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3話 女冒険者は強い不審者に介抱される(他者視点)

 一網打尽って言葉がある。

 たった一つの網を投げて、あらゆる鳥や魚を取り尽くすって意味だ。

 私はこの単純な言葉が大好きだ。


 小賢しいことなど何一ついらない。

 たった一つ、シンプルに、ただ純粋に強い力を振るうだけでありとあらゆる全てをなぎ倒す。

 この世のお宝を一つ残さず喰らい尽くす。

 それこそが最高の生き方であり、最高に分かりやすい戦い方だと思っていた。


「悪いがベティ、パーティを抜けたいんだ」


 そう初めて言われたのは冒険者として修行を積んでそこそこ腕も立つようになってきた十五の時。

 私は中級者向け冒険者がいっぱい暮らしているアーティカと呼ばれる中堅都市で魔物の討伐とか、素材の採集だとかのクエストに精を出していた頃のこと。


 もともと一人で冒険を続けていた私はこの頃になってようやく、普通の冒険者は何人かのパーティを組んで、前衛だとか後衛だとか、攻撃担当とかサポート担当とか、そういう割り振りを決めながら皆と一緒に戦っているものだと知った。

 だから私もそれをやろうと思った。

 ぶっちゃけ私は魔法剣士という職業柄、自分ひとりで魔力付与エンチャントしてて、自分ひとりで斬りかかって、回復加護も持ってたから一人で回復して、防御魔法も使えたから一人で護って、そうやって何でも一人でやれたんだけど、ちょっとだけ仲間と一緒に冒険(・・・・・・・・)ってやつに憧れたんだ。


 だっていいじゃない。皆で協力して敵をやっつけて、手にした報酬で夜は酒場で騒いで、いろんなお店を巡ったり、たまには喧嘩したり、そういうのってシシュンキってのが来れば一度は考えちゃうものでしょ?


 だから私は、酒場で仲間募集の張り紙を作って、四人とか五人の年の近い冒険者たちと一緒にクエストに出たんだけど。


「ベティが強いのは分かったよ。でもベティは強すぎて僕らなんて必要ないんだ」


 一週間も経たずにそう言われたね。

 言ってきた相手はスティーブンっていう、賢者見習いなんだけど使う防御魔法が私の魔力付与エンチャントよりも数倍弱くて、確かに彼の魔法はあんまり意味ないし私一人で斬り倒した方が早いかなーって思うことは度々あった。

 だからその時の私は仕方ないと、「うん分かった。こっちこそゴメンね」と殊勝に謝ってスティーブンを見送ろうと思った。


 でもは気づかなかった。

 スティーブンが僕ら(・・)って言ってることに。


「そうか」「じゃあねゴメン、ベティ」「今までありがとう」


 そう言って一緒にいた剣士のゴーンも、魔法使いのエリィも、弓兵のカルパッチョも、一斉に立ち上がって別れのことばを告げてきたことには流石にビックリしたね。

 っていうかキレた。


 その時の私の記憶は後半からはもう半分くらい消し飛んじゃってるんだけど、最終的に全員を殴り飛ばして「ふざけんなぁぁぁああ! 全員一斉にパーティ離脱とかただのイジメじゃねぇかあああああ!」と叫んで酒場の丸テーブルを叩き割って、「そ、そういうとこだよベティ!」「き、君が全体魔法を連発するせいで報酬よりも治療費の方が高くつくんだ!」「や、やめて店の中で爆発魔法は!」と叫ぶ元・仲間たちを無視してその酒場にいた全員を巻き込んで、私の最強魔法で一網打尽にしてやった。


