~富士山決戦~ 七話
ここから最終章中盤へ。
また数日連続で投稿致します。
――不甲斐ない。
葵はそんな気持ちでいっぱいだった。
プレッシャーに勝てないメンタル、そして弟のような存在に甘えてしまう現状。
見知った人々の上に立ち指示を出すことはなんとかなるが、知らない人、それも多くの人の前では委縮してしまう。それを克服できないまま支部長と継承者になってしまった。
それでも努力をしてきた。東京支部の支部長として、碧翼流の継承者として立派であろうと。だがそれは一人の退魔士としては誰もが認める力量にはなったが、同じ東京支部の支部員たちに嫉妬されることにもなった。
そしてそれが東京支部襲撃の時に浮き彫りになり、最後には弟分に手を汚させることになってしまった。あの事件に関しては後悔しか残されていない。深い傷となって葵の心に痕を刻んだ。
元々精神的に強くない葵は翔の手助けもあって立ち直ったが、それでも以前よりも強くなったわけではない。開門士の乱では良治が指揮を執りメンタルも安定していたが、この状況で悪い面が出て来てしまった。
だがそれを引きずっている訳にはいかない。戦わねば救えないものが確かにそこにあるのだ。
「葵さん、あとどれくらいですか?」
「もう少しよ……ってちょっと待って!」
富士山南西にある、数か月前に張り直した結界の基点。そこに向かっていた葵と正吾、結那、そして静岡にある神社の後継者の神薙兄妹。
正吾の問いに答えた葵は全体に制止をした。
林を抜けた先に出たアスファルトの道路。彼女らは知らないが、その道路は和弥たちのいる道を西に進んだ場所だ。富士山スカイラインと呼ばれている。
冬の澄んだ空気が満ちる中、葵は視線の先に何人かの人間が立っていることに気付いていた。
待ち伏せ。それ以外の可能性はないと断ずる。こんな深夜、こんな場所に一般人がいるわけがない。
「ふむ……柊良治はいないか。残念だな」
「信乃よ。私たちは担がれたのではないか? ……いや、あの女には見覚えがある。確か白神会東京支部の支部長だったはずだ」
「ほう、それなら奴が来ているというのもあながち嘘ではなさそうだな。よし、こいつらに聞いてみるとしよう。
すまんが柊良治は何処にいる。我らは奴に用があるのだ」
髭面の男と細身の男。男二人は相談を終えると先頭にいる葵に問いかける。
「ちなみにその用っていうのは何かしら」
「うむ。この刀の銘は村雨という。奴の持つものと同じ銘だ。なので――」
「ああわかった。葵さん、多分あの二人信乃と壮介っていう千葉であった事件の人よ」
「ああ、そうかも」
結那の言葉に葵も納得する。村雨の銘に関する事件の概要は良治から聞いていた。彼から聞いていた外見とも一致する。
「ほう、我のことは聞いていたか。なら話は早い。では早速」
「教えるわけないじゃない」
結那が即答して前に出る。良治に害する者は許さないと言わんばかりに。
事実このまま通すわけがない。答えずとも探せば見つかるような距離にはいるのだ。ならばここで倒すしかない。
「素直に答えるつもりはないのかね」
「ないわね。そして何処にも行かせるつもりもないわ、よ……? え? どゆこと?」
「結那ちゃん?」
その場に待ち伏せをしていたのは信乃と壮介だけではなかった。
もう一人、彼らの後ろの林から姿を現す。その人物に結那は見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころの話ではない。
「……ねぇ、さん」
「まさか結ちゃんとこんなことろで会うなんてね。さすがにちょっとびっくりしたわ」
結河原慧の名を持つ占い師の姿がそこにあった。
結那よりも長い黒く髪。たれ目気味の目。結那が生まれてからずっと傍にいてくれた人。
「なんで姉さんがここにいるの? 仕事は?」
「これが雇われた結果よ。嫌々だけど。ってもうここまで来たら裏切っても良い気がしてきたわ。どっちにしろ今日で終わるだろうから」
達観したように言う慧は目蓋を閉じた。もう自分に出来ることは何もないという雰囲気だ。
「ふむ、結河原殿。貴女は我らの支援ではなかったかな?」
「私は無理矢理脅されて従わされていたの。だからもう逃げたいのだけどいいかしら」
「無理矢理はいかんな、無理矢理は。うぅむ……」
慧の率直な意見に悩む信乃。
信乃も根は悪い人間ではない。ただ自分の欲求で良治と戦いたいだけだ。それに関係ないというなら別に引き止めなくてもいい気はしていた。
「信乃、これではどうだ。
私たちが勝ったら柊良治の行方を聞かせて貰う。彼女らが勝ったらこの占い師を渡す」
「おお、そうだな。それがいい!
