~洋館探索のお仕事~ 一話
お待たせしました!
「ようアレックス、調子はどうだい」
「ああフランチェスコ。残業続きなのは知ってるだろ? まったくやってくれたもんだ」
場末の床の汚れの目立つ飲み屋で飲んでいたフランチェスコは、同僚の声に溜め息を吐いていた。
二週間ほど前に彼らの住む国の北部で起きた山火事の捜査が難航し、それ以来残業の日々が続いている。久し振りに定時で上がれた今日は行きつけの店で一杯飲ってストレスを吐き出していた。
「ハハ、でもその残業もそろそろなくなりそうだぞ」
「? どういうことだ」
「半月前のあの山火事、原因がわかった……というか予想がついたそうだ」
「なんだったんだよ原因は」
山を二つほど丸裸にした広範囲の山火事。調査の範囲も広く手間も時間もかかっていたのだが、ようやく原因の予想というところまでは来たようだ。
ちなみにアレックスも調査員の一人だが大して役に立てていないという自覚はあった。
「それがよう、目撃者や状況を総合した結果、山全体……いや、燃え尽きた場所のほぼ全てが同時に発火したようなんだ」
「おいおい待てよ、同時だって? そんなこと出来るわけが……」
山二つを同時に焼くなど爆弾でも使ったのだろうか。しかしそれでは爆風や轟音などで最初から予想に爆弾が含まれる。
自国での使用なら前もって根回しがあるだろうし、他国からならそれはもう戦争だ。今のご時世戦争などするのは欲の出た大国か、もしくは向う見ずな小国だ。
「まぁ待てよ。そこに二つ情報がある。
一つ、お前も知ってるようにあそこには内偵を進めていたサバトを目的とした魔術結社があった。
二つ、最近あの『グレン』が入国、そして出国していた」
「おいおい、それってつまり」
「ああ、あの《フレイムマスター》サマがやらかしてくれたってことだ。ちくしょう、あと一ヶ月もあれば横の繋がりも含めて一網打尽に出来たってのによ!」
グレンとは悪名高いトラブルメーカーの名。最強の傭兵、炎の災厄などと呼ばれ、フレイムマスターも異名の一つだ。
金で雇われる傭兵という一方、気分屋で自分の気に入らないことは決してしないと言われている。
今回も誰かがグレンを雇い、魔術結社を潰してくれと頼んだのだろう。
「でもまぁ魔術結社のやつら以外に被害がなかったのだけは救いだな」
噂の主は非常に迷惑な存在だが、それでも故意に一般人を巻き込むようなことはしてきていないらしい。だからこそ辛うじて指名手配になっていなく、扱いが面倒くさい面があった。
「ああ。でもよ……」
「なんだ?」
「もう二度とこの国には来てほしくはねぇな」
「はっ、まったくだ」
台風や地震のような天災だ。出来たらもう遭遇したくない。
二人は酒を煽るように飲んで、溜め息を吐いた。
「あー……良い天気だ」
無事に学園祭も終わり、あれから二週間ほどが経っていた。
和弥は空を眺めながら自宅最寄りの駅から帰路についていた。空には秋晴れが広がっていて、時折吹く風が気持ちいい。
学園祭二日目は予定通り綾華と丸一日過ごすことが出来た。デートコースは和弥としては問題なく決められた。綾華も満足していたようだ。
前日の細井との見回りが非常に役に立ったのは嬉しい誤算だった。あれがなければ行き当たりばったりのものになっていたのは予想に難くない。
「あれ?」
学園祭のことを思い出していたら、視線の先にその学園祭で出逢ったあの女性がいた。駅前の公園、大きな時計の下に佇んでいる。
これで四度目だ。もう偶然とは言えない気がする。これは運命か。
「……凄いわね。さすがにちょっと引くわ。もしかしてわざと?」
「いやいやいや、それはないです。俺もびっくりしてますから」
「まぁ君が嘘を吐くようには見えないけどね」
言葉通り引き気味な表情のシーナ。しかしそれが誤解なのは和弥自身が一番よく知っている。
動きやすそうなTシャツとジーンズ姿の彼女は、すぐに表情を戻して笑う。相変わらず整った顔立ちでどきっとした。
「ね、時間があるならちょっと付き合わない? 運命の再会に」
運命の再会。大袈裟な言葉だが和弥も同じように感じていたので違和感はない。
「まぁ少しなら」
夕飯前に帰宅すれば問題ない。それにこの女性にも興味はある。断る理由はなかった。
「じゃあ行きましょ」
そう言って歩き出したシーナの後を和弥はついていった。何か気になるものを感じながら。
「なんか不思議ね。君――和弥君だっけ、一緒にお茶してるなんて」
「まぁ確かに。ああ、この間のクレープ御馳走様でした」
