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曇天に曙光は射し込んで  作者: 榎元亮哉
富士山決戦
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~富士山決戦~ 十話

 小さな公園ほどの大きさだった場所は更にそれを広げていた。

 周囲にあった木々も焼け落ちて、戦闘するには適した広さと言えるだろう。しかしその場所に立っていたのはただ一人の女性だった。

 白い髪に何処か試す様な、遊び心が見える瞳。背も女性にしては高い方でスタイルもいい。彼女はゆっくりと綾華と天音に向かって歩いてくる。


「良い反応速度ね。生きてるだけで称賛ものよ。――でも、もう立ち上がることすらできないかしら」

「ぐ……」

「なんて、威力……」


 数秒の間意識が消失していた感覚があった。あまりの衝撃ゆえだろう。

 天音の言葉に反応した綾華は咄嗟に自分の最も得意な水属性の防御壁を展開していた。相手の攻撃が火だったのは幸運。そう一瞬思ったのは間違いだった。

 属性関係的には優位。しかしそんなものはなかったように防御壁は消し飛ばされた。こんなこと初めての経験だ。別の何かの影響で防御壁が機能しなかった、相手の攻撃が特殊な効果を生んだ。その可能性も考えたが、綾華自身の実感はそうではない。


(単純に、力押しで吹き飛ばされた……!)


 綾華は自分を一人前の術士であると思っている。事実周囲からもそう認められている。

 そんな自分を圧倒的な力で打ち負かした彼女はいったい何者なのか。

 その口ぶりから禊埜塞の協力者なのは疑いはない。しかしこれほどの術士がなんの組織にも属さずその辺にふらふらしているなどとは考えられなかった。


「貴女は……何者ですか」

「うーん、そうね。色々な呼び方をされることもあるからそう言われると割と困るんだけど。それに名乗る義務もないし」


 頬に指を当てて悩む仕草をするが、さして悩んでいるような感じではない。むしろ弱った生物をいたぶるような嗜虐心が見えた。


「……ま、いっか。別に減るもんじゃないし」


 そう言って身体をなんとか起こせた二人の前に仁王立ちした女性は名乗りを上げる。


「一番呼ばれてる名前で名乗らせてもらうわ。グレン・シーナ、それが私の名前の一つよ」

「グレン・シーナ……」


 聞き覚えがある。いつかそんな名前を聞いた気がする。


「まさか……?」

「潮見さん?」


 天音のこんな姿は見たことがない。

 驚愕、恐怖、畏怖。がたがたと身体が震えている。


「あの、《最強の炎術士フレイム・マスター》、《くれないの天災》……!」

「日本じゃそんな呼ばれ方もしてるみたいね。ヨーロッパじゃグレンの方が通りがいいんだけど失敗したかな」


 信じられない。ただそれだけに尽きる。

 何故あの伝説の術士がこんな場所にいるのか。そして自分たちと敵対しているのか。

 彼女以上の術士の話など聞いたことがない。冗談だと言ってほしい。ありえない。

 様々な思いが綾華の脳内を駆け巡る。混乱と言ってもいい。ふと隣の天音がこんな状態になるのも仕方ないと冷静に思う部分もある。


「まぁもう抵抗できないでしょうし、そのまま横になっててね。《黒衣の騎士》以外の邪魔者を通すなって言われたけど、殺せとは言われてないから。貰ったお金以上のお仕事はする気はないし」


 お金。その言葉に彼女は傭兵のような仕事をしているという噂思い出した。


「これも、傭兵としての仕事ですか……」

「そうよ。お金は大事だしね。一人で生きるようになってその大事さは身に染みて理解してるつもりよ。

 っと、そろそろ無駄なお話もこの辺までね。誰かこっちに近付いて来てるし、私の術に耐えたご褒美はお終い」


 そう言うと焼け野原となった地点の中央まで移動していく。演出などには少しだけ拘りがあるらしい。


「潮見さん、どうですか」

「……生きてはいますが、戦闘は無理ですね。正直あの《フレイム・マスター》相手に生き残れただけ上出来かと」


 その意見には全面的に同意だ。

 並の詠唱術を超えるような術を詠唱なしで使うなど、そんな規定外のことをするような人間には敵わない。詠唱なしで使えるということは、あの規模の術を連発出来るということに他ならないのだから。


