~富士山決戦~ 八話
「――はぁっ!」
「フッ!」
和弥の一撃は夜叉の短い息とともに刀で弾かれる。そして距離を開けようとした夜叉に対して和弥は執拗なまでに接近戦を仕掛けていく。
「――っ!」
「はっ!」
夜叉には『閃魔』がある。以前の戦闘で手を焼いた遠距離の技だ。
居合抜きから放たれるそれは、斬られることはないが相当の衝撃を持っている。あれを多用されると遠距離の攻撃方法のない和弥は劣勢に立たされることは必定だ。だからこそ和弥は最初から最後まで接近戦でいこうと決めていた。
「なるほどなっ!」
和弥の狙いに気付いた夜叉が小さく笑う。そして。
「なっ!?」
和弥の木刀を跳ね上げて出来た僅かな距離。和弥は崩された体勢を戻した瞬間、黒い鞘に納刀された刀を見た。
「『閃魔』ッ!」
「ぐぁっ!」
反射的に木刀を前に出したがそれは気休め程度でしかなく、和弥の身体が吹き飛ばされる。アスファルトを転がされて腕や顔が痛むが、退魔士である和弥には大きなダメージではない。普通の人々なら皮がこそぎ取られるような転がり方だが、和弥はひりひりと痛むだけで済んでいる。
「いっつぅ……バイク事故なんかはこんな感じなのかね」
起きながら自分に力があることを感謝しながら呟く。――夜叉との距離が開いてしまった。
「……腕を上げたな」
「?」
閃魔を直撃された和弥はその言葉の意味がわからなかった。道路を転がされただけだ。それのどこに腕を上げたと思われる要素があったのか。
「至近距離での直撃で大したダメージを受けていないように見えるが?」
「……あ」
夜叉の指摘の通り、和弥は大きな痛みを感じていない。少なくとも初めて閃魔を見たときなら考えられないことだ。
「全体的に力が増したのだろう。それでこそ倒し甲斐もある」
「あんたにそう言われるのは嬉しいな。倒されちゃやらないけど」
あれから実戦も訓練も繰り返してきた自覚はある。
開門士の乱では天使の力を身につけ、戻ってからは隼人や良治に稽古をつけてもらった。それがきっと全体的な力の増強になったのだろう。
身に纏う力が増えれば筋力に影響が出る。それは攻撃は勿論防御力にもだ。それがきっと閃魔を食らってもすぐに立ち上がることが出来た要因だ。
「……強く、なってたんだな俺」
「以前から比べて確実にな」
「嬉しいよ素直に。あとは――強くなってどうするかが大事だよな」
力を身につける。強くなる。それを目指してはいたが到達点ではない。通過点に過ぎない。
和弥の為したいことは綾華を守ること。もっと言えば一緒にいたいだけだ。その為の力。
そして彼女はここにはいない。何の力もない普通の人々を救うため一足先に原因を取り除こうとしている。
「なら、俺のやることは一つだ」
「――都築和弥」
「――夜叉、行くぞ」
もう言葉はいらない。綾華を助けるために目の前の敵を打ち倒すだけだ。
そして、影が二つ重なった。
このままいける。そう良治は感じていた。
今良治が相手をしているのは小太刀二刀の使い手・桜。小柄な身体を活かした的確な刺突を得意とする剣士だ。
小田原で戦った際にも思ったことだが、やはり退魔士としての力量は十分なものを持っている。だが。
「だけど俺には勝てない」
「くっ……!」
一際大きな剣戟の音を響かせて桜が大きく後方へ跳ぶ。あちらもこのまま進めれば分が悪いと感じたのだろう。それが理解できて適切な判断を下せることに良治は桜の評価を上方修正した。だが上方修正したところで自分が勝てるという自信に陰りはない。
自信家とはとても言えず、むしろ自身を過小評価しがちの良治だが、それでも同じ武器を使用し二度目の相手ともなればその実力はほぼ掴める。
「……何故、普段からそれを使わない」
「ん、小太刀二刀のことか? まぁ確かに普段は刀メインだけど。刀を使ってるのはそれで特別問題がないからかな」
良治が村雨をメイン武装としている理由。それは複数ある。
それは筋力が人並みの為一撃の重さを求めていたり、村雨は元々魔族が使用する武器として作られた為に半魔族化するとその力を増したりだ。だがしかし一番の理由は言った通り、それで問題がなかったからだ。あとはなんとなく日本刀が好きだから、というところだろう。
「……同じ武器で自分よりも強い相手が、普段は違う武器を使っているということが本当に不愉快です」
