結婚相手、誰?
祝福の鐘が鳴り響く中、私は大聖堂の祭壇の前に進み出て膝を折る。ベールのおかげで回りはよく見えないが、相当な参列者がいるようだった。その中には、私の結婚式に参列してくれた友人知人親族もいる。ただ、みんなもきっと困惑しっぱなしだろう。
さっきよりもマシなのは、今回はちゃんと新郎がいる。私の隣で片膝をついている男性の顔はよく見えない。ただ、背が高くかなり体格のいい人なのは分かる。
祭壇の前で結婚の祈りを捧げているのは、金の刺繍で縁取りされた祭服をまとうおじいちゃんだ。
あれっ、どっかで見たことがあるぞと思ってチラチラと見ていた私は、そのおじいちゃんが教会のトップである教皇様であることに気付いて息を呑む。
なんで、教皇様が直々に祝福の祈りを捧げてくれてるの!?
私も教会の大祭礼や国王陛下の聖誕祭で、遠巻きにしか見たことはないけれど、見間違いではない。びっくりして声を出すわけにはいかず、できるだけベールの下で平静を装っていた。
隣の見知らぬ男性が誓いの言葉を立てたので、私も我に返って急いで同じ誓いの言葉を口にする。
彼に手を取られて、転ばないように気をつけながら慎重に立ち上がった。
もう、どうにでもなれと、半ばやけくそな気分だった。相手はどこの誰か知らないけれど、こんなふうに急に結婚相手が必要だったのなら、彼も訳ありなのだろう。とりあえず、大聖堂で結婚式を挙げられるくらいだし、こんな豪華なドレスも用意できるほどなのだから、生活の保障くらいはしてくれるはず。
とにかく、一刻も早くこの結婚式という重労働から解放されたい。後のことは、後で考えよう。指輪を交換した、後はなんだっけ? そう、誓いのキスをしたら終わりだ。早く終わってくれないかなと投げやりな気分で膝を少しだけ折る。その練習も、この半年間しっかりしてきた。結婚式で恥を掻かないように。それが無駄にならなかっただけでもよかったと思うことにしよう。
ベールが外されて、私はようやく視線をゆっくりと上げる。相手は黒髪の精悍な顔立ちの男性だった。歳は二十歳半ばくらいだろうか。びっくりするくらいのイケメンだ。
えっ、なんでこんな人と私が結婚するの?
私は思わず瞬きする。その瞬きの合間に、軽く口づけされた。
鐘の音がうるさいほど響いていて、参列者たちが立ち上がって拍手する。その中でも一際大きな音で拍手しているのは我が父だ。恥ずかしいほど顔をクシャクシャにして号泣している。母はにこやかにハンカチを振っていた。弟はすっかり飽きた顔で、おざなりな拍手を送ってくる。
私はとりあえず笑顔を作って応えておいた。ようやく、終わった。
めでたし、めでたし。この男の人が誰か知らないんだけど。
なんて思っていたけれど、終わらなかった――。
大聖堂から外に出ると、六頭立ての馬車が待っていて、私は見知らぬ旦那様と一緒に乗り込む。馬車は一台だけではない。何台も連なり、さらに騎乗した正装姿の騎士の皆様が、前と後ろに並んで馬車を護衛する。沿道には多くの市民たちが集まり、国旗を振りながら歓声を上げていた。
えっ、なんでこの結婚式、パレード付き?
楽隊の演奏が街道に鳴り響く。見知らぬ旦那様が手を振れば、見物している人たちからの歓声がさらに大きくなった。私もわけも分からず馬車の中から手を振った。すると、さらに沿道の人たちが盛り上がる。とりあえず、笑顔で手を振り続けていたけれど、この馬車、どこに向かっているの!?
