~富士山決戦~ 六話
前半部分ラストになります。
高らかに良治が声を上げ、作戦の内容が全員に伝えられる。
最初は要所だけを抑える作戦だったが、それはこの場に集まった者や富士山北部に来てくれている長野支部の者たちによって富士山包囲作戦に変わっていった。
そしてそれぞれに担当の場所が伝えられていく。反対意見はなく順調に決まる。良治への信頼ゆえだろう。
南部担当、和弥、綾華、良治、まどか、天音。
南西担当、葵、正吾、結那、神薙兄妹。
北西青木ヶ原樹海担当、立花雪彦、如月風花、赤月政大、鷺澤薫。
東部担当、白河道照、その他名古屋支部員を合わせて全五名。
北部担当、玖珂祥太郎、阿波松三、その他長野支部員合わせて全四名。
北東担当、朝倉俊二、剣あずさ、鬼城照彦。
そしてこの本部担当に高遠幾真、相坂美亜、三咲千香、宮森翔、久能静子。高遠と相坂は遊撃も兼ねている。
原因地点と思われる南部・南西部は主導を取る良治と東京支部員、地元の退魔士の神薙兄妹が務め、その次に多くの魔獣報告のあった青木ヶ原樹海に最大戦力の立花雪彦を配置と理に適っている。他の者たちもやる気は勿論あるが、手伝いと言う立場もあり抑えに回ることを不満に思っていない。
「それでは皆さん宜しくお願いします」
そんな良治の言葉で皆それぞれの持ち場へと散っていく。そして残ったのは和弥たち南部、南西部組、そして本部担当だけだ。
「高遠さん、結界の影響で電話連絡が出来ないと思うので臨機応変に対処お願いしますね。伝令役の手も足りないですから」
「そうですね……単独で動けそうな人って誰がいますか?」
「本部担当だと高遠さんと相坂さんだけかと。そんなわけで伝令は緊急事態のみに」
「了解しました。しかしこの規模の作戦はあの時を思い出しますね」
高遠の言うあの時とは陰陽陣での最後の決戦のことだ。あの時も各場所に人員を配備して戦闘に当たった。以前と違う点は前回は防衛戦、今回は侵攻戦ということだろう。
「ですね。そしてあの時の高遠さんの手腕を俺は高く買ってますよ。勿論相坂さんもですが」
「私はやらざるを得なくなった仕事をひぃひぃ言いながらやっただけなんですけどね……」
「それでちゃんと回し切ったんですから凄いんですよ。
さて、俺たちもそろそろ行きますね。あとのことお願いします」
「任されました。御武運を」
良治と高遠の会話が終わり、良治が待機していた和弥たちと合流する。
「悪い、待たせた。じゃあ行こうか」
「ああ。魔獣くらい蹴散らしてさっさと終わらせよう」
これだけの戦力を用意している以上魔獣の群れ如きに遅れは取らない。ただ数が数百ともなれば問題も出てくる。和弥たちは無限に湧いているであろう場所に蓋をするのが役目だ。それが早ければ早いほど他の場所が楽になる。
「ああ。じゃあ出発!」
良治の合図で真っ直ぐ進む組と左――つまりは西に向かう組に分かれる。
全員がやる気に満ち、不安は何もない。
こっちは和弥たちいつもの四人組に天音、向こうは葵と結那、正吾、そして神薙兄妹。
どっちに原因があったとしても一時間以内には必ず終わる。
――そう和弥は考えていた。
道中遭遇した魔獣を切り捨てながら進んでいく。しかし道中と言っても道はなく、高低差のある山だ。身体能力の高い退魔士といえど進みは遅い。
魔獣の群れとの遭遇は三組あったが、そのどれも楽勝とはいかず苦戦を強いられた。
「山の中ってのはいつもと勝手が違うな」
「そうですね。ちょっと平地や開けた場所での戦闘に慣れ過ぎていたようですね」
足場や視界の悪い場所での戦闘には慣れていない。埼玉の公園で魔獣の群れとの戦いに自信を持っていたが、地形が変われば難易度がぐっと高くなるということを今理解していた。
隣の良治は和弥よりも慣れているらしく油断すると少しずつ距離が空いていく。並ぶように進んでいるので同じ道は辿れない。和弥は和弥なりに通りやすそうなルートを行くしかない。ただそうやって行くと次第に後方の三人と離れて行ってしまうので、良治と和弥は時々スピードを落とす。はぐれてしまっては何が起こるかわからない。