「いいのよそれくらい。食べてる時間なかったしね。それにこの前パン屋さん教えてくれたからそのお礼」
学園祭の時に貰ったクレープの礼を言う。きちんと感謝を言葉にするのは大事なことだ。思い出したときにちゃんと言っておく。
白い長髪に黒い瞳。特徴的な外見だが、それを魅力として素直に感じられる雰囲気を何より凄いと感じる。少なくとも普通の日本人の中では非常に目立つ外見だ。
「なんかすいません、御馳走になっちゃって」
「いーのよ。お世話になったし、これも何かの縁よ」
「ありがとうございます」
彼女も偶然の積み重ねに何らかの『縁』を感じているようだ。確かに四度遭遇すれば大概の人はそう感じるだろう。あとは最初にシーナが言ったようにわざとかと思うかだ。
「こっちに戻ってきて間もないから知り合いも……いないことはないけど会い辛くて。だからまた会えたらよろしくね」
「まぁ、それくらいだったら」
学園祭の時に知り合いが、と言っていたのを思い出す。ただ少ないことは確かなのだろう。和弥が彼女を発見するのはいつも一人のときだ。社交辞令ではないのかもしれない。
「ありがとね。なんだか君が不思議と気になって。不思議な魅力って感じかしら」
「そんなこと言われても」
「ね、和弥君は彼女とかいるの?」
「いますよ。一個下の小柄で可愛い彼女が」
「あら残念。じゃあ少しからかうくらいにするわね」
「あの、からかうのもちょっと」
逃げるようにコーヒーを飲む。いつもはコーラなどの炭酸飲料が好きで頼むのだが、今日はシーナに合わせてコーヒーにしてみた。雰囲気に呑まれたとも言う。
にやにやとこっちを眺めるこの人物は見た目とは違い、結構強引な性格らしい。そういえば学園祭のときも半ば押し付けるようにクレープを置いて行った気がする。
「ね、その彼女さんはどんなコなの?」
「あー……そうですね。小柄で落ち着きのあるめっちゃ可愛い女の子ですよ」
「べた褒めね。いいなぁ、羨ましい」
正直に言ったのだが、そう言われても反応に困る。
少し苦手なコーヒーがどんどんなくなっていく。
「――と、すいませんそろそろ」
和弥がそう言ったのはシーナから彼女について色々と質問をされ始めて一時間近く経ってからだった。コーヒーの二杯目を飲み終わってからそれなりに経つ。
「ああ、ごめんね」
「いえいえ。一応夕飯前には帰らないといけないんで」
喫茶店の時計は午後六時になろうとしている。今から帰ると六時を過ぎる。遅くても六時半前には帰りたい。
シーナは伝票を指先で拾うように取ると、先にレジまで行って会計をする。
「すいません、ごちそうさまです」
「いいのよ。最初からそのつもりだったし」
払う気はあったのだが、あまりに鮮やかな動きだったので口を挟むことが出来なかった。
「それじゃまたね」
「はい、じゃあまた」
連絡先を交換したわけでも今度会う約束をしたわけでもない。
しかしそれでもまた会えるような気がしていた。きっとそれはシーナも同じだろう。
「……まぁ今度は違う話題で話をしたいけど」
綾華のことについて話したが、途中から恥ずかしいやら照れるやらで喉が渇いて仕方なかった。
今度は何を話そう。話題を考えながら和弥は駐輪場を目指して歩き出した。
「おおっ」
東京支部の道場で休憩中だった和弥は、ぐらりと揺れた地面に思わず声をあげた。
地震だ。ここ最近多い気がする。
「うーん、震度3くらいかしら。最近時々あるわよね。これ以上大きな地震来なければ良いけど」
「確かに」
一緒に休憩をしていた葵と良治も同感のようだ。少し不吉な予感もするが、それを口に出したらそれこそ現実になりそうな気がして口に出せないでいた。
「ですね。まぁ気をつけたいいかも。あ、そういえばリョージ」
「ん、なんだ」
「色々と教えてほしいんだけどいいか? 四流派のこととか術のこととか」
休憩時間は勉強の時間。わからないことを葵や良治に聞く時間だ。
剣士としての力を身につける一方で、それ相応の知識もなければならない。和弥は自分で知識が明らかに足りていないことを自覚していた。
「そういうのは綾華さんに聞けよ」
「いやさ。今更ってのもあるし……」
「ふふ、和弥くんも見栄を張ることあるのね。男の子っぽくていいと思うわ」
「なるほど」
二人から微笑ましい視線を送られる。それがなんだかむず痒い。
「あー、そういうんじゃなくて……って、まぁいいやそれで」
「まぁそういうことなら教えるよ」
こういう真面目な話なら良治は協力的だ。細井がするようなくだらない馬鹿話だと適当にあしらうことも多いのだが。
