ずかしい。だが本人にしてみれば笑えない。シーナは信じられないことに術士でありながら明らかに拳での戦闘に慣れていた。
こうなると迂闊に距離を詰められない。詰めすぎると懐に入り込まれてしまう。結那との訓練でそれがどれだけ分の悪いことか理解していた。
「だけど――引けるかよ!」
「そう来なくっちゃ。――私のこの拳が紅に染まるッ!」
和弥にはこれ以上有利な戦闘状況は作れない。ここで押し切るしかない。大きく振りかぶって全力で振り下ろす。
「はぁぁぁっ!」
「『激情の拳』ッ!」
そして――木刀と拳の重なる音が山に響いた――
近接戦も一流のシーナさんまじ反則。