「あと少しで道路に出る。そうしたらしばらくは道路沿いに行こう」
「おっけ」
右前方の良治の言葉に少しだけ安心する。足場が確かなものになるという情報だけでこれだけ安心出来るものらしい。やはり地形は重要だ。道路に出てから魔獣が出てくれれば安定して倒せるはずなので、むしろ出て来てほしいほどだ。
良治の言う通りアスファルトで整備された道路に出る。足裏に伝わる平坦な感覚にほっとする。
「よし、じゃあ向こうへ」
良治が地図を確認しながら道路に沿って移動を再開する。山の中を進んできたが迷子にはなっていないようだ。
「――っ!」
道路を小走りに進んで間もなくのことだった。良治が急ブレーキをかけるように止まり、和弥もほんの僅かの差で立ち止った。
「えっ」
「ちょっ」
後ろに付いて来ていた綾華とまどかは急に止まれずに、それぞれ和弥と良治の背中にぶつかる。と言ってもそこまでの勢いではなかったので痛みはない。更にその後ろ、最後尾を走っていた天音はぶつかることなく止まっていた。対応が早いのか、それとも前方の気配にいち早く気付いたか。
「おい、なんであいつがここにいるんだよ……」
絶望的な気持ちに支配される感覚。ありえない者が存在する現実に目を背けたくなった。
この事件の敵は魔獣。そう和弥は考えていたが、更にもう一歩考えてみれば簡単な話だ。
つまり魔獣が湧くような状況にした何者かがいると。勿論事故の可能性はあった。が、それと同じくらい意図的な可能性もあったはずだ。
「――悪いが邪魔をさせてもらおう」
黒いコートを着た短髪の男。道路の中央に立つ《漆黒の侍》の異名を持つ男。
その男の名を和弥はよく知っていた。
「――夜叉」
因縁の相手。陰神との最後の決戦となった福井・荒島岳以来の再会だ。あの時は結局勝負はつかなかった。
「夜叉、なんでお前がここにいるんだ。この魔獣騒ぎ、お前が起こしたものなのか?」
「都築和弥か。久しいな」
懐かしむように目を細める。元々鋭い目が更に鋭くなる。
「俺たちは魔獣の発生には関与していない。俺たち三人はな」
「三人……?」
和弥が呟くと同時に夜叉の後方から二つの影が、暗闇から滲み出るように現れる。
その姿に和弥は見覚えがあった。彼女たちも元陰神所属の姉妹、桜と楓だ。残念ながらどちらがどちらなのかまでは覚えていなかったが。
「俺たちはただの手伝いだ。と言えば《黒衣の騎士》にはわかると思うが」
「……なるほど。黒幕は魁の息子、禊埜塞ってわけか」
「みそぎのさい? 魁の息子?」
聞き覚えのない名前をオウム返しする。しかし魁という名前の方には心当たりがあった。
魁、それも陰神の退魔士だった男の名だ。だった、というのは他でもない、もう死んでいるからだ。あの陰神決戦で良治が手にかけたことは聞いていた。
「……学園祭の時に父親の復讐をする、って宣戦布告を受けたんだよ。だけどまさかこの件の黒幕だとは思ってなかったから言ってなかった。すまん」
「すまん、じゃない。毎回言ってるだろ、ちゃんと言ってくれって」
良治の隠し事はもういつものことになった気もするが、それでもあまりいい気はしない。正直この前の竜と魔獣の群れと戦った所沢の公園のこともある。話をしないのは信用や信頼といったことが理由ではないことは理解しているが、それでも寂しさや残念に思う気持ちは湧き出てしまう。
「自分でもどうしようかって思ってたんだよ。それに個人的な話だとも思ってたから。ただまぁこれで背景がわかってきたな」
「背景?」
「ああ。この結界の解れは禊埜塞の仕業だろう。そして魔獣を俺にけしかけて……? 違う。これは禊埜塞の復讐に関係ない。あいつは直接俺を殺したいようだった。それにあいつは『協力者』がいると言っていた。それが夜叉たち……じゃないな」