なんか、おかしいと気付いたけれど、馬車を止めるわけにもいかない。唯一、今話しかけられそうな、隣の御仁の顔をチラチラと見る。二コリともしない横顔は彫像のように調っているけれど、何を考えているのかさっぱり分からなくて話しかけにくい。
この人もいきなり見知らぬ女と結婚させられたのだ。嬉しいわけもなく、愉快な気分でいるわけでもないだろう。しかも、飛びきりの美人ならまだしも、連れてこられたのは子爵家の、凡庸な顔立ちの私。がっかりしているだろうなぁと、なんとなく感じてしまうけれど、それを口にしないだけは良識的だ。
「あの……少々、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
私は沿道に集まる人々に手を振りつつ、小声で話しかける。
「ああ……なにか?」
振り向いた男性はまるで道を尋ねられた人のような反応だ。
「この馬車はどちらに向かっているのでしょうか?」
私は笑みを作りつつ尋ねると、彼は一瞬だけ虚を突かれたような表情を見せる。それから、すぐに無表情に戻っていた。そして、街道の先にわずかに見えてきた建物を指差す。
「王宮だ」
その言葉を理解するのに、たっぷり一分はかかっただろう。
「は……い?」
「この馬車は王宮に向かっている。この後は王宮での結婚披露宴だ」
「…………王宮で……結婚披露宴……? えっと、ど、どなたのでしょう?」
きっと間の抜けたバカだと思われただろう。けれど、私の頭は混乱を極めていてうまく働いてくれない。というよりも、言われていることが何のことなのかさっぱり理解できなかったのだ。
「君と私のだ」
彼はそう言うと、顔をまた沿道の方へと戻す。
花びらが降ってくる。青空を風に乗って舞うそれは大変美しい。
そっか、そっか。私とこの人の結婚披露宴が王宮で開かれるのか。なるほど。そうなると、ゆっくり休めそうにないぞ。いつ、部屋に戻ってこの重苦しいドレスを脱げるのかな。いや、披露宴があるってことは着替えなきゃいけないのか。うーん、困ったな。ドレスを持ってきてないのに。
お父様とお母様を捜して持って来てもらう? でも、王宮の結婚披露宴に出られるような立派なドレスなんて、あったっけ? 私、王宮のパーティーに出席したのは、デビュッタントの時以来だよ?
ぼんやり考えながら手を振り続けていた私は、はたと我に返って彼の方を向く。
「結婚披露宴!?」
思わず大きな声が出てしまって、彼がこちらを向く。
「ああ……君も疲れているだろうが、もうしばらく我慢してもらいたい」
「いえ、それはいいんですけど、どうして私たちの結婚披露宴が王宮で行われるんです!?」
その説明を求む! 私はグイッと真剣な顔をして彼に寄る。その途端、沿道の市民たちがキャーッと歓声を上げた。何か勘違いされているようだが、今はそれどころではないのだ。事情を説明してもらわなくては!!
「それは……私が王族だからだ。そういえば、名乗るのを忘れていたが……私の名は、アルフレッド=ウィンカスター=ヴァンレーン。一応は、王太子だ」
彼は私があまりにも真剣な顔をして詰め寄るものだから、いささかたじろぎながら答える。
「王太子……様?」
「ああ……君は聞いていなかったようだな。事後承諾になってしまったのは深く謝罪する。こちらも急を要することだったのだ」
「つまり…………えっと、私は王太子妃になってしまった……ということですか?」
完全に思考停止してしまって、私はこめかみを指で押さえながら事実確認をする。
「そういうことになるな。これから、よろしく頼む」
そう言うと、彼は私の手を取り手袋越しにキスを落とした。
「あ、頭が…………」
私がティアラのせいでずっしりと重くなっている頭を指で押さえる。
「大丈夫か? 医師が必要なら王宮に戻り次第、すぐに呼ぼう」
「いいえ、そうではなく…………頭が爆発しそう……っ!!」
「それは……深刻な事態だな」
隣にお座りになっている王子様は、心配そうな顔をしてそう言ったのだった。




