~富士山決戦~ 二話
二話同時投稿の二話目です。
「悪い、いきなりですまないけど拠点変更だ。最初静岡支部って言ったけど富士宮市にする」
「え、なんでだ。静岡支部じゃまずいのか」
厚木から小田原に向かう電車内で急に良治が目的地を変更した。思わず疑問の声を上げるが、それはきっと今さっき終えたメールのせいだろうと予想はついていた。
電車から見える景色はもう暗闇が支配する時間になっている。とは言ってもまだ十九時前だ。冬の陽は落ちるのが早い。
現在この電車で向かっているメンバーは和弥、良治、綾華、天音、千香の学園組と、途中から合流したまどかと結那の七人だ。
大所帯なので車両の端の三人掛けの座席と、それを囲むように立って会話をしている。ちなみに座っているのはドア側から綾華、まどか、天音、千香だ。この四人なら狭いながらも座りきれる。女性陣で一番体格の良い結那は、吊革に体重をかけるようにドア側から一番離れた場所に捕まっている。和弥は綾華の、良治はまどかのそれぞれ前に立っている。一番端に座る千香が珍しく居づらそうにしているのが新鮮だ。
「ああ、現場からだと静岡支部からかなり距離がある。それがわかったからもう少し近場で拠点ないかなって探したらちょうどいい具合にあってな。まぁ狭いし長期間拠点にするような場所じゃないらしいけど」
「それよりも近くに拠点を置いた方が良いってことだよな」
「そういうことだ。富士駅で静岡支部の人と葵さんたちと合流、そのあと車で富士宮方面の予定だ」
相変らず合理的な考え方をしている良治に安心する。
普通なら大きな拠点を中心に戦略を考えるのだろうが、作戦に一番適した場所に拠点を移すのは彼の合理主義の性格だ。静岡支部に執着がないのも理由の一つかもしれない。
「っと、そうだ。みんなこれに目を通してくれ」
良治が学園の鞄からプリントの束を取り出して全員に配る。普段から使っているサイズのプリントの半分くらいだ。そこには支部員の名前の横に色々と載っていた。
「タイプと武器と属性……副属性もか」
「あの良治さん。これ、いいんですか?」
天音の困惑顔は珍しい。どうしたらいいのかわからない、そんな表情だ。
「私もどうかと思いますが……」
「白兼さんもそう思います?」
「さすがに」
天音と綾華の二人の視線を浴びた良治だったが、その疑問は予想内だったらしい。動揺も見せずに話し出した。
「まぁこれは支部員にしか見せちゃいけない情報です。これだけあれば対抗策を練るのも難しくないでしょうし」
「なら」
「天音、これは信頼の証だと思ってほしい。これから一緒に命を賭ける仲間への信頼だ」
持っている情報をありのまま曝け出す。それが信頼を生み出すことに繋がる。その考え方に和弥も共感出来た。
「まるで和弥のような考え方ですね。何か最近考え方が似て来たような……」
「それ褒めてないですよね」
「さぁどうですかね」
しれっと追及を躱す綾華。良治自身も理解しているのかそれ以上は突っ込まない。
「……良治さん、それは嬉しいですけど少々甘い考え方かと」
「そうかもしれないけど嫌なんだよ。信頼した相手に隠し事するのは」
「良治さんの場合、戦闘や組織に関することはトップシークレット以外話してくれるという信頼はありますけど、良治さん個人のことに関しては信用できないのがどうかと思いますが」
「そこは、まぁ……」
天音の棘しかない発言に目を逸らす良治。
正直和弥も良治の秘密主義に言いたいことがあるのでフォローはしない。魔族との混血の件が最たるものだ。
しかし最初の方の信頼を得る為の考え方で、男二人は共感していたが女性陣にはさして響いていないようだ。男女の差かと和弥は少し落ち込んだ。
「――でもそこも良治さんの良いところなんでしょうね。だからこれ以上は言いません。で、この情報を開示した理由は?」
「うわ、あの娘下げてから上げる戦略を……!」
「くっ……!」
「んんっ。じゃあ続けるぞ」
天音の言葉に結那とまどかが小声で反応するが、それを咳払いでスルーして続ける。
「今までざっくりにしか理解できてなかった部分を明文化して皆にわかるようにしたのがそれだ。他の支部の人には一応見せないようにな」
「潮見天音には見せたのに……」
「で、だ。普段通り俺がチーム分けはするけど提案や疑問点があったら言ってくれ。何もないならなんで俺がそのチーム分けにしたのか考えて理解してほしい」
そこで視線が合う。時々良治が言っているように、彼は和弥にそういうことを望んでいるのだろう。頷いてから疑問を投げた。
「この俺のところの副属性の『天』ってのは?」
「天使の力だな。あくまで暫定だし、和弥の情報を持っているのは東京支部員以外だと他の四流派の継承者、京都本部の数人ってとこだ。ちなみに俺の副属性『魔』も魔族の力の略で公開範囲は同じだ」
「おっけ、納得した」