良治が独り言のように喋り出し、思考を高速で回転させていく。こういう場合は結論が出るまで下手に話しかけない方がいい。
「協力者の目的はなんだ。結界の破壊? なら結界を破壊してどうする。魔獣を喚ぶこと? それはそれであり得るが……」
そこでぴたりと良治の動きが止まった。その代わりに眼球が忙しなくきょろきょろと動き――止まった。
「結論は出たか《黒衣の騎士》よ」
「出たよ。と言うかよく待ってたな。……いや、足止めが目的なんだから別に待っててもおかしくはないか」
「うおぉっと」
「また地震が……!」
ぐらりと強烈な揺れが一瞬だけ起こる。まるで間近で何かが起こりそうな、そんな嫌な予感をさせる揺れだ。
「和弥、夜叉のこと任せていいか」
「その言葉を待ってたよ」
元より夜叉を誰かに譲るつもりはない。
今まで夜叉が現れた時は全て和弥が戦ってきた。なんとなく夜叉は和弥担当というイメージがついているのだろう。夜叉と戦いたかった和弥としては嬉しいことだ。
一歩前に出て夜叉を相対する。あちらも受けて立つ気のようで、夜叉も一歩前に進んだ。
懐かしい感覚。待ち焦がれていたような錯覚に思わず笑みを浮かべてしまった。
「待っていた、そんな感じだな」
「待っていたのかもしれない。心残りがあったからな」
「そうだな。あの時は怪我をした楓が危なかった。それはお前との決着よりも優先するべきことだ」
夜叉の背後で、僅かに顔を歪ませたロングヘアの女性が楓だと判断。それならもう一人のショートヘアの方が桜か。楓は扇、桜は小太刀を二振り持っているのをちらりと見て確認する。
「……立場が違えばこうやって戦うこともなかったかもな」
守るために戦うのなら、きっと向かい合うという立場ではなく、並んで立つことも出来たかもしれない。
「いや、きっとどちらの方が強いか、それが気になっていつか戦うことになっただろう」
「……かもな」
言われてみるとそうかもしれない。どっちが強いか確かめたいという気持ちは今抱いている気持ちそのものだ。
「和弥は夜叉、桜と楓は……俺とまどかで相手をする。綾華さん、天音。先行して結界の傍にいる奴を倒してくれ。多分もう、時間がない」
「任されました。結界の応急処置程度ならきっと私たちでも出来ると思います。そこまでやれば問題ないですよね」
「はい。綾華さんは話が早くて助かります」
「ありがとうございます。では」
「白兼さんの護衛は任せてください」
「ああ。頼んだ天音」
和弥と夜叉の脇を走り出す綾華と天音。しかしそれを二人の姉妹が行く手を阻んだ。
「易々と行かせるかっ!」
「行かせない……!」
だがそこに割り込むように雷の矢が奔り、姉妹の動きを僅かに止める。入れ替わるように走り抜ける二人を追おうとするが、それを押し止めたのは良治だ。
「くっ、楓っ!」
「はいお姉さま!」
「させないわよっ!」
「く、《蒼雷の射手》!」
良治が桜を止め、残った楓が二人に対応しようとするが、またもまどかの矢がそれを阻む。
「向こうは向こうで思うところがあるみたいだけど、こっちはこっちで小田原の時を思い出すな」
「そんなこともあったわね。しかし今度は!」
「っと。さすがに油断は出来るほど実力差はないか」
走り去る綾華と天音を見送り、良治は不敵に笑う。
「忘れたか? 前回圧倒されたことを」
「以前の私と思わないで欲しいわね。――ハッ!」
「悪いがさっさと倒して先に行かせてもらうッ!」
鍔迫り合っていた良治がその手に持っていた村雨で押し、距離を開ける。そして――
「さぁ、前回の再現と行こうじゃないか。俺にも時間はないんでね」
転魔石で村雨を消し、代わりに手に取ったのは小太刀二刀。
「同じ策が二度通じると思のかっ!」
「策じゃなくて真っ当な実力勝負だ。違うと言うなら勝って証明してくれ!」
懐かしのメンツが登場。「夜天」以来の再会になりますね。
あれから成長した和弥は夜叉に勝てるのか。乞うご期待!
後半部分は月末あたりの投稿になります。