「助かる。で、早速なんだが『四流派』って、なんで四流派なんだ?」
「それはさすがに葵さんに解説を頼んでくれ」
教えると言っていたがこの問いは即葵に投げる。
まぁそれは確かに葵の方が適任だ。むしろ自分でもなんでこの質問を彼にしたのかと和弥も思う。
何せ葵はその四流派の一つ、碧翼流の現継承者なのだから。
「確かに。葵さん、いいですか」
「今日は時間もあるしいいわよ。じゃあ早速。
四流派ってのは白神会が結成された時に大きな勢力、もしくは強力な退魔士だった者たちの興した流派なの。白神会創始者の神刀流・白兼神刀様がそれぞれに色を与えて、それを流派の名前に組み込んだって言われてるわ」
「なるほど」
碧翼流・紅牙流・蒼月流・黒影流の名前の由来はそういうことらしい。確かにすべての流派に色が含まれている。
「碧翼流はこの道場が発祥の地らしくて、それで東京支部を任されたの。長野の紅牙流も確か同じだったはず。蒼月流は北の方の守りの為に福島を任されたらしいわ」
「あれ、黒影流は?」
「黒影流は元々京都を本拠地にしていたから、そのまま神刀流直属になったみたい。黒影流は剣術というよりも暗殺や諜報に特化しているところだから」
「なるほど……」
浦崎雄也の姿を思い浮かべて納得する。確かにそんな雰囲気を醸し出していた。黒ずくめの姿しか見たことがないが、それだけに暗殺者にしか見えない。
東京・長野・福島が三大支部と特別に呼ばれているのはその辺が理由なのだろう。そして黒影流は元々少し異質だったのでそこに含まれなかったということらしい。
「どの支部も人数的にはこんな感じなんですか?」
「東京支部は多いほうよ。以前あった『第一次陰神戦』でどの支部もかなり人手不足になっちゃったから……」
「ああ、十年前にあったっていう」
「そ。あの時に上の世代の人たちがごっそりいなくなったから……」
「あ、だからか」
東京支部には年齢の高い人はいない。以前いた人も、一番上で三十に届いていなかっただろう。
現在東京支部で一番の年長者は宮森翔だ。それでも二十二歳、その次は葵で二十歳だ。支部員の年齢が低すぎるような気がする。
「ようやくあの時子供だった世代が育ってきたってとこかしらね。……長野支部はもうしばらく厳しいでしょうけど」
「ああ……」
長野支部は去年陰神の襲撃を受けた際、ほぼ壊滅状態に陥ってしまった。
紅牙流継承者の玖珂燐太郎をはじめ、支部員もそのほとんどが死亡。現在長野支部は周囲の支部の協力を得て、五名ほどで活動している。
現在の支部員はまだまだ若いらしく、戦力として貢献できるのはしばらく先だろうというのが葵の見解だ。
「じゃあ次に、詠唱術の詠唱って必要なんですか?」
「私には使えないから良治クンお願い」
今度は葵が良治に投げる。得意分野の人に任せるのは適材適所で理に適っている。この二人は東京支部で一番付き合いが長い。何が得意、何を知っているなどを理解しているのだろう。
「じゃあ俺が解説しよう。と言っても生粋の術士じゃないからざっくりだけど」
「それでいいよ。少なくとも俺よりは全然詳しいだろうし」
今いる三人は皆剣士タイプ。しかし良治は並の術士以上の実力を持っているので問題ないはずだ。
しかし剣士なのにある程度解説が出来る良治の守備範囲には舌を巻く。
「了解。さて、詠唱が必要かどうかって話だけど、極論を言えばいらない。あれはある意味術の補助だ」
「補助?」
「ああ。綾華さんが言ってなかったか? 『術はイメージ』って。あの詠唱はイメージを簡単に、より深く精密にするためのものだ。イメージしやすくするための言葉なんだ。だから大仰だったり難しそうな言葉を使うんだよ」
「……つまり思い込みってことか?」
和弥なりの解釈を言うが、良治は微妙な表情を見せる。
「ちょっと違う気もするが……上手く説明できないな。悪い。でもだいたいはそんな感じだ」
「了解。だいたい合ってればそれでいいよ」
たぶん良治の認識は一般的な退魔士と同レベルかそれ以上だと思うのでそれでいいやと納得する。基本的な知識などは彼に聞けば間違いないだろうと信頼している。
「さて、そろそろ再開するか」
「ホントそのやる気は凄いわね。いいわ、私が相手になってあげる」
「――宜しくお願いします」
今までなら気後れしていたがいつまでもこのままではいられない。
「いいわね、その気迫。私も――本気を出そうかしら」
「臨むところです」
もっと上へ。
その願いと共に和弥は木刀を取った。




