第2話 『宮廷の影と小さな謎』
咲は朝の光に目を覚ました。
薬局の窓から差し込む光は柔らかく、棚に並ぶ瓶や薬草を黄金色に照らす。
「今日も一日、頑張らなくちゃ」
昨日の幼い男の子の治療で、咲は少し自信を取り戻していた。しかし、宮廷のことはまだ分からないことだらけ。噂話で、疫病や毒薬の話が絶えず、しかも貴族たちの陰謀は日常茶飯事らしい。
「おはようございます、咲さま」
弟子の中村蓮がにこやかに入ってきた。
「今日は少し面白い依頼があるよ。宮廷の近衛隊から、薬の調査だって」
「近衛隊……? 宮廷の人が、私に?」
蓮は肩をすくめた。
「うん、どうやら“最近、妙な病が流行っている”って話で、調合の腕を見せろってことらしい。お金も出るし、経験になると思うよ」
咲は少し緊張した。宮廷――しかも病気と陰謀が絡む場所。だが現代薬学を駆使すれば、きっと力になれるはずだ。
咲は蓮と共に宮廷へ向かった。
広間は豪華で、絵画や彫刻が並ぶ。だが、空気は重い。噂の通り、病は誰にでも平等に忍び寄るものではないらしい。
「咲さま、こちらです」
案内された部屋には、数名の侍女や衛士が待っていた。
「症状は熱と倦怠感。食欲不振、頭痛もあるようです」と一人の女官が説明する。
咲は落ち着いて症状を整理する。
「熱のパターンから感染症の可能性が高いですね。水分補給と消化の良い食事を優先し、薬草はまず解熱・鎮痛に使います」
細かく指示を出す咲に、衛士たちは驚きの眼差しを向けた。
「ただの少女に見えたが……手際が良い」
調合した薬を慎重に煎じ、侍女たちに渡す。薬の香りが部屋に広がると、患者たちは少しずつ落ち着いた表情になった。
その日の夕方、咲は宮廷の庭で一人、調合の記録を整理していた。
すると、背後から冷たい声がした。
「君が昨日の薬師か」
咲は振り返ると、青い瞳の如月凛が立っていた。
「はい、そうです。宮廷の方ですね」
凛はじっと咲を見つめ、微かに頷いた。
「君の調合には興味がある。特に、熱の落ち方の早さ。単なる経験則だけではなく、計算や観察が見える」
咲は少し照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます。……でも、まだまだ勉強中です」
凛は微笑まなかったが、その目にはほんの少しだけ柔らかさが混じっていた。
「勉強中でも、役に立つことはできる。覚えておくといい」
咲はその言葉を胸に刻んだ。
凛の存在は、宮廷の緊張の中で、少しだけ心を安心させるものだった。
その夜、薬局に戻った咲は、蓮と一緒に薬の整理をしていた。
「今日の宮廷は少し変だったね」と蓮が言う。
「患者の中には、単なる病気じゃ説明できない症状もあったし」
咲も思った。
「そう……。何か、裏があるかもしれない」
薬箱の隅に小さな紙片が挟まっていた。
「……これは?」
そこには、赤いインクでこう書かれていた。
“疫病は表向き、真の病は別にある。薬師よ、気をつけよ”
咲は手を止め、目を細めた。
「……宮廷の陰謀と関係しているのかもしれない」
その瞬間、胸の奥で、小さな決意が芽生えた。
「私は、ただ病を治すだけじゃなく、真実も見つける――」
薬の香りに包まれながら、咲の目は強く光った。
宮廷の闇と疫病、その謎に立ち向かう日々が、今、始まろうとしていた。