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小説連載における執筆の感覚等を掴むことを目的とした作品投稿です。
書き上げることそのものを念頭に置くものであり、作品としての面白みを追求するものではありません。
また、詳細な描写は避けますが性的な行為の表現があり、
その中でも大多数の方が不快に感じる系統(一方が望まない性行為等)になるかと思われます。
「これでお母さん、もう会えなくなるからね。お仕事で大阪行くの。元気でね」
今、僕が覚えていることの中でも一番古い記憶は幼稚園の入園式のものになる。手を繋いで園の玄関まで歩くと、式が終わるまでは両親と暫しの別れを強制される子どもたちが泣き叫んで駄々をこねていた。可愛げのない子どもだった僕はそんな様子を見て「みっともない」などと考えたものである。正午を回る頃には親元に戻れるのだから、それまで黙って整列するぐらいできるだろうと「良い子」でいることにご執心な僕は、母の言葉を理解するのに数秒を要した後、周囲の"みっともない”子どもと同様かそれ以上に大きな声で泣き叫んだ。記憶はあまりにも朧気だけれど、母親が家を出るのはそれが初めてではなかったからか「本当にやる気だ」と判断できたのだ。
確か僕が2歳の頃、母親は兄も姉も置き去りにして僕だけを連れたまま車で家を出た。当時関係を持っていたらしい男性に迷惑を掛けるつもりはなかったようで、僕を連れたまま社宅などに入れる職を探すため暫く車上生活を続けたと聞いている。けれど僕らが住んでいたのは田園風景に牛と馬、というようなステレオタイプの田舎ではないにしろ、「都会のサラリーマンが選ぶ脱サラして住みたい地方都市」に挙げられることも稀な地味で面白みのない街で、勿論仕事も都会に比べれば驚くほどに少ないものだ。そんな場所で身寄りも住処もないコブ付きの女が真面な仕事をしようとしても、まともに働ける訳がないと雇ってはもらえない。つまり僕は、彼女にとって重荷でしかなかった。だから僕は車の中にいくつかの菓子パンを土産に置き去りにされ、死なせては流石にまずいと判断した母親から一方的な連絡を受けた父親に保護された。その時の記憶は先述の通り朧気だが、言われてみると「そんなこともあった気がしなくもない」と思う程度には覚えている。その後さして時間を掛けることもなく母親は父親に見つかり、そのまま家に帰ってきたそうだ。
その時と同じだと感じたのだ。母親はまた、自分たちを捨てるのだと。泣き喚く僕を園の先生が抱き上げて、あとですぐに会えるからとあやしていた。その言葉を聞いて「ちがう、もうあえない、他の子とはちがう」と嗚咽を混じらせつつも何とか必死に訴えたが、子どもが親と離れたくないがために吐くいじらしい嘘だと取り合ってもらえなかった。どうにか母の元へ戻ろうとする僕を抱き上げた先生はそのまま園の中へ、式が始まるまでの待機室を兼ねた教室へと連れて行く。先生の肩越しに見えた母親の表情は今でもはっきりと思い出すことができる。「ああ、やっと楽になった」というセリフが浮かんでくる、酷く穏やかで晴々とした顔を見せたのだ。
大人になった今でも、僕はその時のことを母親に尋ねたことはない。だから彼女がどんな気持ちでいたかなんて、本当のところはわからない。
人間とは一体どのような感情を以って、見捨てる我が子を優しく見ることができるのだろう。
「おかあさんは」
式を終え、保護者席に座る父親と祖母の元へ走った僕は、いの一番に母親の所在を訊いた。もしかしたら冗談だったのかもしれない、本当は化粧室にでも行っているのかもしれないと期待してのことだった。しかしその期待は父親と祖母の様相で打ち砕かれる。二人は顔を見合わせてはお互いに「知っているか」「知らない、見ていない」と言い合い、やがて気の毒そうな目で僕を見ながら「まずは帰ろう」と促した。泣き喚くことにも疲れてしまったのか、騒ぐ気はしなかった僕はただ落胆して肯き3人で家路に着く。眠ってしまったのかもしれない、その後のことは録画を止められたようにプツリと途切れて何も記憶に残っていない。
それから数年後に母は家に帰ってくる訳だけれど、その時まで僕は母親の顔を思い出せなくなっていた。自分に母親がいることも入園式の日に別れたことも覚えているのに、どんな顔をしていたのかだけが思い出せなかったのだ。毎晩のように母親の夢を見た。父親の暴力に母親が涙を流す夢か、機嫌の良さそうな様子で去る母親に泣き喚くも縫い付けられたようにその場から動くことができない夢のどちらかである。抗う力も止める力もない幼子に取っては悪夢でしかなく、それでも唯一残された母親との繋がりであったというのに、肝心の顔が思い出せないことに深く悲しんだ。母親が何故家を、ひいては自分を捨てようと思い立ったのか考えるほどの余裕は当時の僕は持ち合わせておらず、ただ「ぼくが悪い子だったのかもしれない」と恐怖に囚われ、せめて他の家族には捨てられることがない様、それまで以上に「良い子」であろうとした。




