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2話 忍者は村にたどり着く

 


 遠い。



 西にひた走ること1ヶ月。

 最初は追手を気づかい撹乱した動きを取っていたがそれもいつしかなくなり、

 今はただひたすらに盲目に俺は西を目指して走っていた。



「本当にえるふはいるのか?」


 砂漠を越えて、山を越えて、雪国を、海を川を越えて、

 世界がこれほどまでに広いものかと俺は驚いたものだが、それでも俺の求めるえるふの里とやらは見当たらなかった。

 だが、嘘だと断じて諦めることはできなかった。

 それは姿は見えねども、西に向かえば向かうほど、えるふの里の噂は増えてきていたのだ。


「エルフの里? ああ、聞いたことあるぜ。どうやら田舎の森の奥地にあるらしいな」


「エルフゥ? 昔はこの辺りにも来てたって話は聞いたことがあるけどね。え、エルフの里? それはもっと西なんじゃないかな。場所? 知らない知らない」


「えるふ? 知ってる。妖精さんと仲良しなんだよ。お兄ちゃんどうして顔を隠してるの?」


 どれも確証をついたものではなかったが、えるふ……いやエルフを知る声は高まってきた。

 というか、人々の見た目が、俺や姉御のような人種とは違って、肌が雪のように白くて、髪が金だったり銀だったり、赤だったり青だったり、まるで別種族のように変わってきたのに俺は徐々に気づいてきた。


「さっきの子など主にそっくりだったじゃないか」


 母親が近くにいて、警備兵をよばれてしまったので長話はできなかったが、もう少し話してたら美味しい出店の菓子でもご馳走したものを……。

 俺はもうあの子が主の生まれ変わりでいいんじゃないかと思ったが、いかんいかんと気持ちを改めることにした。


「エルフの里はきっともうすぐだ。諦めぬのだ俺よ」


 そして俺は綺羅びやかな町並みを突っ切って、雄大な高原を突っ切って、数々の山脈を通り越して。

 それから半年後。

 俺はエルフの里を知るとされる村に辿り着いた。


「な、長かったぞ俺……」


 全然もうすぐじゃなかった。

 残りのラストスパートをかけるには半年は長すぎた。

 だが、エルフの里の近くまで来ることができたぞ。


 名をルーミエ村と言った。

 別段特徴のない村であるが、西には緩やかな流れの川があり、その奥には広大な森林地帯がそびえている。

 対する東は平野であり、ここに来る道中は見慣れぬ生き物を用いて田畑を耕す村人の姿が見て取れた。

 皆、里の連中や国の者どもと違う材質の衣服を着て、髪も肌も瞳の色も異なっていた。


「まあ関係あるまい」


 異邦者はむしろ俺の方だ。

 閉鎖的な村であれば迫害される恐れも気遣わなくてはいけないが、存外村人は俺に優しかった。

 都市部と交易をするには遠い場所であり、よそ者など訪れることのない地域だと踏んでいたのだが。


「いやいやここらは確かに辺境地だ。でも、しかして変わった来訪者はいるもんなのさ」


 村で唯一の食べ物屋で酒を出してくれた店の親父はそう言って俺の読みを否定した。


「たとえば俺か?」

「まあ、兄さんがエルフを探しにやってきたって例もまあそうだ。ここは数少ないエルフの里と関わりのある村だからな。でも、どちらかと言うと、冒険者がほとんどだ。兄さんはダンジョンってのを知ってるかい?」


 ダンジョン。

 昔、姉御から聞いたことがあったな。

 この世の魑魅魍魎――ここらでは魔物と呼ぶのだったが、魔物の殿様が作ったとされるいと摩訶不思議な無限回廊。

 入るたびにその姿を変え、人間の生き血を吸って成長するという奇妙な迷宮のことを。


「その考えで間違っちゃいねえさ。ダンジョンは魔王が死ぬ前に残した遺産の一つとして言われていてな。お宝を餌にして、冒険者のレベルを食らって生きる巨大な化け物だ。元は魔物を養うための施設だとかなんとか。そこに入った人は、本来であれば魔物に倒されてレベルを下げられちまうんだが」