「あぁ……それはそうかもな。少なくとも劣等感はありそうだ」
刀を使っても一撃の大きさでは和弥には勝てない。
弓を使ってもまどかほどの精密さと貫通力はない。
術を使っても綾華ほどの威力は望めない。
良治の周囲には何かに特化した人物が多い。だから劣等感は常に感じてきたことだ。だからこそ色々なことに手を出してきたと言っていい。
「あの時に抱いた劣等感、ここで消し去ってみせる!」
「良い気概だ。だからこそ負けられないな!」
桜の右の小太刀を左で、左の小太刀を右で防ぎ、がら空きになった腹に右膝を繰り出すがそれはギリギリのところで桜の右肘で防御される。
「はあぁぁぁぁっ!」
「っ!」
先手を取った桜が後手に回り、攻撃が止まったタイミングで今度は良治が攻めだす。左右交互に出される単調な攻撃は読まれたが、それでも良治の得意な間合いに持ち込むことは出来た。
同じ小太刀二刀だが良治と桜の得意な間合いは微妙に違う。小柄な桜はより良治に近い場所を好む。小太刀なら懐に入られても対応できるが、良治の対応しづらい更に深い場所まで桜は入り込みたい。
「――っ!」
「ぐ、うっ!」
しかしそれを良治は許すことはしない。
攻撃速度がほぼ同じなら遅れを取ることはない。そして男性にしては並の筋力だが女性に比べれば良治が勝る。特に小柄な桜ならば。
そしてこれは桜の知りえないことだが、退魔士となってから修練を重ねてきた良治は両利きと言っていいレベルで左右どちらの腕も遜色なく使える。桜の小太刀を打ち払えるのも当然のことだった。
「はっ!」
「きゃあっ!」
両方の小太刀を打ち払い、無防備になった身体めがけて良治のクロスを描くような太刀筋が走る。かろうじて右手の小太刀で直撃は避けるものの勢いは殺せず、道路脇の木の幹に打ち付けられた。
大きなダメージを負わせたと判断した良治はすぐに振り向いて駆けだす。そしてその判断は正解だったと少し胸を撫で下ろした。
「やっ!」
「……っ!」
劣勢に立たされているのは――まどかだった。
まどかの相手は楓。鉄扇使いの術士だ。前回戦った際は炎の術を駆使し、まどかを追い込んでいた。だがあれから成長したまどかなら、詠唱術の発動前に矢で無力化出来るはず。そう良治は考えていたのだが、実際目の当たりにしているのは術を一切使われていない戦闘だった。
「……もうっ!」
「やはり接近戦は苦手のようだなっ!」
「いいでしょ別にっ」
術士の楓がまどかに接近戦を挑んでいた。三十cmほどの畳んだ鉄扇を振り回しまどかに直接攻撃をしていた。矢をつがえる暇を与えていない。
確かに弓使いを相手にするなら接近戦が一番効果的だ。距離を与えれば与えるほど不利になる。しかしだからと言って術士がまさか剣士のように戦うとは想定外だった。
「……!」
まどかは鉄扇に苦戦しながらもなんとか対応している。しかし普段使わない包丁ほどの大きさの小刀では時間の問題だろう。右手に小刀、左手に弓とバランスの悪さも一因だ。さすがに弓を手放すのは抵抗があるのだろう。
「!? 《黒衣の騎士》ッ!」
脇から奇襲でケリをつけようと思っていたが感付かれる。楓は鉄扇を広げてまどかを押し退けると良治に向き直った。しかしその表情は引きつっている。
「ぐっ! がっ……!」
「ま、さすがにな」
左手で鉄扇を弾いて右手の小太刀の柄を鳩尾に捻じ込む。楓が短い声を上げて倒れこむ。
「まどか、楓を見ててくれ」
「う、うん。わかった」
まどかに指示を与え、自身は立ち上がりかけている桜へ走る。その姿に桜が瞠目したのを見て良治は優位を感じ取った。
「かはっ!」
「――夜叉!」
体当たりで桜を再度木に叩きつけ、苦しそうに呻くその首筋に刃を押し当てる。そして良治は目の届く位置で和弥と戦闘中の夜叉に向けて、大声を上げた。
「――」
一旦戦闘を中断しこっちを見る夜叉を確認して言葉を続ける。
「夜叉、お前たちはこれ以上邪魔をするな! これ以上時間稼ぎをすると言うなら二人を殺す!」
時間がないのは明らかだ。彼らは良治や和弥たちにとって倒さなければならない敵ではない。ならば諦めさせることが出来ればそれでいい。
ゆっくりと夜叉がこっちに向かってくる。その後ろから和弥もだ。夜叉が背を向けて気にしていないのは彼への信頼ゆえか。
ドォォォォォォォン!
