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1話 忍者は里を抜ける

息抜きがてら書いてみました。のんびりハーレムを目指していますが、作者がバトル好きなので、ちょいちょいバトル展開が含まれかと思います。ご了承ください。

 闇に忍んで闇に生きる。

 いくつもの争いをくぐり抜けて、目的を果たすため、忠義を全うするため、卑怯千万なんでもござれ。

 盗みに殺しに破壊工作。

 悪行非道もなんのその。

 全てはそう主君のため。我が生涯をかけて奉公すべきあの御方のため。俺は見事にこの生命いのち、あなたに捧げて見せましょう――。



「…………主が亡くなってもう半月かぁ」



 お天道さまを見上げて俺はそう呟いた。

 ここは忍者の隠れ里。

 普通の人間様にはたどり着けない摩訶不思議など辺境。

 いくつもの複雑怪奇な迷宮とも呼ぶべき迷い森を抜けて、さらに抜けて、それまたさらに抜けて、一旦帰ろうとすると現れるような、そんな辺鄙な場所にある隠匿者の集まった村であった。



「また空を見上げて、鳥にでもなるつもりかい?」



 そう言うのは俺より何歳か年上の妖艶美人な女性。

 若い肌に似合わぬ豊満な肉体、それを隠そうともせずむしろ見せるけるような着崩した朱色の襦袢。

 姉御、と俺が呼んでいる人物であった。


「鳥かぁそれも悪くないなぁ」


 主が言っていた。

 鳥はあの世とこの世をつなぐ使いの生き物なんだと。

 ならば俺も鳥になれば、ふたたび主様に会えるのではないだろうか。

……。

 ああ、鳥もいいなぁ。


「馬鹿言ってんじゃないよ。そう何日も何日も仕事にも出ないで食い扶持ばかり潰しやがって。アタシらはビジネスライクなんだ。主の一人が死んだところで次の仕事は待ってるんだよ。働かなきゃいけないんだ」


 真っ当な正論を並べて怒ってくる姉御。

 ああ、確かにそれは正しい。忍者は任務を遂行するための刃だ。

 武器は使い手を選ばない。

 使命を受けて、それを果たすために生きる。

 それは分かる。分かるんだけど……。


「な、なんだい、剣呑な目をしてさぁ、喧嘩御法度、仲間同士の斬り合いは即処罰の対象だよ」


「そんなことしないけどさぁ、ねぇ姉御。うちらの主って変わった人だったよねぇ」


「そうかい? アタシは直に顔を合わせたことはなかったからねぇ。できるだけ不殺を心がけよとか。森や動物は大切にしろとか、まあ、言われてみれば何で忍者を使うんだいというお人ではあったかなぁ」


「俺は何度かお見えする機会があってねぇ」


 俺はあの時のことを今でもついさっきの風景のように思い出すことができる。

 それは俺が秘伝の術書を守り抜くために、敵の自爆から身を挺して庇って傷だらけになって帰還した時のことだ。

 主は泥にまみれて傷だらけの俺に、ただの刃であった俺に、不思議なまじない(・・・・)を授けてくれた。

 すると不思議なことに俺の身体はみるみるうちに元気を取り戻して、死に体だった俺の意識は見事に復活を遂げたのだ。


「あの時の風景は今も覚えているさ……静けさの満ちた晩秋の一時、夜空には月が煌々と光り、主のまじないによって草木が踊っているように見えた。まるでお狐さまの生まれ変わりかのような金髪に、そうだ耳が鋭く尖っていた」


「金髪に耳尖りねぇ……それで額に宝玉でも来れば、巷に聞くえふる(・・・)ってのにソックリだねぇ」



 えるふ?