白神会の全員に自分の力のことが知られている訳ではないことに安心する。恥ずかしかったり嫌な訳ではないが、何の規制もなく流布されるのは落ち着かないし有名になりたい訳でもない。
自分のこともあるだろうが、良治はその辺を考慮して公開範囲に制限を与えたのだと和弥は思った。
「じゃあまだ到着まで時間あるから適当に。情報は入り次第回すから」
皆が思い思いに返事をして一旦話が終わる。
そこで前の席に座る綾華がじっと見つめてきていることに気付いた。二人きりでいる時はよくあるが、こうやって周囲に人がいる時は珍しい。
「どうした?」
「いえ、その……なんだか不安で」
「珍しいな、綾華が理由がないのに不安を感じるなんて」
綾華は理知的な人間だ。感覚的なものも大事にするが、そう感じた原因を模索することを忘れない。そんな彼女が漠然とした不安を口に出したことに驚いた。
「自分でもわかりません。でも……」
「でも?」
「何か途轍もなく嫌な予感がするんです。世界が終わりそうな、そんな絶望的な予感が」
「――じゃあ作戦会議といきましょうか」
葵が周囲を見回し言ったのは、二十一時を回った頃だった。
あの後富士駅に到着した和弥たちに遅れること一時間弱、自分の車で葵たちと合流した。それとほぼ同時に静岡支部のマイクロバスも到着し、二台に分かれて一路北へ。富士宮市外れのビルに入り、その一室で会議が始まろうとしていた。
和弥たちも、遅れて来た葵たちも静岡支部の支部員も、皆が不安や焦りを感じていた。それは富士駅で待っている最中に起こった地震が原因だ。
ここ最近地震が多いのは確かだった。そこそこ大きいものもあった。しかし先程の地震はニュースによると震度六弱。不安を駆り立てるには十分な大きさだった。その後大きめの余震もあり、この周辺には避難勧告も出ている。この地震の刺激で富士山に影響がないとも限らない。
(まさか細井の言ってた冗談が本当になる可能性が出てくるなんてな)
富士山の噴火。そんな冗談を和弥はもう笑えなくなっていた。
窓の向こうにある富士山に、不安や恐怖を感じる日が来るなんて夢にも思わなかった。いつもはむしろ富士山を見上げて誇らしげな気持ちにすらなるのに。
「立て続けに起きた地震によって富士山周辺は避難勧告が出てるわ。下手したら避難指示に上がるかも。事態は逼迫してるわ。でも、私たちは逃げることは出来ない」
「魔獣、ですね」
「ええ、そうよ」
良治の言葉に葵が答える。もう冬だというのに背中に嫌な汗を感じる。
「たぶん、富士山の結界がほつれた影響だと考えられるわ。以前私と和弥くん、千香ちゃんの三人でやったやつね。それが何らかの拍子で切れた……偶然か何者かによって切られたかはわからないけど」
「結界が切れたせいで魔獣が現れたってことか」
「そういうことになるわ。問題はおそらく結界が切れてからそれなりに時間が経ってしまっているってことね。魔獣が富士山周辺、広範囲に出現している可能性が高いの。……さっき、山梨の方でも魔獣発見の報告があったの」
沈んだ表情で語る葵には後悔の感情が押し寄せているのだろう。自分のミスの可能性がある。しかも責任者だ。自分のせいで死者が出るような事態になれば悔やんでも悔やみきれない。
しかしそれは和弥も同じ気持ちだ。
「葵さん、それなら他の支部にも応援を頼んだ方がいいんじゃないですか? この人数でどうにかなりますかね」
「この件は京都にも報告済みよ。周囲の支部にも連絡が行ってるはず。ただ隼人さまがどう動くかはわからないけど」
「なるほど。了解です葵さん。あと一応責任者は葵さんで良いんですよね」
「一応っていうのが本当に言葉通りなのが自分でもショックだけど、責任者は私で実際の指揮は任せちゃっていいかしら」
「はい。まぁいつも通りなんで大丈夫ですよ」
「いつもありがとね」
「いえいえ。責任は取って貰ってるんでお気になさらず」
葵と良治の会話を聞くと二人が色々と考えてることがわかって感心する。葵も一応、なんて言っているが小さな頃から支部長の娘として、次期継承者として育てられていたので上に立つ者としての適性はある。しかしそれ以上に良治の方が高いというだけだ。
「兄さんがどう動くのか、というかちゃんと動いてくれるのかが気になりますが……」
「綾華、そう言うな……って確かにそうだよなぁ」
普段の隼人はかなり適当でおちゃらけた性格だ。特に陰神との決戦後からはそれが顕著になり、和弥との訓練中も真面目に稽古とは言い難かった。
綾華としては父の復讐に捕らわれていた頃に比べると今の方がいいのだが、悪く言えば不真面目になったとも言える。故に仕事に対するモチベーションは著しく低下していた。
「……綾華さんの前で言うのもなんですが、あまり御館様のことは当てにしないで動きましょう」
「はい、すいません良治さん……」
申し訳なさそうな綾華に苦笑する良治。彼も現在の認識は同じようだ。
「っと、ええと、静岡支部の方からも情報と意見を頂きたいのですが……」