「っ!?」
「なんだ!?」
良治の遠く後方で起きた爆発音に思わず目を向けた。
そこには曇り空を焦がしそうなほどの大きな火柱が立ち上り、そして数秒後に消えた。
(結界が消えた?)
真っ先にそう考えた良治だったが、それにしては特に変化が感じ取れない。火柱の起こった場所は結界の基点があった場所の方だ。ならば。
「ッ!」
「っと! じっとして、ろ!」
「痛っ!」
視界から外れたことで逃げようとした桜を今度はうつぶせに地面に押し倒す。思わぬ反抗に手荒になってしまったがそれは仕方ない。
うなじに小太刀を当て、左腕で桜の片手を彼女の背中で固める。
「――動くな。殺したくない」
「……っ」
そっと耳元で囁くと一瞬びくっとして力が抜ける。理解してくれたようだ。
「夜叉、そこで止まれ。――時間稼ぎはもう十分だろう。誰かが死んでもいいと思ってまで、どうしても足止めをしたいわけじゃないだろう?」
「――そうだな。魁には借りがあった。魁の息子に協力する義理はあっても義務はない。何かを失ってするほどの義理でもない」
すっと目蓋を閉じて、夜叉はそう静かに答えた。本音なのだろう、先程まで和弥を相手にしていたような闘気は消えている。
「和弥、いいか?」
「ああ、問題ない。正直心残りはちょっとはあるけどな。でもそれはそれだ。今はそれよりも綾華たちが心配だ」
「わかってくれて助かる。――いいな、夜叉」
「……わかった。桜と楓を開放しろ」
良治は桜の首筋から小太刀を離すとまどかに視線を向けて小さく頷く。それを見て、まどかも良治の真似をして楓の首に当てていた小刀を慌てて離す。
「夜叉」
「なんだ」
和弥が殺し合いをしていた者の名を呼ぶ。
「いつか、決着を」
「ああ、心待ちにしている」
目を合わせずに約束を結んだ。
「……和弥、行くぞ」
「ああ。――またな」
そしてひとまずの別れを告げて和弥は走り出す。良治とまどかが後ろに続いた。
「――機会があると良いな」
走りながら聞いた良治の言葉に。
「もうない気がするけどな」
もう相対する予感がしない。もし会えるとしたらそれはとてもイレギュラーなことだろう。
夜叉に勝ちたい。その為に強くなりたいと思っていた時期もある。大きな目標だった。だからこそ決着に拘りたい気持ちは間違いなくあった。
だが――
「いいんだよ。それよりも大事なことがあるから」
「……そうか」
目を細める良治に苦笑を返す。
「じゃあ急ごう。さっきの火柱はやばい気がするからな」
「だな。無事だといいんだが」
あの場所に向かった綾華と天音にあの火柱を起こす様な術は使えない。そうなるとあれはあの場所に待ち伏せていた敵が起こしたと考えるのが普通だろう。
「まったくだ。まぁ天音がいるから致命的なことにはなっていないと思うけど」
「……なんでそんなに信頼してるかな」
ぼそっと言うまどかを良治はスルーして更に加速する。こんな時まで煩わしいことは嫌らしい。
「……よし、全力で行くぞ!」
「リョージ……まぁいいか。おうよっ!」
耳元で囁かれたら落ちる女の子もいると思うんですよ!
桜が良治を意識し始めたのは、また別の話。