 何だそれは。

 俺は姉御の言葉を耳で頭で反芻させながら確かに俺を治す時、その後静かに語らった時、いくどかお顔を見せていただいた時、主の額に美しい宝石が埋まっていたことを思い出した。


「姉御、何だいそれは!?」

「うわっ、いきなり飛び付くな。ゼロ距離縮地で目の前に来るな馬鹿。えるふだと、えっと正しい発音はエルフだったか。西の国の連中に聞いたんだよ。ここからすごくすっごーく西の私らと同じくらい辺境の森に住むエルフって種族が住んでいて、そこの連中は1000年生きて、魔法と呼ばれる妖術みたいな技が得意で、それから金髪で耳長で額に宝玉があるって――」

「彼らは主の仲間なのか!?」

「分かんないよ! アタシも噂で聞いただけさ。でもあの人どこから流れ着いたも分からない素性しれずの方だったし、もしかしたら親とか兄弟とか」

「そこにいけば主の仲間に会えるのか!?」


 と、俺がそこまで言ったところで姉御の瞳が剣呑なものに変わった。

 マズイ。

 サッと身を翻すと、姉御はすぐさま対応して俺の喉仏にクナイを差し向けた。


「――――イチミヤ忍者隊18番隊長クロミヤクロウ。貴様は何のためにこの場所にいる?」


「……忍者として己が使命を全うし、刃となりて主に仕えるため」


「長老は何故お前に我らがイチミヤ忍者隊の末席に当たる18番の数字を与えて、我ら日陰者の象徴たるクロミヤの名を与えたと思う?」


「それは俺が里が潰えようとも最後までこの忍者隊を存続させ、主の使命を全うさせるために」


「…………分かってるじゃねぇか。なら馬鹿な考えはよして一所懸命働きなよ。アンタには期待してるんだ」


「そりゃ俺だって分かってるさ」


 そう言って俺は、影分身を解除して姉御の背後から背中を指でなぞる。


「ひゃうっ! あ、アンタ、いつからアタシの影に忍び込んで!?」


「縮地で飛び込んだときからだって。姉御に知覚されるほど、俺の高速移動は鈍っちゃいねぇよ」


「この馬鹿!」


 捨て台詞を投げて文字通り煙のごとく消えていく姉御。

 やれやれ依頼待ちの暇つぶしにでも来てたのだろうか。

 俺は消えた姉御の煙が空へと流れて、さらに空から灰色の鳥たちが飛んで行くのを視認する。


 西かぁ……。


 言葉には出さなかったが、俺の心はもはやこの大地になかった。



 ☆



 星一つない夜。俺は小さな包みを背負って里の出口へ駆けていた。

 別れの言葉はない。

 里を抜ける者は死罪に値する。

 決して帰れぬ道のりを、俺は走り急いでいた。


「――――待ちな」


 そう言い放つのは聞き覚えのある声。

 村の出口手前で言ってくれるのは優しさか。

 いや、それ以外の何物でもないだろう。

 本来であれば、村から出たところを無言で殺せば良いのだから。


「姉御」

「馬鹿だねアンタは。意味もなく目的もなく風に吹かれた弓矢のように進んじまう」

「目的ならあるさ」


 主のことを知る人たち。

 それがここから先の西の森に、どこにあるのか知らないけれど、ずっとずぅぅっと行った先にあるというのならば、そこを目指して歩むのは一つの目的と言えるだろう。


 少なくとも心なき刃として生きるよりも、よほど人間じみている。


「はぁ……長老から目を離すなと言われてた理由が分かったよ。アンタ忍者には向いてないねぇ。いや向きすぎていると言ったほうがいいのかもしれないけど」


「姉御、悪いけど俺は先に進む」


「……余計なこと言っちまったアタシの責任だ。自分の失態は自分でケリをつける」


 そう言うと、姉御は真っ赤な襦袢をはだけさせて、淫らな体軀を露わにする。

 男であれば目を背けずにはいられない光景だろう。

 だがそれが罠だと言うことを俺はもちろん知っている。彼女の身体には紫色の入れ墨があり――。


「神経毒に引っかかる必要はないんだよ。クロミヤクロウ。アンタも御存知の通りこれが強いのは」