というわけで勝負だ! 我らに勝ったらこの娘を返そう!」
まるでお姫様を攫った悪役のように堂々と言い放つと、信乃は村雨を抜いた。話を聞く気はないらしい。
「ああもうしょうがないわね……結那ちゃん、行くわよ。神薙さんたちもお願いします」
「……心得た」
「任せてください。それで私たちはどっちを?」
「そうね、お二人は細身の方をお願いします」
「じゃあ私たちは信乃ね。正吾もこっちよ、無理はしないでね」
「は、はい!」
信乃の前に葵と結那、正吾。
壮介の前に神薙兄妹が立つ。
「おおっと!?」
「また地震っ!?」
突き上げるような一瞬の揺れ。否応なく時間がないことを思い知られる。迷っている時間はない。
「あんまり時間はないみたいね。みんな、急ぐわよ!」
「一人に対して複数とは褒められたものではないが、まぁいい。それも我らへの試練よ! 行くぞ壮介ええっ!」
「おうよっ!」
「それにしてもよくもまぁこんなとこまで来たと思うよ、《氷雪華》さんよ」
「まぁ隼人に頼まれたら仕方ないんですよ。何せ同じ中学のクラスメートでしたからね、《暁の勇者》さん」
「けっ」
お互いに異名で呼ぶが、そこに親しさはない。むしろ赤月などは敵意を隠そうともしていない。
赤月にとって雪彦は他組織の党首に過ぎない。仲良くするつもりもないし指示に従う義務もない。
「あの、隼人さまと立花さまは同じ中学だったんですか……?」
「はい、そうですよ鷺澤さん。私は小中学は京都でしたから」
「そうだったんですか。仲良かったんですね」
白兼隼人と立花雪彦。
二人とも日本を代表する四護将で組織のトップに立つ退魔士だ。しかし彼らが同じ中学校だったことを知る人間は少ない。何故ならそれを知る白神会の退魔士たちは第一次陰神決戦で命を落としているからだ。
そして雪彦は第一次陰神決戦の終結を前に雪彦は父親に呼び戻されてしまった。父親を失った隼人に何も言えず、何もできなかった罪悪感は今でもあった。もう隼人は何も気にしてはいないが、それでもだ。
「おっと」
「地震か。いや何かの兆候か」
「そうだろうね。さてそろそろかな」
風花の推察に同意して周囲に視線を送る。
青木ヶ原樹海担当は立花雪彦、如月風花の神党コンビに赤月政大と鷺澤薫の宇都宮支部のコンビだ。薫が戦力的に劣るが、他の三人は退魔士として一流でどんな相手でも引けを取らない実力を持っている。
周囲は暗闇が支配しており灯りはない。月も雲に隠れ期待できない環境だ。しかしここまで走ってきた四人にはそれなりに樹海を見通せており、そこまでの悪環境ではなかった。事実ここに至るまでに魔獣を何体も葬り去っている。
「――来たな」
報告のあった通り樹海には多くの魔獣が出現しているようだ。少し立ち止っていただけで、既に大型犬のような魔獣たちに周囲を囲まれていた。
「連携は?」
「は、そんなもんいらねぇだろ。それぞれが勝手に倒していけば勝手に終わる」
「ちょ、ちょっとまーくん!」
「薫は俺の傍を離れるなよ。じゃあ行くぞおらぁっ!」
赤月政大は両刃の剣を両手に走り出す。目指すは一番魔獣の多い場所だ。遅れないように薫もそのあとを戸惑いながらも追っていく。
「さて私たちも行こうか」
「だな」
直後反対側に跳ぶ二つの影。そして魔獣の横を通り過ぎる度にその数が減っていく。
雪彦側の魔獣は切り裂かれた傷を凍らせ、風花側の魔獣は確実に二つ以上の傷を負わされ消えていく。
そして――
「こんなものかな」
「はっ、数は多くとも雑魚だけなら俺らが来るまでもなかったな」