 うん。これはよくない例だ。何で今思い出したんだろう。

 でもまあ、似たケースが二回、三回、八回、十回と続くたびに流石の私も「あ、これ無理だな」と気づくようになった。


 私に仲間は作れない。

 その頃になると、私も中級者向けの街ではなく、もっとあちこちの人里離れた秘境を巡り歩くようになっていた。

 そうすると、後から"ドラゴンスレイヤー・ベティ"だとか"地層99階を超えし者"とか"悪魔の生まれ変わりの女剣士"だとかいろいろ名前がつけられるようになった。

 まあ最後のを言ったやつはボコボコにするけど。


 そうしたいわくがつけられると、さらに私は一人で戦うことが美徳、むしろ孤独じゃなくて孤高、かっこいいぼっち剣士と言われるようにもなってしまった。

 まったくもって困ったものだ。

 私は自由にやりたいだけなのに。


 でだ。

 今回の冒険先にエルフの里を選んだのも、そうした異名の数々が面倒に感じられてきていたからだ。

 もっと分かりやすく言えば、これだけ辺境のど田舎にいけば私の名前を知ってる人も少ないだろうし、気楽に怖がられることもなく冒険を楽しめるんじゃないだろうかと思ったのだ。


(結局、村の連中は私のことを知ってたけど)


 それでも怖がる連中がいないだけ幸いか。

 特にエルフの里は本当に秘匿された場所なのだろう。私のことを知ってる連中は誰もいなかった。

 あそこには独特な文化があり、可愛い女の子がいっぱいいて、一種の楽園とでも呼べるだろう。


「じゅるり……」


 おおーっといけないいけない。

 最近辺境暮らしで可愛い子と出会ってなかったせいか、思わずよだれが。

 でも可愛かったな。特に挨拶に来てくれたあのエルフの女の子。


「うえぇへっへへっへ……」


 ニタリニタリと笑いながら枕にキスすると。私は自分が部屋のベッドで寝ていることに気がついた。


「ん……」


 ぐりぐりと身体を動かして自分がちゃんと布団にくるまって寝ていることを理解する。

 おお、スゴイな私。ちゃんとベッドに入っている。

 ここに来てからは飯は美味しいし、水が綺麗なのかお酒も極上だし、いつも飲み食いしずぎて最後には路上で倒れているのが相場だったのだが。


「学習してんなぁ偉いぞう」


 自分で自分の頭を撫でる。

 そして、うえぇっへっへと気持ち悪い笑みを浮かべながら、さらに自分がちゃんと寝間着(寝間着!)を着ているのことに感動する。

 おいおいマジか、ベティ=ジェルウィード!この宿に来てからあるなー寝間着あるな―と思いながら一度も着てこなかったこの服までちゃんと着て寝てるのか!

 どんだけお利口さん何だよ昨日の酔ってる私さすが私、私は神……。


「よく頑張ったな私ぃ」


 そう言って自分を褒めると、予期せぬ方向から声が飛んできた。


「頑張ったのは俺だがな」

「ひひゃぅ!」


 ビックリしすぎて大きな声をあげてしまう。

 な、何……?

 両目をパチクリして声の方向を見ると、先ほどまで気配など一切しなかった場所に、黒い人影がいた。


 ――あれは、何?


「昨日この部屋に運んだのも。くしゃくしゃになった布団を綺麗にして寝かせたのも。鎧のままじゃ寝づらかろうと寝間着に着替えさせたのも。全部俺だ」


 そう言う男の見た目は"謎"であった。

 いやいや声質から男だと判断できるし、影の高さから170cm前後だと推測できるため人間であると分かるのだが、その容貌が何とも形容し難い。


 言うなれば盗賊シーフの職業を持つ連中が好んでする服装に似ているだろうか。

 真っ黒な衣装に、細かい鉄の網の目で作られたような動きやすい何かを着込んで、顔にはこれまた真っ黒な頭巾を被っている。

 口元は鈍色のマスクか何かで隠され、目も表情の読めぬゴーグルにて隠されている。

 とにかく謎。

 めっちゃ謎。

 今の時刻が朝ではなくて、彼に敵意がないのが感じられなければ、即座に高速詠唱を唱えて魔法をぶつけていたことだろう。


「何アンタ? 夜這いにしては日が明るいけれど」

「ここまで送り届けた恩人に対して無礼だな。君が酒場で寝てるのを主人に頼まれてここまで送り届けたのだ」


 そう改めて聞いた彼の声は思ったよりも若々しかった。

 何だろう歳近い?