「姉御の姿を見ることができねぇってことだろ……」


 俺は目をつむりながら攻めかかる姉御の攻撃を回避する。

 見れば入れ墨に彫られた呪いによって卒倒する神経毒が一瞬にして回る。

 詳しくは知らないが女性の肉体を見ると男が感じる神経回路に乗っかる形で毒を回すんだと。

 女には効かないが男には最強の姉御。くそ、長老が、監視役に彼女を使った理由もよく分かる。


「諦めるんだなクロウ。目をつむっちゃ逃げることも避けることも儘ならない。そのままこの村でアタシらと仲良く暮らすのさ!」


「それも、悪くないけど……っ!」


 でも姉御。

 俺は姉御にゃ言ってなかったが、主と話したときに聞いたんだ。

 主の一族に伝わる奇妙な言い伝え。

 1000年生きる主の一族は、魂をお釈迦様にも天照大御神様にも預けやしねぇで、輪廻の円環をぐるりとひとりでに回って、また新たな主として生まれ変わるんだと。


 俺は信じちゃいなかったさ。

 人はいつか死んだらあの世に向かう。

 功徳を積んで極楽で待っている。

 あの人の言うことは、俺があの世に後追いしないための方便だってさ。


「でもさ、信じちゃうじゃないか!」


 えるふってのが、生まれ変わってまたこの世に生を受けるのならば。

 1000年生きるだなんて馬鹿げたお伽噺が本当だと言うのなら。

 俺はそれを確かめずにはいられないんだ!


「すまんな姉御、俺は先に行くよ」


 俺はそう言って分身の術を唱える。

 10、20、いや100体にも及ぶ姿となりて、俺は空に飛ぶ。

 目はつぶったままで構わない。

 姉御の柔肌がどうか傷つかぬことを祈りながら"俺たち"は一斉に煙玉を投げつけた。


「視界そのものを見えなくして、馬鹿、クロウッ!」


 天に向かって叫ぶ姉御の声。

 ゴメンな、俺はすでにそこにはいない――。


「天高く登る竜の如く風神よ……」


 大地に降り立った俺は素早く言の葉を紡ぐ。煙玉は姉御の姿を消すことだけが目的ではない。

 生まれいでた煙を媒介に放つ技は。


「我が願いに応えて、いと高きいと強き巻き風を起こし奉らんべし」


 右手地に起きて、左で天掲げ。


「――――竜巻旋風!」


 全てを巻き込み闇夜を喰らい尽くした。



 ☆



「…………やりすぎた」


 翌朝。

 隠れ里を抜け出して物見の木から村の様子を眺めると、そこにはポッカリと森のなかに禿げた野原があった。


「竜巻止めずに逃げたらあんな風になるのか。いやー知らんかった知らんかった。関係ない村の皆には迷惑をかけたなぁ」


 ま、皆一流の忍者だから死にはしないだろう。

 姉御も最後には「馬鹿やろぉォォォォォォォォ」と捨て台詞を吐いて、闇夜に飲まれていったからな。

 あれだけ元気なら重畳も重畳。五体満足無事なこったろうって。



 さて。



 格好良く飛び出してきたはいいものの、里を抜け出したのは主探しの目的もあるが、別にそれだけじゃない。

 単純に忍者の仕事を辞めたかったのだ。


 こちとら必死こいて里のために尽くしてきて村一番の最強忍者になったのに、一向に仕事は減らないし楽にはならない。

 最近だと、忍者隊18番隊長だとか、クロミヤの名を襲名とか、いろいろ役職だけつけて給料は一向に増えないし。

 ていうか、隊長になってから歩合制じゃなくて年俸制になったせいで、逆に給料減ったんだけど!?


「やめだやめだ、これからは楽に生きるのだ」


 どうせなら西に向かおう。

 主みたいな金髪の娘っ子が沢山いるのならばそれだけで行く意味も目的もあるってもんだ。

 油ぎった新しい主の言うことなんて聞いてられるか。武器だって使い手を選ぶ権利くらいあるわい。


「そいじゃ、いざ西へ!」


 俺は追手が来ないように撹乱しつつ、忍者走りで先を急ぐのであった。

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