赤月の言葉に誇張はない。たったの五分ほどで百を超える魔獣たちは綺麗さっぱり一掃されていた。
「わ、凄い……」
感嘆の声を上げる薫。数えきれない魔獣の気配に囲まれていたはずが、気が付けばその気配は皆無。普段から赤月と組んで仕事をしていたが、こんな経験は初めてだ。普段よりも暁の調子がいいようにも思える。
「薫、何匹倒した」
「い、一匹……」
戦闘についていけてなかった薫はいつの間にか近くにいた一体を倒しただけだった。普段の調子ならもう数体は倒せていただろうが、次元の違う戦闘光景に怖気づいてしまっていた。そして一体を倒して周りを見たらもう全滅していたのだ。
「は、一匹でも倒したんならサボってたわけじゃないな」
「さぼってなんかないよ!」
「ふふ、微笑ましいね風花」
「そうだな。しかし――」
ゾワリ。
まるで突如として異質な空間に放り込まれたような悪寒。
「ひっ!?」
「な、んだこりゃあ」
じゃれていた赤月と薫の顔が強張る。結界による違和感ではない。こんな怖気の走る結界など誰も知らない。
「魔獣……?」
「だけじゃないぞ雪彦。何かいる」
樹海の奥からこちらに向かってくる集団。気配からして魔獣だが、その姿は暗闇と相まってまだ確認は出来ていない。
こちらから仕掛けることはせず、目を凝らし魔獣が近づくのを待つ。
「ひぃっ!」
またも短い悲鳴を薫が上げた。先程は気配に、今回は現れた魔獣の姿に。
「気持ちわりぃなぁ、おい」
赤月が吐き捨てるのも無理はない。大方の人間にとってそれは好ましい姿ではなかった。
簡単に言うなら毒々しい紫色をした大型の蜘蛛。それも全長一mにもなりそうな巨大な蜘蛛だ。それが群れを成してゆっくりと近づいて来ていた。
「ふむ、さっきまでの魔獣たちとは格が違いそうだね」
「――それはそうじゃ。なんせ儂自ら召喚したモノじゃからの」
蜘蛛たちのその一番奥からその声は響いてきた。
ボロボロの黒い衣を身に纏った、闇よりもドス黒い瘴気を撒き散らすモノ。
「……魔族か。結界はもう完全に切れてしまったのかな?」
「いやいやまだじゃよ。しかしもう一時間もしないうちに完全に穴が開く」
黒い襤褸布に隠された口元だが、それでも嗤っているのが雰囲気で伝わってくる。嘲りの口調だ。
「しかしまさか九州なんぞの辺境から来るとはの。いささか予想外じゃった。白兼隼人はもう復讐を果たし、生きることに興味を失ったと思っていたからの」
「元陰神の魔族、ということかな。目的は結界を解いて魔獣を引き込む……そんなところですかね」
「ほう、頭もそれなりに回るか。まぁそんなとこじゃよ。じゃからお主たちは邪魔での。ここらで退場してもらいたい」
闇夜に瘴気が一段と濃くなり、蠢くモノが増えていく。さながら蜘蛛の絨毯だ。
「ま、まーくん……!」
「薫、俺の後ろに居ろ。わりぃが離れたら守り切れる気はしねぇ」
「ではその分私と風花が走り回ろう。出来るね、風花」
「ああ」
短く答えた風花の手には中央にルビーが嵌め込まれた細剣。そして風を纏わせた彼女は、雪彦と同時に飛び出した。
「――は」
つむじ風のように剣を振るい飛び回る。木の幹を足場に、時には蜘蛛の背中を足場に確実に一体ずつ――とはいかなかった。
蜘蛛の背は硬く、容易に深手を負わせることは出来ない。しかし深手を負わせようとすれば足が鈍る。足が鈍ることはこの状況では嬲り殺しにされることを意味する。
「く……」
「中々厄介だね」
雪彦は蜘蛛の厄介さに気付くと背中から頭部に目標を変える。