「あ、はい。すいません……ちょっと緊張というか慣れてなくって」
ははは、と緊張しながら笑う黒髪ショートの女性は静岡支部の久能静子だ。
静岡支部は彼女と彼女の祖父が所属しているが、祖父の貞夫は年齢のせいか体調に不安があり彼女のみが来ていた。
「焦らずゆっくりでいいですよ」
「あ、ありがとうございます。えっと、これが魔獣目撃の場所です」
富士山南部の地図を広げる静子。そこには魔獣が目撃された場所が日付と一緒に赤い点で記されている。おおよその頭数もあり、情報が整理されていることに和弥は感心した。きっと彼女一人でやったのだろう。
「南部だけだからはっきりとは言い切れないが、段々南下……じゃないな。富士山を中心に広がっているように見えるな。早い段階で連絡がなかったのは?」
「あ、えっと。この情報をくれたのはお祖父ちゃんの知り合いのお寺の人なんですけど、教えてもらったのは今朝で……」
「なるほど。あと、この付近だけ魔獣の目撃が広がっていないんですけど、心当たりはありますか?」
良治が指したのは富士宮市のあたりだ。確かにそこだけ堰き止められるように空白になっていた。
「あ、そこには県内でも有数の退魔士さんがいて、だからその辺だけは被害が少ないって聞いてます。……これも今朝聞いた話なんですけど」
「静岡でも有数の退魔士、ね……」
和弥は考え込む良治の様子を見て、心当たりがあるのかと読んだ。彼は関東周辺の退魔士には特に詳しい。ある程度絞れたのかもしれない。
「とりあえず合流して連携出来ればいいですね。白神会ではなくても同じ退魔士、魔獣が相手なら協力してくれると思いますし。道案内は久能さんお願いできますか」
「は、はい。任せてください!」
「よし、じゃあ目的を整理する。
まず最大の目標は魔獣が出現するポイントを発見、そしてその原因の排除だ。あとは結界がまだ機能しているのかの確認、魔獣の掃討になる。
真っ先に元を断ってから魔獣の殲滅がベターか」
まず原因を取り除いてから魔獣を倒す。確かに増え続ける魔獣を倒すのは大変で、もし無制限に湧き続けるような状態なら魔獣を相手にしているだけで和弥たちは力尽きるだろう。それはわかる。それはわかるが。
「なぁ、人が住んでいる場所の魔獣だけでも先に倒せないか?」
魔獣の目撃報告が広がっている地域には民家も含まれている。昼間はともかく魔獣が活動的と言われている夜中は危険だろう。もし外に出るような人がいたら襲われる可能性はある。もしかしたら家の中にいても入ってくるかもしれない。
「……そうだな。和弥の案で行こう。少し寄り道をしていく」
「リョージ、さんきゅ」
「でもあくまで寄り道だ。時間はあまり取れないからな」
「それでもありがとうな」
「まったく……」
仕方ないな。そんな風に良治が苦笑いをする。
お互いの目的は結局のところ同じだ。誰かを助けたい、救える命を拾いたい。
和弥は民家の周辺にいる魔獣を倒しておきたいと考えているが、良治はまずこれ以上魔獣が増えると更に広い範囲の人々が危険と考えて元を断ちたいと考えている。
二人の考えはどちらも間違っていない。お互いの考えを理解し尊重しているからこその折衷案だ。
「葵さん、この『富士山こどもの国』ってとこを拠点にしたいんですけど連絡取って貰えますか。無理ならその西にあるゴルフ場で」
「ここなら近いし最適ね。わかったわ、電話してみるわね」
「ありがとうございます。じゃあルートは一旦北上してから東へ。一番南の魔獣目撃地点で降ろすから、魔獣を倒しつつ合流地点まで移動。降りない面々はさっき話に出た退魔士と合流。そのあとはどっちか許可の下りた拠点に移動、周辺の安全確認。
そうしたら全員が揃い次第一気に結界の基点まで突っ切る」
合流後は全力で一点突破らしい。少し良治らしくない気もするが、これは逆に和弥好みの作戦だ。
「いいね。全力全開強行突破なんて楽しそうだ」
「和弥はそう言うと思ったよ。だからこれを採用したんだけどな」
「そっか。なら絶対に成功させなきゃな」
にやりと笑い合う二人は上げた手を叩き合う。乾いた音が心地良く響いた。
「……男の子ってこういうので燃えるのよね」
「いいんじゃないですか。まどかは冷静な良治さんが好みかもしれませんけど、こういった時は熱いほうが」
「そうかも」
まどかと綾華の声が聞こえるが、そんな声では水は差されないくらいにはもう熱くなっていた。
「よっし、リョージ行くぞッ!」
「おう、行くぞ和弥ッ!」
さて長らくお待たせしましたが最終章の始まりです。
名前しか出て来てなかった神薙兄妹など、登場人物が非常に多いのはいかにも最終章といった感じでしょうか。いやそのぶん長くなったり回しづらいんですけどね!(涙
活動報告でも書いた通り今週末までに前半を、後半部分を今月末までに書き上げる予定です。
最後まで宜しくお願いします!