 そんな風にも思ったが、それよりも酒場の主人から頼まれて送り届けたって言葉に私は十分に納得してしまった。

 あーついに他のお客さんを頼ったかあの親父。


 グルドの酒場はこの村唯一のお食事どころということもあって私も通い詰めていたのだが、最初は私が有名な冒険者だと知って親しげに話しかけてくれたのだが、最近だとあまりに私が店で遅くまで飲んだくれているせいで私を見ると明らかに嫌そうな顔をして、最終的には路上に私を追い出すようになっていたのだ。


 それでもちゃんと美味しいご飯とお酒をくれるのは、たぶん彼なりに酒場の主人としての誇りがあるからなんだろうけど。


「あー……割りと納得したわ。ありがとう。でも、えっと送り届け主さん? 朝まで残っていたってことは何かそれ以外にもあるんでしょ?」

「話が早いな」


 安堵した様子が声色からも分かる。

 でも、何だろう。やっぱりダンジョンのお宝かな? いや見た目的にこの村の人じゃないし、だとしたら冒険者だろうからダンジョンの攻略法を教えて欲しいとかになるのかな。うん、まあだったらいいか。私は寝間着だと失礼だし着替えようと自分の服を探して――。


「……ってか、あれ私の服は!?」

「そこのクローゼットに入ってるぞ」

「そうありがと……ってそうじゃなくて!」


 なんだ、といった様子できょとんとしている見知らぬ影さん。

 ええい、表情見えない癖に分かりやすいなぁ!


「いやいや一応女子、アイ・アム・レディ」

「それは存じている」

「え、ええ……一切不純さを感じさせないきっぱりとした物言い、え、私が間違ってるのこの場合?」


 そんな確かにこの歳になるまで友達いないんだから当然恋人なんてのもいなかったわけだけど、世の中の男の人ってこんなナチュラルに女の人の服を着替えさせることができるものなの?


「ていうか一応、痴漢避けに服を脱がしたら発動する魔法を仕込んでいたはず! それをどうやって!」


 そうだ。一応私もさっき話したようにうら若き女冒険者。いろいろと飢えた男どもから襲われないように自己防衛の魔法はかけていたはず。

 特にショーツに差し掛かる前のインナーを脱がそうとしたら、風の精霊を自動召喚して男性の大事な部分をちょん切る風の刃(ウィンドカッター)を炸裂させるはずなのだが。


「ああそれか、避けた」

「避けたあ?」


 自動追尾してどこまでも追ってくるはずでしょ。

 そう仕込んだのは覚えてるから間違いない。


「確かに魔法に関する知見は俺にはないが、似た巫術を用いてくる巫女連中とは何度もやりあったことがある。ああいうのは変わり身で受けるか、気配遮断すればやがて消える。攻撃対象の精神エネルギーを基準に追ってくるからな。今回は数が多かったから後者で対応した」


「なあ――――」


 なあ、と声を出して私はその先を続けることができなかった。

 何なんだこいつは一体。

 何がしたいんだこの男はまったく。

 この時の私には一切合切検討もつかないで、ただただ呆れるばかりで。


「だがフォローのために言っておくが君に女性的魅力がないわけではない。豊満な身体は姉御で見慣れてはいるが、うん、強気な性格のわりに可愛らしいレースの下着というのは、男心を揺さぶるものだと思うぞ」

「なぁ――――」


 私は顔を真っ赤にさせて。


「――何だこのド変態野郎はッッッっ!?」


 今度はきちんと言葉がはっきりと出て。

 炎魔法を発動させて部屋をちゃんと炎上させて。

 まったく。


 それでも男は怪我一つ負わず部屋から逃げ出していった。


 クロミヤ・クロウ。

 それが忍者という聞きなれぬ職業を持った男との奇妙な出会い。

 一網打尽を心がける私の魔法の網の目から、するりするりと抜け出して決して捕らえることの叶わぬ初めての男との出会いであった。

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