「あ……」


 シーナは近付いてくる誰かがいると言っていた。ならそれは誰なのか。

 和弥たち。それ以外の答えはない。

 和弥が、良治が、まどかが来てこの相手に勝てるのだろうか。こんな化け物相手に。

 和弥が殺されるかもしれない。

 そう思った瞬間、愛しい男が姿を現した。














「……綾華っ!」


 焼け野原に入った瞬間見えたのは倒れた二人、そして中央に立っている誰かの姿だった。

 全力ダッシュで綾華の元へ到着するとその肩を抱いて状況を確認する。


「なぁ大丈夫かっ」

「大丈夫です。戦うのは難しいですが」

「よかった……」


 命を落とす様な怪我をしていないことにほっとする。あちこち肌が赤くなっていたり傷もあるが、本人が言うように大丈夫なのだろう。


「とりあえず余裕があるなら水で冷やしておいた方がいいと思うぞ」

「……そうですね。そこまで考えられませんでした」


 綾華が見える範囲の肌に水をかけようとして、悩んだ後頭から一気に水を被る。確かに全体的にダメージがあったようなので効率はいいはずだが思い切りが良い。


「天音はどうだ」

「良治さん……すいません、どうしようもありませんでした」


 片膝をついた良治の言葉に天音は俯いた。何の力にもなれなかったからだ。


「お前が対応できなかったなら俺もきっと無理だったろうからな。別に気にしてない。それよりも生きててくれて良かったよ」

「そう言ってもらえると助かります……あ、白兼さん、私にも水をお願いします」

「頭からでいいですか」

「はい。それが一番楽で効果的でしょうし」


 濡れ鼠になった自分の彼女に思うところはないでもないが、和弥は立ち上がって相手を見た。二人をこんな目に合わせた元凶に。


「……は?」


 その相手には見覚えがあった。というかお茶したこともある。

 見間違えではない。相手も相手で苦笑いをしている。それはとりもなおさず彼女も和弥に見覚えがあることの証左だ。


「……いやー、偶然って怖いわね。そう思わない、和弥君」

「本当に怖いですね。今度は運命の再会ならぬ運命の悪戯ってとこですかね」


 思わず笑いだしてしまいそうなくらいに現実感がない。

 だが和弥の後ろで苦しんでいる二人は現実だ。

 シーナの姿を見て動揺はした。驚きもした。

 だがそれは綾華を傷付けたという事実が打ち消した。


「そんな表情も出来るのね。真っ直ぐで迷いのない凛々しい表情。そして強い意志を感じさせる眼差し。ホント私好みなんだけど」

「それは嬉しいけどシーナさん、あんたは敵だ。俺の彼女を傷付けた、敵だ」

「彼女? もしかしてそっちのどちらかが君の彼女だったの? ……ああ、そういえば小柄で落ち着きのあるめっちゃ可愛いって言ってたわね。髪の長い方と短い方、どっちかしら」

「ああ。長い方だよ」

「そう。防御障壁は中々だったわよ。……さて、それならもう戦うしかないわね。一応聞くけど、和弥君は《黒衣の騎士》じゃないわよね?」

「違う」


 視線を後ろに移して良治を見る。良治が頷いて前に出た。


「それなら自分ですが。何か御用でも?」

「塞君が待ってるわ。君だけを通すってのが契約だから」

「……なるほど。貴女は露払いってことですか。ただ者じゃなさそうですが、お名前は」

「良治さん、あれは、あの人が《フレイム・マスター》です」

「は……?」


 後ろから聞こえてきた天音の声に間の抜けた声が出る。


「……あの、《紅の天災》?」

「そうです。そのグレン・シーナです」

「……和弥、無理は絶対にするなよ。あの人は規格外だ。生き残ることを最優先で考えろ」

「……マジか」


 和弥でも聞いたことのある異名。それがあのシーナを指し示す名前だとは想像もしなかった。だが今でも信じられないというわけではない。冬だというのにこの一帯を包む熱気が否定してくれている。