風花のような機動力は雪彦にはない。わさわさと群がってくる蜘蛛を蹴散らしながら進むだけだ。蜘蛛の密度が高いせいで、普段歩くのと同じ程度にしか進めないが、それでも十分すぎる技量だ。並の退魔士なら一方的に蹂躙されるだけ、一流の退魔士でも踏み止まるのが精いっぱいだろう。
「だが厄介な分楽しいね」
「はっ、余裕じゃないか!」
「君もそこまで苦戦しているようには見えないけどね」
赤月も本来この状況下で前に進めるだけの力量はある。それだけの退魔士だ。だが今は薫を守らなければならない。彼の持つ全てを出し尽くしているとは言い難い。
「ちぃっ!」
しかも赤月の持つ武器は大剣。剣を盾にすることも出来るが、それで無数の蜘蛛たちの攻撃を防げるわけではない。蜘蛛の大きさゆえ腰から下に攻撃が集中するのも煩わしい。
「まーくん!」
「くっそ!」
視界に入っていなかった左真横の攻撃を大剣で振り払う。しかしその間に逆側から蜘蛛の鋭い足が赤月の身体を傷つけていく。赤月の戦い方ではどうしても手数が足りない。
背後の薫も守られるだけではなく、術で攻撃しているが力不足は否めない。薫も退魔士として未熟ではないが接近戦は得手ではない。後方から赤月を援護することや、戦闘の前に作戦を立てることが多かった。
それでも彼女は戦場に立っている。最初の要請には薫の招集は含まれていなかった。赤月だけの招集を無理矢理割り込んで一緒に来たのだ。何かの力になれると信じて。だからこそこの状況は彼女にとって受け入れ難いものだった。
(足を引っ張るだけなんて、守られているだけなんて……!)
一年以上前に出会った彼らのうち、二人は既に名の知れた退魔士だった。そしてあとの二人もあれからそう時間の経たないうちに組織内にその名を響かせた。それがやや内向的だった彼女を少しだけ変えた。積極的に赤月について行き、現場での経験を増やしていった。自分に出来そうなことは貪欲に吸収しようとした。
その努力の結果がこの場に居るということ。しかし、それでも足りていなかった現実に負けそうになる。
「薫、もっとこっちに――!」
「えっ」
多角的に攻撃されている以上どうしても生まれる死角。
赤月が見えていなかった背中を確認したとき、薫は先程までの距離から二歩ほど離れていた。
二歩。たったの二歩だがそれは薫を襲う蜘蛛を迎撃出来ないことを意味していた。
「あ……」
目の前に迫る蜘蛛の気持ちの悪い口と牙を見た瞬間固まってしまった。それが死を招くことを理解していながら動けなくなってしまった。
――恐怖。
殺されることを受け入れたわけではない。
抗うことを諦めたわけでもない。
ただ、恐怖に捕らわれただけ。
そして。
「ははは、さすがにここまで完璧にピンチに駆けつけられると自分でもびっくりするねぇ」
目を見開いた薫の前に現れたのは一人の男だった。
「退け。……ふむ、お主は誰かの? そのような面をしている人間には心当たりがなくての」
枯れ木のような片手を上げたのを合図に蜘蛛たちが全員から距離を取る。闖入者の真意を問いただすべく、一歩前に黒衣の魔族が出た。
「はは、そうだね……敢えて言うなら」
芝居がかった言葉と仕草。薫は呆然と、赤月は驚き、風花はよくわからない顔で、そして雪彦は呆れた顔をしてから笑った。
「――ひょっとこ面のお兄さん、とでも呼んでくれたら嬉しいね。
なぁ、《死神》シグマ」
あまりに場違いなひょっとこの面を被った藍色の着流しの男は、白木拵えの刀を構えて――笑った。
ひょっとこ面は実家の倉庫にあったものを見つけたのをノリで。