「宝のみを狙って一攫千金を掠め取ろうという輩がいる訳か。なるほど、それで冒険者と」


 なるほど、通りで道中戦争もないのに武器を持った男女と度々すれ違うと思った。

 傍からは見えぬだろうが、この店にいる他の客も、盾や剣を隠し持っており、強盗の類と警戒したものだ。


「話が早いねぇ例えばあそこで一人でエールをあおってる嬢ちゃんがいるだろ? あの人も冒険者の一人だ」


 そう言って親父が指差したのは、真っ黒なローブを羽織って阿呆みたいなイビキをかいている赤毛の女がいた。

 見た目こそ俺と同じくらいかそれ以下といったところだが。


「嬢ちゃんというには勇ましいな。この国の女性は皆彼女のように力強いのか?」

「ハハッ! ベティ=ジェルウィードの嬢ちゃんは特別だよ。普通は徒党を組んでダンジョン攻略に挑むもんだが、あの人は使う魔法が強すぎるもんで仲間を皆ふっ飛ばしちまう。それでいてこの村のダンジョンのほとんどを攻略しちまうんだから大したもんだ」


 ふうん。

 魔法のことは詳しくないが確かにただならぬ雰囲気は感じる。

 腰に据えた短剣は業物だし、ローブに隠れて見えぬが内側には姉御に似た術式の刻まれた装身具がじゃらじゃらとつけられているのが分かる。

 豪快に寝てるが、それは油断ではなく自信、自己に対する圧倒的な誇りと自負があるが故だろう。


「ま、俺には関係ないことだ」

「そうかい、ベティ嬢ちゃんはこの前エルフの里まで行ったと言ってたけどな」

「なんだと!」


 俺は驚き再び彼女を見た。

 口を大きく開けて鼻提灯を見事に作っている。

 ……さっきは誇りと自負があるからとか言ったが単純に阿呆なんじゃないだろうか。

 だが、彼女がエルフの里に行ったのだとしたらそれは俺の目的を達するための貴重な情報源となる。


 ぜひ話を聞きたいところだが。


「あの様子だと今日は無理そうだな。親父、彼女が寝所にしてる宿を知らないか?」

「ああいいぜ知ってるともよ。そもそもこの村に宿なんて数えるくらいしかないけどな」


 そう言って親父は紙に彼女の滞在する宿の地図を書いた。


「助かる」


 と言って俺は親父から地図を受け取ろうとして――引っ込められた。


「……?」

「悪いが取り引きだ。俺が嬢ちゃんの宿を教える代わりに、あの娘を部屋まで送ってくれないか」

「それは構わないが」


 豪快に寝ている阿呆娘とは言えおそらく10代半ばと見える女子《おなご》を見知らぬ旅男に送り届けたりするものだろうか?

 俺がどういう目的だと訝しんでると、さらに親父から伝票が二枚渡された。


「ついでにそいつも払っちゃくれないか。あの嬢ちゃんが飲み食いした分の請求書だ」

「俺の食事代の10倍はあるのだが……」

「そいつは今週のツケの分も含まれてるからな。何、悪い話じゃないだろう。あんたさんもエルフの里の情報を得るために嬢ちゃんに分かりやすく恩を売っておきたいはずだ。言っておくが、あの女はタダじゃ動かねぇぞ。きっとシラフのときに正面切ってお願いしてもこの値段の倍はふっかけられる。ならここで彼女の分も払っておけば、お互いにちゃんちゃんで済むじゃねぇか」

「この親父は……」


 こいつ、最初から俺にこの娘のツケを払わせようって算段でエルフの里の情報を流してきたな。


「……言っとくが嬢ちゃんがエルフの里に行ったのは本当だぜ。それに俺はこの村に住んでるから分かるがエルフの里への道のりは容易くはねぇ。仲間はいると思うなぁ」


 馬鹿みたいに腕組んで「思うなぁ」と首をかしげる親父殿をこの場で殴りつけてもいいのだが……まあ、いいだろう。

 ここは俺の負けだ。

 手のひらで踊らされた感は否めないが、俺にとっても悪くない話ではあるのだ。


「毎度あり~♪」


 仕方無しと俺はぐーすかイビキをたてている冒険娘の肩を借り、店の外まで出そうとする。


「グガァッ!」

「――ッ!?」


 恐ろしく早い拳が俺の目の前で空を切った。

 あ、危ない……。

 咄嗟に回避してなければ眠らされていたのは俺の方だっただろう。


「やっぱ兄ちゃん強いなぁ。あとは頼むぜー、店仕舞いするたびにボコボコになるのはもう嫌だからなー」


 これが真の目的か!

 俺は柔らかい彼女の身体を楽しむとかそんなことは一切なく、時折迫り来る恐ろしい攻撃を避けながら、彼女を宿まで送り届けるのであった。

エルフ登場は4話からになります。

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