「俺は先に行って禊埜塞を止める。倒すまで生き残っててくれ」

「わかった。でも、別に倒してしまっても――」

「いいけどそれは死亡フラグだからやめてくれ。ああ、あと一つ」

「ん?」

「これからはお前が一人で会った怪しい人物は、全員退魔士だと思うことにする」

「……」


 酷いことを言われた気がするが、心当たりがあるので何も言えない。


「まどか、引き際の判断を任せる。誰も死なせないでくれ。和弥もまどかが撤退と判断したらちゃんと従ってくれよ」

「う、うん!」

「おっけ」

「さてと。じゃあ通させてもらいますが構いませんね」

「ええどうぞ。この先にいるから」


 その言葉を信用したのか、良治が走り出す。シーナからやや距離を取りつつ、警戒しながら彼女の後方の森へ姿を消した。


 残されたのは和弥とまどか、彼の後ろに綾華と天音。そしてシーナだ。


「やるの?」

「やらないのか?」

「別に私は時間稼ぎというか足止めが仕事だし、無理して戦うことはしなくてもいいんだけど。それにさっきの《黒衣の騎士》も無理するなって言ってたでしょ。だから――」

「いや、そっちに理由はなくてもこっちにはある。

 言うまでもないと思うけど、俺は怒ってるんだ。俺の彼女になにしてくれてんだ、ってな」


 静かに木刀を構える。良治の言うように命を大事にするなら何もせず、それこそシーナとお喋りでもしていればいいのだろう。提案すればシーナは乗ってくるはずだ。


「あー、そうね。そうだったわね。そういうことじゃ引いてくれないわよね。例えそれが大勢に影響なくても」

「そういうことだ。……正直戦いたくない気持ちもある。シーナさんのことは嫌いじゃないからな。でもこの怒りはそれ以上のものだ」

「……なんか、虎の尾を踏んじゃったって感じかしらね」

「かもな」


 シーナとの戦闘にあまり意味はない。勝とうが負けようが良治の行動次第と言える。和弥にとって最高の結果はここでシーナを短時間で倒して良治と合流することだ。

 しかしそれは難しい。何と言っても綾華と天音を同時に一蹴した相手だ。和弥でも聞いたことのあるレベルの《最強の炎術士》。それを短い時間で倒す。無茶な話も甚だしい。


「――っ」


 だが和弥は走り出す。その伝説級とも言える退魔士に向かって。


「悪くないわね。でも」

「ッ!」

「身の程を知りなさい」


 シーナが放ったのは炎の奔流。詠唱術級の大きな火炎放射器を連想させる炎が和弥の正面から襲い掛かる。

 和弥は大概の術なら木刀で打ち払えるが、これはその大概の術には含まれない。火球のように単発の術なら出来るが、持続可能な術は無理だ。


「あっつ!」


 横に転がって避けるが、炎の通った痕は凄まじい熱を持った土が残され、一気に汗が噴き出る。


「まだまだよ!」


 今度は幾つもの火球が浮かび上がり、それが不規則な動きで飛んでくる。三つまでは躱すものの、回避できそうにない四つ目を木刀で撃ち落とす。


「あっちぃ!」

「そりゃそうよ、火だもの」

「にしてもだよ!」


 炎に耐性のある和弥でも今まで感じたことのない熱量だ。いつか戦った死霊の王ワイト・キングの炎の壁など比べ物にならない。

 炎に触れなくてもその熱量で体力が削られる。ギリギリで回避しても地面にぶつかって弾けた炎が厄介だ。結局それなりの距離で回避しなければならないわけだが、更に増えた火球にそんな甘い考えは通じそうにない。


「おっと。私はそういうの嫌いじゃないけど、楽しんでるとこを横からっていうのはちょっと邪魔かな」


 和弥に意識が向いていたシーナの死角から放たれた矢が火球に迎撃され燃え尽きる。ちらりと向けられたシーナの視線にまどかが固まる。


「ひっ」

「まぁ一度くらいは許してあげるけど。基本的に和弥君を狙って攻撃してるけど、私の術って効果範囲がアバウトで広いから気を付けてね。そっちで座ってるお二人さんも」


 暑いのかぱたぱたと手で仰ぎながら言う。自業自得なのだが。

 火球で周囲に火が広がるかとも思っていたが、そんなことはないようだ。戦闘範囲にはもはや燃えそうなものはない。草は燃え尽き木は炭となっている。


「はぁっ!」

「剣士としてはそれなりってとこかしら。高校生ってことを考えれば十分ね。でも」

「くっ!」

「さすがに今の和弥君じゃ私には届かないわよ?」


 火球が一斉に、和弥の周囲を囲むように放たれる。逃げ場はない。


「くっそぉ!」


 対処方法はない。だが出来る限りのことはしなければ。


 ――そして。彼女の名前のように、紅蓮の炎が爆発した。



シーナネタバレ回。読者の皆さんは大体わかってたでしょうが、少しでも驚いてくれたら嬉しいです。

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