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 可丈が、橙色の龍の背にまたがったまま、宙を浮かびながら崖下へ下りてくる。蓮花たちの岩場に、四人乗りの籠がゆっくり降ろされた。


「先生!」

「お前ら、大丈夫か⁉」


 いつものように人を食ったような余裕はない。


「一人、足りない!? 隼か⁉ 隼は、あいつはどうした⁉」

「先生……。隼を助けてください! 隼は、風に飛ばされて……」


蓮花がそう説明すると、可丈は青ざめた顔色をさらに白くさせた。


「何だと⁉」

「先生、早く……」


 蓮花が頼んでいるのに、可丈は黙って目を伏せた。


「蓮……。ここから風に飛ばされたとしたら、崖下に落ちるはずだ……。そうなれば、もう……」

「先生、隼は絶対に死んでなんかしてないです!」

「気持ちは分かるが……」


 蓮花は自分を抱きしめる腕に力がこもったのが分かった。


「心配する必要はない。あの風は隼を傷付けはしないと言ったであろう?」

「朧月、お前、何か知っているのか?」

「うむ。隼は、龍に『呼ばれた』のだよ」


 朧月は隼をさらった風の方向に目を向けた。

 可丈は眉をしかめる。


「龍に……『呼ばれる』? それはいったい……?」

「……そなたの龍に聞いてみればよかろう?」

「俺の守龍……、寵橙(ちょうとう)に?」


 可丈は、じっと橙色の龍の目を覗きこんだ。余人には聞こえないが、可丈と守龍の間では、それで会話ができるようだ。

 わずかに時を置いて、可丈は悩まし気に首を振りながら、「分かった」と呟いた。


「分かった。ともかく行けばいいんだな? お前らはどうするんだ⁉ 一緒に行くか⁉」


 朧月は答えもせずに、さっさと籠に乗り込んだ。

 蓮花は、一瞬考えてから、朧月の後から籠に乗り込む。


「洛修も、早く!」

「わ、私もか?」

「そうだよ。こんなところに、一人でなんかいられないでしょ⁉」

「……その通りだな。それに、私も龍に『呼ばれる』というのが、どういうことなのか気になる。よし、私も行くぞ!」

「うん!」


 可丈は、守龍に号令をかける。


「行け!」


 浮いた……と蓮花が思った時には、風を切るような速さで守龍は宙を翔けはじめた。龍の背にいる可丈は、龍の加護のおかげで風の影響を受けないが、籠に乗っている蓮花たちはそうはいかない。ものすごい風圧に、必死で籠の縁に顔を押し付けるようにしてしがみつく。ほどなく、籠がガタガタと揺れ始めた。


「ここは、龍の顎の中でも、一番の風の難所だ! 振り落とされないように気を付けろよ!!」


 そうは言っても、こう揺れていては気を付けようがない。息をするのも苦しい風圧に、蓮花は負けそうになり手が籠の縁から離れてしまった!


――まずい!


 蓮花の体は、ふわりと浮きあがる。


「大事ないか?」


 朧月が、後ろから蓮花の体に覆い被さった。朧月という風よけができ、蓮花は楽になる。


「あ、ありがとう!」

「うむ。蓮には、この風はきつかろう。しばらくこのままでいるがよい」

「う……。うん」


 隼を心配しているこんな時であるというのに、「今日の朧月は、密着度が高すぎる」と、こそばゆい思いの蓮花であった。



「隼を見つけたぞ!」


 可丈の声に、蓮花が目を細めて隼の姿を探す。

ここは、幾多もある大小の竜巻が互いに影響して岩さえも砕くような暴風地帯だ。

その一際大きな竜巻の中心で、隼は傷一つなく浮かんでいた。


「隼――――!!」


 蓮花の叫びは、隼の耳に入らない。

 もっと身を乗り出して叫ぼうとした蓮花の頭を、ぐっと朧月が押さえつける。


「暴れるでない」

「でも、隼が!」

「大丈夫だ。見てみよ」


 落ち着いた声の朧月が、蓮花の両方の肩に手を置く。


 隼の周りに淡い光が渦巻いた。どんどん、どんどんその光は強く、竜巻と同じ形の何かを形作る。


「あの光……龍?」


 蓮花の言う通り、その光はいまや逆さにしたとぐろのような形の、可丈の守龍よりもずいぶん大きな龍になっていた。一緒にいる隼の姿が、危ういほど小さく見える。そして周りにあった大小の竜巻はなりを潜めた。


 と、空気を揺さぶるような、リ――ン! リリリ――ン! という幾千幾万もの鈴のような音がする。


「何⁉ この音?」

「龍の体の鱗が震える音だ」

「鱗……?」


 鈴のような音が、耳が痛いほどに殷々(いんいん)と鳴り響き。絶頂で、パッと音が消えた。


 耳を押さえて、ぎゅっと目をつぶっていた蓮花の頬を、春のような温かなそよ風が撫でた。


「え……?」


まるで、満開の桜の花びらが散るように、銀の花びらが辺りを舞っている。

 蓮花が手の平を上にすると、ヒラヒラと舞い降りてきた花びらが落ちてきた。


「花びら……? ううん。これは……鱗? もしかして、龍の鱗……」


蓮花の手の平にのった龍の鱗は、溶けるようにスウッと消えた。

 呆然としながら蓮花は「ああ……。龍学の講義では、鱗は魚に似ているって教わったけれど、本当は花びらみたいなんだなあ……」とどうでもいい事を考えていた。


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